第47話 シルバーブレイダー

「シルバーブレイダー……だと……」
 わたあめ達はおろか、観客やマスターブレイダーまでもが目を丸くしていた。
「俺は強いぜ。少なくとも、デスエレメンツなんてザコどもよりはな」
 投げ捨てられたリーフブレイダーに目をやりながら、シルバーブレイダーは言った。
「あいつ、さっき俺らに絡んできた奴じゃないか?」
 カモンベイビーが言う。わたあめ達ははっと気がついた。彼はブレイダー族の集落でわたあめに話しかけてきた三角帽子の少年であった。
「さあ、早く試合を始めようぜ」
 自身満々な表情で立つシルバーブレイダーは、一族の長であるマスターブレイダーに恐れる様子も無く進言する。
「まあいいだろう。口だけではないことを見せてもらうぞ」
「そうこなくっちゃな」
 マスターブレイダーからパートナーとして認められ、シルバーブレイダーは喜んだ。
「おい、アルソル」
 ごつごつあめがアルソルに声をかける。
「あっちのでかいのはお前の親父の仇だったよな。だったらそいつはお前に譲ってやる。あっちの生意気な小僧は俺に任せておけ」
「ああ、頼む」
 お互い自分の戦うべき相手を決め、二人は身構える。
「ああ、盛り上がってまいりました最終戦! 試合……開始!」
 開始の合図と同時に、ごつごつあめが駆け出した。シルバーブレイダーは刀も抜かず、平然と立っている。
「速攻で終わらせてやる! ごつ喰らえ!」
 ごつごつを握った拳が、弾丸のように降りかかる。その拳は、しっかりとシルバーブレイダーを捉えていたはずだった。しかしシルバーブレイダーはさながら流水のような動きで、するりとそれをかわした。
「なっ……こいつ!」
 かわされたことに驚きこそしたごつごつあめだが、決してそれで怯むことなく左手の石で追撃する。だがそれも容易く避けられた。
「おい、お前……」
「この俺を相手に刀すら抜かねえとはいい度胸だな小僧。俺の拳で顔面ぶち割ってやる!」
 シルバーブレイダーが何か言おうとしたのを遮り、ごつごつあめは更に攻撃の手を速める。
「喰らえ必殺、ごつごつラッシュ! ごつごつごつごつーっ!」
 嵐のようにパンチを撃っては引っ込めての繰り返しで、傍から見ればそれはさながら拳の壁。襲い来るごつごつと石をシルバーブレイダーは完璧に見切り、最低限の動きで避けてゆく。
「あのシルバーブレイダーとかいう奴、なんてかわすのが上手いんだ。あれじゃまるでわたろうみてえじゃねえか」
「ごつごつあめにとっては、苦手なタイプの相手だね……」
 カモンベイビーとわたあめは、シルバーブレイダーの戦い方にわたろうと同じ雰囲気を感じた。
 だが不思議なことにシルバーブレイダーは不自然なまでに刀を抜かず、柄に手を掛けてすらいない。決して自分から手を出さず、ひたすら回避に専念している様子だった。
「舐めた真似しやがって!」
 おちょくられていると感じたごつごつあめは逆上し、ますます勢いを上げてゆく。しかし攻撃は一向に当たらない。
「だったらこいつでどうだ!」
 一旦相手から距離をとったごつごつあめは、両足で地面を蹴って錐揉み回転しながらシルバーブレイダーに突撃する。
「ごつごつデストロイヤー!」
 ラッシュを繰り出しつつミサイルの如く飛んでいくごつごつあめ。真正面に立つシルバーブレイダーは、これもしっかりと見切り余裕たっぷりに避ける。
 シルバーブレイダーに避けられたごつごつあめが後ろの壁に突っ込むと、壁は粉々に砕け散った。
「うおっ、あぶねーあぶねー。アレに当たってたらただじゃ済まなかったぜ」
 額の汗を袖で拭い、シルバーブレイダーは言った。
 瓦礫を吹き飛ばしつつ、ごつごつあめは砂煙の中から姿を現す。額には青筋が浮かんでおり、いつも以上に目つきが鋭くなっていた。
「小僧……舐め腐るのも大概にしとけよ……」
 ごつごつあめが思うように戦えず焦燥する中、アルソルもまた苦戦を強いられていた。
「竜皇斬!」
 遠距離から飛ぶ斬撃による攻撃。マスターブレイダーは防御体勢をとらず、正面からそれを受けた。左肩から斜めに大きく傷が入るが、それは瞬時に再生し綺麗さっぱり消えて無くなる。
(さっきからどうなっているんだ……何度攻撃しても奴の身体は再生してしまう!)
「無駄だ。お前の攻撃は我には通用せん」
 直接切りかかろうと空中から接近したアルソルに対し、マスターブレイダーは大剣を振りかぶる。
「大剣使いなら師匠の方が実力は上だ!」
 オヤジと何度も手合わせをしてきたアルソルにとって、マスターブレイダーの剣術はさして強くも見えなかった。空中で回転して大剣を避けたアルソルは、避ける動作からの流れでマスターブレイダーを斬る
。その矢先に傷が再生し始めるが、アルソルは再生しきる前に再び斬る。斬って斬って斬りまくる。
「無駄だと言っているだろう竜人族」
「ならばっ! ドラゴンブレス!」
 アルソルは口から吐く炎で傷口を焼く。だがそれすらも無意味で、容易く治ってしまう。猛攻を受けてもまるで動じぬマスターブレイダーは、反撃に大剣で一薙ぎ。アルソルは盾で受けるも、凄まじい威力に
吹き飛ばされた。アルソルが体勢を立て直す隙に、マスターブレイダーの傷は完治する。
(馬鹿な……奴は不死身なのか!?)
 動揺するアルソル。マスターブレイダーは大剣使いとしての能力こそオヤジに劣るが、オヤジには無い自己再生能力がアルソルを酷く梃子摺らせていた。
「これなら……どうだ!」
 アルソルはマスターブレイダーの首筋目掛けて剣を振る。マスターブレイダーは相変わらずのノーガード。切れ味の鋭い刃が見事に入り、胴と頭を切り離した。
 腐っても同じ人間同士、たとえ親の仇といえどアルソルは殺すまでするつもりはなかった。しかしマスターブレイダーが本当に不死身か確かめるため、あえて斬首に踏み込んだのだ。そしてアルソルの予想通
り、マスターブレイダーの首は瞬時にくっつき何事も無かったかのように傷が消える。
「ククク……我が不死身か確かめたつもりか? だがそんなことをしたところで益々絶望するだけだろう」
「くそっ、何か……何か奴を倒す方法は無いのか!?」
 勝ち誇るマスターブレイダーに、アルソルはただ悔しがるしかなかった。そしてその傍ら、ごつごつあめは更なる危機に陥っていた。
「ぐ……ハァ……ハァ……馬鹿にしやがって……」
 最初から全力で猛攻をかけたごつごつあめは、すっかりスタミナ切れを起こしていた。全身汗だくで猫背になっていたが、闘志だけは衰えず鋭い目でシルバーブレイダーを睨みつけている。
 シルバーブレイダーは相変わらず刀を抜くことなく、ひょうひょうとした態度でゆっくり近づいてはごつごつあめの攻撃をかわすことの繰り返しであった。
「シルバーブレイダーとやら、いつまで遊んでいる。大見得切って出てきた以上、あまりふざけた戦い方をするのはやめてもらおうか」
 マスターブレイダーから釘を刺され、シルバーブレイダーは舌打ちをする。
「しょうがねえな。あんたが悪いんだぜ、恨むなよ」
 遂にシルバーブレイダーは刀の柄に手をかけた。その表情は真剣になる。
「銀河、一閃!」
 ごつごつあめが驚いたのも束の間、居合い抜きによって血飛沫が舞った。ごつごつあめはふらついた足取りで後退した後、ばたりと仰向けに倒れた。一瞬の出来事に、誰もが愕然とした。シルバーブレイダー
は刀を振るって血を落とすと、再び鞘に収める。
「ごつごつあめーっ!」
 わたあめが叫ぶ。
「まさか……ごつごつあめ程の実力者が敗れるとは!」
 共に戦うアルソルは動揺し、マスターブレイダーから大きく退いた。
「マスターブレイダー様、まずは一人倒したぜ。そっちの竜人族も俺に任しちゃくれねえか」
 調子に乗ったような雰囲気で、シルバーブレイダーはマスターブレイダーに掛け合う。
「そこまで言うならやってみろ」
 マスターブレイダーは剣を収めて後ろに下がり、胡坐をかいて地べたに座った。
「許しも出たことだし、やらせてもらうぜ!」
 ごつごつあめとの戦闘ではやる気がなさげだったのに対し、今度はいきなり刀を抜いて突っ込む。鍔迫り合いになったアルソルとシルバーブレイダーは、お互い一歩も引かず押し合った。大人のアルソルと子
供のシルバーブレイダー、体格差は歴然である。しかしそれでも互角に押し合えるシルバーブレイダーの腕力に、皆は騒然となった。
「シルバーブレイダー……何て奴だ……」
 何より驚いているのは、デスエレメンツの面々である。
「我らが神の加護によって戦闘力が倍になるのはデスエレメンツだけ。つまり加護を受けられない奴は素で我々の倍以上の強さということになる」
 アクアブレイダーの発言に、デスエレメンツは揃って背筋を凍らせた。
「だが何故あれほど強い奴がデスエレメンツ入りすることもなく埋もれていたんだ?」
「わからん……何にせよ奴は要注意だ。下手したら我々の立場が危うい。尤も、真っ先に首を切られるのは今日負けた四人だろうがな」

 アルソルとシルバーブレイダーの戦いは、鍔迫り合いのまま膠着していた。
「……なあ、あんた」
 急にシルバーブレイダーから声を掛けられ、アルソルは驚く。
「この勝負、わざと負けてくれねえか。どっちにしろあんたはこの試合でマスターブレイダーには勝つことはできない。だが俺の言う通りにすれば、試合の後でマスターブレイダーを倒せるぜ」
 マスターブレイダーには聞こえないよう、シルバーブレイダーは囁くように言った。
「どういうことだ? お前は何がしたい?」
「俺もあんたと同じように、マスターブレイダーを倒したいと思ってる」
「お前はブレイダー族だろう。それがどうして」
「俺の両親は、マスターブレイダーに殺された」
 それを聞いた途端、アルソルの表情が変わる。
「……事情はわかった。では何故俺がマスターブレイダーに勝てないのか、詳しく教えてもらおうか」
「デスエレメンツはこの里の中にいる限りブレイダーの神の加護によって通常の倍の戦闘力を得ていることは知っているな。だが族長であるマスターブレイダーはそれに加えて、どんな傷も即座に再生し決して
死ぬことはないというもう一つの加護を受けている。つまり奴はこの里の中にいる限り不死身ということだ」
「……やはりそうだったか。この場所に誘い出され試合形式の戦いを挑まれた時点で俺達は詰んでいた、と」
「ああ、だが俺は奴の不死身を解除する方法を知っている。しかしそれをやるには俺一人の力では不可能だ。お前達の協力が欲しい」
「ごつごつあめをあんな風にしておいてよくそんなことが言えたな」
 白目を向いて大の字に倒れるごつごつあめに目線を向けながら、アルソルは言った。
「あいつにも協力を頼もうとしたんだが、一向に話を聞いてくれなくてな。仕方が無いから気絶させた。許してくれ」
「……」
 アルソルは沈黙する。膠着したまま小さな声で話す二人の様子を、観客達は不自然がり始めていた。
「あの二人、一体どうしたんだ?」
「さあ? 舌戦でもしてるんじゃないか」
 そんな観客の反応を聞いたシルバーブレイダーは、顔に焦りが見えた。
「俺を信じて共にマスターブレイダーを倒すか、このままマスターブレイダーに倒されるか、どっちか選べ!」
 早くこの状態を切り上げようと、シルバーブレイダーは答えを急かした。アルソルは、じっと彼の目を見る。

「どうしたんだろう、アルソル……」
 わたあめは不安そうにアルソルを見ていた。
「何か話しているようにも見えるが……不穏だな」
 わたわ町の皆が見守る中、シルバーブレイダーの放つ刃が煌く。アルソルの足取りがふらつき、ばたりとうつ伏せに倒れた。
「アルソルーっ!」
 叫びながらアルソルの方へと駆け寄ろうとするわたあめ。だがその瞬間床が開き、入場口にいたわたわ町側の選手達は全員穴に落とされた。
「うわああああああ!」
 わたあめ達の悲鳴が、闘技場の天井に響く。マスターブレイダーは立ち上がると、アルソルとごつごつあめを抱えて穴へと投げ入れた。
「勝者、マスターブレイダー&シルバーブレイダー!」
 司会者がそう叫ぶと、観客席はこの日最高の盛り上がりを見せた。

 

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