第46話 ドッパーの戦い

 罠の仕掛けられた不利な試合を見事覆し会場を騒然とさせたやすいくんとトゥンバ。勝って控え室に戻る二人を、仲間達が笑顔で迎えた。
「やったね! やすいくん、トゥンバ!」
 やすいくんはわたあめとハイタッチを交わす。続けて、トゥンバも。
「これでもうもも男の邪魔は入らないな」
「ああ、だが油断は禁物だ。相手が卑怯な手段を平気で使うことがわかった以上、次はどんな手を使ってくるかわからない」
 トゥンバの言葉に、皆が頷く。
「次に出るのは……ドッパーとロイヤルブイプルだったな」
「うん、いよいよ僕達の出番だね」
 カラリオとキツネ男の手当てを終えたドッパーがアルソルに言われて立ち上がる。
「すまないコン……本来なら中堅戦までに三連勝して終わらせるはずが、俺達が負けてしまったばっかりに非戦闘員のあんた達にまで戦わせて……」
「別に構わないよ。僕がついてきたのは皆の怪我を治すためだけど、別に戦えないわけじゃない。僕が結構強いってことは、君達も知ってるだろう」
「キツネ男君、君はこのロイヤルブイプルを買いかぶりすぎじゃあないか? 破壊部隊の時は敵がロイヤルセンターに来なかったから出番が無かったけど、僕は戦う準備をしっかりしていたんだ」
 自信満々に言うドッパーとロイヤルブイプル。キツネ男は、少し安心した表情になった。
「それに、子供達があれだけ頑張ってるのに、大人が戦わずにいるわけにはいかないだろう。あと一回勝てばクルミちゃんを助けられるんだ。僕達の力、ブレイダー族の奴らに見せてやろうよ!」
 二人の目に熱い闘志が宿り、闘技場へと足を進める。

 一方ブレイダー族側では、目を回して気絶しているもも男をエアロブレイダーとガイアブレイダーが控え室に運び出していた。
「ったく、ビームを跳ね返されて自爆とかアホすぎんだろこいつ」
 エアロブレイダーは助けてもらった恩を忘れたかの如くもも男を罵った。
 それを確認したマスターブレイダーは、次の試合に出場する二人を呼び出す。
「サンダーブレイダー、アクアブレイダー」
「はっ!」
 二人のブレイダーは両手を背中に回し、緊張した表情で返事をする。


「次の試合……負けたらどうなるかはわかっているな」
 マスターブレイダーは鋭い眼光で二人を睨み、脅しをかける。既に二敗しているブレイダー側にとって、自分達の敗北は一族全体の敗北に繋がるのだということを、サンダーブレイダーとアクアブレイダーに強く教え込ませた。
「我はデスエレメンツに絶対の信頼を置いている……どんな手を使ってでも勝て。いいな」
「勿論、承知しております」
 控え室を出た二人は、闘技場へと足を進める。
「おいアクアブレイダー、どうするつもりだ? 試合に負けたら俺達は……」
「どうと言われてもな……まさか今回の敵がこんなに強いとは思わなかったぜ」
 そう話す二人の前に、一人の男が姿を現した。
「リーフブレイダー」
 現れたのは頭に大きな葉っぱを付けたデスエレメンツ最後の一人、リーフブレイダーだった。


「お前達、いざとなったらこれを使え。俺が栽培したデスプラントの種だ」
 リーフブレイダーは黒い小さな植物の種を二人に手渡した。
「だ、だが……」
「勝つためならどんな手を使ってもいいとマスターブレイダー様からの許しが出ているのだろう? だったら遠慮なく使え。これもブレイダー族とデスエレメンツの誇りを守るためだ」
 サンダーブレイダーとアクアブレイダーは、ゴクリと唾を飲んだ。

 闘技場では、既にドッパーとロイヤルブイプルが入場を終えていた。この試合に必ず勝つという闘志を漲らせ、ブレイダー側の入場を今か今かと待っている。
「さあ、それではデスエレメンツ側の入場です! 痺れるバトルを見せてくれ、サンダーブレイダー! 流れるような勝利を決めてくれ、アクアブレイダー!」
 司会者の紹介と共に、二人のブレイダーは入場する。頭に稲妻を乗せ雷の剣を手にしたサンダーブレイダーと、頭に雫を乗せ水の剣を手にしたアクアブレイダー。観客の手前余裕ぶった態度をとってはいるが、これまでの試合を見ている以上内心は緊張していた。
「それでは早速……試合開始!」
 試合開始の合図と同時に、ドッパーとロイヤルブイプルが動いた。ロイヤルブイプルの目玉パンチに合わせて、ドッパーも目玉ポイントで目玉を伸ばす。
「ダブル目玉パンチ!」
 不意打ち気味に飛んできた目玉を二人のブレイダーは避けきれず、後ろに吹き飛ばされる。先制攻撃に成功したドッパーとロイヤルブイプルは、更に畳み掛ける。
「ロイヤルパンチ!」
「後頭部ポイント!」
 ロイヤルブイプルが後ろから嵐のような連続目玉パンチで牽制し、そこをドッパーが空中から急降下攻撃。硬化した後頭部で二人のブレイダーを襲う。
「ちっ、誇り高きデスエレメンツがこの程度でやられてたまるか!」
 サンダーブレイダーが雷の剣を天井に向けると、そこ目掛けて上から雷が落ちる。丁度サンダーブレイダーの真上にいたドッパーは、その直撃を喰らう。
「ぐわああああ!」
 全身に雷を浴びたドッパーは、裂けるような痛みに悲鳴を上げる。
「そぉら、これでも喰らえ!」
 アクアブレイダーは水の剣から水流を放ち、ドッパーに追い討ちを掛ける。それに対してドッパーはすかさず反応し、ランプル毒薬の形態を変える。
「腹ポイント!」
 風船のように大きく腹を膨らませた防御形態。打撃には強いが相手は水流である。押し寄せてくる水を、ドッパーは大きな腹で精一杯受け止める。
 アクアブレイダーは剣の柄を力強く握り、水流を強めた。ドッパーは押されまいと両足で踏ん張るが、その体は少しずつ後退していく。そして遂には、ドッパーの巨体が宙に上がった。
 強烈な水圧に押されたドッパーは、後ろにいたロイヤルブイプルを巻き込んで壁に激突した。ロイヤルブイプルはドッパーの巨大な腹に押し潰される。
「がはっ!」
「す、すまないロイヤルブイプル……」
 相手を追い詰めたところで、サンダーブレイダーは剣先を相手に向け電撃を放出。
「ぐわあああああ!」
 全身水浸しのドッパーとロイヤルブイプルにとって、この攻撃は非常に痛かった。バチバチと鳴る電撃音に混ざって、二人の悲鳴が闘技場に響く。
「弱い……弱すぎる……前三組がデスエレメンツを超える実力だったからこいつらもどれ程の者か恐れていたが……何のことはない、ただの雑魚じゃねえか」
 肩透かしを喰らったサンダーブレイダーは、ドッパーとロイヤルブイプルを罵りながら歩み寄る。
「く……デスエレメンツがこんなに強かったなんて……わたあめ君達が普通に勝ててたから僕達でも勝てると思っていたのに……」
「思っていたよりデスエレメンツが強かった……いや、思っていたより僕達が弱かった……いや、それも違う。僕達が思っていたより、わたあめ君達が強かったんだ」
 追い詰められて弱気なことを言うロイヤルブイプルに、ドッパーが答える。
「僕達はいつの間にか、わたあめ君達に大きな差をつけられていた。まったく子供の成長とは恐ろしいものだね」
「くそっ、こんなことならブレイダーバトルへの参加なんか志願するんじゃなかった!」
 振りかざされる雷の剣を受けて、二人は痺れながら吹き飛ばされる。
「ドッパー先生! ロイヤルブイプルさん!」
「やはりあの二人に戦わせるのは無茶だったか……」
 二人を心配してわたあめが叫んだ。アルソルは腕を組み、苦い顔をする。
 サンダーブレイダーはドッパーとロイヤルブイプルを更に追い詰めようと、ポケットからデスプラントの種を取り出した。
「さて、そろそろこいつを使うとするか」
「おい待て、そいつはいざとなった時のために貰ったものだろう。この程度の相手に使う必要は無い」
「いざとなったらだと? 使えるもんを使って何が悪い。それにこれまでの三試合、ブレイダー側は悉く煮え湯を飲まされてきたんだ。観客達が求めているのは常にデスエレメンツの完全なる圧勝。より相手を痛めつけ、完膚なきまでに叩きのめす。それでこそ観客は痺れるんだよ。こいつを使って、もっと観客を痺れさせてやるぜ!」
 アクアブレイダーの制止も聞かず、サンダーブレイダーはロイヤルブイプルに向かって種を投げつける。体が濡れているロイヤルブイプルに触れた途端、種は一気に成長し黒い蔦がロイヤルブイプルの身体を拘束した。
「なっ、こ、これはデスプラント! 取引が禁止されている凶悪な植物じゃないか! ぐわああああ!」
 突然苦しみ出すロイヤルブイプル。デスプラントがロイヤルブイプルの全身から養分を吸収しているのだ。
「ロイヤルブイプル! 今助ける!」
 ドッパーは爪ポイントで爪を伸ばし、ロイヤルブイプルの方へと走る。だがアクアブレイダーの発射した水流がそれを遮った。
「次はてめえの番だ!」
 ドッパーが足を止めた瞬間に、サンダーブレイダーは種を投げた。一瞬にして絡みつく蔦が、ドッパーの養分を奪う。
 だがドッパーは、慌てず爪を蔦に突き刺す。注射器の機能を持った爪から、毒薬が蔦に注入される。するとデスプラントは枯れ、崩れ落ちた。
 その隙を突いて、サンダーブレイダーとアクアブレイダーは突撃する。
「腹ポイント!」
 腹を膨らませて攻撃を受けるドッパーだが、防ぎきれず斬撃を受ける。それでもドッパーは怯むことなく、鼻ポイントによって伸ばした鼻でロイヤルブイプルを掴み、こちらに引き寄せた。
 ロイヤルブイプルは既に気を失っていた。ドッパーはロイヤルブイプルに絡みつく蔦に爪を突き刺して枯らし、ロイヤルブイプルを救出する。
(これでロイヤルブイプルがこれ以上養分を吸われることはなくなった。だが二対一で戦う以上、もう僕に勝ち目は無い……)
 ドッパーにとどめを刺そうと足を進めるサンダーブレイダーとアクアブレイダーを見て、ドッパーの額に冷や汗が流れた。
「ま、待ってくれ! わ、わかった。この試合は僕達の負けだ。攻撃するのはやめてくれ……」
 突如命乞いを始めるドッパーに、敵味方誰もが目を丸くした。
「どういうつもりだ?」
「ぼ、僕はこの試合を棄権する。戦闘不能にならなきゃ負けを認められないというのなら、僕はこの毒薬を飲もう!」
 ドッパーはそう言うと毒薬の瓶を取り出し、一気に飲み干した。直後「うっ」と声を上げ、ばたりと倒れ伏す。
「しょ、勝者、サンダーブレイダー&アクアブレイダー……」
 何だか釈然としない決着に、闘技場は静まり返る。
「ドッパー先生! ロイヤルブイプルさん!」
 わたあめ達は、慌てて二人に駆け寄った。ごつごつあめがドッパー、アルソルがロイヤルブイプルを背負って控え室に運ぶ。
「ドッパー先生、どうしてあんなことを……」
 控え室に戻って、カモンベイビーはドッパーに問い詰めた。するとドッパーは、何事も無かったかのように目を覚ます。
「ふう、何とか誤魔化せた。ああ、僕は毒に耐性があるから毒薬を飲んでも全然大丈夫だよ。それにさっき飲んだ薬には回復効果がある。僕の受けた傷もこれで大分治ってきた」
「いや、それはわかっているんだが……どうして自殺するフリまでしてわざと負けたりしたんだよ!?」
「僕の役目は皆の傷を治すことだ。僕が倒れれば、それができなくなってしまう。現にロイヤルブイプルは重症を負ってしまった。彼をそのままにしておくわけにはいかない」
 そう言ってドッパーは立ち上がり、ロイヤルブイプルの手当てを始めた。
「アルソル、ごつごつあめ、君達が最後の希望だ。僕達の分まで、頑張ってほしい」
「ああ、勿論だ。俺達は必ず勝つ」
「フン、任しとけ」

 所変わって闘技場。
「さあブレイダーバトルは、いよいよ大将戦です!」
 司会者が叫ぶ。副将戦の煮え切らない決着に盛り下がった観客を、どうにか上げようと必死であった。
「まずは挑戦者から……アルティメットソルジャー&ごつごつあめ!」
 紹介と同時に、わたわ町側の二人は力強く大地を踏みしめ入場する。
「そして! ブレイダー族側の先取は! 我らが偉大なる族長……マスタアアアアアブレイダアアアアア!」
 司会者が叫んだ瞬間、マスターブレイダーは高い位置に備え付けられた専用の観戦席から飛び降り、爆音と砂煙を上げて闘技場に着地した。
 一瞬の間の後、それまで静まり返っていた観客が一斉に歓声を上げた。それはさながら迫り来る波の如く、司会者の声を掻き消す程の歓声。
「あれが……マスターブレイダー……」
 父の仇を前にして、アルソルはぎゅっと拳を握る。


「そしてそのパートナーは、ブレイダー族一の植物使い、リーフブレイダー!」
 今度は普通に、入場口から一つの影が歩いてくる。その背丈は、わたあめと同じくらい。
「随分と小せえな。本当にデスエレメンツか?」
 やがて影はその姿を現す。その正体に、敵味方誰もが唖然とした。
 それはわたあめ達と同じくらいの年頃の少年であった。だが皆が驚いたのはそれではない。少年は、気絶したリーフブレイダーを肩に担いでいたのだ。

「リーフブレイダーは俺が倒した」
 少年は己の存在を誇示するように言い、リーフブレイダーを投げ捨てる。
「俺の名はシルバーブレイダー。マスターブレイダー様……この試合、俺があんたのパートナーだ」 

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