第42話 ブレイダーの里

 ブレイダーの里に向かう前、戦士達は一旦家に戻り出発の準備を整えた。そして再び、わたあめの家に集まった。
「おいカモンベイビー、何だその荷物は」
 パンパンに詰まった巨大なリュックサックを背負ったカモンベイビーに、やすいくんが尋ねた。
「何って……お菓子だろ、ゲームだろ、エロ本だろ」
 カモンベイビーはそう言って、リュックの中身を一つずつやすいくんに見せていく。
「全部置いていけ。俺達は遊びに行くんじゃないんだぞ」
 やすいくんはリュックの中身を放り捨てる。
「ヤダヤダ、せめてエロ本だけでも」
「ダメだ!」
「こんなにエロいんだぞ!」
 カモンベイビーはやすいくんを説得するため、エロ本の魅力を伝えようと中を開いてとびっきりエロいページを見せた。その瞬間やすいくんは顔を真っ赤にし、頭から湯気を出しながらエロ本をビリビリに引き裂いた。
「そんな猥褻な物を俺に見せるなああああああ!!!」
「ああーっ、俺のエロ本ーっ!」
 宝物を破壊され、カモンベイビーは号泣。無数の紙切れと化したエロ本を前に崩れ落ちた。
「ったく何やってんだ。さっさとバスに乗るぞ」
 ごつごつあめが呆れ顔で言う。
「やれやれまったく」
 微笑ましいものを見るように、ドッパーとロイヤルブイプルが笑った。
 やがて全員が乗り込み、オヤジやメガネ男達に見送られながらロイヤルセンター所有のバスが発進する。
「ロイヤルブイプルさん、ブレイダーの里への道筋は自分がお教えします」
「ああ、助かるよ」
 アルソルの指示に従い、ロイヤルブイプルがハンドルを切る。
「あああ……俺のエロ本ちゃん……」
 エロ本とついでにお菓子とゲームを全てわたわ町に置いていかれ、カモンベイビーはいじけていた。
「やすいくんはちょっと真面目すぎるコン。エロ本の一冊くらい持たせてあげてもよかったんじゃないかコン?」
「小学生があんなものを読むべきじゃない。これから仲間を取り戻すため敵地に赴くという時ならば尚更だ」
「カモンベイビーにとってエロ本は魂みたいなものなんだよ。あれを読むことで精神を落ち着かせ、戦いに集中できるようになるらしいぜ、本人曰く」
「……」
 キツネ男とカラリオの弁に、やすいくんは複雑そうな表情をした。
「それにお菓子やゲームを持ってこようとしたのだって、移動中にみんなで遊んだりして、僕達の緊張も解そうとしてくれてたんだよ、多分」
 わたあめが言う。これまでわたわ町防衛のために戦ってきた彼らにとって、親元を離れ遠い敵地に向かうのは初めてなのだ。下手をすれば二度と家族に会えず、墓に骨を埋めることすらできないかと思うと、自然と顔が強張った。その緊張を少しでも和らげようと、カモンベイビーは色々用意していたのである。
「カモンベイビー……すまなかった」
「別にそんなんじゃねーよ。ただ俺が遊びたかっただけだ」
 カモンベイビーはぶっきらぼうに外を向いた。
「ねえアルソル、竜人族とブレイダー族のこととか、もっと詳しく教えてよ」
 ロイヤルブイプルに一通りの道筋を伝えたアルソルが自分の席に戻ってきたところで、わたあめが尋ねた。
「そうだな……何から話せばいいか」
 そう言ってアルソルは、自らの過去、そして竜人族とブレイダー族の因縁について語り始めた。

 竜人族とブレイダー族の戦いの始まりは、2000年ほど前に遡る。剣術に長けた凶悪な蛮族であるブレイダー族は、ある日他の部族に対して略奪行為を始めた。一つの部族が滅びるまで根こそぎ食料や金品を奪った後地下にあるブレイダーの里に潜り、食料が尽きたらまた別の部族に略奪に行くというのがブレイダー族の基本的な行動パターンである。いくつもの部族がブレイダー族に滅ぼされ、歴史からその名を消していった。その状況で立ち上がったのが、竜の如き角と翼と尾を持つ竜人族であった。正義感の強い竜人族は、ブレイダー族の暴虐から他の部族を守るために剣を振るった。
 正義の竜人族と悪のブレイダー族、その戦いは永遠に続くかに思われた。だが長い月日の後、突如として戦いは終わりを迎える。
 そのきっかけは、マスターブレイダーという男がブレイダー族の族長に就任したことだった。マスターブレイダーの始めたブレイダーバトル。それは他部族の里から女子供を攫い、それを救うためにブレイダーの里に赴いた戦士十人と、族長含むブレイダー族最強の十人を戦わせるという儀式であった。
 そして遂に、ブレイダー族の魔の手は竜人族へも伸びた。攫われた仲間を取り戻すため、アルソルの父を含む竜人族最強の戦士十人が、ブレイダーバトルへと挑んだ。ブレイダーバトルに参加させられて帰ってきた者はいないということは承知の上だった。竜人族の戦士達は、これまで幾多とブレイダー族を打ち負かしてきた。ブレイダー族との戦い方はどこの誰よりも熟知していたし、絶対に負けない自信があった。だが、戦士達は帰ってこなかった。最強の戦士達を失った竜人族は大幅に弱体化。そこを狙ってブレイダー族は竜人族の里へと侵攻。竜人族は古くからの友好部族である魚人族の助けを借りて迎え撃つも力及ばず、魚人族もろとも滅ぼされた。地下に隠れていたアルソルは、ただ一人の生き残りとなった。
 アルソルは長旅の末、オヤジと出会う。オヤジから剣術を教わり一人前の剣士となったアルソルは、弱き者を虐げる悪から人々を守るため旅立った。かつて竜人族の戦士達がしていたように。

「……なるほど、それでアンタはブレイダー族への復讐の機会を窺っていたってわけかい。この戦いはアンタの親父や一族の敵討ちにもなるんだろう」
 ごつごつあめが訊ねた。
「いや……かつて俺の尊敬する人が言っていた。『憎しみを持って剣を振れば、その刃は必ず自分に返ってくる』と。ブレイダー族を憎んでいないと言えば嘘になるが……俺は復讐ではなく、弱き者を護るために戦っている……そうでありたいと思っている」
 アルソルは一瞬俯いた後、外の景色を見ながら言った。
「フン、やっぱりお前、わたろうの兄貴だぜ」
 ごつごつあめは清々しそうに言った。かつて復讐という鎖に縛られていた彼にとって、アルソルとは他人のような気がしなかったのだ。

 わたあめ達がブレイダーの里に向かっている頃、ブレイダーの里ではマスターブレイダーともも男が話をしていた。
「もも男よ、これで我はゾウラ族の幹部になれるのだな」
「もーっもっもっも、勿論ですもも。キングゾウラ様は実力さえあればその者の生まれを問わず重宝されますもも。現にゾウラ七幹部の一人は人間界の出身。これまで散々ゾウラ族を苦しめてきたわたわ町の戦士達をブレイダーバトルで一網打尽にすれば、マスターブレイダー様の七幹部入りはもう確定。そしてマスターブレイダー様の実力であれば、七幹部どころか四天王も夢じゃありませんもも」
「ワハハハハ、四天王か……そいつはいい! 我らブレイダー族、ゾウラ族の傘下に入った甲斐があるというものだ」
(もっもっも、これでわたわ町の戦士達を倒すのと新たな幹部のスカウトという二つの偉業を成し遂げた俺の評価は鰻上りだもも。失敗続きですっかり信用を失った俺だけど、遂に汚名返上の時だももーっ!)
 もも男はにやにや笑いながらへこへこと頭を垂れて、マスターブレイダーに媚び諂う。だが、心の中では自分のことばかり考えていた。
 組織としてのゾウラ族には、種族としてのゾウラ族、即ちゾウラ界の出身でない者も多く在籍している。もも男の誘いに乗ってゾウラ族の傘下へと入ったマスターブレイダーの狙い、それはアートロンの後釜としてゾウラ七幹部に入ることだった。新たな幹部の選抜は、有力候補であった破壊部隊の全滅によって一度白紙に戻された。そんな中でもも男が目をつけたのが、人間界に悪名轟くブレイダー族であった。
 昨年失脚したメテオ・ブラックは、現在ゾウラ城の地下牢に幽閉されている。他に就ける者がいないからという理由で未だ四天王の位は残っているが、実質四天王の席も一つ空いているようなものである。もしここで新しく四天王に入れるだけの実績と実力を持つ者が現れれば、メテオ・ブラックは即座に処刑されるだろう、ともも男は見ている。マスターブレイダーの出世は、その人材を発掘したもも男自身の出世にも繋がるというわけである。
 わたわ町の戦士達を誘き出すために攫われたクルミは、そんなもも男とマスターブレイダーの会話を牢の中から聞いていた。
(どうしよう、あのマスターブレイダーって人、ゾウラ族の幹部になれるくらい強いなんて……わたくん、みんな、どうか無事で……)

 わたあめ達の走るバスは、カモン王国西部の荒野を走っていた。アルソルの話によれば、ブレイダーの里はこの辺りにあるという。
 乾いた風が吹き荒ぶ赤茶色の大地に不釣合いな人工物が一つ、ぽつんと置かれていた。地面に平行に付けられた、冷たく重い鉄扉。それが地下にあるブレイダーの里への入り口だった。
 わたあめ達がバスから降りると、鉄扉がギギギと鈍い軋み音を立ててゆっくりと開く。そしてそこから、一人の男が姿を現した。わたあめ達の足音に気付き、扉を開けた里の門番であった。門番は手に岩の剣を持ち、頭に丸い岩を載せている。
 アルソルは剣の柄を手に一歩前に出て、男の前に立つ。
「俺達はわたわ町から来た。ブレイダーバトルに挑ませてもらう!」
「……承知した」
 門番は面倒くさそうに言うと、扉を大きく開けてわたあめ達を招いた。扉の向こうには、遥か地下へと向かう真っ暗な階段が続いている。わたあめ達は、ごくりと唾を飲んだ。
 先陣を切って、アルソルが階段へと足を踏み入れる。
「本当に……行くんだな」
「何今更弱気になってんだ。とっとと行くぞ」
 急に尻込みしだしたカラリオを、ごつごつあめが叱る。ごつごつあめは恐れなど無いと言わんばかりに、アルソルに続いて地下へと進む。
「行こう。この先にクルミちゃんがいるんだ」
 わたあめが、一人一人と目を合わせてから言った。皆覚悟を決め頷く。
 ここで死ねば、二度とわたわ町には帰れない。それでも男には、やらねばならない時がある。
 わたあめ達が全員地下に入ると、鈍い音と共に扉が閉まる。差し込む日光が少しずつ小さくなってゆくのが、わたあめ達の不安を煽った。もう、後戻りはできない。

 深淵へと続く階段を、わたあめ達は番人の持つ松明の灯かりだけを頼りに一歩一歩下っていく。僅かでも足を踏み外せば、ブレイダー族と戦う前にお陀仏だ。その歩みは必然的に慎重になる。
 暫く進むと、狭かった階段から一転して開けた場所に出た。わたあめ達全員が階段からこちら側に来ると、門番は階段に繋がる扉を閉め鍵をかけた。
 そこは燭台と石造りの家が並ぶ、ブレイダー族の集落であった。
「ブレイダー族にも、普通に生活してる人はいるんだよな……」
 辺りをキョロキョロと見ながら、カラリオが言う。そこで暮らしているのは、略奪を行う戦士ばかりではない。ごく普通の女性や子供も、当たり前に暮らしているのだ。
「だが彼らが生活の糧としているものは全て他の部族から略奪されたものだ」
 やすいくんが言う。
「よう、お前らブレイダーバトルに参加するのか?」
 油断していたところを突然話しかけられ、わたあめ達はドキリとする。話しかけてきたのは、わたあめ達と同年代の少年であった。
「子供までいるのか。俺と同じくらいか? すげーなあ」
 少年はわたあめ達の方をじろじろと見ながら、馴れ馴れしく話しかけてくる。腰に刀を差し、銀色の三角帽子を被った姿が特徴的だった。
「何なんだコイツ……」
 カモンベイビーが目を細めて言う。
「退け小僧。神聖な儀式の邪魔だ」
「へいへい、退きますよー」
 門番が剣の柄に手を掛け脅すと、少年はおどけてそそくさと逃げていった。

 門番に連れられて辿り着いたのは、全面石造りの巨大な闘技場であった。その壮大な光景に、わたあめ達は皆驚愕。
「す、すげえ……地下にこんなもんが……」
「カ、カモンコロシアムの方がでかくて凄いぜ!」
「でも、これ全部石でできてるんだぜ。田中博士の技術も無しに……」
「……」
 カラリオの言葉に、カモンベイビーは何も言えなくなった。
「さあ、入れ」
 門番に急かされ、わたあめ達は闘技場に入る。その瞬間、多くの歓声が沸き上がった。観客席から突き刺さる、ブレイダー族達の視線。わたあめ達に、緊張が走った。
「あれは……クルミちゃん!」
 カモンベイビーの指差す先。わたあめ達の丁度反対側の出入り口の上部に吊るされた檻に、クルミは入れられていた。そしてその檻のすぐ側に、一人の男が立つ。
「よくぞ来た挑戦者達よ。我こそがブレイダー族族長、マスターブレイダーである」
 ごつごつあめの倍はあろうかという巨体に大剣を携えた筋骨隆々の男は、野太い声でそう言った。
「あいつが……マスターブレイダー……」
 自分達の前に姿を現したブレイダー族の長。その姿を、アルソルはじっと見つめる。
「それでは早速、ブレイダーバトルのルールを説明しよう。ブレイダーバトルでは、二対二の戦闘を五回行い先に三勝した方が勝者となる。もし貴様らが勝利した場合、貴様ら全員と人質を地上に解放してやろう。だが我々が勝利した場合、試合に勝った者を含めた貴様ら全員、我らが神の生け贄となってもらう。なお、こちら側からはブレイダー族最強の十人、即ち族長である我と九人の幹部であるデスエレメンツが出場する。万が一にも貴様らの勝ちは無いと思え」
 マスターブレイダーは高い位置から見下ろし、そう言った。
 ルール説明が終わった後、わたあめ達は控え室に案内された。
「何だこりゃ、まさかここに全員入れってのか? 冗談じゃねーぞ」
 扉を開け控え室の中を見たカモンベイビーの口から、思わず文句が漏れた。そこは椅子一つ無い殺風景な部屋で、十人全員が入るには随分と狭かった。
「仕方が無いよ、僕達は挑戦者の立場なんだから」
 わたあめはそう言って控え室に入る。なんとか十人全員が収まったが、最初に思った通り酷く狭い。アルソルは申し訳なさそうに精一杯羽を畳んでいる。十人中五人が小学生だったのは幸運といえるか。
「さて、対戦の組み合わせについてだが……」
 アルソルが額に汗をかきながら、作戦会議を切り出した。
「恐らくマスターブレイダーは大将戦に出てくるだろう。そこで大将戦には、俺とごつごつあめが出ようと思う」
「そう、俺を選ぶとは見る目があるな」
「ああ、ごつごつあめとは一度手合わせしているからな。一緒に組んで戦うなら一番いいと判断した」
「それで、他の試合は……」
「それに関しては、皆で相談して決めよう」

 皆で話し合い、誰と誰が組んでどの順番で出るのかは大体決した。
 丁度作戦会議が終わった頃に、ブレイダー族の男が控え室を訪ねた。
「もうすぐ始まるぞ。先鋒戦に出る者は誰だ」
 男の言葉を聞き、わたあめとカモンベイビーが他の者を押し退けながら扉の前に来た。
「わたあめ、カモンベイビー、頼んだぞ!」
「うん、任せてよ」
「ブレイダー族に一泡吹かせてやるぜ」
 わたあめとカモンベイビーは、仲間の声援に対し気合十分に答える。
 ブレイダーバトル先鋒戦。その幕が、今上がろうとしていた。

 

TOP 目次  

inserted by FC2 system