第41話 新たなる脅威
「うう〜、ヒック。ししょお〜、もう飲めまひぇん……」
「何じゃだらしないのう、もっと飲め飲め」
ごつごつあめとの戦闘後、アルソルはオヤジに無理矢理酒を飲まされていた。泥酔で机に顔を伏せるその姿に、やすいくんは思わず溜息を吐く。
「全く、オヤジさんにも困ったものだ。竜人族の剣術のことを聞きたかったのに、あれじゃ話にならないじゃないか」
「父さんは嬉しいんだよ、アルソルと再会できたことが。まあ、嫌がってるアルソルに無理矢理飲ませるのはどうかと思うけど……」
わたあめは苦笑いしながら言った。
カモンベイビー、カラリオ、キツネ男らは、アルソルの圧倒的な強さを興奮気味に語り合いながらお菓子を食べている。ごつごつあめは戦闘後わたあめの家からドッパー医院に向かった。軽傷であったが、念のためにとアルソルの勧めによってである。友人トリオも、その付き添いでわたあめの家を出て行った。
「俺も今日は帰ることにするよ。アルソルもあんな調子だし……」
やすいくんが横目でアルソルを見ながら言う。
「そうだね。あの酔いじゃ今日はうちに泊まることになりそうだし、話はまた明日聞きに来てよ」
「ああ、わかった。カモンベイビー、カラリオ、キツネ男。とりあえず俺は帰ることにするけど、皆はどうする?」
やすいくんに聞かれ、カモンベイビー達は話を止める。
「おう、そうだな。それじゃ俺らも帰るとするか」
「明日もアルソルさんに会いに来るぜ」
「また明日コン」
カモンベイビー達を送り出したわたあめは、酔い潰れて眠るアルソルを起こそうと体を揺する。
「ほら、起きてよアルソル。こんなところで寝てたら風邪ひくよ」
何度も起こそうとするも、起きる気配はまるで無い。
「わたぴよ、手伝って。アルソルをベッドに運びたいんだ」
「わかったよ、兄ちゃん」
一人携帯ゲームをしていたわたぴよは、わたあめに言われて立ち上がる。二人はアルソルの体を持ち上げ、寝室まで運んだ。オヤジも同じように寝ているが、こちらはいつものことなので何もせず放っておく。
「ふう、お疲れわたぴよ」
アルソルをベッドに寝かせ、わたあめは一息つく。
(僕も、もっといろんなことを聞きたかったんだけどなあ……)
そんなことを思い、アルソルの寝顔を見た。窓を開け、外を眺めながらわたあめは考える。
(アルソルはどんな旅を、どんな戦いをしてきたんだろう。わたろう兄さんにも会ったらしいけど……)
引っ越してきてから二年が経ち、すっかり見慣れた外の景色。だがそこに、一つの違和感があった。
(あれは……!)
わたわ町の住宅街に立ち昇る、一筋の黒い煙。わたあめは慌てて家を飛び出した。
(まさか、ゾウラ族!?)
煙が立ち昇る住宅街に、一人の男が立っていた。駆けつけたわたあめは、その男と対峙する。
「やめろゾウラ族! 僕が相手だ!」
わたあめは男に向かって叫び、身構える。声を聞いた男は、ゆっくりと振り返った。男の頭には赤い炎がメラメラと燃えており、その手には炎の剣が握られていた。
「ゾウラ族? 違うな。俺の名はファイヤーブレイダー。ブレイダー族だ」
「ブレイダー族……?」
聞き慣れぬ単語に、わたあめは首を傾げる。だが、どこかで聞いたことがあるような気もする。何とも言えぬもやもやが、わたあめの心の中を曇らせた。
「お前がわたあめだな。俺と手合わせ願おうか」
「僕の名前を知ってるのか!?」
名前を呼ばれ、わたあめは驚いた。ファイヤーブレイダーはその隙を見逃さず、一気に間合いを詰めて剣を振るう。わたあめは咄嗟にふんわりガードで防御。だが次の瞬間、わたに火がついた。
「熱っ!」
燃え上がるわたから思わず手を離し、わたあめは後ろに跳ぶ。わたはチリチリと音を立てながら灰に帰した。
(こいつの剣には切った物を燃やす力があるのか)
間合いをとって、わた再生をしながら体勢を立て直す。
(ブレイダー族……一体何者なんだ)
一方その頃、カモンベイビーとやすいくんもまた、カモン城への帰り道で二人の男と遭遇していた。
「俺はエアロブレイダー」
「俺はアイスブレイダーだ」
エアロブレイダーは頭に竜巻が渦巻き竜巻の剣を持つ男。アイスブレイダーは頭から氷柱が生えた氷の剣を持つ男だ。
「ゾウラ族だな。早く帰ってエロ本読みてえんだ、とっとと決着つけるぞ」
カモンベイビーは身構え、やすいくんは剣を抜く。
「変だな……」
「どうしたやすいくん」
やすいくんの呟きに、カモンベイビーが聞き返す。
「奴ら、ゾウラ族とは少し違う気がする。ゾウラ族の持つ人ならざる邪念が感じられない」
「はあ? あいつらはゾウラ族じゃねえってのか? どっちにしろあいつらが町を破壊してることに変わりはねえんだ。とにかくぶっ倒そうぜ」
「お前ら何ブツブツ話してる」
痺れを切らしたエアロブレイダーから声をかけられ、二人は再び敵に目を向ける。
「待たせたな。お望み通り一撃でぶっ倒してやるぜ! ドラクチャキーック!」
カモンベイビーは飛び上がると同時に、両脚を揃えてドロップキックを放った。やすいくんはその後ろでクリスタルショットの体勢に入る。
わたあめ、カモンベイビー、やすいくんが謎の敵と交戦する中、カラリオとキツネ男もまた同様に戦っていた。
「ケケケーッ、俺はライトブレイダーだ!」
帰り道のカラリオに、頭に光を乗せた男が襲い掛かる。その手に持つのは、光の剣。カラリオは空中へと飛び上がって避けるが、ライトブレイダーは光の如き速さで追い討ちをかける。
「俺はダークブレイダー!」
キツネ男と戦うのは、頭に闇を乗せた男。闇の剣を手に、闇のように邪悪な笑みを浮かべて鋭い連続攻撃を仕掛ける。キツネ男はその一つ一つを身軽な動きでかわし、隙を見てコンマーで反撃を繰り出す。
わたあめとファイヤーブレイダーの戦闘は、わたあめの優勢で進んだ。わたを燃やされることに気をつけながら、的確かつ勇猛果敢に攻撃を繰り出していくわたあめ。ファイヤーブレイダーの単調な攻撃は、破壊部隊との戦いを乗り越えたわたあめにとって大した強敵には感じられなかった。
(こいつ……思ってたほど強くない?)
そのあまりの手応えの無さに、わたあめは疑問を抱く。
(本気を出していないのか、それとも……)
ファイヤーブレイダーの顔面にわたたきパンチを叩き込みながら、わたあめは考えた。吹き飛ばされたファイヤーブレイダーはごろごろと転がりながら民家の塀に当たって悶える。
「く……デスエレメンツの一角たるこの俺がここまで苦戦するとは……これがわたわ町の戦士か」
鼻血を拭いながら立ち上がるファイヤーブレイダー。わたあめはその次の動きに警戒する。
と、その時だった。わたあめ達の戦う住宅街から少し離れた場所で、轟音と共に空に向かって一筋の光が立ち昇った。
「あの光線は……ももストリーム!?」
突然のことに気をとられるわたあめ。ファイヤーブレイダーはその隙を見逃さなかった。炎の剣をしっかりと握り、わたあめに攻撃を仕掛ける……かと思いきや、噴き出す炎をジェットにして一気に後退、この場から逃げ出した。
「あっ、待て!」
まさかの行動に驚いたわたあめはファイヤーブレイダーを追いかけようとするが、先程の光線も気になる。更に言えばその光線の発射された場所が、眼鏡書店の近くであることが不安を煽った。
(やっぱり、クルミちゃんとメガネ男が心配だ!)
そう思ったわたあめは、ファイヤーブレイダーを追うのを諦め眼鏡書店へと走った。
「ふうかぜマント!」
カモンベイビーがマントで起こす風と、エアロブレイダーの剣が起こす風。二つの風がぶつかり合い、辺りを突風が吹き抜ける。
その隣では、水晶の剣と氷の剣による剣戟が繰り広げられていた。透き通る刃を持つ二つの剣が、打ち合う度に火花を散らす。
白熱する戦いの最中、眼鏡書店近くで放たれた光線がここで戦う四人の目にも写った。
「何だあれは!?」
驚くカモンベイビーとやすいくんを尻目に、二人のブレイダーは目を見合わせる。
「合図が来たか」
二人のブレイダーは、ファイヤーブレイダー同様隙を見てその場を引く。
「合図だと!? 待て、どこへ行く!」
「お、おい、どういうことだよやすいくん!」
カモンベイビーは、突然逃げ出した敵の行動に理解が追いつかずにいた。
「くっ……恐らく奴らの目的は俺達の足止めだ。だとしたら……カモンベイビー、光線の発射された場所に急ぐぞ!」
「くそっ、早く帰ってエロ本読みたかったのに!」
敵の目的を察したやすいくんは、眼鏡書店へと駆け出した。カモンベイビーも、その後を追う。
眼鏡書店の屋根の上。ぐったりと気を失ったクルミを脇に抱えたもも男が、眼鏡を光らせて立っていた。
「もも男! やっぱりお前か!」
いち早く駆けつけたわたあめが、声を張り上げて叫ぶ。
「おーい、わたあめ!」
カモンベイビーの声が聞こえた。カモンベイビーとやすいくん、それにカラリオとキツネ男が、眼鏡書店に集まってきた。
「もーっもっもっも、作戦大成功だももーっ」
そう笑うもも男の周囲に、五人のブレイダーが降り立った。
「お前らはさっきの……やっぱりもも男と組んでたのか!」
カモンベイビーの言葉に、エアロブレイダーはニヤリと笑う。
「もしかして、皆もあいつらと戦ってたの?」
「ああ。さっきのももストリームを合図に逃げられちまったがな」
「俺も同じだ」
「俺もだコン」
わたあめの問いに、カモンベイビー、カラリオ、キツネ男が答えた。
「どうやら俺達は、奴らの作戦にまんまと嵌められてしまったらしい」
やすいくんが悔しそうに言う。
「お前達、クルミちゃんをさらってどうするつもりなんだ!」
「おっと、動くなよ」
わた投げの体勢に入るわたあめに対し、ダークブレイダーは闇の剣をクルミの首筋に近づけ脅しをかけた。
「クルミちゃん!」
わたあめはわたを掴んだ手を降ろす。行き場の無い怒りが、わたをぎゅっと握り締める。
「卑劣な手を……」
やすいくんは怒りに震えた。
「わたわ町の戦士達よ」
ファイヤーブレイダーが一歩前に出た。
「この娘を返してほしくば、十人の戦士を集めブレイダーの里まで来い。以上だ」
「あっ、待て!」
どこからともなく飛来した六体のストリアが、もも男と五人のブレイダーを掴んで飛び去ってゆく。わたあめ達は、連れ去られるクルミをただ見ていることしかできなかった。
「……くそっ!」
カモンベイビーは拳を地面に打ちつける。
「まさかもも男なんかに一杯食わされるなんてコン……」
「お、おい、どうすんだよこれ……どうすりゃいいんだ?」
「どうすりゃいいもないだろ。彼女を助けるしかない」
戸惑うカラリオに、やすいくんが言う。
「そうだね。こんなところで立ち往生してる場合じゃないよ。まずは父さんに報告しよう」
わたあめの提案により、五人はわたあめの家へと向かった。
「起きてよ父さん、大変なんだ」
わたあめはオヤジを叩き起こし、先程の経緯を話した。始めは酔っ払い寝ぼけていたオヤジだが、ゾウラ族に関する話とわかった途端表情は真剣になった。
「それで、もも男と一緒にいた奴らはブレイダー族って名乗ってたんだ」
「ブレイダー族、だと……」
寝室から出てきたアルソルが、頭を抑えながら言った。
「アルソル! 目が覚めたんだね!」
「ああ。それよりわたあめ、お前さっきブレイダー族って……」
ブレイダー族という言葉にやたらと食いつくアルソルに、わたあめは首を傾げる。先程起こったことを、わたあめはアルソルにも話した。
「そうか……ブレイダー族がゾウラ族と手を組んだか……しかも十人の戦士をということは、ブレイダーバトルをやる気か」
「ブレイダーバトル? アルソルはブレイダー族が何か知ってるの?」
「ああ、ブレイダー族というのは、他の様々な一族を滅ぼして回っている人間界最悪の蛮族だ」
「人間界にもそんなゾウラ族みたいな奴らがいるのか!?」
カモンベイビーが目を丸くして尋ねる。
「そうだ。だからこそ俺の生まれた一族である竜人族は、古くからブレイダー族と戦っていたんだ。わたの一族がゾウラ族と戦う宿命であるのと同じようにね」
アルソルの言葉を聞き、わたあめは思い出した。ブレイダー族という言葉に聞き覚えががあった理由を。まだ幼かった頃、アルソルの口からその言葉を聞いていたのだ。
「ブレイダーバトルというのは、ブレイダー族が行う戦いの儀式だ。他所から来た戦士十人と、ブレイダー族最強の十人を戦わせるというルールだと聞いている。それに参加させられた者は、一人たりとも生きて帰ってこなかったと言われている。俺の父親を含む竜人族の戦士達も、皆それで命を落とした」
ブレイダーバトルの恐ろしさに、わたあめ達は息を飲む。
「でも、クルミちゃんを助け出すにはそれに参加するしかないんでしょ?」
わたあめはそれでも怖気ず、真剣な眼差しでアルソルに言った。
「やる気なんだな、わたあめ。よし、ブレイダーバトルに参加する以上、わたわ町最強の十人を集める必要があるね」
わたわ町各地に連絡が行き渡り、わたあめの家に戦士達が集まった。
まず一人は、サイボーグ・トゥンバ。
「少女を人質にする卑劣なブレイダー族……許すまじ。それにゾウラ族もこの件に関わっているそうじゃないか。ならばこのサイボーグ・トゥンバが協力しない理由はないさ」
続いて、ごつごつあめ。
「クク……生きて帰ってきた者はいない恐怖のバトルか。面白え、更なる修行を重ねた俺の実力を試すにはいい機会だ」
「ごつごつあめ、怪我は大丈夫なの?」
「何も問題無え。ドッパー先生に治してもらったからな」
そう言うごつごつあめが目をやる先にいるのは、わたわ町が誇る名医どくーどくードッパーである。
「怪我を治せる人が一人は必要だよね。僕も参加させてもらうよ」
そして最後の一人が、意外にもロイヤルブイプルであった。
「皆をブレイダーの里に運ぶ乗り物が必要だろう? だったらロイヤルセンターの所有するバスに乗せてってあげるよ。言っておくが僕は戦士としても結構強いよ。こう見えてもわたわ武闘会ベスト8だからね」
わたあめ、カモンベイビー、やすいくん、カラリオ、キツネ男、ごつごつあめ、トゥンバ、ドッパー、ロイヤルブイプル、そしてアルティメットソルジャー。この十人が、クルミ救出のためブレイダーの里に向かう戦士達である。
ちなみに、アルソル曰く十人の戦士以外の者を連れて行けば何をされるかわからないとのことで、スイクンはお留守番、やすいくんは騎馬無しで戦うことになる。
「よし行くぞ……クルミちゃんを助けに!」
新たな戦いの幕が今、開こうとしていた。