第39話 ブルークリスタルの奇跡

 わたあめとやすいくんが握手を交わした瞬間、突如として光り輝くブルークリスタル。その光を浴びたやすいくんの体の傷は、急激に癒えていった。
「こ、これは一体……」
 わたあめはあまりのことに驚き目を丸くする。一方でやすいくんは全身の痛みが引いたのを確認すると、すぐに起き上がった。
「大丈夫なの、やすいくん」
「ああ。もう完全に治ったみたいだ」
 やすいくんはそう言った後、急に俯いて黙る。
「どうしたの?」
「……わたあめ、突然なんだが、メテオ・ブラックを倒しブルークリスタルを取り戻す方法がわかった」
 不思議に思って顔を覗き込むわたあめに、やすいくんは言う。
「ええっ!?」
「信じられないかもしれないが……ブルークリスタルが教えてくれたんだ。怪我を治すのと同時に、俺の頭の中に映像が流れ込んできて……」
 やすいくんは突拍子の無いことを言い出したことを申し訳無さそうにしながら話すが、わたあめは疑おうともせず純粋な目をしてそれを聴く。
「それで、どうすればいいの?」
「これをやるには、お前の協力が必要不可欠だ。やってくれるか?」
「もちろんだよ!」


 ブルークリスタルの光は、メテオ・ブラックの動きを止めた。その隙にやすいくんは、オヤジのメテオ・ブラックの間に立つ。やがて光は消え、メテオ・ブラックは目を開いた。
「メテオ・ブラック……ブルークリスタルは返してもらうぞ!」
 やすいくんは剣先をメテオ・ブラックに向け、注目を自分に引き付けるかのように言う。
「小僧……どういうことだ。何故貴様がそこに立っている」
 メテオ・ブラックはやすいくんの突然の復活に、理解が追いついていない様子だった。
 やすいくんは何も答えず、メテオ・ブラックの顔面目掛けて突きを繰り出した。
「効かんわ!」
 メテオ・ブラックは額でそれを受け止めると、腕を振るいやすいくんを叩き潰そうとする。
 瞬時に作り出した水晶壁を身代わりにし、やすいくんはメテオ・ブラックの左足元に避ける。直後、足首を剣で切りつけ即後ろに飛び退いた。
 付かず離れず一定の距離をとりながら、敵の攻撃をかわしつつ隙を見て近づき反撃する。その動きは一度倒れる前よりも明らかに切れがいい。だがそれでも、メテオ・ブラックのダイヤモンドより硬い皮膚には傷一つ付けられなかった。一見無意味に見えるやすいくんの戦い。だがオヤジとカモンベイビーは、何も言わず静かに見守っている。
「チィ……しゃらくせえ!」
 怒りと共に振り下ろされた拳をかわしたやすいくんは、ふとメテオ・ブラックから目線を外し、遠方に目線を送る。
「ため投げーっ!」
 やすいくんの合図と共に、わたあめが叫んだ。巨大なわたが飛来し、メテオ・ブラックの背中にぶち当たる。わたは大爆発を起こし、辺りを爆炎に包み込んだ。
 やすいくんの作戦、それは自分がメテオ・ブラックと正面から戦って囮になり、わたあめがため投げを使うための時間を稼ぐというものだった。
 煙が晴れ、メテオ・ブラックが姿を現す。だがその背中には、焦げ跡一つ付いてはいない。
「ククク……悪くない作戦だが、パワーが足りなかったな。……ん?」
 やすいくん渾身の作戦を無傷で打ち破り余裕をかますメテオ・ブラックだったが、ふと体に違和感を覚え、下を見る。
「何ィ!?」
 何とメテオ・ブラックの胴体に、やすいくんががっしりとしがみ付いている。
 ため投げは本命などではなく、メテオ・ブラックに一瞬隙を作らせるためのもの。言わば二重の囮だったのだ。
「ブルークリスタルは返してもらうぞ」
 その右手はメテオ・ブラックの胸に埋め込まれたブルークリスタルへと伸ばされる。やすいくんがブルークリスタルをがっしりと掴んだその瞬間、再び青い光が放たれた。
「グギャアアアアアア!」
 突如尋常じゃない叫び声を上げるメテオ・ブラック。その様子は、一度目の光の時とは明らかに異なっていた。
 メテオ・ブラックは全身を振り回して暴れ出す。やすいくんは振り落とされそうになりながらも、ブルークリスタルをしっかりと握っている。
 その時、ブルークリスタルがメテオ・ブラックの体から剥離した。やすいくんはその拍子に吹き飛ばされる。地面に背中を強打したが、ブルークリスタルはしっかりと手の中にある。
「ウギャアアアア! こ、この俺がアアアアァァァ!」
 この世のものとは思えない叫び声が、辺り一帯に広がった。ブルークリスタルと完全に分離されたメテオ・ブラックの体は、次第に萎んでゆく。遂には元より痩せ細り、四天王の威厳はどこにも無い無残な姿へと変わり果てた。
「ち、チクショオオオオ! 何故だ! 何故こんなことに……」
 地に膝をつき悔しがるメテオ・ブラック。その周囲には、黒い霧が立ち込めた。
「ハァ……ハァ……覚えていろ……貴様は必ず……この俺が殺す……」
 黒い霧に包まれたメテオ・ブラックの体は、まるでその霧と一体化したかのように消えてしまった。
「逃げたか……だがこれで、危機は去った。頭の中に流れ込んできた映像通りにやったら本当に勝ててしまうなんて……これがブルークリスタルの力なのか……」
 やすいくんは立ち上がると、ブルークリスタルを見つめながらそう言った。
 直後、急にやすいくんの体がふらついた。
「やすいくん!」
 わたあめが叫ぶや否や、やすいくんは緊張の糸が切れたかのようにばったりと倒れてしまった。
「……大丈夫じゃ、気を失っただけじゃよ」
「はぁ、よかったぁ……」
 オヤジは急いで脈を取り、生きていることを確認する。わたあめも、ほっとしてへたりこんでしまった。


 激闘の翌日、やすいくんはドッパー医院のベッドで目を覚ました。
「あっ、やすいくん、目が覚めたんだね!」
 隣に座るわたあめが、やすいくんに声をかける。一緒にいたナースは、このことを知らせに急いで病室を出て行った。
「わたあめ……そうか、俺はあの後気を失って……」
「うん、ドッパー先生が言うには疲労で倒れただけみたいだよ。傷はほぼブルークリスタルが治してくれたみたいだから」
「ブルークリスタルが……そういえばブルークリスタルは!?」
 布団をめくり上げ、立ち上がろうとするやすいくん。
「それなら田中博士が持っていったはずだけど……あっ、博士。それにカモンキングさんも」
 やすいくんが目覚めた知らせを受けたのか、田中博士とカモンキングが病室に入ってきた。
「やあ、やすいくん。目が覚めたようだね。今回の戦いに勝てたのは君のお陰だ。心から感謝するよ」
 カモンキングはにこやかに笑いながら、やすいくんの手を握った。
「田中博士、ブルークリスタルを」
 ぽかんとするやすいくんを尻目に、カモンキングは田中博士を呼ぶ。田中博士は懐からブルークリスタルを取り出すと、やすいくんに手渡した。
「これは……一体……」
 やすいくんは、手渡されたものが本当にブルークリスタルなのか一瞬疑った。それは形こそブルークリスタルそのものだが、かつての青い輝きはどこにも無い、灰色に濁った水晶型の石ころであった。
「私はカモンキング陛下からこれを渡され解析してみたのですが、どうやらブルークリスタルは何の力も持たないただの石になってしまったようなのです。これがメテオ・ブラックと融合した結果なのか、他の原因があるのかまではわかりませんでしたが……」
「そうですか……」
 変わり果てたブルークリスタルに、やすいくんは落胆する。
「どうにかして元に戻せないか色々と試してはみたのですが、どれも駄目でした。お力になれず申し訳ありません」
「いえ……たとえ力を失っていても、ブルークリスタルをゾウラ族の手から取り戻せただけでも十分ですから……」
「うむ。ブルークリスタルは君に預けておこう。田中博士が解析しても何の結果も得られなかったのだ、これ以上解析するよりもクリスタリア人の君が持っていた方がまだ有意義というものだろう。ところでやすいくんよ、君は今、住む場所が無いそうだね」
「はい、住んでいたアパートはゾウラ族に破壊されてしまいましたから」
「そこでだ、我が城に勤めるつもりはないか? 本来カモン王国には騎士の制度は無いのだが、今回の栄誉を称え君を特別にカモン王国騎士として招こうと思っている。君の技や精神を、我が城の平和ボケした兵士達に教えてやってほしい」
「自分が……カモン王国騎士に!?」
 やすいくんは驚いた後、暫く考える。
「……わかりました。ただ、自分はいずれ再びクリスタリアに戻るつもりでいます。自分がカモン王国騎士であることはそれまでの間にして頂けないでしょうか」
「うむ、そうであったな。よかろう。我々もクリスタリアをゾウラ族から取り戻すために、できる限りの協力をしよう」
「ありがとうございます、カモンキング陛下」

 やすいくんとの話を終え、カモンキングと田中博士は病室を後にする。
「カモンキング陛下」
 途中、廊下で田中博士が声をかけた。
「本当に彼にブルークリスタルを預けてよかったのですか?」
 カモンキングは立ち止まり、神妙な顔つきをする。
「カモンベイビーが言うには……ブルークリスタルが彼にメテオ・ブラックの倒し方を教えたそうだ。もしそれが本当だとすれば彼は……」


「凄いよやすいくん、カモン王国騎士だよ! これでクリスタリアを救えるくらい強くなるっていう目標にも、どんどん近づけるんじゃないかな!」
 カモンキングと田中博士が去った後、わたあめが興奮しながらやすいくんに言った。
「そうだな。ところでわたあめ、一つ頼みがあるんだが……聞いてくれないか」
「え? 別にいいけど。やすいくんが僕に頼み事をしてくれるなんて、嬉しいなあ」
 わたあめは、やすいくんからいかにも友達らしいことを持ちかけられ喜んだ。

 やすいくん以外にも、戦いで傷ついた戦士達はドッパー医院に入院していた。
 カモンベイビーやカラリオは比較的軽症だったが、キツネ男、ごつごつあめ、スイクン、オヤジの四名は重症であり長期の入院を余儀なくされた。
 ドッパー自身もまたスーパー毒毒DXの毒を中和するため、一通り全ての患者の応急処置を終えた後長い眠りにつかざるを得ず、開院時間になってもベッドに篭ったままであった。

 一方でトゥンバは。
「おいトゥンバ、お前はまた旅に出るつもりなのか?」
 田中研究所前に佇むトゥンバに、たかしが話しかける。
「いや、俺は暫くこのわたわ町に住もうと思う。俺を救ってくれた田中博士への恩もあるし、何よりこのわたわ町は今最もゾウラ族の攻撃を受けている場所だ。今後も破壊部隊のような強敵が度々襲ってくるのなら、俺の力が必要だろう」
「そいつは助かるぜ」
 トゥンバとたかしは、戦を終えて晴れ渡る青空を見て笑いあった。


 カモンベイビーとカラリオは、わたあめに呼ばれてキツネ男の病室に来ていた。キツネ男はまだ動くことができないため、この場所が選ばれたのである。
「わたあめの奴、俺達をこんな場所に呼び出してどういうつもりだ?」
「まあ、大方予想はつくけどな」
「別に何でもいいコン。つーかカモンベイビーお前俺の寝てる横でエロ本読むなコン」
「うっせーな、別にいいだろエロ本くらい」
 そうしているうち、わたあめが病室に入ってきた。
「みんな、集まってくれたみたいだね。それじゃあ……」
 わたあめがそう言うと、今度はやすいくんが病室に入ってくる。その表情は何だか照れ臭そうで、申し訳無さそうな様子だった。
「やすいくんから、みんなに話があるみたいなんだ」
 わたあめの言葉に合わせて、やすいくんが一歩前に出る。そして、突然深々と頭を下げた。
「皆、今まで無視したり邪険に扱ったりして……ごめん。もし許してもらえるのなら、俺を皆の仲間に入れてほしいんだ」
 自分達を馬鹿にしているかのように思っていたやすいくんが、深々と謝る姿にカモンベイビー達三人は度肝を抜かれてしまった。カモンベイビーとカラリオは目を見合わせる。
「俺は別に構わないコン。お前くらい強い奴が仲間になってくれるなら、俺も助かるコン」
「俺もOKだぜ。よろしくな、やすいくん」
 キツネ男とカラリオは、一瞬戸惑うもののやすいくんが仲間になることを了承。だが残るカモンベイビーは、一人俯いている。
「カモンベイビー……」
 皆の注目が集まり、わたあめがカモンベイビーの名を呼ぶと、カモンベイビーは顔を上げた。
「チッ、しょうがねえな。特別に仲間にしてやるよ。俺より強いこととか、女子にモテることはムカつくけどよ……一応助けてもらったし? 特別に許してやるよ! 特別だからな!」
 恥ずかしそうに顔を赤くしながら、カモンベイビーは言った。
「皆……ありがとう……」
 やすいくんの目に、涙が浮かぶ。そして自ら封印していた笑顔を、皆の前で見せた。
 わたあめ達に、あらたな友、新たな仲間が加わった瞬間だった――。


 わたわ町がひと時の平和を取り戻した頃、ゾウラ界では、帰還したメテオ・ブラックがキングゾウラの玉座の前に突き出されていた。
「メテオ・ブラックよ。我を裏切り王の座を狙っているというのは真か」
 キングゾウラの問いに対し、メテオ・ブラックは口を噤む。
 その姿はブルークリスタルを抜き取られた反作用で痩せ細ったままであり、戦闘力は一般の怪人にも満たない程度にまで落ちていた。
 キングゾウラとゾウラ四天王の残り三人に囲まれたこの状況、逃げ出すのはまず不可能であった。
「お主がキングゾウラ様に対する忠誠心が低く、王の座を狙っているのではないかということは以前から勘付いていたでござる。確実な証拠が無かったので泳がせていたのだが、遂に尻尾を出したでござるな」
「黙っても無駄だぜ。証拠は上がってるんだ」
「証拠だと……てめえらあのもも男とかいう失敗ばかりしてる下っ端怪人の証言を信じるってのか。功績を上げられないからって俺の裏切りをでっち上げ、それを伝えたことを功績にしようとしてるんじゃねえのか!?」
 メテオ・ブラックは苦し紛れに叫ぶ。それを聞いたクロウマルと泥棒ジョニーは、笑い出してしまった。
「ジョーニジョニジョニ、何言ってんだこいつ。無様だねェー」
「ハハッ、まさか気付いてなかったのか? わたわ町の戦士の情報を得るため、もも男の野郎にヘンシツ博士の作ったマイクロ偵察マシンをこっそり付けておいたのさ。そいつにてめーの発言はバッチリ録画録音されてるぜ」
 クロウマルは、小さな虫のような機械を摘んで見せながら言う。
 メテオ・ブラックは悔しそうに歯軋りをした。
「それとメテオ・ブラックよ、お主は一つ大きな勘違いをしている。ブルークリスタルの力を使えばキングゾウラ様に勝てるとお主は言ったが、それは大きな間違いにござる。お主は元より四天王最弱、拙者ら三人と比べその実力には大きな差があるのだ。あの映像を見た限り、ブルークリスタルを使ったところでようやく拙者一人と互角程度。あれでキングゾウラ様を倒そうなど、片腹痛いわ!」
 にんじゃぶろうの言葉に、メテオ・ブラックは崩れ落ちる。
 自分の強さに絶大な自身があったのに、実は他の四天王に大きな差をつけられており、内心では見下されていたという事実はあまりにもショックが大きかった。
「クロウマルよ、メテオ・ブラックを牢に繋いでおけ。奴にはまだ利用価値があるからな、処刑するのは惜しい」
 キングゾウラはメテオ・ブラックを指差し言った。
「フン、ただでさえてめーは部下を全滅させた挙句、せっかく手に入れたブルークリスタルまで奪われてるんだ。それに加えてキングゾウラ様に対する反逆の意思。命を取られずに済んだことを感謝しろよ」
「おのれええええ! 水晶騎士! キングゾウラ! それにもも男ーっ! いつか必ずブッ殺してやるーっ!」
 メテオ・ブラックは無様な叫びを上げながら、クロウマルに首筋を掴まれて地下牢に引きずられていった。
 

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