第38話 四天王VS大剣豪

 やすいくんがメテオ・ブラックと戦っている頃、トゥンバは瓦礫に埋もれた人を救助していた。
「今助けるぜ、トゥトゥトゥトゥンバーッ!」
 サイボーグの腕力を全開にし、巨大なコンクリートの瓦礫を持ち上げる。絶望に沈んでいた瓦礫の下の人達は、突如現れた救世主に歓喜の声を上げた。
「大丈夫か、重症の人は?」
「お爺ちゃんが足をやられた。早く病院に連れてってくれ」
「わかった」
 トゥンバは重症の老人を背負う。そこでタイミングを見計らったかのように、一台の救急車がやってきた。トゥンバの通信機に、田中博士からの連絡が入る。
「怪我人の搬送は、救急車に任せてください。救助を待つ人はまだ沢山います。これから位置データを転送しますので、そちらに向かってください」
「よし、わかった。トゥ、トゥ、トゥ、トゥ、トゥンバーッ!」
 トゥンバは老人を救急隊員に託すと、次の現場へと走り出した。

 一方その頃、ドッパー医院では。
「ドッパー先生、また急患だ!」
 ドッパーは丁度、キツネ男の手術を終えて一息吐いたところだった。しかし、血だらけのごつごつあめを抱えて窓から入ってきたカラリオを見て、目の色が変わる。
「ごつごつあめ君!? これは酷い、緊急手術だ!」
 ドッパーは急いで白衣を着直し、慌しく準備に入る。
 カラリオは待合室に向かい、ぐったりと椅子に腰掛けた。モノクリオと一戦交えた後にわたわ町上空をあっちからこっちまで飛び回り続け、もう全身ヘトヘトであった。
「ふいー、や〜っと休めるぜぇ」
 一息吐くカラリオだったが、ふと辺りを見回すと、病院で働く人の中に友人の姿を見かける。
「あれ、クルミちゃんじゃん。何やってんだ?」
 クルミはナース達の中に混じり、怪我人の手当てをしていた。
「あっ、カラリオ君。今、怪我人が多くて人手不足だっていうから手伝ってるの。わたしは皆みたいに戦えないから……それでも、わたしはわたしにできることをやりたい、そう思って……」
「へえ、偉いじゃん」
「ありがとう。あっ、そうだカラリオ君、一つ頼みたいことがあるんだけど……いいかな?」
「ええっ!?」
 カラリオはこの疲れ切った状態で病院の手伝いまでさせられるのかと思い、ぎょっと目を見開いた。
「その……メガネ男のことなんだけど……」
「え、メガネ男?」

 メガネ男は、病院の裏で一人体育座りをしていた。その顔は浮かなく、死人のような目をしていた。
「よう、メガネ男」
 急に声をかけられ、メガネ男はドキリとして振り向く。声の主はカラリオであった。
「なんか悩んでるみたいじゃん。話してみろよ」
 カラリオはメガネ男の横に座り、胡坐をかいた。
 クルミの頼みは、メガネ男を励ますことであった。わたわ小学校に向かったメガネ男が、戻ってきてからというものずっと元気が無いというのだ。
「カラリオさん……」
 メガネ男の目から、涙が落ちる。
「ごめんなさいカラリオさん……僕のせいで……キツネ男さんは……」
 メガネ男は話した。自分が迂闊な行動に出たせいで、キツネ男が大怪我をしたということを。
「……そうか」
 黙って聞いていたカラリオは、どう答えればいいのかわからなかった。
(ヤベェ、励ませって言われても何て言やあいいんだ!? つーかこんなこと早く終わらせて休みたいんだが……)
 自分を許せず泣くメガネ男に対し、カラリオは焦っていた。
「えーと、だな……確かにキツネ男は怪我しちまったが……ドッパー先生が手術したんだから、もう大丈夫だ。死んじまったわけじゃないんだし、そこまで悔やむことでもないだろ」
「でも……僕はキツネ男さんの役に立ちたくて学校に行ったのに……逆に足を引っ張ってしまった……僕は最低です……」
「まあ……でも、俺だって戦闘じゃ全然役に立てなかったんだぜ? でも俺は、俺なりにやれることをやったんだ。キツネ男とごつごつあめをここに運んだの、俺なんだぜ。言うなれば俺のお陰で二人は命が助かったんだ。だからお前も、いつまでもヘコんでないでお前にできることをやるべきなんじゃないのか?」
 カラリオは、とりあえず思いついた言葉を言ってみた。果たして自分にメガネ男の心を動かせるのか、ドキドキしながらメガネ男の方を見る。
「カラリオさん……そうですね。いつまでもヘコんでいたって、何も変わりませんよね」
 メガネ男は涙を拭い、立ち上がる。その様子を見て、カラリオはほっと胸を撫で下ろした。
(おっ、上手くいったみたいだ)
 二人は病院内に戻り、クルミに声をかけた。
「姉さん、僕にも病院の仕事を手伝わせてください。僕のデータは、きっと医療にも役立つはずです!」
 沈んでいたメガネ男の心はすっかり晴れ、生き生きとした表情でパソコンを手にしている。
「メガネ! よかった……ありがとうカラリオくん」
「おう、俺はずっと飛び回ってて疲れたから休ませてもらうぜ」
「うん、お疲れ様」
 早速パソコンを開いてデータを使った怪我人の治療を始めたメガネ男を見ながら、カラリオは席に着く。両腕を椅子の後ろに回し、大の字になってぐったりともたれかかる。
「あ〜しんどかった」
 やっとこさ得たひと時の休息。カラリオはゆっくりと目を閉じ、鼻提灯を膨らませて眠りについた。


「ももも……何ということだもも……」
 メテオ・ブラックとやすいくんの戦いを見ていたのは、わたあめとカモンベイビーだけではなかった。わたあめ達とは反対側で、もも男もこの戦いを見物していたのである。
 実は心配になってこっそりわたわ町に来ていたもも男。道行く兵士の会話から破壊部隊の全滅を知り、慌ててメテオ・ブラックの下に駆けつけたのだ。
「まさか破壊部隊が全滅し、残ったのはメテオ・ブラック様ただ一人とは……これは本当に大丈夫なのかもも? 大剣豪まで出てきちゃったし……で、でもメテオ・ブラック様はゾウラ四天王の一人。いくら相手が大剣豪でも負けるはずは……」
 もも男が見守る中、オヤジとメテオ・ブラックは鍔迫り合いをする。
「よく来てくれた大剣豪。今までの奴らは手応えが無さ過ぎて退屈してたところだ」
「フン、結局わしが出る破目になってしまったか。わしが出てしまっては若者の成長にならんのじゃがな」
 二人のパワーは互角。互いに一歩も引かず、武器を持つ手は力が篭るあまり小刻みに震える。
「父さんだ……父さんが来てくれた! これでメテオ・ブラックを倒せる!」
 オヤジの登場にわたあめは喜ぶが、やすいくんの表情は浮かない。
「そうか……それはよかった。これで安心して死ねる……」
「やすいくん! やっぱり君は、元から死ぬつもりで……」
 やすいくんはわたあめの方を向き、フッと鼻で笑う。
「ああそうさ。俺は最初から死ぬつもりでメテオ・ブラックに挑んだ……」
「どうして!? どうして死のうとなんて!?」
 わたあめはやすいくんの意思に反し、手当てを続ける。
「俺は……戦って死にたかったんだ」
 やすいくんは夜空を見上げ、過去を語り始めた。わたあめ相手にこんなことを話す義理も理由も無かったが、死の間際にあるためか不思議と話したくなったのだ。

 やすいくんは、クリスタリア貴族の末っ子として生まれた。父の勧めで水晶騎士を志したが、体格に恵まれなかったやすいくんは他の訓練生と比べてあらゆる面で劣っており、常に落ちこぼれ扱いを受けていた。
 それ故に、やすいくんは他の訓練生の数倍努力を積んだ。その甲斐あってなんとか無事訓練課程を卒業し、正式に水晶騎士の称号を得た。だがその授与式の日、悲劇は起こる。
 突如現れたメテオ・ブラック率いる破壊部隊。ゾウラ界への扉封印によって人間界から全てのゾウラ族が消えてから七年、本来ならば次にゾウラ族が現れるのは500年近く先のことであり、誰も自分が生きているうちに再びゾウラ族を見ることはないと思っていた頃の出来事であった。
 破壊部隊の怪人は町を破壊し尽くし、討伐に向かった水晶騎士団はメテオ・ブラック一人に為すすべなく壊滅させられる。クリスタリアは僅か一夜のうちに地獄絵図と化した。
 やすいくんは、水晶騎士ただ一人の生き残りとなった。国王はそのやすいくんに、逃げろと命じた。ゾウラ族とは決して戦うなと、強く念を押して。

「俺は……国を守るために戦いたかった! でも、守らせてすらもらえなかった……俺が、あまりにも弱いから……騎士の称号を受け取っていても、俺は騎士として認められてなんかいなかったんだ! 俺に……戦う資格なんてなかったんだ!」
 やすいくんはつい感情的になり、喚くように叫ぶ。その目からは、一筋の涙が流れた。
「だからこそ俺は……メテオ・ブラックと戦って死にたかったんだ。他の水晶騎士のように……何かを守ったつもりになって、戦って死にたかったんだよ! これがただの自暴自棄だってことはわかってる! でもこうするしか無かったんだ! 国も、家族も、守るべきものも……何一つ失って、もうこうすることしかできなかったんだ! カモンキング陛下にクリスタリアの滅亡を伝える役目は終えた……それならもう、俺のやるべきことは戦って死ぬだけなんだ。頼む……死なせてくれ」
 やすいくんは涙ながらに言うが、わたあめは応じず手当てを続ける。

「奥義・究極一刀両断!」
 オヤジの放った渾身の一撃が、メテオ・ブラックの左肩を砕く。
「いくら貴様といえど、この技を受けて無傷ではいられまい!」
 オヤジは力強く酒ブレードを押し込むが、その刃は骨までは届かない。
「クク……この俺に傷を付けるとは流石大剣豪といったところか。こいつの実験には丁度いいかもな」
 そう言うメテオ・ブラックは、懐から一つの石を取り出した。
「そ、それは……!」
 最初に反応したのは、やすいくんであった。それは深い海の如く青く輝く水晶。手にした者に無限の力を与えると言われるクリスタリアの国宝、ブルークリスタル。
「ブルークリスタルよ、この俺に力をーっ!」
「や、やめろーっ!」
 やすいくんの叫び声が夜空に響く中、メテオ・ブラックはブルークリスタルを己の胸に埋め込んだ。
 ブルークリスタルは青い光を放ちながらメテオ・ブラックの肉体と融合。全身の筋肉が膨張し、その圧力でオヤジの酒ブレードを弾き飛ばす。ただでさえ巨大な体はより巨大に、凶悪な面構えはより凶悪に変化する。
「クハハハハハハハァ! 漲る! 漲るぞォ!」
 メテオ・ブラックは巨木の幹ほどもある腕を振り回し、オヤジを吹き飛ばした。
「ぐっ、ぬうううう!」
 オヤジは吹き飛ばされる最中、酒ブレードを地面に突き刺して踏みとどまる。だが直後、巨体に見合わぬスピードで突っ込んできたメテオ・ブラックのタックルを受け、更に吹き飛ばされた。
「ぐうう……な、何というパワー……このわしがここまで圧されるとは……」
 全身から血を流し、オヤジは言う。
「ハハハハハ! 素晴らしい力だ! 大剣豪すら敵ではないとは! クク……これさえあれば部下を七幹部にすることで相対的に俺の地位を上げる必要も無ェ! キングゾウラをこの手で倒し、王の座を奪い取ってやるぜ!」
「も、もひぇ〜っ、と、とんでもないことを聞いてしまったもも〜っ!」
 とてつもない力を手に入れたことで精神がハイになったメテオ・ブラックは、笑いながら衝撃の秘密を暴露する。彼にとって破壊部隊とは、自分の出世のための駒でしかなかったのだ。
 もも男もこれには驚愕し、両頬を押さえながら叫ぶ。
「大剣豪、まずは貴様にとどめを刺し、この国を跡形も無く破壊してやるぜ! そしてその後は……キングゾウラだ!」
 一歩踏み出す毎に地鳴りを起こしながら、メテオ・ブラックはオヤジに迫る。
 やすいくんはその様子を見ながら、悔しさと怒りに顔を歪めていた。
「あと少し早く死んでいれば……ブルークリスタルがこんなことに使われるのを見ずに済んだというのに……何故手当てなどした! メテオ・ブラックがブルークリスタルの力を使ってしまった今、もう奴に勝てる者はいない……この国はお終いだ」
「そんなことはない! オヤジならきっと勝てるよ!」
「もう駄目だ……結局俺も無駄死にだった……何一つ守れることなく、無念と絶望の中で死ぬんだ……」
「諦めちゃダメだ!」
 既に全てを諦め、目を閉じるやすいくんに対しわたあめは何度も叫ぶ。カモンベイビーは、その後ろで狼狽えるばかりであった。
(ど、どうしたらやすいくんを助けられるんだ……)
 やすいくん自身は完全に死ぬつもりであり、やすいくんを死なせたくないわたあめはどうすればいいのかわからずであった。
「やすいくん! 僕は君に死んでほしくない! 生きていてほしいんだ、やすいくん!」
 ひたすら呼びかけるも、効果は無い。
「カモンベイビーどうしよう、やすいくんが、やすいくんが死んじゃう!」
「そ、そんなこと俺に聞かれても……」
「やすいくん、ダメだよ死んじゃ! 君が死んだら、クリスタリアの人達だって悲しむよ! クリスタリアの王様だって……」
 わたあめは、そこではっと気が付く。
「聞いてやすいくん! クリスタリアの王様が君を逃がしたのは、君が弱いからじゃない! 君に生きていてほしかったからだ!」
「!!」
 思わぬ言葉に、やすいくんは目を開く。
「どこに……そんな証拠がある……」
 その声は震えていた。わたあめの言葉を疑いつつも、少しだけ心が動かされていた。
「わからないよそんなこと。でも、僕はそうだと信じたい」
「そ、そうだ。お前が死んだら、水晶騎士が一人もいなくなっちまうってことだろ? 王様はそれで逃がしたんじゃないのか?」
 カモンベイビーがわたあめをフォローするように言う。水晶騎士団が一人もいなくなるということは、クリスタリアの文化が一つ消えるということである。国王がやすいくんを逃がした意図としては、理に適っている。
「だ、だが……」
「やすいくん、僕は思うんだ。王様は、いつか君がクリスタリアを救ってくれるんじゃないかと期待して逃がしたんじゃないかって……だって君は最初落ちこぼれだったのに、一生懸命特訓して何も知らない人が見たら天才だと思うくらい強くなったんでしょ? 君がもっと特訓を続ければ、いつかクリスタリアを救えるくらい強くなるんじゃないかって、クリスタリア王はそう思ったんだよ!」
「そ、そんなのは出まかせだ! 俺に死んでほしくないから、出まかせを言っているんだ!」
 やすいくんは威嚇するように叫ぶ。口では否定していたが、心の底では信じたいと思っていた。
「やすいくん……本当のことを聞かせて! 自暴自棄になって死ぬか、生きてクリスタリアを救うか、君が本当にやりたいのはどっち!?」
「っ……そんなの、決まってるじゃないか……」
 核心を突く質問に、やすいくんの声は震える。
「俺は生きたい! 生きてクリスタリアを救いたい!」
「だったら生きようよ! 僕と一緒に強くなって、一緒にクリスタリアを救おうよ!」
 わたあめの叫びを聞き、やすいくんはわたあめの方を向きじっと見つめる。
「お前は……どうしてそこまで俺を生かせようとする」
 やすいくんはわたあめに尋ねる。
 わたあめの説得で、やすいくんの凍りついた心は少しずつ開き始めていた。だがそれでも、死にたいという思いを完全に断ち切るには至らなかった。
 生きてクリスタリアを救いたい、それが自分の本当の意思であることは間違いない。だがそれを認ることを意地が邪魔していたのだ。
「君と友達になりたいからじゃ、ダメかな?」
 それが、わたあめの返答だった。
「そうか……フフ……」
 やすいくんの、初めて見せる笑顔。わたあめはびっくりしてしまった。
 やすいくんは自分の意地を打ち砕き、本当の意思を一押ししてくれる言葉を待っていた。今のわたあめの言葉は、まさしくそれであったのだ。
 もう動かないと思われた右腕が、不思議と持ち上がりわたあめに差し出される。
「いいぜわたあめ、お前の……友達になってやるよ」
 遂に開かれた、やすいくんの心。わたあめは満点の笑みでそれを迎える。
 二人が固い握手を交わしたその瞬間、夜の戦場は青い光に包まれた。
「な、何だこの光は!」
 凄まじい力でオヤジを圧倒するメテオ・ブラックも、防戦一方でボロボロにされているオヤジも、ただ棒立ちで見ていることしかできないカモンベイビーも、皆眩しさに目を瞑る。光を放つのは、メテオ・ブラックの胸に埋め込まれたブルークリスタルである。
「ぐうう……何が起こったというのだ……」
 光が止み、メテオ・ブラックは目を開ける。ハイテンションに水を差され不機嫌になるが、直後目の前の状況を見て驚愕。
「ば、馬鹿な!」
 オヤジの前に立つのは、剣と盾を構え立ちはだかるやすいくん。先程まで虫の息だったにも関わらず、その身には傷一つ無い。
 そしてその目は、全てを失い死ぬために戦っていた世捨て人の目ではない。希望を得て、新たな目的のために戦う真の騎士の目であった。
「メテオ・ブラック……ブルークリスタルは返してもらうぞ!」
 

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