第36話 リボーン・ザ・ブラックマン

 カモンベイビーとかっこいい男が死闘を繰り広げる中、わたあめはまだた・カー君と追いかけっこを続けていた。
 北西に向かって突き進むた・かー君を、わたあめはひたすら追う。
 た・カー君の目線の先に、わたわ小学校が入った。それが学校であることに気付いたた・カー君は、急に足を速める。
(まずい! 学校を破壊する気だ!)
 わたあめも急いでそれを追うが、間に合わず。た・カー君は校門を越えわたわ小学校の敷地内へと足を踏み入れた。
「タカカカカ、よう、クリードじゃねえか」
 キツネ男を踏みつけているクリードの姿を見て、た・カー君が言う。
「た・カー君か。お前は病院を破壊するんじゃなかったのか?」
「まあ、色々あってな。お、来たようだぜ」
 少し遅れて、わたあめが校庭に入る。
「ああっ、キツネ男!」
 まず目に入ったのは、全身血まみれで腹に風穴を開けたキツネ男の無残な姿。
「わた……あめ……」
 キツネ男はわたあめが来たことに安心したのか、眠るように気を失う。わたあめはキツネ男を踏みつけている怪人の方に目をやった。
(く……一体だけでも厳しいのに、二体の怪人を同時に相手にしないといけないなんて……それよりもキツネ男を早く病院に連れて行かないと……僕は、どうしたら……)
 絶体絶命の状況に立たされ、わたあめは怪人とキツネ男を交互に見ながら狼狽える。
「タカカカカ、わたの一族よ、向かってこないのか? それならこちらから行かせてもらうぜ!」
 動かないわたあめに対し、た・カー君が動き出す。た・カー君は長い体をゴムのようにねじると、頭を地面に突きたててドリルのように潜った。
「タカカカカーッ!」
 驚くわたあめの不意を突き、地面を掘り進んだた・カー君が後ろから顔を出す。わたあめが振り返ったのも束の間、た・カー君はその身をわたあめに巻きつけた。
「俺の本領は地中だ! そのために砂のあるここに連れてきたのよォー!」
 全身を締め付けられ、完全に動きを封じられたわたあめ。一刻も早く行動を起こすべき場面で迷ったばっかりに、ゾウラ族を倒すこともキツネ男を救うこともできずに絞め殺されるのか。
「クリクリクリ、わたの一族は俺に殺させろ。この槍で首を撥ねてやる」
 クリードは気を失ったキツネ男から離れ、わたあめに近づいてくる。
「てめえ、手柄を横取りする気か! こいつは俺が絞め殺す!」
 た・カー君とクリードが喧嘩を始めるも、た・カー君の体はわたあめをがっちりとホールドしており抜け出す隙は無い。わたあめは必死に力を籠めるも、体はまるで動かない。
(く……どうすれば……)
 その時だった。どこからともなく、無数の泡が飛来した。泡は破裂してクリードを吹き飛ばし、た・カー君を怯ませる。締め付けが緩んだ瞬間に、わたあめは脱出する。
「だ、誰だ!? 僕を助けてくれたのは!」
 わたあめの前に降り立つ、一つの黒い影。否、黒い肌をした男。それは紛れも無く、昨年海で出会ったあの男だった。
「久しぶりだな、わたあめ君」
「トゥ、トゥンバ、どうして……」
 振り返った男のその顔。その声。間違えるはずは無い。不治の病によって再起不能になったはずの、トゥンバである。
「おーい、俺もいるぞ」
 皺枯れた声が聞こえたかと思ったら、今度はカラリオがマントを羽ばたかせて降りてきた。
「カラリオその声……」
「まあ、ちょっと戦いで喉を痛めちまってな。その時にトゥンバに助けられたんだ」
「そうなんだ……それで、トゥンバはどうして……」
「話は後だ。それよりあそこで倒れている彼を助けるぞ。カラリオ君、行けるな」
「おう、俺に任せとけ」
 カラリオは二枚のマントを広げると、地面すれすれで飛行しキツネ男へと向かう。それを阻止しようと襲い掛かるた・カー君とクリード。トゥンバはカラリオを護るようにバブル光線を放ち、怪人達の動きを阻止する。
 カラリオは見事キツネ男を抱え込み、そのまま上昇。わたわ小学校を飛び去っていった。
「わたあめ、トゥンバ、ゾウラ族は頼んだぞ」
 カラリオが行ったのを確認すると、トゥンバは怪人達の方を向いて構える。
「これで二対二だ。わたあめ君、行けるな」
「もちろん! また一緒に戦えて嬉しいよトゥンバ!」
 わたあめはトゥンバと並び立ち、わたを握って構える。
「チィ……あいつは確か多くの同胞を殺してきたという人間トゥンバ……暫く話を聞かなかったが、まさか生きてやがったとは」
 た・カー君はとぐろを巻きながら言う。クリードも槍の先をトゥンバに向ける。
「俺はあっちの長い方をやる。わたあめは君は槍を持った方を」
 そう言ってた・カー君の方に駆け出すトゥンバ。わたあめは一歩遅れてクリードへと走る。
「さあ行くぜ、トゥ、トゥ、トゥ、トゥンバーッ!」
 激しく舞うような動きで、た・カー君はクリードに手刀と蹴りの嵐。その動きは、去年のそれより遥かに切れを増している。しかし、た・カー君は涼しい顔。
「タカカカカ、効かないなぁ」
「トゥンバ、そいつの体は打撃を無効化するよ! 頭を狙って!」
「わかった! トゥトゥトゥトゥンバー!」
 トゥンバは素早く動きを切り替え、頭を狙って連続攻撃。た・カー君もこれにはたまらず、地中へと逃げ込んだ。
「よそ見ばっかしてていいのか小僧!」
 トゥンバにアドバイスをするわたあめに向かって、クリードの槍が振り下ろされた。わたあめは膨らませたわたでそれを受け流し、クリードの右側に回りこむ。
「わたたき……パンチ!」
 下から突き上げるように、わたを掴んだ拳が頬を抉る。クリードの巨体は傾き、砂煙を巻き上げて倒れた。
 トゥンバは体を動かすことなく構え、た・カー君が地中を掘り進む音に耳を澄ます。だがた・カー君のスピードは速く、トゥンバの反応速度を上回った。
「タカカーッ!」
 トゥンバの後ろから頭を出したた・カー君は、トゥンバの足元から体を巻きつける。
「これで終わりだーっ!」
「トゥンバ、今助ける!」
 救出に入ろうとわた投げの体勢に入ったわたあめだったが、後ろから来る槍が脇腹を掠め、わたを持つ手を止める。
「お前の相手は俺だろうが」
 わたあめの注目がトゥンバに行っている隙に、クリードは起き上がっていた。
「わたあめ君、俺は大丈夫だ。君は自分の戦いに集中していてくれ」
「タカカカカ、そんな減らず口を叩けるのも今のうちだ! 俺の必殺絞め殺しを喰らえーっ!」
 た・カー君は全身に力を入れ、トゥンバの体を一気に締め上げる。だがその時、突如トゥンバの体は上へとせり上がり、滑るように締め付けから抜け出した。
「な、何ィ!?」
「とぅ〜ん、あらかじめ体の表面に薄い膜を張っておいたのさ。わたあめ君がこの技を受けるところを見ていたからね。対策法は瞬時に思いついたさ」
 た・カー君はまさかの事態に大口あんぐり。トゥンバはその顔面目掛けて、落下と同時に踵落し。怯んだところで着地と同時に追い討ちの回し蹴り。鋼のように硬い頭もトゥンバの戦闘センスの前では防御の意味をなさず、ただいいようにやられるばかりである。
「おいクリード代われ! 俺がわたの一族を殺る!」
「ハァ? 自分の力じゃトゥンバには勝てねーってか?」
 距離をとったた・カー君はクリードに交代を訴える。クリードは槍の柄でわたあめを弾き飛ばし、トゥンバの方に槍を向けた。
「だったらてめーはそこらで寝てろ! 俺一人で二人とも仕留めてやる! どっちにしろ七幹部に入れるのは一人だけなんだからな!」
 クリードはそう言うと、全身に力を籠め焼き栗モードを発動。全身から熱波を放出する。
「喰らえ……第三次世界大戦!」
 歯を食いしばり、槍を勢いよく地面に叩きつけて衝撃波を発生させる。
「わたあめ君、避けるんだ!」
 その凄まじいパワーを察知したトゥンバは、とっさに叫ぶ。言われた通り避けるわたあめだったが、その威力は避けてなお周囲のものを吹き飛ばす。わたあめ、トゥンバ、そして味方であるはずのた・カー君までもが衝撃に飛ばされた。
「あ、あのヤロー! はた迷惑な技使いやがって!」
 た・カー君は吹き飛ばされた先で長い体が遊具に絡みつき、身動きがとれなくなってしまった。
「大丈夫だったか、わたあめ君」
「うん、僕は大丈夫。それよりトゥンバ……」
 起き上がったトゥンバはわたあめに駆け寄り、手を差し出す。その手を取って立ち上がったわたあめは、トゥンバのある一点を見て目を丸くする。
 右腕に一つ、衝撃波が掠った傷ができている。だがそこから血は流れておらず、覗くのは銀色の金属とカラフルなコード。それはまるで、わたわ武闘会でたかしがコロンに斬られた時に見えた内部機械のよう。
「ああ、これか。実は俺、サイボーグなんだ」
「えええええええええ!?」
 さらっと明かされた衝撃の真実。わたあめは驚くあまりロイヤルブイプルの如く目が飛び出した。

 その頃カラリオは、ドッパー医院に到着していた。キツネ男を抱えたまま、開いた窓から侵入する。
「ドッパー先生、急患だ!」
 次々と運び込まれる患者を忙しなく診ているドッパーに、カラリオはキツネ男を押し付けた。
「これは酷い!」
 キツネ男の状態を見たドッパーは顔色を変え、慌ててナース達を呼ぶ。
「緊急手術です! 皆さん準備を!」
「了解!」
 キツネ男を手術室に運び、一斉に手術の準備に取り掛かるナース達。ドッパーは自分も準備を始める前に、カラリオに声をかける。
「カラリオ君、よく彼をここまで運んでくれたね、ありがとう。ところで、君も怪我をしているようだけど」
「ああ、それなら別に構わねえよ。この程度の怪我、大したことじゃねえから」
 皺枯れた声で答えるカラリオ。彼が強がっているのは明らかであった。だがドッパーはカラリオの意思を尊重し、あまり深く心配はしない。
「そうかい、それならまあいいんだけど……一つ薬を出しておくよ。少しここで待っていて」
 ドッパーはそう言って奥に向かうと、一つの薬瓶を持って戻ってきた。
「喉の傷を治す薬だ。これを飲めば普通に喋れるようになる。ただ、カラリオリサイタルを使うのはやめておいた方がいい」
「わかったよ、サンキュードッパー先生」
 薬を一気に飲み干したカラリオは、元に戻った声を確かめるように言った。二枚のマントを翼のように広げ、開いた窓から飛び立ってゆく。
「先生、準備ができました」
 カラリオを見送ったドッパーに、ナースの一人が声をかける。
「わかった」
 ドッパーはそう言って、自分も準備に取り掛かる。キツネ男の命を救うため、ドッパーの目に炎が宿った。


 衝撃の真実に驚くわたあめに対し、トゥンバはこうなった経緯を話す。
「不治の病で倒れた俺は、ドッパー医院から田中研究所に移された。そこで俺は機械化改造を受け、病気を克服。サイボーグ・トゥンバとして蘇ったのさ」
「サイボーグ・トゥンバ……」
 説明を聞いても、わたあめは頭の整理がついていないようだった。
 そうこうしているうち、クリードは二度目の第三次世界大戦を撃とうと槍を持ち上げる。
「そうはさせん! バブル光線!」
 トゥンバは大量の泡を吹きかけるが、熱波によってクリードに届く前に全て蒸発してしまう。
「やはりダメか……厄介な能力だ」
「トゥンバ、長い奴が!」
 わたあめの指差す先。た・カー君も遊具から体を解き、蛇のように這いながらわたあめに向かってきた。
「クリードの野郎に手柄を奪われてたまるか! 七幹部になるのはこの俺だーっ!」
 トゥンバとわたあめは、背中合わせで身構える。
「わたあめ君、奴ら二人は仲間でありながら協力する気が無いようだ。ならば俺達が勝つための近道は、二人で協力して戦うこと!」
「わかったよトゥンバ!」
 向かってきたた・カー君の頭ハンマーをふんわりガードで受け止めて、包み込むように頭を掴む。そこにトゥンバも手を貸し、一気に持ち上げ二人がかりでのジャイアントスイング。
「トゥトゥトゥトゥンバーッ!」
 掛け声と共に、クリード目掛けて一気に投げる。遠心力によってた・カー君の体は第三次世界大戦を撃とうとするクリードに巻きついた。
「タカギャーッ!」
 クリードの体から発せられる熱波をゼロ距離で受け、た・カー君は全身大火傷を負う。巻きつかれたクリードも全身を圧迫されて苦しみ、焼き栗モードが解除される。
「て、てめえ! なんてことしやがる!」
「それはこっちの台詞だ!」
 クリードはた・カー君を力ずくで引き剥がすと、ゴミのように投げ捨てる。
「俺の足を引っ張りやがって! こんなことなら一人で戦ってた方がマシだ! まずはてめえからぶっ殺してやる!」
「ま、待て、今は仲間割れしてる場合じゃねえだろ!」
 激しく怒り槍をた・カー君に突き立てるクリード。た・カー君は逃げるように地中へと潜った。
「くっそおおおおお! このまま死ねるかーっ!」
 わたあめの後ろから顔を出し、巻き付こうとするた・カー君。だが火傷によってそのスピードは大きく落ちており、わたあめの反応速度でも容易く捉えられる。
「わたたキック!」
 飛び出しざまにた・カー君の頭を蹴り上げるわたあめ。空へと浮かばされたた・カー君に、とどめの必殺技を繋ぐ。
「これで決める……わたハリケーンカッター!」
 わたあめはその身をコマのように回転させ、竜巻を起こす。そして竜巻から発せられた空気の刃が、た・カー君の体を切り裂いてゆく。
「タ、タカァ〜ッ!」
 打撃無効化も斬撃の前には無力。蛇のような体をスパスパと輪切りにしてゆき、全ての破片を一斉に爆散させた。兄から受け継いだ技、遂に完成の時。
「やったなわたあめ!」
 トゥンバとわたあめは、目を合わせてガッツポーズ。
「邪魔者は消えた! これで誰にも邪魔されずてめえらを始末できるぜーっ!」
 仲間の死を何とも思わないクリードは、槍を振り上げてトゥンバに襲い掛かる。
「いや……それはどうかな」
 突如、クリードの体が大きな泡に閉じ込められた。
「な、何だこれは!」
「こちらも終わらせてもらう。とうっ!」
 トゥンバは垂直にジャンプすると、空中で一回転し、突き出した右脚でクリードに強烈な跳び蹴りを撃つ。
「トゥーンキーック!」
 キックによって付けられたトゥンバの足跡を中心に、泡が凝縮。トゥンバが着地すると同時に泡がクリードを握り潰し、一気に爆散させた。
「七幹部入りの夢がぁ〜っ!」
 クリードの断末魔が、虚しく響き渡る。
 機械化改造によって大幅に強化された肉体から放たれる衝撃の超必殺技。その姿は、さながら正義のスーパーヒーロー。
「トゥトゥトゥトゥンバッ、トゥトゥトゥトゥンバッ」
 ノリノリの歌声と共に勝利の舞を踊るトゥンバと、それに拍手を贈るわたあめ。黒き英雄の復活劇は、見事な大勝利で幕を下ろした。
 

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