第35話 かっこつけ頂上決戦

「このーっ、当たれ! 当たれーっ!」
 カモンベイビーは闇雲にカモンブラスターを乱射する。しかし敵のしなやかで華麗な身のこなしを前に、その攻撃はまるで当たらない。
「アハハハハ、どんなにかっこつけたところで、君は俺には勝てない。何故なら君はかっこ悪いからなあ」
「俺がかっこ悪いだとぉ!? ふざけやがって! 顔を見せやがれ!」
「いいだろう。特別に見せてあげるよ。俺のかっこよすぎる顔をね」
 怪人は光線の嵐の中を陽炎の如く現れては消え現れては消え、カモンベイビーに接近。フードを掴んで投げ捨て、その姿を現す。
 一瞬、眩しい光が見えたかのような気がした。カモンベイビーは怪人の意外な姿に驚愕。それは、この世のものとは思えないほどの絶世の美男子だった。


「そう、俺の名はかっこいい男。ゾウラ界一の美形怪人だ!」
 黄金のマントに身を包み、口に薔薇の花を加えたかっこいい男は、美しい声でそう叫ぶ。
「ケッ、何がかっこいい男だ! てめーだってかっこつけじゃねーか!」
「それは違うな。君はかっこつけで、俺はかっこいいんだ。同じにしてもらっては困るよ」
 かっこいい男は民家の屋根の上で、両腕を空高く伸ばす。
「見せてあげるよ、俺の必殺技。かっこいいフラッシュ!」
 かっこいい男の体から、目を貫くほどの眩い閃光が放たれる。
「ぐわあああっ!」
 夜の闇に目を慣らしていたカモンベイビーは光に目を焼かれ、悶え苦しむ。
「目が……うう、目がぁ〜!」
「アハハどうだい、苦しいかい。夜は俺をよりかっこよく見せてくれる……夜の戦いにおいて俺の敗北はないのさ」
 カモンベイビーの顔面にハイキックを入れ、かっこいい男はほくそ笑む。
「う……ぐうう……」
 吹き飛ばされたカモンベイビーは目を開けられず、地面を転がってうずくまる。
「アハハハハハハ、無様だねえ、かっこ悪いねえ、君はその姿がお似合いだよ。そしてかっこいい俺は、君を蹂躙する姿がとても絵になるよ」
 カモンベイビーの背中に連続でキックを浴びせながら、かっこいい男は言う。
「ぐ……くっそぉ……こんな奴に負けてたまるかよ!」
 カモンベイビーは気合で強引に目を開くと、両腕を振って起き上がり、かっこいい男を押し退ける。
「目さえ見えるようになればこっちのもんだ!」
 そう言って振り返るカモンベイビーの目に映るのは、衝撃の光景。
「アハハハハどうだい? これが僕の第二の必殺技、かっこいイリュージョンさ」
 その数、十数人。カモンベイビーは分身したかっこいい男達に囲まれていた。
「な、な、何だこれは! どういうことだよ!」
「アハハハ、嬉しいだろう、こんなにもかっこいい俺に囲まれることができて」
「うるせー! 嬉しいわけあるかー!」
 カモンベイビーはカモンブラスターでかっこいい男を一人一人撃ち抜いてゆくが、光線は分身をすり抜けて後ろの民家を破壊する。
「なっ、どうなってやがる!?」
「アッハハハハハ、無駄だよ。これは君の見ている幻覚。現実には何も無いのさ。本物以外を攻撃したら、町が破壊されてしまうよ」
 心の底から見下した表情で、かっこいい男はカモンベイビーを嘲笑う。
「く、くそお! それなら物理攻撃だ!」
 カモンベイビーは腕をグルグル回転させて、幻影の中に突っ込む。しかし手応えはまるで無く、拳を振る音が虚しく響くのみであった。
「そろそろ攻撃してもいいかい?」
 無数の幻影が、一斉にキックを繰り出す。どこから攻撃を受けたのかわからず、カモンベイビーは防御できない。またしても無抵抗で攻撃を受け続ける。
(くそっ、どいつが本物なんだ! どうにかして見つける方法はないのか!?)
 少ない頭で必死に考えるも、何も思い浮かばない。
(ちくしょう……大口叩いて出てきといて、こんな簡単にやられちまうのかよ……)
 カモンベイビーが諦めかけたその時だった。城の方から、蹄の音が鳴り響く。
(あれは……)
 スイクンに乗ったやすいくんが城門を駆け抜け、かっこいい男を剣で切りつける。かっこいい男は寸でのところでかわすも、その瞬間に幻影は消える。
「た、助けてくれたのか……? い、いや、余計なことしやがって! あんな奴に助けられなくたって勝てたっつの!」
 過ぎ去ってゆくやすいくんの背中に、カモンベイビーが文句を言う。
 精一杯強がってはいるが、今の自分にかっこいい男を倒す手段が思いつかないことに変わりは無い。だがとりあえず幻影が消えた今がチャンスであることは間違いない。再びかっこいイリュージョンを使われないうちになんとか倒してしまいたいところだ。
 カモンブラスターを抜くも、ふとあることに気がつく。カモンブラスターのエネルギーが、あと一発分しか残されていないのだ。
(ヤベェ……無駄に撃ちすぎたか!)
 ますますピンチのカモンベイビー。やすいくんから退避したかっこいい男は民家の上に立っていた。
「かっこ悪い奴だ。そろそろとどめを刺してやるか。かっこいいフラッシュ!」
 かっこいい男は再び体から眩い光を放つ。
「二度も同じ手が通じるか!」
 カモンベイビーはマントで顔を覆い隠し、かっこいいフラッシュの直撃を防ぐ。
「それはどうかな?」
 かっこいい男の意味深な発言に疑問を抱き、カモンベイビーはマントを下ろす。すると、そこには十数人のかっこいい男が。
「君が目を隠している間に、かっこいイリュージョンを使わせてもらったよ」
「し、しまった!」
 まんまと罠にはめられ、狼狽えるカモンベイビー。
「さあ、かっこよく殺すよ」
「く、くそおっ!」
 民家の上からかっこいい男が降りてきたところで、カモンベイビーは突撃。……と見せかけ、幻影をすり抜けて逃走する。
(こうなったら仕方がねえ、かっこ悪いが逃げながら攻略法を考えるぜ!)
「逃がさないよ。君の首を持って帰れば、俺は七幹部に入れるんだからね」
 かっこいい男は自分に酔うかの如く髪を掻き揚げ、カモンベイビーを追う。

 カモンベイビーは夜のわたわ町を、ひたすら走った。自分がどこを走っているのかも意識せず、目に見える道を反射的に進んだ。
(転校生は正確に本物を狙って攻撃していた……つまりあいつにはどれが本物がわかっていたってことだ。くそっ、だが俺にはわからねえ! どうやって見分けるんだよ!)
 どんなに考えたって、カモンベイビーの頭では思い付かない。そうこうしているうち、街路灯に照らされたT字路に立たされた。
(くっ……右か、左か……どっちに逃げる!?)
 迷っているうちに、かっこいい男の足音はだんだんと近づいてくる。
 パリンと音が鳴り、辺りが暗くなった。街路灯にかっこいい男の投げた薔薇が刺さって割れたのだ。
(迷ってる暇は無え!)
 カモンベイビーは慌てて右の道を走る。
 しばらく走ったところで、一つの灯りが目に入った。誰かが、懐中電灯を手に立っている。
「おい、そこのお前!」
 声をかけられたその男は、カモンベイビーの方に灯りを向ける。その男はカモン城の兵士であった。
「カモンベイビー王子、何故こんな場所に!?」
「俺はゾウラ族の怪人と戦ってるところだ。お前こそ、ここで何してる」
「私はこの地区の住民が皆避難したか見回っていたところです。一通り見た限りでは、どうやら全員無事に避難を済ませたようです」
「そうか、そんなことよりここにいたら危ねえぞ、奴はもうすぐ追いつく!」
 カモンベイビーがそう言った瞬間、懐中電灯に薔薇が刺さって割れた。
「逃がさないよ!」
「ヤベェ、来やがった!」
「下がっててください王子!」
 兵士は手持ちの銃でかっこいい男に向けて発砲するが、銃弾は手刀で弾かれる。
「おい、お前どれが本物かわかるのか!?」
「はぁ!? 本物!? 何言ってるんですか王子!」
「お前にはあの幻影が見えてないのか!?」
 話をしているうち、かっこいい男はもう目の前まで来ていた。逃げ出そうとするカモンベイビーに、かっこいい男の跳び膝蹴りが迫る。
「王子危ない!」
 カモンベイビーを庇った兵士が、吹き飛ばされ気絶する。カモンベイビーは身代わりとなってくれた兵士に小さく頭を下げると、すぐに前を向き全速力で走る。
(く……あの兵士の様子を見るに、奴の幻影は俺以外には見えてないみたいだ。つまり俺一人じゃどうにもできねーってことじゃねーかよクソッ!)
 兵士の話によればこの辺りの住民は皆避難を済ませてしまっているため、誰かに頼ることもできない。本当に、自分一人であの幻影を攻略するしかないのである。
 考えながら必死に走るも、状況はより悪い方に働いた。夜の町をいい加減に逃げ回っていたために、いつの間にか袋小路に辿り着いてしまったのだ。
「し、しまった!」
 今更後悔してももう遅い。十数人のかっこいい男はすぐ後ろまで来ていた。
「追い詰めたよ。ああ、今夜は素晴らしい夜だ。俺の七幹部入りを祝福してくれるかのよう……」
 うっとりとした表情で、十数人のかっこいい男は一斉に身構える。
(夜……?)
 死に瀕したその時、急にカモンベイビーは頭が冴え渡ったような気がした。
 カモンベイビーの頭の中で、かっこいい男の行った二度の不審な動作が思い出される。
 一度目は街路灯の破壊。二度目は懐中電灯の破壊。どちらも遠距離からの飛び道具による攻撃であり、カモンベイビーを直接狙うことができたにも関わらずそうしないで灯りを攻撃している。
 最初に言っていた「夜の戦いにおいて俺の敗北はない」という言葉が、かっこいいフラッシュのことだけを指しているのではないとしたら……
 カモンベイビーは、何を血迷ったかカモンブラスターの銃口を空に向ける。
「もしかするといけるかもしれねえ……一か八かだ! カモン……ブラスタァァァァ!」
 天へと昇る一筋の光。袋小路の壁による反射も手伝って、辺りは一瞬夜中とは思えない明るさに包まれた。
「見えたぜ……てめーが本物だ!」
 かっこいい男達の中でただ一人、足元に影のできた者がいた。幻影に影はできない。本物のかっこいい男が、はっきりとわかった瞬間だった。
 カモンベイビーは、光線に気を取られ上を向いているかっこいい男の顔面に、渾身のドラクチャキックを叩き込む。
「げひゃいっ!」
 その瞬間に全ての幻影は消え、かっこいい男は吹き飛ばされ後ろの塀に叩きつけられる。
「どうだーっ!」
 遂にかっこいイリュージョンを攻略し、大逆転に勝ち誇るカモンベイビー。叫びを上げた後、倒れているかっこいい男にとどめを刺そうと一歩一歩歩み寄る。
 かっこいい男の体が、ぴくりと動いた。カモンベイビーは警戒し身構える。
「お、俺の顔が……俺のかっこいい顔が……!」
 そんな情けない声が、かっこいい男の口から漏れる。
 ドラクチャキックをまともに喰らったかっこいい男の顔は、歯が折れ、鼻が潰れ、美男子の面影が無いくらいにぐちゃぐちゃになっていた。
「ゆ、ゆゆゆ許さん! よくも! よくも! よくも俺のかっこいい顔をーっ!」
 かっこいい男はガラガラの醜い声で叫ぶと、立ち上がってマントの下から包丁を取り出した。
「死ねえ! かっこいい殺人!」
 かっこいい男の包丁が、カモンベイビーの脇腹を突き刺す。
「ぐわああああああ!」
 カモンベイビーは思わず後ろに飛び退いた。脇腹から、赤黒い血が流れる。
「アッヒャヒャヒャヒャヒャ! 俺のかっこいい顔を傷つける奴は絶対に許さん! 死刑だ! 処刑だ! 極刑だ! 貴様のその顔を、原型留めないくらいズタズタに引き裂いてやる!」
「き、急にどうしたんだこいつ……」
 かっこいい男の豹変に、カモンベイビーは驚愕。
「死ね死ね死ねーっ! かっこいい殺人!」
 包丁を振り回し襲い来るかっこいい男。カモンベイビーはその気迫に圧され、肘に包丁の一撃を喰らってしまう。
「ぐううっ……」
 バランスを崩し倒れこんだカモンベイビーに、かっこいい男は馬乗りになる。
「アヒャヒャヒャヒャ、楽には殺さないよ……俺の顔を傷つけた罪はあまりにも重い……少しずつ皮を剥ぎ肉を削ぎ、じわじわと苦しめながら殺してやる! もちろんお前の顔は、他のどこよりもグッチャグチャにしてやるううううう!」
 狂気の怒りと共に振り下ろされた包丁の刃を、カモンベイビーは右手で掴む。掌の皮が切れ、血が垂れた。
「ケッ、こんなところで死ぬわけにゃいかねーんだよ!」
 わたあめとの仲違い。やすいくんへの借り。まだまだやり残したことは山ほどある。この戦い、絶対に負けられないのだ。
 カモンベイビーは左手でかっこいい男の顔面にパンチ。怯んだところで包丁を離した右手でパンチ。更に左手でもう一発。
「か、顔! 顔ーっ!」
 起き上がり様に肘でかっこいい男を突き飛ばし、顔面に追い討ちのハイキック。
「か、かかかか顔が! 俺の顔がこんなにも殴られ蹴られ……ウギャアアアアアアア! 許さん許さん許さん! ぜーったいに許さん!」
 発狂してしっちゃかめっちゃかに包丁を振り回すかっこいい男。だがカモンベイビーは落ち着いている。
「へへっ……わたあめが破壊部隊の怪人に苦戦したって聞いてたからどんなに強いのかと思ってたが、案外大したことねーな」
 カモンベイビーはマントの端を掴んで構える。風はカモンベイビーの方に吹いている。今ならば、あの技が使えるかもしれない。
 わたあめがわたハリケーンカッターの練習を始めたと聞いて、新技の開発に乗り出したカモンベイビー。わたあめよりも先に完成させるんだと、必死になって練習した日々。今こそ、その努力が実を結ぶ時。
「喰らえふうかぜマントの超進化! ふうかぜ! トルネイドーッ!」
 カモンベイビーはマントを掴んで回転。ふうかぜマントの突風は竜巻へと進化し、かっこいい男を巻き上げる。
「ガ、ガゴイイイイイー!」
 空高く飛ばされたかっこいい男は、断末魔と共に空中で爆散。負けられないという強い意志が、カモンベイビーを見事な勝利へと導いたのだ。
「へへっ、お前なんかより俺の方が百億万倍かっこいいぜ!」
 

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