第33話 カラーモノクロ歌合戦

 戦火に燃えるクリスタリア城下町を、やすいくんはスイクンで駆けていた。
 国王の命を受け、城を出た直後のことである。
「いやああああああっ!」
 どこからか聞こえる、甲高い悲鳴が耳に入った。やすいくんは、悲鳴の聞こえる方に走った。
 破壊された住宅地の片隅。赤ん坊を抱えた女性が、巨体の怪人に襲われていた。女性はうずくまり、赤ん坊はしきりに泣いている。女性の横には、既に事切れた夫と思わしき男性が倒れていた。
 怪人は栗のような頭をしており、手には巨大な槍を掴んでいる。
「ああっ、水晶騎士様! どうか、どうかお助けください!」
 女性はやすいくんの姿を見て、神にでも縋るかのように助けを懇願した。やすいくんは腰の剣に手を掛けるが、ふと思いとどまる。
『たとえゾウラ族と会っても、決して戦ってはならん。ただひたすら逃げるのだ。何としても、生きてわたわ町に辿り着け』
 国王の言葉が、脳内に木霊した。
 普段のやすいくんならば迷わず助けに入っただろうが、今ここで女性と赤ん坊を助ければ、それは国王の命令に背くことになる。
 国王の命を遵守すべきか、目の前の人を救うべきか。それはあまりにも選ぶことの難しい二択。水晶騎士として、今やるべきことは――。
「水晶騎士様! せめてこの子だけでもお助けください!」
 女性は助けを急かすが、やすいくんは動かない。怪人はやすいくんの反応を待っているかのように、槍を持つ手を止めている。
 やすいくんは、目を閉じる。そして怪人に背を向けた。何も見なかった、何も聞こえなかったとでも言うかの如く、その場を走り去った。
 やすいくんの選択は、戦わず逃げることだった。女性の絶望に満ちた悲鳴を背中に浴びながら、やすいくんは逃げた。やがて肉の潰れるような音が鳴り、悲鳴と赤ん坊の泣き声は聞こえなくなった。
 これは国王の命令なんだ、仕方が無かったんだと、やすいくんは心の中で言い訳を続けた。だがそれでも、彼の心には深い蟠りが残るのみでった。


 クリードとキツネ男の戦いを見て、やすいくんはクリスタリアでの一件を思い出した。それはあまりにも苦く、辛い出来事だった。金輪際二度と忘れることのない、最低の出来事。
「あんな奴ですら他人を守るために自分を犠牲にしたというのに……俺は……」
 そして戦いの結末を見て、やすいくんはそんなことを呟いた。
「む、どうした?」
「いえ、何でもありません……」
 カモンキングがそれを聞いて尋ねるが、やすいくんははぐらかす。
 あんな奴に国を守る資格は無いと馬鹿にしていたキツネ男が、自分にはできなかった他人を守ることをやってのけた。
 守るべき人を見捨てて逃げ出した自分の、何と愚かなことか。自分は畜生にも劣る下衆であると、心から認識させられたような気がした。
「やすいくんよ、そう落ち込むな。確かにキツネ男は負けた。だがまだわたわ町の戦士は残っている。それに、今田中博士がこの状況を打破する秘密兵器を作っている最中だ。まだ我々に希望は残っている」
 カモンキングは、そう言ってやすいくんの肩に手を置くと、カラリオが戦っている田中研究所前を写したモニターに目をやった。

 カラリオとモノクリオは、田中研究所前の道路上空にて壮絶な空中戦を繰り広げていた。
「カラブリキック!」
 上昇しながら足を振り回すカラリオだが、その攻撃は空振りに終わる。モノクリオは蝶のようにひらひらと攻撃をかわし、カラリオより後ろに回り込むと踵落しを繰り出した。
「ぐわあっ!」
 強烈な一撃を頭に喰らったカラリオは、地面に叩き落される。だが必死に羽ばたいて踏ん張り、スピードを殺し地面への激突は避けた。緩やかに着地し、上空のモノクリオを見上げる。
「くそっ、空中戦で負けられるか!」
 再び飛び立ち、モノクリオの顎目掛けてアッパーを打つ。だがモノクリオは白と黒のダブルマントを巧みに動かし、すり抜けるかの如くそれをかわす。
 容易く後ろに回り込んだモノクリオは、足の裏でカラリオの背中を蹴飛ばした。
「ぐっ……」
 カラリオは民家の壁に正面から叩きつけられ、呻き声を上げた。顔面を強く打ち、鼻血が垂れる。モノクリオはその無様な姿を見て、モノノノノと嘲笑った。
「野郎!」
 負けじと突撃を繰り返すカラリオだったが、容易くかわされては後ろに回られ蹴飛ばされる。空中での機動性は、あちらの方が圧倒的に優れているのだ。
「格闘戦でダメなら……これだ!」
 カラリオは民家の屋根に立ち、懐からマイクを取り出した。
「喰らえカラリオリサイタル! カッラーリオーッ、カラのよぉーおにぃー!」
 爆音を響かせ、カラリオは歌う。避難が完了し住宅地が無人となっていたのは幸いである。
 しかしモノクリオには全く効いている気配がなく、涼しい顔で笑われるのみであった。
「何だ、そんなものがてめーの必殺技か? モノノノノ、本物の必殺技って奴を教えてやるぜ」
 そう言ってモノクリオが取り出すのは、これまたマイク。
「死ね! モノクリ音波!」
 モノクリオの声が、マイクを通して拡大されカラリオに迫る。
「ぐわああああっ!」
 カラリオの歌は音波によって掻き消され、直撃を受けたカラリオは一溜まりもなく吹き飛ばされた。カラリオが立っていた民家は二階が吹き飛び、一階も潰れるように崩れ落ちる。
「な、何ださっきのは……あれが歌なのか!?」
 瓦礫の上で起き上がりながら、カラリオが言った。
「歌だと? 俺のモノクリ音波は破壊音波だ。ただのうるさい歌と一緒にしないでもらおうか」
「は、破壊音波……」
 カラリオは、その言葉の響きにぞっとした。

 一方でカラリオが守ろうとしている田中研究所では、田中博士とコロンくん、たかしの体がしきりにパソコンのキーボードを叩いていた。パソコンから伸びる無数のコードの先には、何やら黒いものが横たわっている。
「帰ったぜ、博士」
 たかしの頭が、ロケットを吹かしながら扉を開け開発室に入ってきた。プログラミングのために体だけを研究所に残し、頭はカラリオの戦いを見に行っていたのである。
「おかえりなさい。戦いの様子はどうでしたか?」
「マズいな……カラリオの奴、このままじゃ負けるぜ」
「そうですか……ならばこれの開発を急がなければなりませんね」
 博士は額に汗を浮かべながら、振り返らずに言った。
「いや、こうなったら俺も一緒に戦うぜ。コロン、お前も来い」
「駄目です!」
 開発室を出て行こうとするたかしに、田中博士が怒鳴る。
「カラリオ君ですら苦戦する相手ですよ。貴方が行って何になるというのです。それよりも今は、これを完成させることが先決です。これさえ完成すれば……この戦いも……」
 田中博士は、よっぽど余裕がないのかたかしの方を一切見ることなくキーボードを叩き続ける。
「……わかったよ」
 たかしは暫く黙っていたが、渋々体とドッキングしプログラミングに集中した。

 格闘戦、空中戦、音による攻撃。モノクリオは、全てにおいてカラリオを上回っていた。見た目こそ瓜二つだが、その力の差は歴然だった。カラリオはどうにかその相手を倒す方法を考えながら、モノクリオを睨み続ける。
「どうした、攻撃してこないのか?」
 モノクリオは手招きで挑発する。
「く……考えてても仕方ねえ! こうなったら、とことんやってやる!」
 カラリオは飛び立ち、やけくそになって拳を振り回す。
「フン、弱すぎて笑っちまうぜ」
 あっと言う間に後ろに回られ、後頭部を蹴られる。それでもカラリオは、絶えず攻撃を続ける。
「カラーリオーッ!」
 キックの連打の合間に歌を交え、少しでもモノクリオに隙を作ろうと躍起になる。だが、モノクリオには効いている気配が無い。
 モノクリオの足が、カラリオが手に持つマイクを蹴り壊した。これでもう、カラリオリサイタルは使えない。
「おらあっ! カラブリキック!」
 蹴りは当たらず、またしてもモノクリオは後ろに回る。だがカラリオはそのまま足を大きく回して一回転。モノクリオの腕を右手で掴んだ。
「捕まえた!」
 モノクリオの体をこちら側に引き寄せ、両腕で抱え込んで動きを封じる。抱きつくようにがっしりと抱え込まれたモノクリオは、両腕とマントを動かすことができない。
「へへ……お前は後ろに回り込むことしかできねえのか? 動きがワンパターンすぎるぜ」
 カラリオはモノクリオを抱えたまま、体を縦に180度回転させ、頭を下に向けた。
「捕まえさえしちまえばこっちのもんだ! 見せてやるぜ……俺の新必殺技、カラリ落とし!」
 マントを畳み、地面の一点に向けて急降下。モノクリオの頭を地面に打ちつけんと加速する。
 地面すれすれ、ぶつかろうとする瞬間だった。カラリオの両腕のホールドが僅かに緩まったことを、モノクリオは見逃さなかった。両腕に力を籠めて強引にホールドを外すと、カラリオの腕を掴み地面に向かって投げた。
「ぐはぁっ!」
 背中を地面に打ち付けられたカラリオは、何が起こったのかわからず目をぱちくりさせていた。
「これが、お前の新必殺技か?」
 腰に手を当てて見下ろすモノクリオの姿を見て、カラリオはようやく自分の置かれた状況を理解した。
「そ、そんな……俺のカラリ落としが……」
 カラリオの目に、涙が浮かぶ。肉体的なダメージ以上に、血の滲むような努力の末に編み出した新必殺技が容易く破られたことによる精神的ショックが大きかった。
「モノノノノ、万策尽きたようだな。死ね!」
 モノクリオはカラリオの顔面をサッカーボールのように蹴飛ばす。カラリオは転がりながら民家のフェンスに叩きつけられた。
「ぐっ……ち、ちくしょう……」
 いくら相手が強いといえど、まさかここまで歯が立たないとは思っておらず、既にカラリオの心は折れかけていた。
(勝てねえ……俺の力じゃ……あいつには……)
 モノクリオはマイクを取り出し、カラリオにとどめを刺そうとする。
(だが……これでいいのか……?)
 自分がここで負ければ、田中研究所がモノクリオに破壊される。そればかりか、沢山の人が殺されるのだ。
 カモンキングは自分がゾウラ族を倒せると信じて、わたわ町を守る戦士として選んでくれたのだ。にも関わらずこの不甲斐無さ。カラリオは自分が恥ずかしくなった。
「諦めて……たまるかよ……」
 カラリオは自分を鼓舞するように言葉を発しながら、重たい体を起こす。
「男カラリオ、何もできずに終わっちまったんじゃ王様に示しが付かねえぜ!」
 カラリオは右脚を曲げ、左の膝を地に着けた体勢をとる。
「マイクが無くても、歌くらい歌える」
 そして右手を口の前に持ってきて、大きく息を吸い込んだ。
 モノクリオはそんなカラリオの様子など知ったことはなく、とどめを刺そうと口からマイクを通して強烈な破壊音波を放つ。
「死ね! モノクリ音波!」
「カッラアアアアァァァリオオオオオォォォォォーッ! カラのよおおおぉぉぉぉぉにいいいぃぃぃぃっ!」
 モノクリ音波が放たれると同時に、カラリオは歌った。それはさながら、断末魔の叫びのような魂のシャウト。たとえ喉が潰れようと構わない。その一撃に、己の全てを賭けた。
 カラリオの歌声は空気を揺らし、破壊音波を掻き消した。音が放つ衝撃波に、モノクリオは吹き飛ばされる。
「何いぃ!?」
 後ろの民家に叩きつけられたモノクリオの両耳から、血が噴き出した。
「ぐっ……こ、こんなザコにこの俺がっ……」
 まさか破壊音波が歌に負けるとは思っていなかったモノクリオは、手痛い反撃を受けて心底悔しがった。
 だがカラリオの方も、とても戦いを続けられるような状態ではなかった。喉を酷使したカラリオは、大量の血を吐いた。
(お……俺もここまでか……)
 最後に一矢報いることができたことに満足しつつも、勝てないことが悔しくて仕方が無かった。
「野郎……次こそぶっ殺してやる……」
 モノクリオは青筋を立ててマイクを握り、再びモノクリ音波を放とうとする。
「死ね死ね死ねぇ! モノクリ音波ァー!」
 破壊音波が発射される。カラリオは己の死を覚悟し、目を閉じた。
「ギャアアアアアア!」
 何かに篭ったかのような悲鳴が、カラリオの耳に届いた。カラリオは何の攻撃を受けた感触も無く、恐る恐る目を開ける。
 目の前のモノクリオは、全身ボロボロになっていた。そしてそればかりか、モノクリオの体は丸い泡に包まれていたのだ。
「ど、どうなっている……何が起こったというのだ……」
 モノクリオは自分の置かれた状況を理解できず、ただただ困惑していた。
 一方のカラリオは、この状況を理解していた。あの泡のバリアが、破壊音波を全方位から反射、モノクリオは破壊音波を自ら全て受けたのだ。
 カラリオはこの技を知っている。かつて喰らったことがある。
(だが……あの人は……)
 そう思うカラリオの頭上を、何かが飛び越える。
「トゥーン、キーック!」
 夜の闇に響く声。一つの黒い影が、泡に閉じ込められたモノクリオに流星の如く飛び蹴りをかました。
「モノギャーッ!」
 モノクリオは、あっという間に爆散。まさかの決着に、カラリオは唖然。
 黒い影はカラリオの前に着地すると、優しく手を差し伸べた。
「大丈夫だったかい、カラリオ君」
 その顔、その姿、その声。カラリオはその男を知っていた。黒い肌が闇夜に溶け込んで見づらいが、間違いはなかった。
「あ、あんたは……」
 声を出すだけでも辛いのに、思わず言葉が出てしまうほどの驚き。それは紛れも無く――。
 

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