第32話 キツネ男吼える!

 カモン城城門前。フードを被った怪人は、今にも城へと侵入しようとしていた。
 彼の通った後には、一撃のもとに倒されたカモン城の兵士達がゴロゴロと転がっている。
 怪人は城門を蹴り壊そうと、脚を上げる。その時、城門が音を立てて開き始めた。
「これはどういうことだい? 降伏……と解釈してもいいのかな」
「んなわきゃーねーだろ」
 高いところから聞こえてきた声に、怪人は見上げた。全開になった城門の向こうに、聳え立つ二十段の跳び箱。その上では花束を持ったカモンベイビーがポーズを決めていた。
「やいゾウラ族、お前はこのカモン王国王位継承者、カモンベイビー様がぶっ倒す」
「へえ、王子様かい。そいつはいいや、君の首を持って帰れば俺の七幹部入りは確定じゃないか。獲物が自分から来てくれるなんて最高だね」
「獲物扱いとはムカつくヤローだ。いいぜかかってきやがれ。カモン!」
 カモンベイビーは、かっこつけた口調でそう言って怪人に花束を投げつけた。

 一方で、カモンベイビーが守ろうとしているゾウラ城内。
 食事を終えたやすいくんは、カモンベースに戻ってきていた。
「おお、戻ってきたか。ほれ、ここに座りなさい」
 カモンキングは、朗らかに笑いながらやすいくんに椅子を差し出す。
「どうだね、美味かっただろう?」
「……はい。大変美味しかったです」
「そうかそうか、それはよかった」
 素っ気無い返事をしたが、やすいくんは内心とても感動していた。だが、この状況である上に国王の手前。その感情を歳相応に表に出すことを、自身が拒んでいたのである。
 やすいくんは、戦況の表示されているモニターへと目を移した。ドッパー医院前で戦っているのがドッパーからわたあめに変わっているのと、カモン城前でカモンベイビーが戦闘を開始した以外は特に変化は見られない。
 ふと、キツネ男の戦っているわたわ小学校校庭の映像に目が行った。
(あの怪人……見覚えがある……)
 あの特徴的な栗頭。間違いはなかった。クリスタリアを出たあの日、苦い思いを味わわされたあの怪人である。
 小刻みに震えるやすいくんを、カモンキングは静かに見守っていた。

 わたわ小学校での戦いは、キツネ男が優勢で進んでいる。
 クリードは巨大な槍を振り回し、突き出し、薙ぎ払い、キツネ男を果敢に攻める。だがその攻撃は、僅かに掠りすらしない。
「そんな攻撃、当たらないコン」
 キツネ男は挑発を交えつつ、クリードの周囲をちょこまかと移動。槍の攻撃を的確にかわしてゆく。
 キツネ男の何よりの長所は、反射神経と脚力である。対してクリードは一撃の重みに全てを賭ける鈍足パワータイプ。のろまで単調な攻撃など、キツネ男にとって避けるのは容易いこと。まさしく「当たらなければどうということはない」といった具合で、全てをかわし続けるのである。
 無論、キツネ男はただ回避しているだけではない。避けながらも隙を突いて近づき、コンマーで少しずつ攻撃してゆく。その繰り返しで、ちまちまとクリードの体力を削っていくのである。
「ちっ……小賢しい!」
 クリードが思い切り振り下ろした槍を、キツネ男は横っ飛びでかわす。更にそこからジャンプして、槍の上に片手で逆立ち。
「ほーら、こんなことだってできちゃうコーン」
 クリードが槍を振り上げたところで、キツネ男はその勢いを利用して高く跳び上がり、空中で宙返り。今度は頭の上に両足で立った。
「これでも喰らうコン」
 頭の上から飛び降りる最中に、コンマーでクリードの後頭部を打つ。クリードは怒りの形相で振り返るが、その時既にキツネ男は視界から消えていた。股の下をスライディングで抜けて、槍を掴む右手の甲をコンマーで打つ。
「ぐうううう!」
 唸り声を上げるクリードだが、キツネ男は気にしない。続けて、今度はコンマーを空高く放り投げる。クリードがコンマーに気を取られたところで、キツネ男はクリードの膝を踏み台にしてジャンプ。空中でコンマーをキャッチし、落下する勢いでクリードの顔面を叩いた。
「ぐーっ、この小僧、舐めやがってーっ!」
 頭にきたクリードはしっちゃかめっちゃかに槍を振り回すが、当たる気配は無し。軽業師のような身のこなしにクリードはまるでついていけず、右往左往するばかりであった。激情して力を強めるも、その動きはより単調になるだけ。これではキツネ男の思う壺である。
「小僧! もう許さねえ!」
 突如、クリードの体から高熱が発せられた。キツネ男は後ろに飛び退いて熱波をかわす。
「何だコン!?」
 クリードの体は赤く発光し、頭からは白い煙が上がる。その姿は、さながら焼き栗のよう。
「これが俺の全力……焼き栗モードだ! 死ね! 必殺……第三次世界大戦!」
 爆音を鳴らし、槍を地面に叩きつける。校庭の砂が巻き上がり、衝撃波と共に襲い掛かる。キツネ男は、その動きをばっちりと見据え横っ飛びで避ける。だが、一つの砂粒が頬を掠めた。
(避けきれなかった!)
 衝撃波を受けて、後ろの校門は吹き飛んだ。着地したキツネ男は、頬から垂れる血を指で触って確かめながら、敵の凄まじいパワーに驚愕した。それと同時に、たまたま校門側に移動していてよかったとも思った。校舎を背に戦っていれば、あの衝撃波で学校は甚大な被害を受けていただろう。
 砂煙が晴れると、槍を叩きつけられた場所には大きなクレーターができていた。あんな攻撃をまともに喰らえば、即死は逃れられない。
(でも……俺なら避けられる!)
 キツネ男の目がキラリと光る。クリードは槍を大きく持ち上げ、第二撃を放とうとする。キツネ男はいつでも動き出せるよう両手を地面につけ、四足動物のような体勢になる。
「次こそ殺してやる! 第三次世界大戦!」
 第二撃の、衝撃波と砂粒が飛来する。キツネ男は直角に横っ飛び。今度は砂粒一つ当たることなく、完全に避けきった。
「お前の攻撃は何一つ俺には通じないコン。喰らえコンマー!」
 着地と同時に一気に踏み込み、キツネ男はクリードに接近する。だが突如ブレーキをかけ、反射的に飛び退いた。クリードの放つ熱波が、キツネ男を近づけさせないのだ。
「あ、危なかったコン……」
 汗を拭い、体勢を立て直す。いくら敵の攻撃を避けることが容易くても、攻撃ができなければ何の意味も無い。それに持久戦に持ち込まれたら、先にスタミナ切れするのは運動量の多いこちらの方だ。
 キツネ男は片目でクリードを注視しつつ、もう片方の目で何か打開策を探す。
(あれを使えば……)
 クリードの向こう側に、キツネ男はある物を見つける。クリードは槍を上段に構え、再び第三次世界大戦を撃とうとする。キツネ男は、それを見逃さない。
 第三次世界大戦が撃たれた瞬間に、一気に駆け出し回避。そのままクリードを通り過ぎ、校舎の方へと突き進んだ。第三次世界大戦は一度撃ったら暫く待たないと次が撃てないのはこれまでの様子を見て明らかだ。体から熱波を発しているのはその隙を突かれないようにするためのものだろう。少なくとも一度撃った直後なら校舎側に向かっても安全だろうし、キツネ男の俊足があれば次を撃たれる前に辿り着くことも不可能ではない。
 校舎側に着いたキツネ男は、花壇の側のホースを手に取る。
「水でも被って頭を冷やすコン!」
 蛇口を捻り、一気に放水。冷や水を浴びせられたクリードの体から、白い蒸気が上がった。
「く、くそっ、俺の焼き栗モードが……」
 すっかり熱を冷まされ、焼き栗モードを解除されたクリードは狼狽える。次の瞬間、キツネ男はクリードの後ろに現れ後頭部をコンマーで叩いた。
「熱波さえ無くなればこっちのものだコン」
 ワープでもしているかの如く現れては消え現れては消え、連続でコンマーを浴びせてゆく。殴られるたび、クリードは痛みに声を漏らす。
「さあ、もっと苦しませてやるコン」
 一回一回殴る場所を変え、クリードの体に一つずつ痣を付けてゆく。勝つ手段を失った相手に、キツネ男の残虐性が牙を剥いたのだ。

 その様子を見ていたカモンベースでは、やすいくんがキツネ男の様子に疑問を感じていた。
「カモンキング陛下、彼はわざと敵にとどめを刺さず軽い攻撃を続けているように見えますが……これはどういうことでしょうか」
「キツネ男は、そういう奴なのだ。相手を苦しめ、痛めつけることを楽んでおるのだよ。まあ褒められる趣味とは言えんが、見ての通り彼は強い。これまでも沢山のゾウラ族を撃破してきた立派なわたわ町の戦士だよ」
「……自分には、彼にこの国を守る資格があるとはとても思えません」
 カモンキングの言葉に対し、やすいくんは不満そうに言った。

 キツネ男は、クリードを痛めつけるのを続けている。
「さーて、いつまで耐えられるかコン」
 クリードを虐めて悦に浸るキツネ男。対してクリードは、ひたすら耐えながら反撃の機会を窺っている。
 突如、校門の向こうから小さな声が聞こえてきた。
「ここに、キツネ男さんがいるんですね。僕も何か手伝わなくては」
 キツネ男の、よく知る声であった。クリードの口元が、ニヤリと捲くり上がる。
「キツネ男さん、一緒に戦いにきました! 敵のデータ分析は僕に任せてください!」
 丸い眼鏡を光らせ、ノートパソコンを手にしたメガネ男が校庭に入ってきた。クリードが、槍を掴んだ右手を持ち上げる。キツネ男の攻撃の手が止まる。
「こっちに来ちゃダメだコーン!」
 ばっと振り返り、腹の底から叫ぶ。だがクリードの槍は既に投げられ、メガネ男に向かって飛んでゆく。
「間に合ってくれコン!」
 キツネ男はクリードの体を蹴って加速し、メガネ男の方へ全速力で走った。
 ドッ……と鈍い音が鳴った。目に涙を浮かべ怯えるメガネ男の前に、大の字になったキツネ男が立っていた。
「ぶ、無事だったかコン……」
 メガネ男は、キツネ男の辛そうな笑顔を見る。視線を下に向けると、背から腹に向けてクリードの槍が貫通していた。
「キ、キツネ男さん……」
 あまりにもショッキングな光景に、メガネ男は腰を抜かす。
「う、うわあああああ!」
 そのまま、這いずるように後ずさりしながら逃げ去っていった。
 クリードは一歩一歩キツネ男に近づき、槍の柄を手に取る。
「クリクリクリ、せっかく勝てた勝負をあんなガキ一匹のために捨てるとは……喜劇だな」
 クリードはその怪力で、キツネ男の腹に刺さった槍を引っこ抜く。
「コンギャアアアアアッ!」
 刺さる時以上の痛みがキツネ男を襲い、天まで届くかのような悲鳴が夜の校舎に跳ね返った。傷口からは、大量の血が噴水のように噴き出す。
「こ……コンな……ことで……この俺が……」
 キツネ男は力なく仰向けに倒れた。思わぬアクシデントによる敗北は、キツネ男自身にとってもショックは大きかった。敵を苦しめて遊んだりせず、さっさととどめを刺しておけばこうはならなかっただろうと、今更後悔をしていた。
 クリードはキツネ男に背を向け、槍を担いで校舎の破壊に向かう。
「ま……待て……コン……」
 キツネ男は残る力を振り絞り、クリードの足にしがみついた。
「何だお前、まだ生きてたのか」
 クリードは蟻でも見るかのような目で、キツネ男を見下ろした。
「俺達の学校は……破壊させないコン……ぐっ!」
 クリードに頭を踏みつけられ、キツネ男は苦しみの声を上げる。
「おーおー、死にかけがよく言うぜ。そういやお前はこの俺に向かってもっと苦しめとかほざいてやがったな。丁度いい、学校を破壊するのは後回しにして、お前をじわじわと苦しめながら殺してやるとするか」
 クリードは足の力を強め、地面に擦り付けるように動かす。キツネ男は痛みと屈辱に耐えながら、なんとか意識を途絶さぬよう歯を食い縛った。きっと誰かが助けに来てくれる。せめてそれまでの間、敵の意識を自分に引き付けて時間を稼ぐ。もう戦えない今の自分にとって、それが唯一できることだった。
 

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