第31話 真夜中の死闘

 金銀財宝に彩られた豪華絢爛な食堂に連れてこられたやすいくんは、カモンキングに無理矢理席に着かされた。
「あ、あの……カモンキング陛下、これは……」
「食べ終わったら、カモンベースに来なさい」
 カモンキングはそうとだけ言うと、やすいくんが逃げないよう見張っておくようにとメイド達にアイコンタクトを送り、早足で食堂を出ていった。取り残されたやすいくんは、両脚を揃えて座り絶句する。
 この場所は本来、王族のみが使える食堂である。今は亡きやすいくんの実家の食堂よりも、遥かに豪勢だ。
 カモンキングは息子の友達を平気でこの部屋に入れ食事を振舞っているのだが、やすいくんはそんなこと露知らず。あまりにも場違いな場所に連れてこられたようで、酷い緊張と罪悪感に襲われていた。ふと後ろを振り向くと、壁一面ほどの大きさもあるカモンキングの肖像画がこちらを見ていた。肖像画は、本物よりも若干美形に描かれている。やすいくんは、慌てて前を向き行儀を正した。常にカモンキングに見られているようで落ち着かなかった。
(カモンキング陛下は何故……俺は……どうしてこんな所にいるんだ……)
 やすいくんは俯き、下唇を噛む。祖国の仇を目の前にして動くことができないというジレンマに、ただ焦燥感を募らせるのみであった。
 一人のメイドが、やすいくんの前に料理を運んできた。美味しそうな香りが、部屋全体を包み込む。やすいくんは、ごくりと唾を飲んだ。
「……いただきます」
 やすいくんは手を合わせた後、スプーンを手に取る。施しなど受けたくないと強がっていたが、匂いを嗅いだ瞬間その気持ちは一気に吹き飛んだ。やすいくんは焦っているように料理を口に運ぶ。こんな美味しいものを食べたのはクリスタリアにいた頃以来だった。
 やすいくんはいつしか戦いのことを忘れ、カモン城お抱えのシェフ謹製の高級料理を堪能していた。


 ドッパー医院前にて、ドッパーとた・カー君は激闘を繰り広げていた。
 ドッパーはランプル毒薬の能力で次々と体を変化させ、た・カー君を翻弄する。
「目玉ポイント!」
 ドッパーの目玉による強烈な突きが、た・カー君の胸にぶち当たる。
「鼻ポイント!」
 次は鼻を伸ばして鞭のようにしならせ、か・カー君の首筋を力強く叩く。ドッパーは更に追い討ちをかけようと、た・カー君に背中を向けてジャンプ。後頭部を鋼のように硬質化させ、一気に振り下ろす。
「これでとどめだ! 後頭部ポイント!」
「タカゲーッ!」
 た・カー君は悲鳴を上げる。ドッパーの後頭部がハンマーのようになり、た・カー君の背中を押し潰したのだ。
「どうだ!」
 ドッパーは頭を持ち上げ起き上がる。あの連続攻撃を受ければ、た・カー君もただでは済まされまい。
「タカカカカ、なーんちゃって」
 だが、た・カー君は平気で起き上がった。
「俺のこの体に打撃が効くと思うかー?」
 た・カー君はニョロニョロと蛇が這うように体をくねらせて挑発する。ドッパーはその姿をじっと見つめ、はっと気が付いた。
「ま、まさかあの長い体は衝撃を吸収する効果があるのか!?」
「流石は医者、察しがいいな。俺の体はあらゆる打撃を無効化する。お前は何をやっても俺には勝てないってことだ!」
 た・カー君はそう言うと、腰を支点、頭を錘に長い体を振り回し始めた。
「喰らえ頭ハンマー!」
 その攻撃法は、さながら鎖付き鉄球のよう。遠心力によって加速した頭をドッパーにぶつけ、大きく吹き飛ばした。
「ぐわああああ!」
 病院の壁に叩きつけられたドッパーは、口から血を吐く。僅かな油断があったために、防御が間に合わなかったのだ。
「く……僕の病院が……」
 ドッパーは、自分の体よりも病院の壁を傷つけてしまったことを心配していた。
「もういっぱーつ!」
 敵から目を離し病院の方を見ていたドッパーに、再びた・カー君の頭が迫る。
「打撃無効化なら僕だって使える! 腹ポイント!」
 ドッパーはそう言って腹を風船のように膨らませる。ボヨヨ〜ンと気の抜ける音が鳴り、た・カー君の頭は巨大な腹に弾き返された。
「そして僕の技は打撃だけじゃない……爪ポイント!」
 ドッパーの両手の爪が鋭く長く伸びる。両腕を大きく振り、引っ掻き攻撃を繰り出す。た・カー君は手で体を掴んで手繰り寄せ、攻撃をかわす。
「おっと、斬撃は勘弁だぜ」
 更にその流れで掴んだ手を一気に前方に振りかぶり、頭をドッパーの方に向かわせる。強烈な頭ハンマーがコンクリートの地面を割るが、ドッパーは後ろに跳んでわかす。
「今だ! 口ポイント!」
 大降りを外した隙を狙い、ドッパーは口を肉食獣のように変化させる。ナイフのような牙と強靭な顎で、か・カー君の頭にかぶりつく。
「うっ……!」
 唸り声を上げたのは、ドッパーの方であった。
「タカカカカ、俺の石頭なめんな。素でお前の後頭部ポイント……だっけ? くらいの硬さはあるんだよ」
 た・カー君はしたり顔で嘲笑う。ドッパーの牙には皹が入り、欠けてしまったものもあった。
「く……それならこれで! ベロポイントーッ!」
 ゴムのように伸びた舌が、た・カー君の顔を舐める。
「これでもうお前は動けない! 爪ポイント!」
 ドッパーは爪を伸ばし、唯一有効と思われる斬撃に全てを賭ける。
「この爪がお前を倒す……この僕の毒薬が!」
 針のように尖った爪の先端が、ギラリと光る。ドッパーは、体が麻痺して動けずにいるた・カー君に向かって一気に突撃。指を真っ直ぐ伸ばし、長い胴体の真ん中に突き刺した。爪の内部に入れられた毒薬が、注射器の要領でた・カー君の体内に注入される。
「タカゲェェェーッ!」
 た・カー君の悲鳴が、辺り一帯に木霊する。
「やった……やったぞ!」
 ドッパーは思わず笑みをこぼす。だが、少ししてふと異変に気付いた。た・カー君の体が、紫色にならないのだ。
「ど、どういうことだ!?」
 ドッパーの額を、冷や汗が伝う。先程まで苦悶の表情を浮かべていたた・カー君が、突如歯を剥き出しにしてニカリと笑った。
「タカカカカ、なーんてな! 俺は蛇の化身怪人だ! 毒なんて効くわけがねーだろ! ちなみに舐められた時も痺れた振りしてただけー! まんまと騙されやがって、笑えるぜー!」
 まるでダメージを受けている様子のないた・カー君の姿に、ドッパーの顔面は蒼白になっていった。ランプル毒薬の七段変身が全く通じず、何をやっても暖簾に腕押し。最早自分の手に負える相手ではないことを察したのだ。
「さーて、ここからは一方的な虐殺タイムだー!」
 た・カー君は楽しそうに頭を振り回す。
「まずはその爪!」
 爪ポイントの長い爪が、鋼のように硬い頭によって砕かれた。これで口ポイントの牙に続けて、た・カー君に有効な武器を失ったことになる。最早ドッパーに、まともな攻撃を繰り出すことはできない。
「まだまだ行くぜーっ!」
 続けて、た・カー君の頭がドッパーの鳩尾を抉る。
「ぐわあああっ!」
 悲鳴を上げるドッパーの顔面に、更に追い討ち。
「ぐうううっ!」
「まだまだーっ!」
 更に、更に、更に、更に、た・カー君は間髪を入れず攻撃を繰り返す。
「ぐわっ! ぐわっ! ぐわっ! ぐわああああっ!」
 一切の抵抗を許されず、怒涛の猛攻を受けて、ドッパーは倒れこむ。
「ぼ、僕は……倒れるわけには……」
 それでもドッパーは、立ち上がろうとする。全身打撲で動くだけでも痛むが、それでもドッパーには倒れるわけにはいかない理由がある。ボロボロの体を精一杯に広げて、必死に病院を庇おうとしているのだ。
「タカカカ、そんなに死にたいのなら望みどおり殺してやるぜ」
 た・カー君は急に動きを変え、地を這うような動きでドッパーに接近。後ろに回り込むと同時に、その長い体をドッパーに巻きつけた。
「なっ……こ、これはっ……!」
「一つ教えてやるぜ。俺の頭ハンマーはあくまで相手を弱らせるためのもの。俺の本領は……絞め殺しだ!」
 その言葉と共に、た・カー君はドッパーの体を力強く締め上げる。
「うぐわああああああっ!」
 泣き叫ぶような悲鳴が、辺り一体に響く。骨の軋む音が鳴る。全身が引き裂けるような痛みが、ドッパーに襲い掛かる。
 やがて叫ぶ気力も無くなり、ドッパーの意識は朦朧とし始めた。もう後は、緩やかに死を待つしかない。
(ダメだ……倒れ……ちゃ……)
 消え行く意識の中で、ドッパーは目を閉じまいと必死に踏ん張る。だがそれもそう長くはもたず、死へのカウントダウンは刻々と秒を刻んでいた。
 だがその時、閉じようとしていた目は、前方に一筋の光を見た。
「わた投げーっ!」
 飛来するわたが、た・カー君の頭にブチ当たった。
「タカグェッ!」
 た・カー君は衝撃で締め付けが緩む。直後、全力疾走するわたあめが滑り込み、ドッパーを引きずり出して救出した。
 解き放たれたドッパーは、息をすると共に口から大量の血を吐く。
「ドッパー先生! ごめんなさい……僕が遅れたばっかりに……」
「何も……謝る必要なんてない……君は間に合ったんだ……そんなことよりも、早く奴を……」
 わたあめの心配を他所に、ドッパーは病院の壁にもたれかかって立ち上がる。わたあめはドッパーの気持ちを思い、た・カー君の方を向いて身構えた。
「奴には打撃が効かない……気をつけるんだ……」
 ドッパーはわたあめにアドバイスをすると、壁で体を支えながらずるずると足を引きずって病院内へと向かう。
「わかりました……わた再生!」
 わたあめの手の中で、白い光がわたを蘇らせた。それを見てた・カー君は、ニヤリと一笑み。
「タカカカ、お前がハミハミヘロの言っていたわたの一族か。面白え、このた・カー君をハミハミヘロ如きと一緒だと思うなよ」
 た・カー君は歓喜するかのように頭を振り回し、臨戦態勢に入った。

 病院に戻ったドッパーに、ナース達が心配そうな顔で駆け寄る。
「先生! 酷い怪我!」
 一人のナースがドッパーに肩を貸す。
「スーパー毒毒DXを……持ってきてくれ……」
 怪我を手当てしようとしたナースに、ドッパーが言った。その薬の名を聞いた瞬間、ナース達の顔が青ざめる。
「ですが、あの薬は……」
「いいから早く!」
 ドッパーの気迫に気圧されて、ナースは薬品倉庫へと走る。その後少しして、一本の薬瓶を手に戻ってきた。その薬瓶には白い髑髏のラベルが貼られており、内部の液体はタールのようにどす黒く、マグマのようにボコボコと泡を立てていた。
 ドッパーはそれを受け取ると、急いでコルク栓を引き抜き、一気に飲み干した。
 心臓がドクンと高鳴る。ドッパーの体から高熱が出て、煙が上がる。打撲の跡も、締め付けによる痣も、折られた爪と牙も、見る見るうちに癒えてゆく。数分で全ての傷を完治させたドッパーは、疲れ切った表情で一息を吐いた。
「ハァ……よし、これでもう大丈夫だ……」
 そう言うドッパーは、明らかに大丈夫ではない様子だった。スーパー毒毒DXは、ドッパーが開発した回復薬である。その回復力は凄まじく強いが、その分毒性も凄まじく、実質ドッパー専用である。そしてそのドッパーであっても、完全に毒を中和することはできない。本来ならばこれを飲んだ後はゆっくり休み、毒が少しずつ中和されるのを待つ必要があるのだ。しかし、今のドッパーは。
「さあ、今の僕達に休んでいる暇は無い。これから大量の怪我人がここに押し寄せてくるんだ。早速準備に取り掛かるぞ」
 ドッパーは気合を入れるかのように力強く白衣を羽織り、病室へと歩き出す。ナース達は無理をするドッパーの姿を不安げに見つつも、彼を信頼し後をついていった。
 

TOP 目次  

inserted by FC2 system