第28話 メテオ・ブラックの野望

 早朝。わたあめは家の庭で特訓をしていた。
「はあああぁっ! わたハリケーンカッター!」
 空気の刃が、庭に置かれた大きな岩にぶつかっていく。だが、岩には傷一つ付かない。
「く……こんなじゃダメだ……」
 やすいくんの故郷を滅ぼしたメテオ・ブラック。そしてその手下であるハミハミヘロ。わたあめの中で、得も知れぬ嫌な予感が渦巻いていた。
 このままではいけない。今よりもっと強くならなければ、わたわ町を守れない。その一心で、わたあめはわたハリケーンカッターの完成に全力を尽くしていたのである。
「兄ちゃーん、ご飯まだー?」
 わたぴよが窓を開けて声をかけてきた。いつの間にか、随分と時が経っていたようだ。
「うん、今行くよ」
 わたあめはそう返事をし、家の中に戻った。

 朝食の後、わたあめは登校した。
「おはよう、みんな」
「おう、昨日の傷はもう大丈夫か?」
 教室の扉を開けたわたあめにカラリオとキツネ男が駆け寄った。その後から、クルミと友人トリオも来る。
「うん、もう大丈夫。ドッパー先生のお陰もあってすっかり治ったよ」
 わたあめはふとカモンベイビーの方に視線をやるが、先程までこちらを見ていたカモンベイビーは目が合う瞬間にそっぽを向いた。カモン城での一件をまだ気にしているのかと、わたあめは思った。
「邪魔だ、どけ」
 急に後ろから声をかけられ、わたあめは振り返る。声の主はやすいくんだった。
「あっ、ごめん、おはようやすいくん」
 わたあめは出入り口を塞いでいたことを謝り、挨拶をするがやすいくんの返事はない。
「ねえ、やすいくん、やっぱり僕達の仲間になってよ。一緒にゾウラ族と戦おう!」
 自分の席に着いたやすいくんにわたあめはそう言うが、やすいくんは聞こえてないとでも言うかのように窓の外を見ていた。
 始業のチャイムが鳴る。キンパツ先生が教室に入ってきたので、生徒達は一斉に席に着いた。一時間目の算数では、相変わらずやすいくんがその秀才ぶりを見せていた。
 授業が終わると、わたあめは改めてやすいくんを仲間に誘おうとするが、やすいくんの姿が見当たらない。
「キツネ男、やすいくんがどこに行ったか知らない?」
「さっき教室を出て行ったコン。トイレじゃないかコン」
「そっか……」
 やすいくんがいなくてしょんぼりしていたわたあめは、ふと誰かの視線を感じた。視線を送っていたのは、カモンベイビーだった。
「あっ、カモンベイビー。そろそろ僕ら仲直りしない?」
「ちっ、転校生がいないから代わりに俺に話しかけたのかよ。うぜえ」
 カモンベイビーはそう言ってそっぽを向くと、それから口を聞いてくれなかった。
 暫く待って、やすいくんが戻ってきたのは授業開始の直前。わたあめが話をする機会は無かった。
 やすいくんは二時間目が終わった後も、すぐに教室を出て行った。わたあめはやすいくんがどこに行ったのかと学校中を探し回ったが、どこにも見当たらなかった。
 三時間目が終わった後も、やはりやすいくんはすぐに教室を出て行った。わたあめは慌てて追いかけたが、廊下の曲がり角で見失ってしまった。途方に暮れて二階の廊下に佇むわたあめだったが、ふと窓の外からポコポコと柔らかいものが硬いものに当たるような音が、一定の間隔で鳴っているのが聞こえた。わたあめは何かと思い窓を開けて外を見ると、校舎裏で一人やすいくんがラケットを持ち、テニスボールを壁打ちしていた。わたあめは、慌てて階段を駆け下り、外に出て校舎裏に向かった。
「やすいくん!」
 校舎裏に着いたわたあめは、真っ先にやすいくんの名を呼んだ。ラケットを振るやすいくんの手が止まり、ボールはやすいくんの横を通り過ぎて後ろの柵に当たる。
「……俺に何か用か」
「いやその……やすいくんって、テニス上手いよね。クリスタリアにいた時に習ってたとか?」
 わたあめは、まずは他愛無い話で仲を深めようと切り出す。
「……用が無いのなら話しかけるな」
 やすいくんはそう言うと、ボールを拾ってその場を立ち去ってしまった。
「あっ、待ってよやすいくん!」
「わたあめさん!」
 やすいくんを追いかけようとするわたあめを、誰かが呼び止めた。突然の第三者の介入に、わたあめはドキリとする。声の主は、後ろの茂みに隠れていたメガネ男だった。
「メガネ男、どうしてここに?」
「やすいくんさんのデータを取っていたのですよ」
 眼鏡を人差し指で押し上げ自慢げに言うメガネ男の左腕には、ノートパソコンが抱えられていた。流石はわたわ小学校一のデータマンというだけあって、転校生が来れば真っ先にデータを取りに走るその姿勢は感心すらしてしまうほどだ。
「わたあめさん、やすいくんさんのことを知りたいんじゃないですか? だったら僕が色々お教え致しますよ」
「えっ、でも……」
 わたあめが返事をするより先に、メガネ男は話し出す。
「やすいくんさんは、クリスタリアにいた頃は水晶騎士団に入っていたそうです!」
「あ、それ知ってる」
「そうですか。ならこれはどうです? やすいくんさんはテニスが得意なのですが、水晶騎士団では訓練の一環としてテニスをやっていたそうです」
「へえ、そうなんだ」
 わたあめは、そのことをやすいくん本人の口から聞きたかったと思った。
「他には、どんなことを知ってるの?」
「そうですね……おっと、そろそろ授業が始まってしまいます。わたあめさんも早く教室に戻った方がいいですよ」
 メガネ男はそう言ってパソコンを閉じると、早足で行ってしまった。
「あっ、ちょっと、メガネ男!」
 わたあめは仕方が無く教室に戻った。わたあめが教室に着いた頃には、やすいくんは既に次の授業の用意を机の上に揃えて行儀よく座っていた。

 四時間目が終わり、給食の時間。わたわ小学校では机を移動して好きな友達と給食を食べることができるようになっているため、やすいくんと話すには絶好の機会である。わたあめはやすいくんを誘おうと教室を見回すが、やすいくんの姿はどこにも無い。またしても、授業が終わってすぐふらっとどこかへ行ってしまったようだ。
「キンパツ先生、やすいくんがどこに行ったか知りませんか?」
「やすいくんなら、さっき給食費が払えないからいらないっつってどっか行っちまったよ。まったく、面倒くさい転校生が来たもんだ。まあ、食べたくないんならもうほっとけばいいさ。あいつは授業に関しては真面目だから、五時間目が始まる頃には戻ってくるだろ」
 この先生は頼りにならない、とわたあめは思った。
「おーいわたあめ、一緒に食おうぜー」
 カラリオとキツネ男に誘われて、わたあめはやすいくんを諦め自分の席に着いた。いつもならカモンベイビーも一緒なのだが、今日のカモンベイビーはわたあめ達に関わろうとせず一人寂しく給食を食べていた。
 給食を食べ終えると、わたあめは早速やすいくんを探しに行った。真っ先に向かったのは、校舎裏である。だがそこにやすいくんの姿は無い。わたあめは学校内を探し回る。
「おや、わたあめくん、どうしました?」
 ただごとではない様子のわたあめを見て、校長が声をかけてきた。
「あっ、校長先生、やすいくんがどこに行ったか知りませんか?」
「やすいくん君? それなら四時間目が終わった直後に職員室に屋上の鍵を取りに来たよ。まだ教室に戻っていないのかい?」
「はい」
「それなら、まだ屋上にいると思うけど……」
「そうですか、ありがとうございます」
 わたあめはおじぎをすると、急いで階段を上り屋上へと向かった。
 屋上の扉を開けた瞬間、突如として目の前の床からわたあめの身の丈ほどもある水晶柱が飛び出した。
「うわっ!」
 思わず声を上げ、後ろに飛び退くわたあめ。やすいくんは右手に剣、左手に盾を持ち、剣先をわたあめに向けていた。
「……またお前か。俺に何の用がある」
「えっと……給食の残ったパン、持ってきたんだ。お腹すいてるんでしょ、食べなよ」
 わたあめはそう言って、パンをやすいくんに差し出した。
「そんなものは必要ない。それより邪魔だから出ていけ」
「待ってよ! 給食費も払えないってキンパツ先生が言ってたけど……小学生の一人暮らしでお金はどうしてるの? 普段食べるものあるの?」
「うるさい。とっとと出ていけ!」
 そう言うやすいくんは全身から汗を流し、息を切らしていた。やすいくんはわたあめに背を向け、何の無い場所に向かって剣を振る。剣を振った先から三メートルほど先の床に、水晶柱が突き出した。
 ふと、わたあめの中でメガネ男の言葉が思い出された。『水晶騎士団では訓練の一環としてテニスをやっていた』――わたあめは気付いた。やすいくんは休み時間の度に教室を出て、一人で特訓をしていたのだ。
「ご、ごめん! 特訓の邪魔をするつもりはなかったんだ」
 わたあめは急に悪い気がして、つい謝ってしまった。
「僕はただ、やすいくんと友達になりたくて……」
 剣を振るやすいくんの手が止まった。
「お前は、どうしてそこまで俺に拘る」
 やすいくんは、後ろを向いたまま静かに言う。
「それは……君が、僕の兄さんに似てるから……」
「お前の兄に?」
 意外な答えが返ってきたことに、やすいくんは困惑した。
「うん、やすいくんは強くてかっこよくて、何をやっても天才で……僕の兄さんと同じなんだ。僕の憧れている兄さんと……」
 直後、やすいくんの剣がわたあめの眼前に突きつけられた。
「ふざけるな。そんなことで付きまとわれて、迷惑にも程がある」
「ご、ごめん」
「大体何が天才だ。知ったような口を聞きやがって。お前に俺の何がわかる!」
 やすいくんは顔を俯かせ、わたあめと目を合わせないようにしながら言った。
「これに懲りたなら、もう二度と俺に関わるな」
 やすいくんはそう吐き捨てると、剣を下ろしわたあめを押し退け屋上から出て行こうとした。
「待ってよやすいくん! 僕達の仲間になって、一緒にゾウラ族と戦ってよ! 昨日、メテオ・ブラックの部下を名乗る怪人と戦ったんだ。凄く強かった……これからもっと強い怪人が、わたわ町に現れるかもしれないんだ!」
 振り返るやすいくんの、目の色が変わる。突如、わたあめの胸倉に掴みかかった。
「お前……どうしてそれをもっと早く言わなかった!」
 やすいくんは鬼のような形相でわたあめに顔を近づける。その手は小刻みに震えていた。わたあめは突然のことに驚き、目に涙を浮かべる。
「だ、だってやすいくんが僕を避けてばかりいるから……言うタイミングが無かったんだ……」
 わたあめがあまりに怯えるものだから、やすいくんは手を離す。わたあめは屋上のコンクリートに尻餅をついた。やすいくんは再びわたあめに背を向ける。
「もうこんなところにいられる場合じゃない。俺は帰る」
「待ってよ、まだ午後の授業残ってるよ!」
 わたあめの言葉には、耳を貸さない。やすいくんは切迫した表情で階段を駆け下りた。

 やすいくんが学校で生活する間、スイクンは学校の駐輪場に停められている。今は昼休みということもあって、スイクンの周りには子供達が集まって頭を撫でたり背中に乗ったりして遊んでいた。気性が穏やかで人間に従順、それでいて可愛くも格好いい見た目をしたスイクンは、すっかり人気者になっていたのである。
 子供達の前で顔を緩ませていたスイクンは、やすいくんの足音が聞こえてくると、きりりと目を細めた。
「どけ、お前達!」
 やすいくんはスイクンと遊ぶ子供達を追い払うと、スイクンの背に跨り手綱を取った。
「帰るぞスイクン!」
 そう言って手綱を引くと、スイクンは力強く嘶く。次の瞬間、まるで消えたかのように疾く、やすいくんを乗せたスイクンは走り去った。
 屋上からその様子を見るわたあめは、やすいくんの行動の理由がわからずただ悲しがっていた。


 ゾウラ城の一角に、破壊部隊が使用する集会所がある。
 この日はメテオ・ブラックと破壊部隊の隊員六名、計七名の全てがこの場に揃っていた。
 中心に立つのは、ハミハミヘロである。その体は、わたあめとの戦いによって受けた傷でボロボロであった。
「それでハミハミヘロよぉ、一人抜け駆けしたにも関わらず、手柄を得るどころかガキ一匹すら殺せないまま逃げ帰ってきたわけかい」
 メテオ・ブラックは玉座のような大きな椅子に腰掛け、足を組み顎に手を当てながらふてぶてしくハミハミヘロを見下ろす。メテオ・ブラックと他の隊員達に囲まれるハミハミヘロは、苦悶の表情を浮かべ俯いていた。
「し、しかし相手はわたの一族ですへろ! いくらガキとはいえ、その強さはメテオ・ブラック様も知っているはずへろ!」
「んなことはどうだっていい。まったく、出世欲に駆られて独断先行とは卑しい奴だぜ。てめえなんぞを部下にした俺が恥ずかしいくらいだ」
「も、申し訳ありませんへろ! どうか今一度チャンスを……」
「あ?」
「ひぃっ! ど、どうか、どうか……っ」
 威圧されたハミハミヘロはまるで血を抜かれたかのように顔面蒼白になり、地に頭を擦り付ける勢いで土下座した。メテオ・ブラックはその様子を眺め、鼻で笑う。
「ああー、もうめんどくせえなーお前。とっとと死ねよ」
 ドッ、と鈍い音が響く。メテオ・ブラックは背中の斧を抜き、土下座するハミハミヘロの首にそのまま振り下ろした。斧は集会所の床に突き刺さり、ハミハミヘロの頭は胴を離れ宙を舞う。次の瞬間、胴と頭が同時に爆散した。破壊部隊の隊員達は、顔色一つ変えない。
 メテオ・ブラックは斧を背に収めると、椅子に座り何事も無かったかのように仕切り直す。
「お前ら、改めて言うぜ。今キングゾウラ様は、戦死したアートロンに代わって七幹部入りする怪人を求めている。俺としては、当然お前らの中の誰かに七幹部入りしてもらいたいと思ってるわけだ。だが、今のお前らじゃ功績が足りねえ。そこでお前らはカモン王国首都わたわ町に向かい、そこを徹底的に破壊してもらう。国二つ滅ぼした功績と四天王である俺からの推薦があれば、キングゾウラ様も七幹部入りを認めざるを得ないだろう。無論、わたわ町には俺も行く。何せ相手はこれまで多くの怪人が挑んでは死んでいった大国だ、クリスタリア以上に厳しい戦いになるだろうからな」
 メテオ・ブラックはそこまで言うと立ち上がり、二本の斧を抜いて全身に力を漲らせた。天井に届きそうな二本の角は黒く輝き、血塗られた刀身のように鋭く赤い目は全てを壊す未来を見据える。衣服がはち切れそうなほど張り上がった筋肉は、一つだけでも常人では持ち上げられなさそうな大斧を二つも構える。
 これが、ゾウラ四天王の一角たるメテオ・ブラックである。


「一番多く破壊した奴が七幹部入りだ! 行くぞてめえら! 標的はカモン王国首都、わたわ町……さあ、破壊だァ!」
 扉は開かれた。破壊部隊の隊員達は、一斉に集会所を飛び出す。その後から向かうメテオ・ブラックは、不敵な笑みを浮かべていた。
 

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