第26話 クリスタルの騎士

 わたあめとカモンベイビー、カラリオ、キツネ男の四人は、カモン城の使用人が運転する車に乗ってカモン城に向かっていた。決闘の後、カモンベイビーが怪我をしたという連絡を受けて使用人が迎えに駆けつけたところ、わたあめ達は今日カモンベイビーの家で新しいゲームを一緒に遊ぶ約束だったため、ついでに乗せていってもらったのだ。カモンベイビーの怪我は、幸いにも軽傷であった。保健室に運ばれてすぐに目を覚まし、普通に動き回れた。しかし決闘に負けたショックは大きく、ずっと膨れっ面で黙り込んでいた。
「ああー、新しいゲーム楽しみだなー、どんなゲームなんだろうなー」
 気まずい空気に耐えかね、カラリオがわざとらしく言った。
「もし面白かったら俺も買おうと思ってるコン。わたあめはどうするコン?」
 キツネ男がわたあめに尋ねるが、返事は無い。
「……決闘に負けたばかりのカモンベイビーはともかく、どうしてわたあめまであんなになっちゃってるコン?」
「さあ? 俺に聞くなよ」
「なんか、これからみんなでゲームやろうって空気じゃなくなっちゃったコンな……」
「はぁ……」
 カラリオとキツネ男は、目を合わせて溜息を吐いた。

 わたあめは心ここにあらずといった具合で、窓の外に流れる景色をぼーっと虚ろな目で見ていた。
 わたわ町は、美しい町である。この時代にあって中世の建築物や緑の自然が数多く残っている。またそれにも関わらず近代的な道路交通が整っており、生活に必要な各種施設も揃っている。カモン王家のお膝元にして、人々にとって住みよい素晴らしい町なのである。
 そんなわたわ町の景色も、今のわたあめの目には映っていなかった。わたあめが見ていたのは、空である。真っ青な空に浮かぶのは、わたろうとやすいくんの顔。頭がよくて運動神経抜群、その上美男子という二人の姿は、わたあめの中で不思議と重なっていった。
 最後にやすいくんの見せたあの目、それはわたろうと同じ目であった。心に深い闇を抱えた、鋭く、恐ろしい目。わたあめは、何故やすいくんやわたろうがそんな目をするのか解らなかった。だが、ただ得も知れぬ恐怖を感じていた。
 やすいくんとは、一体何者なのか。わたあめの頭は、そのことで一杯だった。
「おーいわたあめ、カモンベイビー、そろそろ城に着くぞー」
 カラリオの呼びかけで、わたあめははっと我に帰る。窓の外には、城壁に囲まれた門が見えた。ふと地面を見ると、城門の向こうへと続く蹄の跡。
(お城なんだし、馬くらいいるよね……)
 わたあめは一瞬スイクンに乗ったやすいくんの姿が浮かんだが、すぐに否定した。いつまでもやすいくんのことばかり考えていてはいけない。今は他事を忘れ、皆でゲームを楽しむべきなのだ。
 車は城門の前に停まり、二人の門番から検査を受けた後、軋む音を立てて開く門の中に入っていった。城の庭園には緑の木々が立ち並び、色とりどりの花々が咲き乱れていた。その脇の道をわたあめ達の乗る車は走り、宮殿に向かう。蹄の跡は、車と同じ道を通っていた。
 カモン城は今からおよそ1000年前、当時のカモン王国国王がゾウラ族との戦いに備えて高名な建築士に建てさせた城である。堅固な防衛機能と優雅な美術性を兼ね備え、世紀の名城と謳われている。
 広い庭園を抜けた先に、カモン王家の住まう宮殿はある。
「おいっ、待て! 何だ今の!」
 車庫に入ろうとする中、先程まで膨れっ面で黙りきっていたカモンベイビーが、突然声を上げた。窓の外、カモンベイビーの指差す先にいるのは、やすいくんの乗る馬のような生物スイクンであった。
 車が止まるとカモンベイビーは即飛び出し、スイクンの元へと駆け出した。スイクンは鎖に繋がれることもなく、車庫の前で静かに立っていた。
「やっぱりこいつ……あの転校生の馬じゃねえか! どうしてそれが俺んちにいるんだよ!」
 動揺して叫ぶカモンベイビー。後からついてきたわたあめ達も、驚いて顔を見合わせる。
「おいそこの庭師! 俺達と同じくらいの歳の奴が、この馬に乗って城に入ってこなかったか!」
「へっ!? え、ええ、つい先程、宮殿の中に入っていきましたが……」
 突然呼び止められた年老いた庭師は、びくりと驚いて怯えながら答える。
「く……あの野郎、何が目的だ! おい庭師、門番どもにお前らはクビだと伝えておけ!」
「え、私がですか!?」
「そうだ、あんな奴を城に入れるとか、門番失格だ!」
 カモンベイビーはそう吐き捨て、宮殿の玄関に向かって走り出す。
「あっ、おい待てよ!」
 カラリオが呼び止めるが、カモンベイビーは話を聞かない。三人は慌てて追いかける。
「あの野郎……昨日買ったゲームを盗みにきやがったな! 絶対許せねえ! とっ捕まえて四人がかりでボコボコにしてやる!」
「いや、流石にそれはないと思うが……」
「四人がかりでボコボコ……楽しそうになったコン」
「オイ……」
 頭の中で無根拠な理由を勝手に作り出し、突っ走るカモンベイビー。キツネ男もなんだか乗り気である。カラリオは一人、冷静に突っ込んだ。最後尾を行くわたあめは、やすいくんがここにいると知った途端、また頭の中がやすいくんで一杯になってしまっていた。
(やすいくん……君は、一体……)
 カモンベイビー達は宮殿の階段を駆け上がり、三階にあるカモンベイビーの部屋へと向かった。勢いよく扉を開け、カモンベイビーは部屋に入る。部屋の中は大いに荒れており、服や玩具にゲーム、お菓子の袋や学校のプリント、エロ本等がそこら中に散らばりまくっていた。いかにも泥棒に入られた後といった様子だが、不思議とそれを見たカラリオ達の反応は落ち着いていた。
「相変わらず汚いなー、お前の部屋」
 カモンベイビーは慌てて昨日買ったゲームを探すが、当然の如くそれは盗まれてなどいなかった。
「あれ……どういうことだ?」
 どういうことも何もやすいくんが泥棒に来たというのはカモンベイビーの勝手な想像でしかないのだが、カモンベイビーは他に何か部屋から無くなっている物はないかと探し始める。
「くそっ、何も無くなってねえ! それじゃああいつは何しにここに来たってんだ?」
 カモンベイビーはとりあえず部屋から出た。
「おい、そこのメイド、俺達と同じくらいの歳の奴を見なかったか? 黒い髪の奴なんだが」
「ああ、それなら一階で見ましたよ。謁見の間に向かっていきました」
「謁見の間か、そういやあそこには王家のお宝みたいなのが色々飾ってあったな。あいつの目的はそれか! よし行くぞみんな!」
 近くの廊下を掃除していたメイドを呼び止め、やすいくんの居場所を聞き出したカモンベイビーは、早速階段に向かって走り出す。ここから謁見の間に行くには、一旦一階に戻った後正面の大階段を上る必要があるのだ。やすいくんを泥棒だと断定するのは、相変わらずである。

 謁見の間では、玉座に腰掛けるカモンキングの前でやすいくんが跪いていた。玉座の後ろの壁には、右側に金銀の装飾が施された剣、左側に金糸で王家の紋章を刺繍した真紅のマントが掛けられている。
 厳格な雰囲気を壊すように、大扉の向こうから太鼓を叩くような足音が響いてくる。やすいくんが耳を傾けたところで、カモンベイビーがドラクチャキックで大扉を突き破り、謁見の間に飛び込んできた。
「やっと見つけたぞ転校生ー!」
 あまりの出来事にやすいくんは目を丸くして驚く。カモンキングとその隣に立つ大臣は、顔を手で覆い溜息を吐いた。

 頭に大きなたんこぶを作ったカモンベイビーは、床に正座させられていた。わたあめ達三人はその横に並んで座る。カモンキングは玉座に戻り、やすいくんに言う。
「邪魔が入ってすまなかったな。やすいくんよ、話せ。カモンベイビー達も聞いていくがよい。お前達にも関わりのあることだ」
 やすいくんは、一礼して語り出す。
「はい。自分は、隣国クリスタリアより使者として参りました」
 クリスタリア王国は、カモン王国の西に位置する隣国である。水晶の産地として知られ、小国ながら人々は豊かな暮らしをしている。カモン王国とは、古くから友好的な関係を持つ国でもある。
「単刀直入に言います。クリスタリアは、ゾウラ族に滅ぼされました」
 そう言うやすいくんの顔が、苦悶に歪んだ。誰もが衝撃を受け、カモンキングは思わず立ち上がった。
「馬鹿な……クリスタリアには水晶騎士団がいるのだぞ!」
「水晶騎士団は……自分一人を除いて全滅しました」
 やすいくんの肩が小刻みに震える。
 水晶騎士団とは、馬のような姿をした聖獣スイクンを駆り、様々な能力を持つ水晶を具現化する“水晶術”を操るクリスタリア王家直属の騎士団である。個々においても連携においてもその実力は高く、資源豊富な小国であるクリスタリアが他国から侵略を受けずにいたのも偏に彼らのお陰といえる。その水晶騎士団が全滅したのは、衝撃という他無かった。
「水晶騎士団は、たった一人の怪人に全滅させられたのです。ゾウラ四天王の一人……メテオ・ブラックに」
 またしても、衝撃が走る。ゾウラ四天王といえば、七幹部より更に上位の幹部である。それはつまり昨年わたわ町を襲った強敵アートロンより更に強いということだ。そんなものが襲ってきたらと思うと、わたあめはぞっとした。
「国王陛下は殺されました。今のクリスタリアは完全にゾウラ族の統治下です」
「なんと……我が友クリスタリア王が……」
 カモンキングの目に、涙が浮かぶ。
「手にした者に無限の力を与えるというクリスタリアの国宝ブルークリスタルも、メテオに奪われました。これでもう、誰もメテオを止めることはできません……」
 次から次へと、衝撃的な事実を語るやすいくん。誰もが息を飲み、やすいくん自身もまた一言言うたびに声を震わせていた。
「自分は、国王陛下からこのことをカモンキング陛下に伝えるよう命じられここまで来ました。自分からの話は、これで終わりです」
「待て、お前は故郷を失ったのだろう。帰る場所はあるのか」
 立ち上がり、一礼して出て行こうとするやすいくんをカモンキングが呼び止める。
「馬小屋付きのアパートを一部屋借りました。これからはこの町で暮らしていこうと思います」
「それはよかった。だが長旅で疲れているだろう。今日はうちで食事をしていくといい。その若さでこれだけの大役を果たしたのだ、ご馳走を振舞おう」
「お気持ちは有難いのですが、ご遠慮致します。自分は王族と方と同じ机で食事ができるような身分ではありませんので」
「いやいや、わしはそんなことは気にせんよ。現にこうして平民の子供達を城に招いて遊ばせることもしょっちゅうだ」
 カモンキングはわたあめ達の方を手で仰ぎながら言う。
「いえ……自分はこれから訓練がありますので……失礼します」
 やすいくんはそう言い、振り返らずに去った。
「ふいー、やっと終わったぜ。まったく重苦しいったらありゃしねえ。わたあめ、カラリオ、キツネ男、俺の部屋行ってゲームやろうぜ」
 カモンベイビーは痺れる脚をほぐしながら立ち上がり、かったるそうに言った。
「あ、ああ」
 カラリオとキツネ男は一旦目を見合わせた後頷くが、わたあめの反応がない。
「ん、どうしたわたあめ」
 カモンベイビーがそう言うや否や、わたあめは突然やすいくんを追って走り出した。
「あっ、おい、わたあめ! ……ったく、何なんだよあいつ。もうほっといてゲームやろうぜ」

 わたあめは、宮殿を出た辺りでやすいくんに追いついた。やすいくんは駆け寄ってきたスイクンに跨り、今にも走り去ろうとしていた。
「待ってよやすいくん!」
「何だ」
 やすいくんは、振り返らずに答える。
「今このわたわ町も、ゾウラ族に狙われているんだ。君も、僕達の仲間になって一緒にゾウラ族と戦おうよ!」
「お前達と馴れ合うつもりはない」
 そう吐き捨て手綱を引くやすいくん。だが、その時だった。
「もーっもっもっも、今日こそこの町をもも男様が制圧してやるもも!」
 上空から城内に侵入してきたもも男が、空を飛ぶストリアの上に立ち笑っていた。
「……ゾウラ族か」
 やすいくんの目つきが変わる。
「本日の助っ人はこいつだもも。オコリンボー!」
 そう言われて茂みの中から飛び出したのは、額に青筋を浮かべた巨体の怪人。


「オッコッリンボォー!」
 オコリンボーは頭から蒸気を噴出して怒りながら、わたあめ達に突進してくる。
「……行くぞ、スイクン」
 スイクンが嘶いたかと思うと、蹄の音と共に一瞬にしてその姿が消える。次の瞬間、スイクンに乗ったやすいくんがオコリンボーの後ろで剣を抜いていた。
「クリスタルスラッシュ」


 斬られたオコリンボーの傷口から、無数の水晶が突き出す。オコリンボーの胴体は両断され、爆散。
「も、ももーっ!? オコリンボーが一撃で!? これは不味いももーっ!」
 もも男は慌てて退散。わたあめは、その様子をぽかんと口を開けて見ていた。
「す、凄い……」
 そうしているうちに、やすいくんはスイクンの手綱を引き風のように走り去った。
「あっ、待ってよやすいくん!」
 残されたわたあめは差し伸べた手が空を掴んだまま、ただ蹄の跡を目で追っていた。
 

TOP 目次  

inserted by FC2 system