第25話 謎の転校生

 朝の通学路。わたあめは、わたぴよと共に学校に向かっていた。
「それでねー、兄ちゃん、メガネ男君がねー」
 わたぴよの話を聞きながら歩くわたあめ。ふと、背後から迫る蹄の音に気がついた。振り返るわたあめ達の横を、青い馬が通り過ぎていった。その背にはわたあめ達と同じくらいの歳の少年が一人、乗っていた。
「何だろう、アレ……」
「そんなことより、早く学校行こう」

 学校に着いたわたあめ達は、四年二組の教室へと向かった。今春、わたあめ達は四年生に進級した。クルミ、カモンベイビー、友人トリオは引き続き、今年はカラリオとキツネ男も同じクラスだ。
「おーっす、わたあめ」
「おはよう、みんな」
 カモンベイビー達は、去年より背も伸び逞しくなっていた。アートロンとの戦いから現在まで、もも男を始めとしたゾウラ族の怪人達は度々わたわ町を襲撃した。だが、わたあめ達はそれを悉く撃破。アートロン戦の敗北をばねに、修行と実戦を繰り返す中で少しずつ成長していったのである。
 友達に挨拶をし、自分の席に向かう途中、わたあめはあることに気付いた。教室の机が一つ、増えているのである。最後列の隅、丁度わたあめの隣にそれはあった。
「ねえ、この机って……」
「ああ、俺達も気になってたんだ。これって多分……アレだよな」
「ああ、多分そうだコン」
「それよりさー、俺昨日新しいゲーム買ったんだよ。お前ら今日遊びにこいよ」
 わたあめとカラリオが新しい机について話す中、カモンベイビーは唐突に関係ない話を始めた。何でも欲しいものを買える立場にあって、最新の漫画やゲームを真っ先に買ってくるのはいつもカモンベイビーである。以前のカモンベイビーは新しいものを買ってもただ自慢するだけであったが、わたあめ達と友達になってからは気前よく城に招待して遊ばせてくれるようになっていた。
「おう、ぜひ行かせてもらうぜ。キツネ男はどうする?」
「もちろん俺も行くコン。わたあめも来るコン?」
 キツネ男が尋ねるが、返事はない。
「わたあめ?」
「あっ、うん、僕も行くよ」
 わたあめははっと気がつき、慌てて答えた。皆と話している間も、ずっとわたあめは新しい席を見ていた。
 それは間違いなく、転校生であった。去年転校してきたわたあめは、この学年で唯一の転校生である。きっと転校生同士、仲良くなれるのではないか――そんなことを考えていた。
「おーい、みんな席につけー」
 キンパツ先生が教室に入り、ホームルームが始まった。
「今日は、転校生を紹介する。入れ」
 そう言われて入ってきたのは、きりっとした目に、夜空のような黒髪の少年。


「今日からこのクラスの仲間になった、やすいくんだ。席はそこ、わたあめの隣な」
 クラス全生徒の注目が集まるが、やすいくんは眉一つ動かさず、キンパツ先生の指差す方に歩いていった。
 隣に座るやすいくんを見て、わたあめは思った。
(似てる……)
 その黒髪、そして雰囲気。どことなく兄の面影を、やすいくんに感じた。

 その背中を見送ってから、一体何ヶ月が経っただろうか。わたあめの兄わたろうは、退院後、卒業式すら待たずわたわ町を去った。
 わたあめには、わたろうの行動が理解できなかった。何故わたろうが旅に出なければならないのか。大好きな兄に、ずっと一緒にいてほしかった。もっと色々な技を教えてほしかった。
 今でも、時折わたろうの顔を思い出す。果たして次に会えるのはいつになるのか。

「こんにちは、僕わたあめ。よろしくね、やすいくん」
 わたあめは、やすいくんに握手を求めようと手を差し出した。やすいくんは一度わたあめの方を見た後、何も言わず目を逸らした。
「ちっ、感じわりー奴」
 カモンベイビーがぼやくように言った。わたあめは悲しそうに手を降ろす。
 やがて、一時間目の算数の授業が始まった。
「さーて、この問題は誰に答えてもらおっかなー」
 キンパツ先生が黒板に計算の問題を書き、ニヤニヤしながら生徒達に視線を飛ばす。
(くそっ、わかんねえ……)
 カモンベイビーは、頬杖をついてシャープペンの芯をポキポキと折っていた。
(あんな計算、習ったかな……?)
 わたあめもこの問題がわからず、なんとか解こうと悩んでいた。
 キンパツ先生は暫く見回した後、一人の生徒をチョークで指す。
「それじゃあ、転校生のやすいくんに答えてもらおっか」
 そう言われたやすいくんはすっと立ち上がると、黒板に向かい式の答えをすらすらと書いた。
「せ、正解……マジかよ」
 驚いたのは、キンパツ先生である。
「先生、こんな計算まだ習っていません」
 クルミが手を挙げ、キンパツ先生に指摘する。
「じ、実はこれ六年生の問題なんだよね……ちょっとふざけて出しただけで……」
 キンパツ先生は、額に脂汗をかきながら答える。席に着いたやすいくんは、一言。
「先生、授業は真面目にやってください」
「は、はい……」
 キンパツ先生は、がっくりとへこんでしまった。
「凄いねやすいくん、頭いいんだ」
 話しかけるわたあめを、やすいくんは無視した。

 続いて、二時間目は体育。今日の種目はテニスだ。
 カモンベイビーがかっこつけてラケットをぶんぶん振り回している中、少し遅れてやすいくんがやってくる。その手に握られているのは、学校の備品とは明らかに違う高価そうなラケット。
「な……マイラケットだと!?」
 驚くカモンベイビー。だが恐れずに立ちはだかる。
「かっこつけやがって! そんなんで女子にモテるとでも思ってるのか? この俺が相手してやるよ。かかってきな」
「よーし、それじゃあ皆にお手本を見せるつもりで、カモンベイビーとやすいくん、コートに入れ」
 挑発するカモンベイビー。それに乗ったのか、キンパツ先生も二人に試合をやらせる。
「行くぜ必殺・超かっこいいカモンサーブ!」
 まずはカモンベイビーのサーブ。かっこつけて大振りに打つ。やすいくんはそれを難なく返す。カモンベイビーがギリギリで拾った玉を、やすいくんは死角目掛けて打ち込む。まずは、一点。
「ぐ……意外と上手いじゃねーか。だが、勝負はまだこれからだぜ」
 カモンベイビーは再びサーブを打つが、これまた軽く返される。次も、その次も。やすいくんはあっと言う間に一ゲーム先取。続いて、やすいくんのサーブ。カモンベイビーは挑発的な態度でやすいくんを煽る。次の瞬間、カモンベイビーの横を高速サーブが通り抜けた。
「なん……だと……」
 反応すらできず、カモンベイビーはただ動揺するのみ。そのままこのゲームもやすいくんが取り、以降もほぼ同じ展開でやすいくんの完封勝利となった。
「す、すげえ!」
「かっこいい!」
「まるで王子様みたい!」
 華麗に勝利するやすいくんの姿に、歓声が上がる。中でも女子は、キャーキャーと黄色い声を上げる始末。
「ちょっと待て! 王子は俺だぞー!」
 へたりこんで怒るカモンベイビーの声など、誰も聞いてはいなかった。

 その後の授業においても、やすいくんはその優秀さをこれでもかというほど見せつけた。帰りの支度をする頃には、どこから噂を聞きつけたのか上級生や下級生までもがやすいくんを一目見ようと集まってきていた。それも、特に女子が多い。頭脳明晰、運動神経抜群、おまけに容姿端麗と、完璧超人を絵に描いたかのようなその男。人が集まるのも、当然というべきであった。
「なんっつーか、とんでもない転校生が来たコンだな」
「確かに、ありゃーいくらなんでも最強すぎだろ」
 キツネ男とカラリオが賞賛とも愚痴ともとれる会話をする中、わたあめは一人物思いに耽っていた。
(やっぱり、似てる……)
 何でもそつなくこなすこと、女子にモテること、わたあめにとって、それはわたろうの面影を感じざるを得ない要素だった。
 やすいくんは手早く荷物をランドセルに仕舞うと、集まった人々には気にも留めず早足で教室を出た。
「おい、待ちやがれ転校生!」
 呼び止めたのは、カモンベイビーである。
「てめー、女子からキャーキャー言われやがって……ムカつくんだよ! 俺と決闘しろ!」
 やすいくんは一瞬歩みを止めるが、聞こえなかったかのようにすぐまた歩き出した。
「おい、待てよ!」
「カモンベイビー、何やってるのさ!」
 追いかけようとするカモンベイビーのマントを、わたあめが掴む。
「わたあめ、お前だってシカトされてイラッときただろ! お前の分まで、俺があいつをやっつけてやる!」
 わたあめを振りほどき、カモンベイビーはやすいくんを追う。
「逃げるのかよヤロー! あ、わかったぞ、本当はお前弱いんだろ! 俺に勝てる気がしないから逃げたんだな!」
 走りながら舌を出し、挑発するカモンベイビー。やすいくんは、無視して歩き続ける。
「やーいやーい弱虫ー。意気地なしめー」
 しかし、カモンベイビーがあまりにしつこく追ってくるのでとうとう足を止めた。
「お前達と遊んでいる暇は無いのだが……そこまで言うなら仕方が無い。相手してやる」
 やすいくんは振り返り、低い声で言った。

 多くのギャラリーが見守る中、カモンベイビーは校庭の中央で、二十段の跳び箱の上に立っていた。その手には、花束が握られている。
「去年も見たぞ、コレ……」
 友人Aの冷静なツッコミに、わたあめは苦笑い。
 校庭に、蹄の音が響いた。校舎の裏から、馬のような生物に乗ったやすいくんが姿を現した。右手には水のように透き通った刃の剣を持ち、左手には青白い光沢を放つ円形の盾を持つ。馬は頭の後ろに二本の角が生えており、毛並みは大空のように青い。ギャラリーが通り道を開け、やすいくんは馬に乗ったままカモンベイビーの向かいに構える。


「馬に乗っての登場とは、なかなか面白いパフォーマンスだな。だが、俺の跳び箱の方がかっこいいぜ」
「スイクンは共に戦う相棒だ。お前のくだらんパフォーマンスと一緒にするな」
「共に戦う? おいおいまさか、そいつに乗ったまま俺と戦う気じゃあねーだろうな?」
「その通りだが……何か問題でもあるのか」
「当たり前だ! いくら俺に勝てないからって、二対一で戦うとか卑怯にも程があるだろ! なあ、皆もそう思うよな!」
 カモンベイビーはギャラリーに同意を求めるが、ギャラリーはどう答えていいのかわからず反応は鈍い。
 やすいくんは深く溜息を吐くと、スイクンから降りた。スイクンは後退し、ギャラリーに混ざる。
「はぁ……これで満足か?」
「フン、それでいいんだよ。さあ、やろうぜ」
 カモンベイビーは花束を投げ捨てると、跳び箱から飛び降りた。
「カモン」
 カモンベイビーがその言葉が発すると同時に、やすいくんの剣が喉に向けて突き出される。カモンベイビーは後ろに飛び退き、それをかわす。
「ハハッ、あぶねーあぶねー。だが、今の俺にかわせねえ攻撃じゃあないぜ」
 やすいくんの頭上に飛び上がったカモンベイビーは、両脚を揃えてやすいくんに突っ込む。
「おらっ、ドラクチャキック!」
 やすいくんは盾で受け止めると、その表面を滑らすようにして受け流す。カモンベイビーの後ろに回り込み、剣で切りつける。
「そうはいくかよ、ふうかぜマント!」
 マントの裾を掴み、風を起こそうとするカモンベイビー。だが、やすいくんの剣がそれより早くマントを切り裂く。
「なっ……てめえよくも俺のマントを!」
 根元からスッパリ切られた自慢のマント。これに激怒したカモンベイビーは、しっちゃかめっちゃかに腕と足を振り回して肉弾戦にかかるが、盾による防御と素早い身のこなしで一つもクリーンヒットにはならない。隙を見て繰り出された突きを、カモンベイビーは必死に跳んでかわす。
(くそっ、これじゃわたわ武闘会準決勝と何も変わらねえ! だが、今の俺にはこれがある……)
 カモンベイビーは、思い切ってバックステップを繰り返しやすいくんから大きく距離をとる。元々素手と剣でリーチに大きく差があったにも関わらず、より距離をあけるこの行為にやすいくんは困惑した。
「人間相手にこいつを使うことになるとは思ってなかったが……」
 ニヤリと笑い、腰のホルスターに手をかけ真っ赤な小銃を抜くカモンベイビー。
「まさか……カモンベイビー!」
 わたあめが叫ぶ。やすいくんの側にいたギャラリーが、一斉に逃げ出す。カモンベイビーは銃口をやすいくんに向け、引き金を引いた。
「喰らえ! カモンブラスター!」
 轟く雷鳴の如き爆音と共に、強力なエネルギーを纏ったビームが発射される。やすいくんは眉一つ動かさず、冷静に盾を眼前に出す。
「クリスタルバリア」


 盾を中心に、水晶のバリアが展開される。バリアはやすいくんの前面を覆い、巨大な盾となる。バリアはビームを鏡面の如く跳ね返す。カモンベイビーが驚いたのも束の間、自らが撃ったカモンブラスターの直撃を喰らい、悲鳴と共に跳び箱に突っ込んだ。空高く積まれた跳び箱は崩れ落ち、カモンベイビーを押し潰す。
 カモンブラスターの衝撃は、跳び箱さえも粉々に粉砕した。砂煙の中に残ったのは、黒焦げになって目を回しているカモンベイビーであった。
「無駄な時間を過ごした。行くぞスイクン」
 カモンベイビーが戦闘不能になったのを確認したやすいくんは、スイクンに跨り風のように走り去った。
 わたあめはその背中を見つめ、呆然と立ち尽くしていた。
(やっぱり……似ている……)
 戦っている時のやすいくんは、ゾウラ族を見た時のわたろうと同じ目をしていた。
 

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