第24話 大剣豪オヤジ

 日光に当たり、禿げ頭が光る。オヤジは酒瓶を模した柄を大きな両手でがっしりと握り、鋭い剣先をアートロンに向けていた。普段のおどけた態度とはまるで違うその凛々しい姿に、わたあめは驚きを隠せずにいた。
「わたろうよ、下がっておれ。お前の勝てる相手ではない」
 わたろうは、虚ろな目でオヤジの背中を見上げた。大きすぎる背中。父の言葉。わたろうは、自分の小ささを確信した。
 アートロンは思わぬ人物の登場に驚愕しつつも、その顔には心からの笑みが零れ出ていた。
「大剣豪オヤジ……七年前、キングゾウラ様とも剣を交え、扉を封印した人間界最強の男……まさかこんな場所で会えるとはな。わざわざ来た甲斐があったというものだ。我はアートロン、ゾウラ七幹部の一角なり。いざ、尋常に勝負!」
 剣と盾を構え直し、牙を剥き出しにして唸る。
「七幹部か。どおりで自慢の息子が勝てんわけじゃ。だがわしはそうはいかんぞ。この酒ブレードに掛けて、貴様を斬る」
 オヤジとアートロンは、同時に踏み込んで飛び出す。
 二つの刃がぶつかる時、辺りの瓦礫が弾け飛んだ。暫しの鍔迫り合いの後、二人は一歩引き再びぶつかり会う。
「貴様ほどの相手と戦える日をずっと待ち望んでいた……さあ、もっと我を楽しませよ!」
「フン、戦闘狂め」
 オヤジは刃を相手に向けたまま肩に担ぐように構え、力強い突きを繰り出す。受け止めたアートロンの盾に、火花と共に皹が入る。続けて、素早く切り上げ、盾を粉々に砕いた。
「ぬうっ、我の盾を……滾るぞ大剣豪ーっ!」
 アートロンは尾で地面を叩き、空中へ跳ね上がる。オヤジが顔を上げると共に、右手の剣をその額目掛けて振り下ろす。オヤジは刃を眼前に出し、剣の腹を盾のようにして攻撃を防いだ。
 反撃の一太刀を後ろに跳んでかわし、アートロンは遠距離から衝撃波を放つ。オヤジは薙ぎ払うように剣を振り、衝撃波を打ち砕く。
 わたあめも、ごつごつあめも、そしてわたろうも、皆この戦いに見入っていた。自分達が手も足も出なかったアートロン相手に、渡り合うばかりかむしろ押しているという事実。オヤジという男の圧倒的な強さを、今まさに体感していた。
 猛る獅子の如く突進するオヤジ。振り下ろされる大剣に、盾を持たないアートロンは剣で迎え撃つ。アートロンの剣が、根元で折れて吹き飛んだ。アートロンは横に跳んで刃の直撃を避けるが、地を打つ衝撃により大きく押し飛ばされる。刃を受けた地面は、地震の後のように大きく割れていた。
「我が剣までも……なんと恐ろしき力か! だが逆境ほど燃えるというものよ……戦いとはこうでなくてはな!」
 アートロンはオヤジの剣の間合いから外れるまで距離をとると、鋭い牙を見せびらかすかのように咆哮。だが、オヤジは一瞬たりとも怯まない。牙を向き突進するアートロンに、オヤジは真正面からぶつかり合う。すれ違いざま、オヤジは手首を捻って素早く剣先を動かす。
「酒斬り」
 鋼よりも硬い鱗をいとも容易く切り裂き、その身に“酒”の文字を刻んだ。アートロンは怒号のような悲鳴を上げる。
「グオオオオオ! まだだ! まだ終わらぬ!」
 アートロンは涎を撒き散らしながら飛び掛る。その姿には武人の面影は無く、餓えた野獣の如き凶暴性が露となっていた。
 鋭い牙が、大剣の刃に喰らいつく。金属の軋む音が鳴る。岩をも砕く顎の力で、へし折ろうという寸法だ。オヤジは柄を力強く握ると、アートロンの巨体を大剣ごと持ち上げた。アートロンは驚き、一瞬顎の力が抜けた。オヤジはその一瞬を見逃さず、大剣を縦に大きく振る。大きな口は刃を離れ、アートロンは投げ出された。
 とっさに受身を取り、素早く起き上がる。またしても喰らいつこうと突進するアートロンを、オヤジは大剣を上段に構えて迎え撃つ。
「奥義・究極一刀両断!」
 二人がぶつかり合う間際、オヤジは一歩踏み込むと同時に全体重を大剣に乗せ、一気に叩き切った。体の中心を線にして、アートロンは縦に両断される。
「なんということだ……大剣豪、天晴れなり……」
 アートロンは目を丸くし、震える声でそう喋ると、真っ二つに割れて爆散した。
 衝撃的な光景に、誰もが釘付けにされていた。
「ア……アートロン様ぁーっ!」
 もも男が、涙と鼻水を垂らして叫んだ。いつの間にか瓦礫の下から脱出していたのだが、皆が戦いに注目していたばかりに誰からも存在を認識されていなかったのである。
 オヤジがその存在に気付き、視線を送った瞬間、もも男は凄まじい勢いで逃げ去っていった。その様子を見送ると、オヤジはわたろうの方を向き、言った。
「うむ、終わったようじゃな。怪我人も沢山おるようじゃし、とりあえず救急車を呼ぶか」

 戦闘終了から暫くして、ドッパー医院の救急車が現場に辿り着いた。戦いで傷ついたわたあめ達六人は、早速ドッパー医院で治療を受けることとなった。わたろう以外の五人はすんなり終わったが、やはり問題は右腕に大きな傷を負ったわたろうであった。緊急手術を受けた後、わたろうの病室にはオヤジと、松葉杖をついたわたあめ達五人、そしてお見舞いに来たわたぴよとカモンキングが集まっていた。
「よかったのうわたろう。大事に至らず、腕も無事治すことができるそうじゃし。流石はドッパー先生じゃな」
 壊死したかに思われた右腕も、ドッパーの治療を受け続ければいずれ治るとのことだった。明るく言うオヤジに対し、わたろうの表情は曇っていた。包帯でぐるぐる巻きにされた右腕を見る度、目に涙が浮かんできた。
「にしても驚いたよ、父さんがこんなに強かったなんて。昔ゾウラ族と戦ってたってのはこの前聞いたけど、まさか大剣豪だっただなんて……」
 わたあめがわたろうの気を紛らわせようと、話を切り替えた。
 大剣豪とは、世界最強の剣士に与えられる称号である。無論、この称号を持つのは世界でただ一人オヤジだけだ。
「こいつはゾウラ界への扉を封印した後、剣を振るのをすっかり止めてしまったからな。その時、わたあめ君とわたぴよ君はまだ幼かったのだから、剣を振る姿を覚えていないのも無理はない」
 カモンキングが答えた。わたあめとわたぴよは目を見合わせ、ぱちくりと瞬きをしていた。
「ゾウラ界への扉を封印できたのも、こいつの剣術あってのものなのだ。彼は大剣豪であり英雄でもあるのだよ」
「やめろカモン。わしはそんな大層なもんじゃない」
 オヤジはカモンキングの後頭部を裏拳で叩いた。不意打ちを受けたカモンキングは前のめりになり、王冠が頭から落ちた。
「にしても酷いぜオヤジさん。だったらどうして今まで一緒に戦ってくれなかったんだよ。あんたがいればどんなゾウラ族だって余裕で倒せただろうに」
 カラリオが言い、キツネ男とカモンベイビーもそれに頷いた。
「わしは一度戦いから引いた身。もう二度と剣を手にすることはないつもりでいたほどじゃ。今回はよほど敵が強かったから、仕方なく出てきたまで。そもそも、毎回わしが出てきてゾウラ族をやっつけてたらお前さん達の訓練にならんじゃろう。わしはもう歳じゃ。これから弱くなることはあっても、強くなることはない。じゃがお前さん達はまだまだ若い。これからどんどん強くなり、いずれはわしを超えることになるじゃろう。じゃからわしはこれからも、よほどのことがない限り戦うつもりはない。そのことを胆に命じておけ」
 オヤジはそう言ってカラリオの頭に手を置いた。カラリオは、黙り込んでしまった。
 そこで、カモンベイビーが切り出す。
「ところでよ、あのアートロンとかいう奴、自分を七幹部の一人とか言ってたんだろ? つーことは、もしかしてあのレベルの奴があと六人はいるってことなんじゃないのか?」
「うむ、その通りじゃ。ゾウラ族の中でもトップクラスの戦闘力を持つ七人の怪人……それがゾウラ七幹部。今後他の幹部がわたわ町に来る可能性は十分にあるのう」
「マジかよ……」
 カモンベイビーは、血の気が引いた。それは、他の誰もが同じであった。
 オヤジは続ける。
「いや、ゾウラ族の幹部はそればかりではない。七幹部の上に立つゾウラ四天王は、七幹部さえも凌駕する凄まじい戦闘力を誇るし、更にその上にはゾウラ族の王、キングゾウラがおる。無論、今のお前達が勝てる相手ではないじゃろう」
 オヤジの言葉を聞き、その場にいた全員が絶句した。
「フン、ばかばかしい!」
 そう言い出したのは、ごつごつあめである。
「そんなの俺達が強くなればいいだけだろうが。その連中よりもな」
 ごつごつあめは自分の包帯を無理矢理引き剥がし、両腕を上げてみせる。が、直後痛みに苦悶の表情を見せた。
「やる気があるのは結構じゃが、今は怪我を治すのが先決じゃ」
「兄ちゃん達、家の手伝いはボク一人で頑張るから、兄ちゃん達は安心して入院しててよ!」
「わたぴよ……」
 わたあめはわたぴよの健気な姿に感心するが、わたろうはそんなわたぴよの言葉も耳に入らない様子だった。
「……親父」
「どうしたわたろう」
 わたろうは、俯いたまま話し始める。
「俺は……もうとっくに親父より強くなったつもりでいた。親父が物凄く強いことはよく知ってた。それでも俺は、自分が親父を超えたと信じていた。だが……所詮それは自惚れに過ぎなかったんだ。俺は強いから、母さんの仇を討つことだって当然できると思ってた。でも俺は、まだまだ弱かったんだ。ゾウラ族の幹部になんて、とても勝てる強さじゃなかったんだ。俺は……自分が情けない……」
 わたろうは左掌で顔を覆い、嘆きの声を上げた。指の間から、涙が漏れ出した。
「気に病むことはない。これから強くなればいいだけじゃ。ごつごつあめ君も言っておったじゃろうに」
 オヤジはわたろうの肩に手を当て、優しく言った。落ち着きを取り戻したわたろうは、呟くように言う。
「親父……俺、退院したら旅に出ようと思う……」
「兄さん!?」
 驚いたのは、わたあめである。
「俺はあまりにも狭い世界に生きてきた……広い世界をを知れば、俺はもっと強くなれると思うんだ。ゾウラ族は世界中で侵略行為をしている……俺はそいつらを倒しながら、世界中を見て回る。言わばこれは修行の旅だ。旅の資金なら、わたわ武闘会の賞金がある。心配はいらない。俺はもっと強くなって、再びこのわたわ町に帰ってくる。そしていつか、母さんの仇を討ってみせる」
 わたろうは真剣な表情で、そう言った。オヤジは黙って頷き、
「そうか、お前も旅に出るか……わしは止めんよ。好きにしなさい」
 と、言った。
「兄さん……」
 わたあめは複雑な思いだったが、何も言うことができなかった。
「さあお前達、そろそろ自分の病室に戻りなさい。怪我人は寝る時間じゃ」
 ふと外を見ると、もうすっかり日が暮れていた。オヤジに言われ、わたあめ達は部屋を出る。カモンキングは、鬱陶しがるカモンベイビーについていき、一緒に病室へと向かった。
「さて、わしもそろそろ帰るかの。わたろうよ、お前は強い子じゃ。あまり思い悩まず、気楽に生きた方がいいぞ」
 オヤジはそう言い残し、わたぴよの手を引き病室を出た。残されたわたろうは、ただ俯いているばかりだった。

 ゾウラ界では、もも男がキングゾウラにアートロンの戦死を報告していた。
 ゾウラ城の最上階、玉座に腰掛けるキングゾウラはそれを聞いても尚、肘掛に突いた肘を動かさなかった。
 キングゾウラの左右には、それぞれ二人ずつの怪人が立っていた。にんじゃぶろう、クロウマル、泥棒ジョニー、メテオ・ブラックの四名――ゾウラ四天王である。
 ゾウラ族の最高権力者たる五人から一斉に視線を浴びせられ、もも男は全身が押し潰されるかのような感覚だった。全身から汗を噴き出し、眼鏡は白く曇っていた。
「あ、あの、もう下がってもよろしいでしょうかもも……」
 キングゾウラは、
「下がってよい」
 と一言告げる。もも男は人間界から逃げる時より更に速い逃げ足で、そそくさと逃げ去っていった。
「まさか、アートロン程の男が倒されるとは……やはり侮れぬでござるな、大剣豪」
 四天王の中で最初に口を開いたのは、にんじゃぶろうである。
「ジョーニジョニジョニ、それで、アートロンの後釜はどうする? あの男を呼び戻すか?」
 奇妙な笑い声を上げるのは、泥棒ジョニーだ。
「あいつは今丁度忙しい時だ。今呼び出すのは酷ってもんだぜ。っても、他に七幹部に入れられる実力のある怪人なんざ俺の知る限りじゃいないんだが……」
 クロウマルは腕を組み、考え込んでいた。
「メテオ・ブラック、お主はどう思う」
「クク……どうだかな」
 にんじゃぶろうに問いかけられたメテオ・ブラックは、はぐらかすように答えた。にんじゃぶろうはメテオを睨む。
 その様子を見て、キングゾウラが口を開いた。
「今はまだ決める必要は無い。七幹部入りに相応しい功績を上げた怪人がいれば、その者を後釜にするだけだ」
「御意」
「了解ジョニ」
「仰せのままに」
「……クク」
 にんじゃぶろう達がキングゾウラに礼をする中、メテオ・ブラックだけは不気味に笑っていた。
 

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