第23話 幹部怪人アートロン

「まったく……よりにもよって私のリングを人間界に置いてくるなんて……信じられませんよ」
 ゾウラ界に帰ったもも男は、ヘンシツ博士にお説教を受けていた。
 静かな研究室にもも男は正座させられ、ヘンシツ博士は甲高い声でねちっこく怒っていた。自分の作ったリングが人間界に置いていかれたことで、あちらの天才科学者にそれを解析されるのではないかということを、ヘンシツ博士は懸念していたのである。
「はあ、もういいですよ。不愉快なのでとっとと出ていってください」
 自分から呼んでおきながら、最後はこの言い草で研究室から追い出した。もも男からしてみれば、たまったものではない。
「やれやれまったく、どうしてこう下っ端連中はどいつもこいつも役に立たないのでしょう。最強ボクサーのようなザコに、私の作った素晴らしいリングを与えたのが間違いでした」
 ヘンシツ博士はそう吐き捨て、机に平手を叩きつけた。
 一方で、研究室を出たもも男は、とぼとぼと俯いてゾウラ城の廊下を歩いていた。そもそも失敗したのは最強ボクサーであって自分ではないのに、なぜ自分が怒られなくてはならないのか。ヘンシツ博士の理不尽な仕打ちに、もも男はただ耐えるしかなかった。
 ヘンシツ博士はゾウラ族内でもそこそこの地位を持ち、その技術力から王や幹部からも一目置かれる怪人である。下っ端かつ失敗ばかりで周りからも白い目で見られているもも男が、逆らえるはずがなかったのだ。
 前を見ずに歩いていたもも男は、すれ違った相手とぶつかり突き飛ばされた。
「痛いもも! てめーどこ見て歩いてるもも!」
 廊下の壁に叩きつけられ、ブチ切れる。だが自分の三倍はある巨体を見上げた瞬間、背筋が凍った。
「こ、これはアートロン様! も、申し訳ありませんもも! ま、まさかアートロン様がこんなところを歩いているとは思わなかったんだもも! ど、どうかお許しを〜!」
 まさに泣きっ面に蜂であった。もも男は、俯いたまま歩いていたこと、そして相手の顔を見ずに暴言を吐いたことを死ぬほど後悔した。桃色の顔を真っ青に染め、土下座に土下座を重ねて謝った。
「ああっ、どうか、どうかお許しをもも〜!」
「もも男、丁度貴様を、探していたところだ」
 恐る恐る顔を上げるもも男に、アートロンと呼ばれた怪人は大きな口を開け唸るように言った。

 人間界。田中研究所に、数人のSPを連れたカモンキングが訪れていた。
「田中博士、例のものの解析はどうなった」
「ええ、できてますよ。やはり以前わたわ町に現れたロボットと同一の製作者によるものでした」
 田中博士は窓の外に置かれたリングを指差して言うと、机の上にある解析結果の書かれた紙の束をカモンキングに渡した。
「うむ、ご苦労だった」
「本当、ただでさえ面倒な仕事を一つ請けているというのに、こんなことまでやらされてたまったものではありませんよ。まあ、この程度の解析、天才の私にとって大して難しい仕事ではありませんでしたが……」
 ブツブツと呟く田中博士の愚痴を黙って聞いているカモンキングに、SPの一人が険しい表情で話しかけた。
「陛下、先程ゾウラ族出現の報せが入りました」
「わかった、すぐ城に戻る」

 わたわ町東部。突如現れたゾウラ族の怪人に、人々は逃げ惑っていた。スピーカーから避難指示が流れ、城の兵士達が逃げる人々を集め避難所に誘導する。
 駆けつけてきたわたあめ、カモンベイビー、カラリオ、キツネ男の四人の前に、巨体の怪人が立ちはだかった。
 がっしりとした体つきで、全身をびっしりと鱗が覆う。大きな口に鋭く尖ったナイフのような歯が並んでいる頭部は、まるで肉食恐竜のよう。右手には刃の湾曲した剣を、左手には円形の盾を手にしたその姿は、中世の剣闘士を思わせる。
「我が名はアートロン! ゾウラ七幹部の一角なり! 人間界の戦士達よ、我と勝負せよ!」


 アートロンはわたあめ達に剣を向け言った。
「七幹部!?」
「なんだかよくわからねえが、強い奴だってことか!」
 初めて聞く肩書きに驚くわたあめ達に答えるかのように、いつもの笑い声が響く。
「もーっもっもっも、その通りだもも! 今日の助っ人はいつもとは一味違うもも! そう……偉大なるゾウラ七幹部の一角、アートロン様だもも!」
 もも男はアートロンの言ったことを繰り返すように言った。
「アートロン様は常に強者との戦いを望んでおられるもも。そして、アートロン様はこのわたわ町に自分を満足させる強者がいるのではないかと考えたのだもも。アートロン様の強さはお前達の想像を遥かに凌駕するもも。今日こそこの町はゾウラ族の手に落ちるのだももー!」
 もも男は建物の上で偉そうに笑っていた。アートロンはそれを鬱陶しそうにしながらも、わたあめ達からは目を離さない。
「さあ、四人纏めてかかってくるがいい」
 アートロンのその言葉を聞き、わたあめ達は目を見合わせる。揃って頷くと、四人同時に駆け出した。
「わたたきパンチ!」
 まずわたあめが先頭に飛び出し、先制攻撃をかける。アートロンは正面から盾で受け止めた。次の瞬間、
「ドラクチャキック!」
「カラブリキック!」
「コンマー!」
 空中から三人が同時に、鼻先目掛けて攻撃。アートロンはわたあめを盾で突き飛ばすと、すぐさま盾を上に向け、三人の攻撃を防いだ。
「何ぃ!?」
「その程度の攻撃、我が盾には傷一つ付けられぬ!」
 三人が着地すると同時に、アートロンは剣を横に凪ぐ。そのたった一振りで衝撃波が巻き起こり、周囲のガラスが割れコンクリートに皹が入った。
「みんな下がって! ふんわりガード!」
 わたあめはわたを大きく膨らませた。だが、そのわたは真っ二つに切り裂かれ、わたあめ達は四人纏めて吹き飛ばされた。
「うわあああっ!」
「我が剛剣に切れぬものはない!」
 凄まじい衝撃によって、四人はバラバラに飛ばされた。わたあめは道路の真ん中に、カモンベイビーは建物の壁に叩きつけられ、キツネ男は屋根の上に、カラリオは標識にマントが引っかかっていた。
 わたあめは傷みに耐えながら、なんとか体を起こす。四人とも深い傷を負わされていた。
「つ、強い……これまで戦ってきた怪人とは……圧倒的にレベルが違う……」
 わたあめは、思わずそんな言葉を口にしていた。たった一撃受けただけで、わたあめ達は敵の圧倒的な強さを知らしめられた。
 アートロンは剣を天に掲げ、大きく縦に振るう。辺り一帯の建物が、轟音を立てて崩れ落ちた。わたあめ達はまたしても大きく吹き飛ばされる。
「うわああああああっ!」
 衝撃波に加え無数の瓦礫の飛来が、わたあめ達の傷を抉った。
 地面に着いた時、カモンベイビー達三人は既に気を失っていたようだった。わたあめはなんとか意識を保っていたが、起き上がる体力は残されていなかった。
 アートロンの後ろから、何者かが飛び掛った。
「ごつくらえ!」
 ごつごつを掴んだ拳が、鉄槌のように振りかざされる。アートロンがそれに気付かないはずもなく、その一撃は振り返り様に盾で阻まれた。アートロンの盾には、傷一つ付いていなかった。
「馬鹿な! 俺のパンチが効かねえだと!?」
「不意打ちか……だが我の前では無意味だ」
 ごつごつあめは動揺して引き下がった。
「あの雑魚どもよりは見る目がありそうだな。楽しませてもらうぞ」
 アートロンはわたあめに背を向け、ごつごつあめに剣を構える。
「ごつごつあめ……逃げて……そいつは……強すぎる……」
 わたあめが力無く言うが、ごつごつあめには聞こえない。必死に起き上がろうとするが、体がついていかない。
「おおおおっ! ごつごつラッシュ!」
 ごつごつと石を交互に繰り出す連続パンチ。だがアートロンにはその全てを見切られ、一発もボディには入らない。無論、盾にも傷一つ付かない。
 アートロンはまたしても剣を高く上げ、振り下ろした。ごつごつあめは先程のわたあめ達と同様に、悲鳴を上げながら吹き飛ばされる。
 後ろの安全な場所から高みの見物をしていたもも男も、アートロンが後ろ側を攻撃したために巻き込まれた。
「もげええええええ!」
 瓦礫に埋もれるもも男には目もくれず、アートロンはごつごつあめに歩み寄る。
「貴様も我を楽しませるには至らなかったか。わたわ町……実に期待外れだ」
「おっと、それは俺を倒してから言って欲しいものだな」
 どこからともなく聞こえた声に、アートロンは振り返る。太陽を背に、瓦礫の上に立つわたろうが、そこにいた。
「わたろう兄さん……」
「わたろう……」
 わたあめとごつごつあめが見ている前で、わたろうはアートロンの前に立つ。
「言っておくが、俺は相当強いぞ」
「ほう、それは楽しみだ」
 この強敵を前にし、わたろうはいつも通り余裕な態度で、不敵な笑みを浮かべていた。
「兄さん気をつけて……こいつ、ゾウラ族七幹部の一人なんだ……」
「七幹部だと!?」
 わたろうはばっと振り返り、わたあめの顔を見た。
「……なるほどな、通りでわたあめやごつごつあめがこうもこっぴどくやられるわけだ」
 わたろうの額に、緊張が走る。わたろうはアートロンの方を向き、身構えた。
「ゾウラ七幹部よ、一つ聞いてもいいか」
「何だ?」
 わたろうの予想外の発言に、わたあめは首を傾げた。わたろうは続ける。
「お前と同じ七幹部に、鳥の怪人はいるか」
「ああ、いるが……それがどうした」
 その言葉を聞いて、険しい表情をしていたわたろうに再び笑みが浮かんだ。
「……そうか、そいつはよかったぜ。教えてくれたお礼に、お前は生きたままゾウラ界に帰してやる。だからそいつに会ったらこう伝えろ。『わたろうという男が戦いたがっている』とな」
 そう言うわたろうの表情を見て、わたあめはぞっとした。笑っているにも関わらず、今までわたあめが見た中で最も怖い表情をしていた。
 アートロンは、失笑するかの如く白けた表情をしていた。
「そういうことは、勝ってから言うもんだ」
「別に構わないさ。勝つんだからな」
 わたろうの姿が消えたかと思うと、次の瞬間、アートロンの腹にわたたきパンチが叩き込まれていた。
「ぬうっ!?」
 アートロンは口から唾液を吐き出し、苦しそうな声を上げる。初めてアートロンがダメージを受けたことに、わたあめとごつごつあめは驚いた。それと共に、わたろうならば勝てるという安心感が湧き上がった。
「凄い……流石兄さんだ!」
「やってくれるじゃねえか……わたろう!」
 わたろうは続けて跳び上がると、わたに足を挿し、かかと落しの形でわたたキックを放つ。だが今度は盾で受け止められた。
「なかなかやるではないか。だが我には及ばぬ」
 アートロンは剣を振り上げる。わたろうは空中でわたを最大限に膨らませ、ふんわりガードを使った。
 剣を振り下ろすと共に、わたあめ達やごつごつあめを倒した衝撃波がわたろうを襲う。ただでさえ原形を留めていない町の残骸が、より細かく刻まれた。わたの弾力をもってしても防ぎきれない衝撃波で、わたろうの体は無数の傷を負いながら空高くへと飛ばされた。
 わたろうは空中で大降りに体を回転させ、体勢を立て直す。それに加え、両手両脚で風を切ることで高速回転する。
「負けるかよ……わたハリケーンカッター!」
 次々と撃ち出される空気の刃を、アートロンは嵐のような剣技で打ち落とす。
 わたろうは着地と同時に一気に踏み込んで距離を詰める。そしてアートロンの腹にわたを付着させた。
「こいつで決める……神技・わた124.7連打!」
 アートロンの反応すら許さぬ、神速の連続パンチ。124発の拳を出した後、最後の一発をわたの中心に、的確に打ち込む。
「プラス、0.3!」
 わたは赤い光を力強く放ち、大爆発を起こした。辺りは爆炎と煙に包まれる。
「やった!」
「やった……か……?」
 喜ぶわたあめとは対照的に、わたろうは不安げに言う。
 突風が吹き、煙が飛ぶ。晴れた中から、アートロンが姿を現す。腹部の鱗が焦げ付いていたが、それ以外に目立った外傷は無い。
「今のは効いたぞ……だが我を倒すには至らぬ」
 アートロンは、またしても剣を空に掲げる。
「その技は見切った!」
 わたろうは素早く懐に飛び込み、右足を高く上げわたたキックでアートロンの右手を蹴る。手を離れた剣は回転しながら後ろに飛ばされ、地面に刺さった。
「剣さえ無ければこっちのものだ!」
 わたろうは焦げた鱗に向けて、わたたきパンチを打とうとする。アートロンは、巨体に見合わぬ敏捷性で後ろに跳ね、それを避ける。わたろうは剣を拾わせまいと、一気に突っ込む。だが、アートロンは剣を拾いにいくばかりか、右手丸腰のままわたろうと真正面からぶつかりに行く。
「我の武器が剣だけだとでも思ったか!」
 アートロンは大きな口をがばりと開く。意表を突かれたわたろうが驚くのも束の間、アートロンはわたろうの右肩に喰らいついた。
「ぐわああああ!」
 悲痛の叫びが、空に響く。アートロンは顎の力でわたろうを持ち上げる。わたろうは体を揺さぶられながらも、なんとか脱出しようとアートロンの左目を蹴る。顎の力が弱まり、わたろうは逃れた。
 わたろうの右肩には、鋭い牙によって開けられた穴がミシン目のように並び、そこから赤黒い血が流れていた。右腕はだらりと垂れ下がり、既にわたろうの意思で動かすことができなくなっていた。わたろうはこの傷が致命傷であることに薄々勘付いていた。だが、それでも諦めきれず、なんとか立っていようと足を八の字に開き踏ん張った。
 アートロンはその様子を見るや否や、わたろうに背を向け剣を拾いに行った。隙だらけのアートロンを前にして、わたろうは一歩も動くことができなかった。
 剣を手にしたアートロンは、振り返ると共に衝撃波を放つ。わたろうは、無言で吹き飛ばされた。大きな瓦礫に背中を打ちつけ、地面に座り込んだ。一度地に尻をつけてしまった以上、最早わたろうに立つ気力は残されていなかった。
「兄さん!」
 わたあめが叫ぶが、その声はわたろうには届かなかった。アートロンは、一歩一歩わたろうに歩み寄る。見上げたアートロンの姿は、何倍にも大きく見えた。
 わたあめとごつごつあめは、何もすることができなかった。誰よりも尊敬する兄が、この世で唯一自分を打ち負かした宿敵が、絶対に負ける姿を想像できなかった男が、無残に敗れるところをただ見ていることしかできなかったのだ。
「苦しいか人間の戦士よ。今、その首を落とし楽にしてやろう」
 アートロンは剣先をわたろうの首筋に当てる。一度剣を高く上げ、再び首筋目掛けて振り下ろす。
 わたあめは、思わず目を瞑った。
 金属同士のぶつかる音が鳴った。アートロンの体が、後ろにずり下がる。
 わたろうが顔を上げると、そこには大剣を手にしたオヤジがいた。
「これ以上、わしの息子に手出しはさせぬ」
 

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