第22話 ボクシング対決

 四角いリングの上、コドモパンチは一人戦っていた。
 ゾウラ族怪人との、ボクシング対決。小学生ボクシングのチャンピオンであるコドモパンチにとって、これ以上無く有利な戦いであった。コドモパンチ自身、絶対に負けるはずがないと思っていた。
 コドモパンチは、今起きている現実を受け止めきれなかった。一度も負けたことのないこのボクシングのリングの上で、自分はボロボロ、相手は無傷。信じられないこの状況に、ただ絶句することしかできなかった。
 拳を受けて倒れこむコドモパンチを、怪人は勝ち誇って見下ろした。
「フン、弱いな。弱すぎる。所詮貴様のようなザコに、この最強ボクサー様は倒せないってことだ!」


 諦めきれずに立ち上がるコドモパンチ。苦し紛れに打ったパンチは、最強ボクサーの胸の中央に当たるが、まるで効いた様子が無い。
「あばよ、ザコ」
 最強ボクサーの砲弾のようなパンチが、コドモパンチをリングの外に吹っ飛ばした。パンチを喰らった顔面は凹み、鼻は折れていた。
「ククク……次の挑戦者はどいつだ?」

 わたあめ達は、トゥンバの様子を見にドッパー医院に来ていた。トゥンバは相も変わらず寝たきりだった。
「先生! 急患です!」
 看護師が叫び、病室に一人の少年が運び込まれてきた。
「コドモパンチ!」
 見知った人物の無残な姿に、わたあめは思わず叫んだ。
「これはひどい、急いで治療しなければ! わたあめ君達は、少し出ていてくれ」
 ドッパーにそう言われ、わたあめ達は病室の外に出た。
 暫くして、
「ふう、なんとか一命は取り留めたよ」
 そう言ってドッパーが病室から出てきた後、わたあめは急いで病室に飛び込んだ。
「コドモパンチ!」
「ぐっ……うう……」
 コドモパンチはわたあめの声を聞いて、苦しそうな声を上げながら目を覚ました。
「一体、何があったの?」
「ゾ……ゾウラ……族だ……カモンコロシアムで……挑戦者を待ってる……女の子が人質にとられて……誰も挑戦しないなら……その子を殺すって……ぐふっ!」
 そこまで言って、コドモパンチは再び気を失った。
「カモンコロシアムだって……行こう!」
 わたあめの言葉に、カモンベイビー、カラリオ、キツネ男は頷いた。

 カモンコロシアムでは、わたわ武闘会の時にバトルフィールドがあった場所に、四角いボクシングのリングが置かれていた。その上では、ゾウラ族の怪人が一人ふんぞり帰っている。リングの横には、丸太にローブで縛られたクルミがいた。
「おいおーい、誰も挑戦してこないのかー? この子の命が危ないんだぜー」
 これまで何人もの挑戦者が倒されたことで、その場にいた人達は皆尻込みしており誰も挑戦しようとしなかった。
「クルミちゃん!」
 駆けつけてきたわたあめ達は、人質の女の子がクルミであることに驚いた。
「てめえ! よくも俺のクルミちゃんを!」
「待て、俺に作戦がある!」
 激昂するカモンベイビーの腕を、カラリオが掴んだ。
「俺が空からクルミちゃんを救出する。カモンベイビー、お前は俺が合図を出したらカモンブラスターであの怪人を狙い撃つんだ」
「クルミちゃんを救出するのは俺の役目だ!」
「そんなこと言ってる場合じゃないコン!」
「……くっ、わかったよ!」
 カモンベイビーは渋々納得し、引き下がった。カラリオは二枚のマントを広げ、空高く飛び立つ。怪人は、体勢を崩すことなく口笛を吹いていた。
 カラリオが敵の頭上を飛び越えようとした、その時だった。突如リングに引っ張られるかのように、カラリオは落下しリングに叩きつけられた。直後、どこからともなくボクシングのグローブが現れ、カラリオの両手にはめられた。
「なっ、何だこれは!?」
「このリングはヘンシツ博士に作ってもらったものでな、近づいた者はボクシングでの勝負を強制されるのさ。ちなみに俺の名は最強ボクサー、その名の通り最強のゾウラ族怪人だ」
 最強ボクサーは両手のボクシンググローブをカラリオに向け、ファイティングポーズをとった。
「ボ、ボクシングでの勝負だと!? くそっ、こんなの付けてたらマイク握れねえじゃんか!」
 動揺するカラリオ。最強ボクサーは、ニヤニヤ笑っている。
「おい、カラリオの奴ヤバくないかコン!?」
「あの野郎、自分で作戦立てといてこのザマかよ!」
 カモンベイビーは腰のホルスターからカモンブラスターを取り出し、最強ボクサーに向けて撃った。だが、ビームはリング内に届かず、バリアによって弾かれた。
「おっと、このリングは外部からの攻撃を一切受け付けない最強のリングだ。俺の試合の邪魔はさせねえぜ」
「くっ……カラリオ! そんな奴、お前のパンチでぶっ飛ばしてやれ!」
「って言われても、俺パンチはそんな得意じゃねーんだ!」
 カラリオは、そう言いながらもパンチを打ち込んだ。拳は右肘にヒット。最強ボクサーは、微動だにしない。
「ほー、それがお前のパンチか」
「どういうことだ!? いくら俺のパンチ力でも、肘殴られたら痛いはずだろ!」
 カラリオは続けて腹を殴るが、またしても最強ボクサーは悲鳴一つ上げない。何度殴っても、何度殴っても、全く痛がる様子を見せないのである。
「わたあめ!」
 わたあめの後ろから、声が聞こえた。
「わたろう兄さん!」
「ゾウラ族が出たと聞いてな。あいつか!」
 わたろうは腕を振り上げ、わた投げをしようとする。
「ダメだ兄さん、あのリングは外部からの攻撃を無効化するんだ」
「そうか、厄介だな」
 わたろうは振り上げた手を下ろした。
 カラリオはわけもわからないままひたすら拳を打ち込むが、まるで効いている様子はない。
「そろそろ反撃してもいいか?」
 そう言うか言わないかのうちに、最強ボクサーは本気の右ストレートを放った。カラリオは吹き飛ばされ、ロープに倒れこむ。最強ボクサーは、一気に突っ込んで容赦ないラッシュをかけた。そしてとどめのアッパーで、カラリオは場外に飛んでいった。
「はっ、弱すぎる。次はどいつだ?」
 最強ボクサーの圧倒的な強さに、人々は恐怖した。
「どういうことだ……俺にはあの怪人にカラリオのパンチが全く効いてないように見えたが」
 わたろうは、顎に拳を当て考え込んでいた。
「僕もそれは気になっていた。もしかして、何か仕掛けがあるのかも」
「おいおい、そんなことよりもクルミちゃんを助けねえと!」
「待てカモンベイビー。迂闊に近づけば、カラリオの二の舞だ」
 わたあめ達がそうやって話していると、どこからともなく聞き慣れた笑い声が聞こえてきた。
「もーっもっもっも、今日こそ俺様達の完全勝利のようだももな」
「その声……もも男か!」
 もも男は、カモンコロシアムのカモンベイビー専用観戦席に立ち、こちらを見下ろしていた。
「あの野郎、俺の専用席に!」
「もっもっも、お前らは絶対に最強ボクサーには勝てないもも。なぜなら最強ボクサーは、自分より弱いパンチを全て無効化する能力を持っているんだもも。そしてこのボクシングでの勝負を強制させるリングと組み合わせることで、最強ボクサーは絶対無敵になるんだもも!」
「もも男てめえ! 人の能力勝手にベラベラ喋ってんじゃねえ!」
「もげーっ、しまったもも!」
 自慢げに話していたもも男は、怒鳴り声に驚いてカモンベイビー専用席から落っこちた。
「もも男がバカで助かったコン。これで攻略の糸口が掴めるコン」
「わたろう兄さんのパンチ力なら、あいつを倒せるんじゃない?」
「いや……奴のパンチ力は相当強い。俺でもあれに勝つのは無理かもしれないな」
「そんな!」
「おいお前ら! 早く挑戦者を決めるもも!」
 頭に大きなこぶを作ったもも男が、クルミの首に手をかけ叫んだ。
「クルミちゃん!」
「……わたあめ、お前が時間を稼いでくれ。俺に考えがある。キツネ男は、カラリオを病院へ。カモンベイビーは待機だ。もし俺が帰る前にわたあめが倒れた時は、時間稼ぎの続きを頼む」
 わたろうはそう言うと、すぐさま後ろに駆け出した。
「おい、どこ行くんだよ!」
「とにかく、今は兄さんの作戦に従おう!」
 わたあめはそう言って、最強ボクサーのリングに飛び込んだ。わたあめの両拳に、ボクシンググローブがはめられる。
「次はお前か。ククク……遊んでやるとするか」
 わたあめの打ったパンチは、最強ボクサーの腹にしっかりとヒットした。最強ボクサーは、まるで動じていない。
(やっぱり……ダメか!)
 わたあめの拳から、力が抜ける。
「お、もう諦めか?」
 わたあめの落胆を悟ったのか、最強ボクサーはもう反撃に出る。わたあめは両拳を眼前に寄せて防御する。
(そうだ、僕は兄さんから時間稼ぎを頼まれたんだ。たとえダメージを与えられなくても、僕は僕の役目を果たさなきゃ!)

 わたわ町の外れにある路地裏。そこでは、一人の小学生と複数の高校生が戦っていた。
 ルール無用のケンカバトル。体格差に加えて人数の差もあり、高校生達にとって圧倒的有利な状況だった。
 だが、小学生は無傷で、高校生達は傷だらけ。たった一人の小学生に、複数人の高校生はなすすべなくやられていたのである。
「てめえらザコすぎる……そんなんでこの俺を倒せるとでも思ってんのか!」
 小学生は手にした「ごつごつ」で高校生の一人を殴り、その衝撃で吹き飛んだ高校生が他の高校生をドミノ倒しのように巻き込んだ。倒された高校生達は気絶し、残った高校生達は散らされたように逃げ出した。
 すれ違うその一人を目で追いながら、わたろうは路地裏の入り口に立った。
「久しぶりだな、ごつごつあめ」
「……俺に何のようだ、わたの一族」
 振り返るごつごつあめは、死んだ魚のような目をしていた。
「お前の力が必要だ。一緒に来て欲しい」
「ふっざっけるな!」
 ごつごつあめは突然怒って殴りかかる。わたろうはふんわりガードをするが、大きく後ろにずり下がった。
「そうだ、そのパンチ力が必要なんだ。ゾウラ族を倒すためにな」
 わたろうは、ここに来た経緯を話した。ごつごつあめは黙って聞いていたが、どうにも不機嫌さを隠せていなかった。
「お前がわたわ武闘会の後、死に場所を探すかのように各地でストリートファイトを繰り返してるのは知っている。お陰で今ではあの頃よりずっと強くなっていることだろう。お前のパンチ力は元々わたわ武闘会の出場者の中では最強だった。無論、この俺よりもな。お前のパンチ力があれば、あの怪人を倒すことができるんだ」
「フン、誰がわたの一族の頼みなど聞くか。俺は復讐という一族代々の夢に破れ、もはや死んだも同然。俺という人間はもう、存在しないものだと思ってくれ」
「ごつごつあめ、たとえわたを持っていなくとも、お前だってわたの一族の血を引いているはずだ。ゾウラ族から人々を守りたいという思いが、心の底から沸き上がってくるだろう!」
「守りたいだと? そういうお前はどうなんだ。あの日ゾウラ族を見たお前の目は、誰かを守りたいとか、そんな目はしてなかったぜ」
 わたろうの心臓が、ドクンと音を鳴らした。
「あの目は……そうだ、俺と同じ、復讐鬼の目だ」
 ごつごつあめの言葉を聞いて、わたろうは急に俯き、小刻みに震え始めた。
「……気付いていたのか。フフ……そうだ、俺は復讐の為にゾウラ族と戦っている。人々を守りたいというのは建前でしかない。だが、それがどうした。ゾウラ族を倒せればそれで問題ないだろう」
「随分と素直に吐いたもんだな」
「ごつごつあめ、お前は俺に、ごつごつの一族が苦しんでる間わたの一族はのうのうと平和に暮らしてたとか言ったな。それは大きな間違いだ。わたの一族は……15年前に滅びた」
「何だと!?」
 生きながら死んでいるかのようだったごつごつあめに、急に生気が宿った。
「ゾウラ族の襲撃を受けてな。俺達兄弟の母親は、その最後の生き残りだった。だがその母親も7年前、ゾウラ界への扉を封印した直後に死んだ。ゾウラ族の呪いでな。わたの一族はのうのうと平和に暮らしてなんかいない! ごつごつの一族よりもずっと……辛い目に合って来たんだ!」
 わたろうは、いつになく感情的となっていた。逆にごつごつあめは、体の力が抜けていくようだった。
「……はは、そうかい。まさかごつごつの一族がやる前に、ゾウラ族に先を越されちまってたとはな」
「俺は、母さんとわたの一族を殺したゾウラ族を許さない。俺はこの手で、ゾウラ族を皆殺しにするんだ!」
「そいつはよかったな。心から思うぜ、ざまあみろ、とな」
「てめえ……」
 わたろうは震える拳を握り締め、今にもごつごつあめに殴りかかろうとしていた。
「おいわたの一族、俺をそのゾウラ族のところに案内しろ」
「なっ、どういうつもりだ!?」
「情けねえことだが……同情しちまったのさ。わたの一族がごつごつの一族と同じ痛みを知っていたことがわかったことで、嘲笑と共に同情の念まで沸いちまった。だが不思議と、心の奥で閊えていたものが取れ、晴れ渡るような気がしたんだ。俺は一度お前に負けたことで、復讐という生きる目的を失った。だが今の俺ならば、ゾウラ族から人々を守ることを、新たな生きる目的にできるかもしれない」
 思わぬ答えに、わたろうは目を丸くした。
「そうか……まあいい。こっちだ、来い」
 落ち着きを取り戻したわたろうは、ごつごつあめを先導して駆け出した。

 カモンコロシアム。わたあめは最強ボクサーに一方的に殴られ続け、全身痣だらけにされていた。
「う……はあ、はあ……兄さんは……きっと戻ってきてくれる……」
 どんなに殴られても立ち上がるわたあめを、最強ボクサーは鬱陶しそうにもう一度殴る。
 リングの中に、一枚のタオルが投げ込まれた。振り返るわたあめ。
「わたあめ、こいつと交代だ!」
 わたろうの叫びと共に、一人の男がリングに上がった。
「ごつごつあめ!? どうして!」
「説明は後だ。とっとと下がってな、戦いの邪魔だ」
 わたあめは、不思議そうにリングから降りる。ふらつく身体を、わたろうが支えた。
「ほーう、次はお前か。さあ、どっからでもかかってきな」
 最強ボクサーは相変わらず傷一つ無く、汗一つかいていない。余裕満点で、両腕を広げてみせる。
「ああ、お言葉通りぶっ飛ばしてやるぜ!」
 ごつごつあめはふてぶてしく笑うと、一歩踏み込み全身全霊を籠めて拳を振る。
「まあ、最強の俺がそんなパンチで倒されるはずがあじゃぱー!」
 ごつごつあめの放ったアッパーが、最強ボクサーを空高く打ち上げた。最強ボクサーは己の能力を過信し、防御も回避もしなかった故に、その一撃をまともに喰らっていた。
 一番上の客席のある高さまで飛ばされた後は、錐揉み回転をしながら真っ逆さまに落下。地面に頭を打ちつけ、仰向けに倒れた。
「も、もっもーっ!?」
 もも男の絶叫が響き渡る。最強ボクサーは、白目を向き泡を吹いていた。まさかのワンパンKOに、コロシアムの少ない観客達は沸き立った。もも男は、最強ボクサーを背負うと全速力で逃げ去っていった。クルミの縄は、カモンベイビーが解いていた。
 わたあめは、リングの上で一息つくごつごつあめに歩み寄った。
「ごつごつあめ、もしかして、僕達の仲間になってくれるの?」
「ああ、今日から俺は生まれ変わる。お前達の仲間として、共にゾウラ族と戦わせてもらうぜ」
「ありがとう、そしてよろしく、ごつごつあめ」
「ああ、こちらこそな」
 わたあめの差し伸べた手に、ごつごつあめも手を差し出した。二人の固い握手は、数百年の因縁に終焉を告げた。
 わたろうは腕を組み、何も言わずその様子を見つめていた。
 

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