第21話 ドッパー七段変身

「彼はまだ、生きている!」
 ドッパーの言葉に、わたあめ達は驚愕した。
 海から帰ってきたわたあめ達は、倒れたトゥンバをドッパーに診せた。そこでドッパーから放たれた言葉がそれである。
「彼はもう二度と動くことも、目を覚ますこともない……でも、確かにまだ生きている」
 わたあめ達は、驚きに言葉も出なかった。
 ドッパー医院のベッドに寝かされるトゥンバの体は冷たく、とても生きているとは思えなかった。しかし、ドッパーの言うには確かにまだ生きているのである。
 ドッパーは、続けて話す。
「この病気は治療薬の存在しない恐ろしい病気だ。だが僕の薬なら……わたあめ君、僕は必ずこの病気の治療薬を作ってみせる。だから暫くの間、彼をここに預けさせて欲しい」
「……わかりました。ドッパー先生、トゥンバのことをよろしくお願いします」
 わたあめはドッパーに一礼した後、トゥンバの方を見た。あの強く優しく格好いいトゥンバが、もう二度と目覚めないなんて絶対に嫌だ。トゥンバともっと戦いたかったし、トゥンバに戦い方を教えて欲しかった。それに、トゥンバのこれまでの旅の話も聞きたかった。ドッパーならきっとトゥンバの病気を治してくれる……わたあめはそう信じて、ドッパー医院を出た。

 一方で、ゾウラ界。
 ゾウラ城脇の森に、釘を打つ音が響き渡っていた。
 音を鳴らしていたのは、もも男である。もも男の周囲の木には、一本に一つずつ藁人形が打ち付けられていた。もも男は、毎日必ずこの森で丑の刻参りをしていた。呪いの対象は言うまでもなく、わたわ町の人々だ。
 怒りの形相に顔を歪め、一心不乱に釘を打つ。わたわ町の人々への恨み憎しみを右手に籠めて、本能のままに木槌を振るう。
 丑の刻参りを終えてすっきりしたもも男は、町外れの酒場に足を進めた。
 カウンターに座り、店主にいつもの桃酒を頼むと、それを一気に飲み干した。
「はぁー……いい加減何か手柄を立てないと本気でヤバいもも……」
 ため息を吐くもも男の隣に、一人の怪人が腰掛けた。目つきが悪く、深緑色の帽子を被り、腰のホルスターにに二丁拳銃を差した人型の怪人である。


「よう、もも男じゃねーか」
「お前は、恐竜ハンターかもも。お前、俺様に何か用かもも?」
「ああ、お前を探してたんだ」
「探してたもも?」
 きょとんとするもも男。恐竜ハンターはジョッキに入れられたビールを一飲みした。
「ああ、今人間界の各地で、ゾウラ族の怪人を倒しながら旅をしている黒い男がいるってのは、お前も聞いたことがあるだろう。俺はそいつの行方を追っているんだが、そいつがお前の担当地区で足を止めたようでな。次にお前が人間界に行く時は、俺も連れていってほしいんだ」
「今は猫の手も借りたい気分だもも。一緒に戦ってくれるなら大歓迎もも」
「ああ、恩にきるぜ」

 わたわ町では、夏休みが終わり二学期が始まっていた。
 どくーどくードッパーは、悩んでいた。
 静かに眠るトゥンバを前にし、手には一本の薬瓶が握られていた。
 ドッパーは苦心の末、遂にあらゆる病気に効く万能薬を完成させた。これを使えばどんな不治の病も、勿論トゥンバの病も治すことができる。これを使えば、トゥンバの目を覚ますことができる……はずだった。
 この万能薬は、あまりにも毒性が強すぎたのだ。あらゆる病気を治す代わり、その凄まじい毒性で飲んだ者の命を奪う。最早副作用などという生易しいものではない、完全にただの毒薬なのである。
 だが理論上、トゥンバの病気を治すことができるのはこの万能薬だけなのである。どうにかして毒の効果を受けず、病気だけを治すことはないものかと、ドッパーは頭を捻るようにして考えた。
 その様子を、窓の外から覗く二つの影があった。もも男と、恐竜ハンターである。
「まさか俺の追っていた例の男が、こんな状態になっていたとはな。こいつは殺すチャンスだぜ」
 恐竜ハンターは拳銃を抜き、トゥンバの額に狙いを定めた。
「ぶえくしょい!」
 突然、もも男がくしゃみをした。
「誰だ!」
 ドッパーが叫ぶ。恐竜ハンターは構わず発砲。ドッパーは、先程まで座っていた椅子を盾にトゥンバを庇った。
「まさか……ゾウラ族か!」
「くそっ、てめーのせいでバレちまっただろうが!」
「お、俺のせいかもも〜!?」
 もも男と恐竜ハンターは、慌てて鼠のように逃げ出した。
「待てー!」
 追うドッパー。病院の駐車場を出たところで、下校中のわたあめとカモンベイビーに鉢合わせた。
「ゾウラ族!」
 わたあめとカモンベイビーは身構える。挟み撃ちの形となり、もも男と恐竜ハンターは狼狽した。
「くっ、こうなったら……ももだ食い!」
 もも男は桃をかじりながら突撃する。カモンベイビーは、マントをはためかせ迎え撃つ。
「わたあめ、もも男は俺に任せろ! お前はあっちの奴を頼む!」
「わかったよ!」
 恐竜ハンターはわたあめのわたたきパンチをかわすと、ドッパー医院に向けて銃弾を撃つ。弾は窓を外れ、白い壁に刺さった。
「わたあめ君、敵の狙いはトゥンバだ!」
「なんだって!」
 ドッパーはわたあめの腕を掴んで後ろに下がらせ、自分が恐竜ハンターの前に立つ。
「ドッパー先生!?」
「君はふんわりガードで、流れ弾から病院を守るんだ。こいつは僕が倒す」
 ドッパーは懐から、一本の薬瓶を取り出した。瓶には髑髏のシールが貼られ、中に入った紫色の液体は毒々しく泡を立てている。ドッパーはコルク栓を抜くと、一気に薬を飲み干した。
「ランプル毒薬!」
 ドッパーは跳び上がり、恐竜ハンターを睨みつける。
「目玉ポイント」
 すると、ドッパーの目がロイヤルブイプルの如く伸び、恐竜ハンターを突き飛ばした。
「続けて……鼻ポイント」
 今度は鼻が象のように伸びる。何が起こったのか理解できない恐竜ハンター。その頭を、ドッパーの鼻が鞭のようにして叩いた。
「ぐうー、くそっ!」
 恐竜ハンターは倒れながらも、片目を開けて二丁拳銃を連射する。ドッパーは両腕を広げ、大の字になる。
「腹ポイント」
 ドッパーの腹が風船のように膨らむ。その弾力は銃弾を跳ね返し、恐竜ハンターは自分の弾に撃たれた。わたあめは病院に向かってきた流れ弾を一つ一つ受け止める。
「まだまだ行くよ、口ポイント」
 今度はドッパーの口が巨大化。そして歯は肉食獣のような鋭い牙へと変化する。ドッパーはグルルと唸り声を上げ、恐竜ハンターに飛び掛る。恐竜ハンターは怯えて情けない声を上げた。ドッパーの牙が、恐竜ハンターの右肩にガブリと噛み付いた。
「うぎゃあーっ!」
 ドッパーは噛み付いたまま恐竜ハンターを持ち上げ、顎の力で投げ飛ばした。
「うわああああ!」
 回転しながら空に投げ出され、恐竜ハンターは目を回す。背中から地面に落ち、痛みに悶える。ドッパーは変身を解除しジャンプ。空中で体を回し、恐竜ハンターに背中を向けた。
「後頭部ポイント」
 ドッパーの後頭部が、鋼のように硬く重くなる。その後頭部を錘に、ハンマーのように落下。恐竜ハンターを押し潰した。
「ごぼーっ!」
 腹に強烈な一撃を受け、恐竜ハンターは吐血した。ドッパーは変身を解除し、二歩後ろに下がった。息絶え絶えの恐竜ハンターを、ぎょろりと見下す。
「患者に手を出す奴は許さない。医者を怒らせるとどうなるか、これでわかったかい?」

 カモンベイビーともも男の戦いは、もも男が優勢で進んでいた。ももだ食いを使ったもも男の強さはカモンベイビーも十分理解しており、一人で戦うのは厳しい相手だった。
「くそおっ!」
 ももパンチを顔面に受け、カモンベイビーは怯んだ。
「まったく恐竜ハンターも使えない奴だもも。こうなったら例の男の始末は俺様がやるしかないもも」
 もも男は既にカモンベイビーを倒した気でおり、口を開けてももストリームの体勢に入った。
「病院ごと吹っ飛ばしてやるもも! ももストリーム!」
「わたあめ気をつけろーっ!」
 カモンベイビーが叫ぶ。ももストリームが、ドッパー医院に向けて放たれた。
「ふんわり……ガードーッ!」
 わたあめはわたを目一杯膨らませ、ももストリームを受け止める。その衝撃に、わたあめは後ずさり。
 ドッパー医院の壁に、背中が着いた。ももストリームと壁に挟まれ、わたあめの体は圧迫される。これ以上下がれば、壁は砕けトゥンバがももストリームを受けてしまう。わたあめこそ、最後の防衛線なのだ。
 わたあめは全身に力を籠め、歯を食いしばった。命に代えてでもトゥンバを守ってみせる、その一心で耐え、踏ん張った。
「負ける……もんかーっ!」
 もも男のエネルギーが尽き、ももストリームが途切れた。わたあめの気合が、ももストリームを防ぎきったのだ。わたの前面は、黒く焦げ付いていた。わたは、萎むと共にボロボロと崩れ落ちた。
「カモンベイビー、後は任せたっ……」
「おう!」
 ももストリームを防がれて驚愕するもも男を、カモンベイビーはふうかぜマントで空高く吹き飛ばした。そして、カモンブラスターの銃口を向ける。
「喰らえ! カモンブラスター!」
 ビームが直撃し、もも男はいつもの如く空の星となる。
「覚えてるもも〜っ!」
「やったぜ!」
 カモンベイビーは、ぐっとガッツポーズした。

 ドッパーの脇腹を、銃弾が貫いた。敵を倒したと思った、一瞬の隙の出来事だった。
「な……に……」
「クク……まだ終わっちゃいねえ……」
 恐竜ハンターは、満身創痍ながらも立ち上がる。
「俺は何としてもあの男を始末しなきゃならねえんでな。もも男の奴はまるで役に立たねえし、困ったもんだぜ」
 二つの銃口が、ドッパーに向けられる。
 直後、手から拳銃がすり抜けるように落ちた。
「な……体が……動かね……」
「ベロポイント……この舌に舐められた者は、全身の感覚が麻痺して動かなくなる……」
 ドッパーの舌が、お化けのように長く伸びていた。いつの間にか、恐竜ハンターはその攻撃を受けていたのだ。
「お前は僕の最強の攻撃で倒す。爪ポイント」
 ドッパーの両手の爪が伸び、鋭く尖った。恐竜ハンターの全身から、滝のように汗が吹き出した。
 恐竜ハンターの胸に、ドッパーはゆっくりと爪を突き刺す。爪の中に入れられた紫色の液体が、爪の先を通して体内に注入された。
 全く体を動かせないまま、わけのわからない攻撃をされる恐怖。恐竜ハンターの顔が青ざめていった。否、全身が、紫色に染まっていったのだ。
「う、う、うわああああ!」
 悲鳴と共に、恐竜ハンターの肉体は砕け散った。爪から注入された液体は、言うまでも無く毒薬。爪ポイントによって強化された爪は、毒薬を注入する注射器なのである。
「ドッパー先生、凄い……」
「ああ、まさかこんなに強かったなんて……」
 わたあめとカモンベイビーはその恐ろしい攻撃に顔を引き攣らせつつも、素直に感心していた。
「ランプル毒薬は、僕の特製の毒薬さ。これを飲むことによって、僕は七つの形態に変身できるんだ」


 ドッパーは、回復薬を飲みながら言った。
「へ、へぇー……」

 ゾウラ族との戦いを終えて、わたあめ達を帰した後、ドッパーは再びトゥンバの病室で悩んでいた。
 恐竜ハンターがそうなったように、普通は毒薬を体内に取り込めば死ぬのである。どうにかして、トゥンバを毒の効かない状態にできないだろうか。
 ――その時、ドッパーの脳裏に一つのアイデアが閃いた。
 ドッパーは、慌てて携帯電話を手に取った。
 

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