第20話 トゥンバでサンバ!

 夏休み。わたあめ達は、わたわ町南部にあるビーチにやってきていた。
 メンバーは、わたあめ、カモンベイビー、カラリオ、キツネ男、クルミ、メガネ男、わたぴよ、友人トリオ、オヤジの十一名。わたろうはそんなことをしている暇はないと言い、ついてこなかった。
「ヒャッホー! 水着のお姉さんがいっぱいだー!」
 ギラギラ輝く太陽の下、カモンベイビーは両手を上げて走り回り、ビーチで遊ぶ美女達をナンパしていた。
「まったく、カモンベイビーは……」
「ねえわたくん、あっちで一緒に遊ぼう」
 クルミは、呆れるわたあめの手を引いた。カモンベイビーは、はっと気がつきダッシュで戻ってきた。
「ああんクルミちゃぁ〜ん、やっぱりクルミちゃんの水着が一番だぜ! だから今日は俺と一緒に遊ぼうぜー!」
「行こうわたくん」
 クルミは心底嫌そうに、わたあめの手をぐいと引っ張った。わたあめはカモンベイビーと話したそうにしていたが、クルミに引っ張られて何も言えず連れられていった。
「ああー待ってよクルミちゃーん」
 カモンベイビーが追いかけると、クルミはより足を速めた。
 わたぴよとメガネ男は、その様子を見て笑いながら、砂で城を作っていた。
 友人トリオは、三人でスイカ割りに興じていた。
 キツネ男は自前のサーフボードでサーフィンをしており、カラリオは空から海を眺めていた。
「おい、何故ビールしかないんじゃー! わしは酒が飲みたいんじゃー!」
 一方でオヤジは、海の家の店員に文句を垂れていた。この海の家では、酒類はビールしか取り扱っていないのである。オヤジは酒なら何でも好きだが、ただ一つビールだけは大嫌いなのだ。
「ねえわたくん、あれ、何かな?」
 クルミは、少し先の人だかりを指差して言った。
「行ってみよう」
 どうしたのか気になったわたあめは、クルミの手を引き駆け出した。カモンベイビーも、その後を追う。

 わたあめ達は、人ごみを掻き分けながら中に進んだ。そこでは、十五、六歳程の男が一人、不思議な旋律を口ずさみながら踊っていた。


「トゥトゥトゥトゥンバッ! トゥトゥトゥトゥンバッ!」
 白い砂浜の上で舞い踊る黒い肌の男。その踊りは、燃え盛る太陽のように激しく、情熱的だった。
 カモン王国では黒い肌の人間は珍しく、この男が遥か南方から来た異国の人間であることは、すぐにわかった。
 わたあめ達は、すっかりその踊りに見惚れてしまった。
 と、その時だった。どこからか、甲高い女性の悲鳴が聞こえてきた。
「子供が溺れてるぞ!」
 上空のカラリオが叫んだ。わたあめは慌てて人ごみの外に出る。海の方を見ると、小さな子供が沖の方に流され、じたばたともがいていた。
「俺が行く!」
 カラリオは二枚のマントを広げ、子供のいる方へと滑空した。
 突如、わたあめの頭上を黒い影が通った。それが先程まで踊っていた黒い男だとわたあめが気付いた時、既に男は海に飛び込んでいた。
 男は、クロールで波飛沫を立て、モーターボートの如き速さで泳いだ。そして空から向かうカラリオよりも先に、子供の下に辿り着いた。
 男は子供を抱きかかえると、高速でUターンし砂浜に戻った。子供の母親は、子供をぎゅっと抱きしめると男に何度も礼を言った。その様子を見ていた人々からは、拍手と歓声が巻き起こった。
「す……凄い!」
 わたあめは目を輝かせ、男に駆け寄った。
「凄いよお兄さん! かっこいい! ヒーローみたいだよ!」
「当然のことをしたまでさ」
 男は歯をキラリと光らせ、親指を立てて爽やかに笑った。黒い肌と白い歯のコントラストが、何とも言えない美しさを醸し出していた。
「お兄さん、外国の人だよね? どこから来たの?」
「トゥーン王国。ここからずっと南にある国さ。俺の名前はトゥンバ。世界中を旅してるんだ」
「僕はわたあめ。よろしく、トゥンバさん」
「トゥンバで構わないさ」
 トゥンバはわたあめに手を差し出し、二人は固い握手をした。わたあめの手を握った時、ふとトゥンバの表情が変わった。
「ところで……君はどうやら戦いの心得があるようだね。一つ、俺と手合わせをしてみないかい?」
「ええっ、僕とトゥンバが戦うんですか!?」
「ああ、君がどれほど強いのか、ぜひとも知っておきたくてね」
「そういうことなら、俺が相手になるぜ!」
 二人の会話に割り込んだのは、カラリオであった。
「さっきは見せ場を奪われちまったからな。わたあめよりは弱いが、俺も結構強いんだぜ」
「ああ、構わないよ。早速やろうか」
 トゥンバとカラリオは、砂浜を広く空け、向かい合って立った。先程まで踊りを観ていた人々の多くは、そのままこのバトルの見物に回った。わたあめ、カモンベイビー、クルミ、キツネ男の四人も、最前列で見物することになった。
「あのトゥンバって男、そんなに強いコン?」
「強いかどうかはわからないけど、身体能力が凄いのは確かだよ。凄い速さで泳げるし、何より激しい踊りをした後で泳ぎまでして、息一つ乱してない。それに……凄くかっこいい!」
「……そうなのかコン」

 先に仕掛けたのは、カラリオだった。カラリオはいつも通り、空中からのカラブリキックを連打する。トゥンバは、ダンスのステップを踏むような動きで軽々とそれをかわす。
「トゥトゥトゥトゥンバッ! トゥトゥトゥトゥンバッ!」
「何故だ! 何故当たらねえっ!」
 トゥンバの動きに翻弄され、カラリオに焦りが見えた。トゥンバは、急に動きを変えカラリオから距離をとった。
「バブル光線!」
 トゥンバは両手を高く挙げ、身体をくねらせながら、ゴルフボール大の泡を口から発射する。


「こんな泡で何ができるってんだ!」
 無数の泡は、カラリオの体に纏わり付こうとする。カラリオはパンチやキックで泡を割ろうとするが、その攻撃はことごとく空をすり抜けた。
 泡は一つ一つ、カラリオに付着していった。トゥンバは、踊りながら息をするように泡を吐き続ける。泡そのものに攻撃力は無いが、故に気味が悪かった。
「何だよこれ! くそっ、うっぜえ!」
 カラリオは泡を剥がそうと暴れるが、まるで通じない。とうとう、全身を無数の泡に包まれてしまった。トゥンバがふっと息を吹きかけると、無数の泡は合体して一つの巨大な泡に変化した。カラリオは、その中に閉じ込められていた。
「くっ、わけわかんねーことしやがって! このっ、このっ!」
 泡を割ろうと何度も拳を打つが、泡の膜が伸びるだけで、まるで割れる気配はない。トゥンバは、踊りを続けている。
「こうなったら……これでどうだ!」
 カラリオは海パンのポケットからマイクを取り出した。わたあめ達は、思わず耳を塞いだ。
「カッラーリオーッ!」
 カラリオは歌いだす。だが直後、雷に打たれたような顔をして動かなくなった。わたあめ達に聞こえてきたカラリオの歌声は、信じられないほど小さいものだった。
 パチン、とトゥンバは指を鳴らし、泡は割れた。カラリオは砂浜に倒れた。
「い、一体何が起こったんだ……?」
「それは、僕がお答えしましょう!」
 突然、カモンベイビーの隣に現れたメガネ男が言った。カモンベイビーは、「うおっ」と言って驚いた。
「あの巨大な泡は、ドームのような性質を持っているんです。カラリオさんの声を丸い膜で全て跳ね返し、カラリオさんは自分の歌でダメージを受ける羽目になったというわけです」
 メガネ男はキラリと眼鏡を光らせ、自慢げに言った。
 トゥンバは、カラリオの手を引き立ち上がらせた。
「なかなかいい勝負だったよ、ありがとう」
「は、はは……まるで手も足も出なかったや……」
 カラリオは疲れきった表情で言った。近くにいるトゥンバの声すらはっきり聞こえないほどの耳鳴りがしていた。
「さあわたあめ君、次は君の番だ」
「よーし、頑張るぞ!」
 トゥンバに指差され、わたあめはそちらに向かう。外野に戻ってくるカラリオとタッチをし、トゥンバの前に立った。カラリオはふらつきながら、キツネ男にもたれかかった。
「わたあめ君、俺は君にとてつもない素質を感じている。今からそれを、試させてもらうよ」
「はい、お願いします!」
 二人は距離をとって身構える。潮風が二人の間を通り抜けた。わたあめは駆け出し、わたたきパンチを繰り出す。トゥンバは先程と同様に、踊るような動きでかわす。
「トゥトゥトゥトゥンバッ! トゥトゥトゥトゥンバッ!」
 何度攻撃してもことごとくかわされるが、わたあめはただ攻撃するだけでなく、トゥンバの動きをじっと目で追っていた。一見隙が無く読めない動きのようだが、必ずどこかに攻撃を当てるチャンスがある、と。
 トゥンバは一切反撃に出ることなく、ひたすら回避に徹していた。発言通りわたあめを試すように。
 わたあめの眼光が閃いた。振り付けが大きな動きから小さな動きに移行する一瞬の隙を突き、わたたきパンチが繰り出される。
「やったか!」
 カラリオが叫ぶ。わたたきパンチは、トゥンバの顔面を正確に捉えた。だが、その攻撃は両腕で完璧にガードされていた。
 わたあめは後ろに跳んで立て直す。防御こそされたが、カラリオが成し得なかった「攻撃を当てる」ということには成功した。次こそはクリーンヒットを決めようと、次の策を考える。
「やるな、わたあめ君。それじゃあこちらからも攻撃させてもらうよ!」
 トゥンバは静かに息を吐く。口から小さな泡が、静かに吐き出された。が、その時。
「ゴフッ!!」
 突如、トゥンバが咳き込んだ。まさかの事態に、その場にいた誰もが驚愕した。トゥンバは苦しそうに、地に膝をついた。
「トゥンバ、大丈夫!?」
「心配はご無用!」
 心配して駆け寄るわたあめを、トゥンバは静止した。
「おいおいどういうことだよ! まさかさっきのわたたきパンチが実は効いてたとか!?」
「いや……そうは見えなかったコン」
 何が起こったのかわからず、外野達は動揺していた。
 トゥンバは立ち上がり、無理矢理咳を収めるように歯を食いしばった。
「フフ……俺としたことが、泡が気管に入ってしまったようだ。まあ、大したことではない。続けようか」
 本人はそう言うが、わたあめは不安でならなかった。たかだか泡が気管に入った程度の苦しみ方ではないし、トゥンバ程の男がそんなミスを犯すはずがないとも思っていた。
 戦闘を再開しようと、トゥンバは再び泡を吐く。そんな中、突如聞き覚えのある笑い声が聞こえてきた。
「もーっもっもっも、今日こそお前らをぶっ倒してやるもも!」
 空気の読めなさに定評のある、毎度おなじみもも男である。もも男はストリアの背に乗り、水平線の彼方から飛来してきた。
「本日の助っ人はこちらだもも!」
 もも男の指差す先。波を切って現れたのは、サーフボードに乗った怪人。


「俺っちはサーファー怪人サブマリン。ヨロシクゥ!」
「サーファーなのにサブマリンだとぉ!?」
 見当違いな場所に驚くカモンベイビー。
「やはり現れたかゾウラ族!」
 トゥンバが叫んだ。わたあめとカモンベイビー、キツネ男らも身構える。
「君達、ここは俺一人に任せて欲しい」
 トゥンバはわたあめ達の前に出て言った。
「でも、トゥンバ……」
「頼む。ここは、俺一人にやらせてくれ」
 額に汗を浮かべた、必死の形相。わたあめは思わず圧され、カラリオらのいる外野の方へ引いてしまった。
「行けえ、ストリア軍団!」
 もも男の指示で、ストリアの大群が海から飛び出す。
「トゥ・トゥ・トゥ・トゥンバーッ!」
 トゥンバはダンスを更に激しくしたような動きで、蹴りと手刀を繰り返し、弾丸のように迫り来るストリアを次々と捌く。全て、一撃。その圧倒的な強さに、わたあめ達は皆息を飲んだ。
 気付いた時、もも男が乗る一匹を残してストリアは全て倒されていた。
「も、もっもーっ!?」
 驚愕のあまり、もも男は絶叫。トゥンバは、続けて水上へと乗り出した。右足が沈むより先に左足を出す理論で、水面を走行する。
「喰らえー、サブマリンアタック!」
 サブマリンは波乗りしながらサーフボードの先端を尖らせ、トゥンバに向かって突撃する。トゥンバは右拳を振り上げ、サーフボードを粉砕。投げ出されたサブマリンを思いっきり蹴飛ばした。
「バブル光線!」
 水面に落ちようとするサブマリンに、トゥンバは泡を吹きかける。無数の泡に包まれて、サブマリンは海に浮かんだ。直後、全ての泡が一斉に爆発。水柱が立ち、サブマリンは海の藻屑と消えた。
「も、もももももーっ!?」
 もも男、再び絶叫。トゥンバは一度体勢を立て直そうとジャンプして砂浜に着地する。すぐさま、振り返ってもも男の方を見た。
「さあ、次は貴様の番だ!」
 もも男を指差し、トゥンバは叫んだ。もも男は動揺してすっ転び、海に転落した。
「もげーっ! 俺様は泳げないももーっ!」
 トゥンバはとどめを刺そうと、溺れるもも男にバブル光線を撃つ。しかし、トゥンバの口から吐かれたのは泡ではなく血だった。
「ゲホォ!」
 トゥンバは前のめりに倒れ、砂浜に肘をつき四つんばいになった。必死に立ち上がろうと歯を食いしばるが、体は震え、とても立てそうにない。歯と歯の間から、真っ赤な血が流れた。
「トゥンバ!」
 わたあめはトゥンバに駆け寄った。もも男は、その隙にストリアの足に掴まり、逃げ去っていった。
「トゥンバ、ゾウラ族はもういなくなったよ」
「くっ……うう……そうか……」
 トゥンバは苦しそうに声を上げた。わたあめは、トゥンバを仰向けの楽な姿勢にして寝かせた。
「わたあめ君……俺の話を……聴いてくれるか……」
 虚ろな目で見上げるトゥンバに、わたあめはこくりと頷いた。
「実を言うと……俺は不治の病に犯されている……何時死期が訪れるかわからない、とても恐ろしい病だ……俺はその病にかかった時、思ったんだ。このまま死んでいいのかと……だから俺は旅に出た。世界中の困っている人を助け、一人でも多くの人に感謝されて死のうと……そして旅の途中、俺はゾウラ界への扉が開いたことを知った……それから俺の旅は、ゾウラ族との戦いの旅になった……俺は旅先でゾウラ族に苦しめられている人を助けると共に、その町の有望な若者に戦闘技術を教え、俺が立ち去ってからも自分達でゾウラ族と戦えるようにしていたんだ……」
「それで、トゥンバは僕達と戦ったんだ……」
「ああ……だが君達は元々強い、俺が鍛えるまでもなかったようだ……ぐふっ、どうやら、今日が俺の命日らしい……」
「トゥンバ! 死なないで!」
 トゥンバの声は次第に小さくなり、目は細くなっていった。わたあめはトゥンバの体を揺すり、なんとか目を覚まさせようとした。だが、トゥンバの体から力が抜けていくのが、わたあめにもはっきりとわかった。
「わたあめ君、それにカラリオ君と、他の仲間達も……君達は強い。そして、これからもっと強くなれる……だからその力を、弱い人々を守るために使って欲しい……今世界では、沢山の人々がゾウラ族に苦しめられている……そんな人達を守って戦える、強く、優しい男に……なるんだ……」
「トゥンバ! トゥンバ! トゥンバアアアアアァァァァ!!!」
 トゥンバの右手が、最後の力を振り絞ってわたあめの手を握った。直後、ふっと流れるように力は抜け、トゥンバは眠るように息絶えた。
 誰もが、その最期に涙した。
 わたあめの悲痛な叫びが、水平線の彼方へと響き渡った。
 

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