第19話 復活のたかコロ

 この世の裏側にあるとされるもう一つの世界、ゾウラ界。常に薄暗く、どんよりとした空気の漂う暗黒の世界。そこに棲むゾウラ族の怪人もも男は、悩んでいた。
「ぐむむ……不味いことになったもも……」
 もも男の悩みとは、自身のパワーアップに必要不可欠な桃の数が残り少なくなってきたことである。度重なる戦いの中で、無計画に桃を使い続けた結果であった。
 そもそも、ももだ食いを使っていない状態でのもも男の戦闘力は、並の怪人以下である。桃が無くなってしまっては、もはやまともに戦うことすらできないのだ。
 ももだ食いに使う桃はもも男が自分で栽培している桃であるため、市販されている普通の桃では効果が無い。そして、桃を木から収穫するには時間がかかる。今後の戦いでも、暫くは今ある桃を使うしかないのだ。
 もも男は暫く考えた後、あることを思いつき、近くにあった紙に書き殴った。

 ゾウラ族にも、王がいる。その王が住まう城が、ゾウラ城である。ゾウラ城はゾウラ界の中心にあり、ゾウラ族にとっての拠点基地でもある。
 ゾウラ城内の一部屋に、ヘンシツ研究所と呼ばれる兵器開発研究所があった。もも男は、自身の「ある考え」を実行するため、その研究所を訪れた。
「おやぁ〜? 誰かと思えばもも男君ではありませんか。一体何のようです?」
 グルグル眼鏡を掛け、大きなアフロヘアーの男が、甲高い声で言った。この研究所の責任者を勤める天才科学者、ヘンシツ博士だ。


 研究所には気味の悪い機械が散乱し、血と火薬とオイルの臭いが漂っていた。もも男は、一枚の紙を取り出してヘンシツ博士に見せた。
「これは俺様が設計した桃製造機だもも。ヘンシツ博士、これを作っていただきたいもも」
 もも男の出した設計図にヘンシツ博士は一通り目を通すと、何も言わずビリビリに破り捨てた。
「も、ももーっ!?」
 もも男は、ショックで口があんぐり。ヘンシツ博士はもも男を見下し嘲笑した。
「まったく、こんなものを書いてる暇があったらとっとと人間界に行って戦ったらどうです? ただでさえ君は失敗続きで後が無いというのに」
「だから、そのために桃製造機が必要なんだもも!」
「そんなものあったって役に立ちませんよ。それよりも、もっといいものを貸してあげましょう」
「もも?」

 わたわ町に、夏が訪れた。
 天気は快晴。今日、もも男によって破壊されたカモンコロシアムの修復作業が完了し、その記念式典が開催されていた。式典には大人気の男性アイドルユニット「サトサイー&シラルゲン」が招かれ、ライブコンサートを開くことになっていた。
 コロシアムは大盛況。わたあめ達も、この式典を観にカモンコロシアムに来ていた。
 カモンキングの挨拶が終わり、いよいよお楽しみのライブコンサートが始まろうとしていた時だった。偶然トイレに行っていたわたあめは、その帰りにふと嫌な予感が頭に過った。
 気のせいだと信じながらも、コロシアムの外に向かったわたあめの前に現れたのは、案の定いつものあいつであった。
「もーっもっもっも。せっかく俺様が壊したコロシアムを修理するとは、ムカつくやつらだもも。ここはもう一回壊してやるしかないももな」
「もも男! またお前か!」
「もっもっも、今日の助っ人は一味違うもも。行けえ、ゴーザ・ブロー!」
 もも男がわたあめを指差すと、どこからともなく足音が聞こえた。足音はだんだんとこちらに近づき、地平線の彼方から砂煙が上った。
 身構えるわたあめ。走ってきたのは、四角い頭を持ち、手の甲に円錐状の棘が三つ付いたクローを装備したロボットだ。


「ロ、ロボット!?」
 驚くわたあめに向かって、ゴーザ・ブローと呼ばれたロボットは突撃した。わたあめはわたを膨らませ、ふんわりガードを展開する。だが次の瞬間、突如飛来した砲弾がゴーザ・ブローに当たり、爆発した。
 わたあめは振り返り、空を見上げた。太陽を背に、バズーカを構えるその姿。底部にジェットを付けた緑色の薄い板のような乗り物に乗って浮かび、ぐるぐる眼鏡がギラリと光る。


「天才・田中博士参上。好きにはさせませんよゾウラ族!」
「た……田中博士!」
「わたあめ君、ここは私に任せてください。私の技術の結晶であるこのコロシアムを、二度も破壊されるのは許せないのですよ」
「うん、わかったよ」
 わたあめは、そう言って後ろに引いた。
「さあ、あのロボットは倒しました。残るは貴方だけです。貴方にも思い知らせてあげましょう。このタナーカバズーカとアオミドロ号の力を!」
 田中博士は自らの搭乗する飛行マシーン・アオミドロ号のジェットを噴射させ、空中でスケートボードをするように移動する。そしてもも男の周りを旋回し、多方向からタナーカバズーカを連射する。
「も、もげーっ!」
 悲鳴を上げるもも男。だが、砲弾は全て着弾する寸前に爆散した。
「も……もも……?」
 もも男が恐る恐る目を開けると、その前には無傷のゴーザ・ブローが立っていた。タナーカバズーカの砲弾は、全てゴーザ・ブローの爪によって破壊されていた。
「さ、流石は天才科学者ヘンシツ博士の作った戦闘ロボットだもも! よーし、そのままあいつをやっつけるもも!」
 もも男が田中博士を指差すと、ゴーザ・ブローは間接をガシャンと鳴らしながら跳び上がった。
「く……たかし、出番です!」
 田中博士がそう叫ぶと、コロシアムの扉からたかしが飛び出した。
「くびとれたかし、参上! 見せてやるぜ、復活した俺の新装備!」
 たかしの頭は胴体から分離する。頭側の首の付け根から、ロケットがせり出した。
「必殺・くびとれロケット!」


 ロケットを噴射させて加速。田中博士を庇い、鋼の頭でゴーザ・ブローの額に思いっきり頭突きした。ゴーザ・ブローは真っ逆さまに落下。たかしは戻って胴体とドッキングする。
 くびとれロケットとは、たかしの頭部がそれ単体でも行動できるように田中博士が開発した新装備である。更に、ロケットの加速力を使って強力な頭突き攻撃を可能とするのだ。
「どうだ! 俺のくびとれロケットは!」
 たかしは豪快にガッツポーズ。だが、ゴーザ・ブローは何事も無かったかのように立ち上がる。
「何い!?」
 ゴーザ・ブローは後ろに曲がった首を強引に戻し、たかしに爪を向けて突撃した。
「く……不死身かこいつ!」
 たかしは一瞬顔が引き攣ったが、すぐに防御に切り替える。向かってきたゴーザ・ブローの右手首を掴み、もう一方の腕で腹にパンチを入れる。しかし、ゴーザ・ブローはまるで痛がる様子も無く、左手を振り上げたかしの頭に爪を突き刺そうとした。たかしは、とっさに頭と体を切り離してかわした。
 続けて、再びくびとれロケットを展開。一度空高く飛び上がってから再び急降下し、ゴーザ・ブローの頭目掛けてぶつかっていく。ゴーザ・ブローはかわすが、たかしは地面すれすれで再び浮上、放物線を描くように周ってゴーザ・ブローの後頭部に頭突きを喰らわせた。
「てめーも首取れにしてやるぜ!」
 たかしは、ゴーザ・ブローの頭部を集中的に狙って次々と頭突きを繰り出す。ゴーザ・ブローの首は最初に受けたくびとれロケットで大きなダメージを負っており、そこを攻め続ければいずれは首が折れるという寸法だ。だが、ゴーザ・ブローもただやられ続けているわけではない。隙の無い動きでかわし、反撃の爪を振り回す。
 もも男は苛立ち、歯軋りをしながらその様子を見ていた。
「くそっ、ゴーザ・ブローの奴、防戦一方じゃないかもも。こうなったら俺様も参戦するしか……」
 懐から桃を取り出し、口を開く。だが、はっと気がつき手を止めた。
「桃は節約しなくちゃいけないもも。もう少しピンチになってからでも……いや、これ以上失敗したら俺様の立場が……妥協はできないもも。いやしかし……」
 もも男は桃をじっと見つめ、悩んだ。何度も桃を口に入れようとしては手を止め、また口に入れようとするのを繰り返した。
 たかしとゴーザ・ブローの戦いは続いていた。たかしの頭は引っかき傷でボロボロになりながらも、ロケット頭突きを続けていた。ゴーザ・ブローの首は相当弱っており、今にも折れそうだった。
「こうなったら……やってやるもも!」
 もも男はとうとう思い切り、目を瞑って大きな口に桃を放り込んだ。だが、何も飲み込んだ感覚がしなかった。不思議に思い足元を見ると、ぐちゃぐちゃに潰れた桃が地面に落ちていた。
「き、貴重な桃がーっ!」
「やっとコロの出番だコロ!」
 桃をはたき落としたのは、コロンくんであった。田中博士の指令で後ろからこっそり忍び寄り、触覚を鞭のようにしてももだ食いを防いだのである。
「も、もも〜っ!」
 もも男は悔しさのあまり奇声を発した。それと共に、たかしの連続頭突きを受けてとうとうゴーザ・ブローの頭が吹き飛んだ。
「やった! 遂にやったぜ!」
 たかしが叫ぶ。後ろで棒立ちしていた胴体もバンザイした。だが、その瞬間だった。気を抜いて空中で静止したたかしの額に、ゴーザ・ブローの爪が突き刺さった。
「たかし!」
「何……だと……」
 頭の無いゴーザ・ブローは爪を引き抜く。たかしの額には、信号機のように三つ並んだ穴が開いていた。ロケットが機能停止し、たかしは地面に落ちる。
 こうなっては最早、たかしの頭はただのボールでしかなかった。ゴーザ・ブローはとどめを刺そうと、動けないたかしの頭に爪を向けた。
 たかしの胴体が駆け出した。爪が刺さる寸前、スライディングで頭を抱えて避けた。
「く……危なかったぜ……まさかあいつ、頭が取れても動けるとはな……」
 たかしは今にも機能停止しそうな弱々しい声で言った。
「たかし! 頭をこちらへ!」
 田中博士に言われ、たかしは頭を空中の博士に投げつける。博士はそれをキャッチすると、アオミドロ号に置き、白衣のポケットからドライバーを取り出した。
「コロンくん、後は任せました! 私はたかしの頭部を緊急修理します」
「わかったコロ!」
 コロンくんは触覚を伸ばし、たかしの胴体に巻きつけた。そして触覚を縮めて移動し、たかしの胴体とドッキングする。たかしの胴体はコロンくんの意識下に置かれ、全身が展開し七本の剣がせり出してくる。
「七刀流の剣士、コロシ参上だコロ!」
 コロシは七本の剣を構え、ゴーザ・ブローに向けた。
「こういう相手は破壊力のある一撃で一気に倒すのがいいコロ」
 ゴーザ・ブローが踏み込むと同時に、コロシはゴーザ・ブローの横を通り抜けた。
「七刀流奥義・七千世界!」
 コロシの体に、鋭い爪傷が付いた。コロシは苦悶の表情を浮かべる。だがそれと共に、ゴーザ・ブローはズタズタに切り裂かれ、バラバラの鉄くずと化した。
「やったコロ!」
 コロシは喜び、それを田中博士に伝えようと振り返った。
「コロンくん危ない!」
 わたあめが叫んだ。コロシの後ろで、鉄くずの一つが浮かび上がった。ゴーザ・ブローの、右手の爪であった。ゴーザ・ブローは最後の力で飛び出し、コロシの後頭部へと爪を突き立てる。
 が、コロシがそれに気付いて振り返るより前に、ゴーザ・ブローの爪は地面に叩き落された。
「残念だったなコロン。こいつにとどめを刺したのは俺だぜ」
 コロシの後ろで、額の傷を小さな鉄板で雑に塞がれたたかしの頭が、ロケットを噴かせてニヤニヤ笑っていた。
「ふう……緊急修理、完了です」
 田中博士はドライバーを手に、白衣の袖で汗を拭った。
「そういえば、もも男は?」
「あそこだコロ!」
 コロシの指差す先に、ゴーザ・ブローの頭を抱えて逃げ出すもも男がいた。
「どうやら、今度こそ本当に終わりみたいだな」
 たかしが、辺りを見回しながら言った。
「ところでコロン、いい加減俺の体返せよ」
「やだコロ」
 コロンくんは、ゴーザ・ブローへのとどめを奪われて不機嫌そうだった。
「二人とも喧嘩はそのくらいにして、早く観客席に戻りましょう。サトサイー&シラルゲンのコンサートが始まってしまいますよ」
 田中博士に言われ、わたあめ達はコロシアムに戻った。

 コロシアムの中央には、この世のものとは思えんばかりの美男子二人が立っていた。カモン王国で大人気の男性アイドルユニット、サトサイー&シラルゲンである。二人はただそこに立っているだけで、全身から眩いオーラを放っているようだった。コロシアムは、天まで届くほどの黄色い歓声に包まれた。


 カモンクイーンは二人の写真がプリントされた団扇を手に、目をハートにしてはしゃいでいた。それも、サトサイー&シラルゲンを最も間近で見られる王族専用席で、このコロシアムの誰よりも大きな声を出して、である。普段の落ち着いた彼女からは、とても想像できない光景であった。実のところ、二人をこの式典のゲストに呼んだのも彼女である。
「やれやれ、まったく母上の職権乱用にも困ったもんだぜ」
 カモンベイビーは、過去の自分の行いを棚に上げて呆れていた。ふと、観客席にクルミの姿を見つけ、手を振ろうとした。だが、そのクルミもまた目をハートにしていることに気がつき、魂が抜けたように崩れ落ちた。
 二人が歌を歌い始めると、黄色い歓声は更に大きくなった。
「はぁ……これじゃ歌が聞こえないよ……」
 わたあめは耳を塞いで呆れていた。その隣で、クルミはカラリオの歌にも負けないような奇声を上げていた。

 ゾウラ界に帰ったもも男は、ヘンシツ博士の研究所に失敗を報告しに来ていた。
「も、申し訳ないもも……ゴーザ・ブローはバラバラにされて……作戦は失敗だったもも……」
 ヘンシツ博士は、もも男には口も聞かずゴーザ・ブローの頭を取り上げた。そしてそれにコードを繋ぎ、パソコンをいじり始めた。パソコンの画面には、先程の戦闘の映像が映し出されていた。
「……ほう、どうやらあちらの世界にも天才科学者がいる様子。これは負けられませんねえ」
 ヘンシツ博士はニヤリと笑い、グルグル眼鏡を光らせた。もも男は、どうしていいかわからずにずっと俯いていた。 

TOP 目次  

inserted by FC2 system