第18話 最強コンビ カラーコンタクト

 それは、ある日のことであった。
 昼休み、カラリオとキツネ男を遊びに誘おうと三年二組に来ていたわたあめは、思わぬ事件に巻き込まれた。
「キツネ男てめえ……てめえだけは絶対許さねえ! 殺してやる、絶対にぶっ殺してやる!」
 キツネ男の机に足を掛け憤慨するカラリオ。キツネ男は、まるで動じず平然とした態度で座っていた。
「別にいいじゃないかコン。だいたい油断してるお前が悪いコン」
「ふざけんな! 俺がどんだけあのプリンを楽しみにしてたと思ってる!」
「ちょっと、やめなよ二人とも!」
 わたあめが静止するも、カラリオの怒りは収まらない。キツネ男も喧嘩腰で、今にも殴り合いが始まりそうな空気が漂っていた。
 喧嘩の原因は、給食のプリンである。カラリオがよそ見をしている間に、キツネ男が音もなくそれを掠め取り食った。そのためにカラリオは激怒したのだ。
「だいたいよぉ、俺は前々からお前のことが気に食わなかったんだ。人を痛めつけることを楽しむような奴を、好きになれるわけがねえ! メガネ男をあんだけボコボコにした癖に、平然とわたあめの仲間面しやがって! わたあめが許しても、俺はお前を許さねえぞ!」
「論点がズレてるコン」
「うるせえ! もうこうなった以上、決着をつけるしかねえようだな!」
「はぁ……まったく血の気の多い奴だコン。そんなに血まみれにされたいのなら望み通りそうしてやるコン」
「二人とも、ケンカはよくないよ!」
 わたあめの静止も聞かず、二人は席を立ち校庭へと向かった。
 かつてわたあめとカモンベイビーがしたように、二人は校庭の中央に向かい合って立つ。
「準備はできてるコン。さあ、どこからでもかかってくるがいいコン」
 ペンを回すように指でコンマーをクルクルと回し、キツネ男が言った。カラリオは二枚のマントを羽ばたかせ、空中へと浮かび上がる。
 わたあめは、心配そうに二人を様子を見ていた。
「カラリオ……キツネ男……たかがプリンでどうして……」
「食い物の恨みは恐ろしいぜ。それがプリンだったら尚更だ」
 隣で見物するカモンベイビーが言った。

 一陣の風が吹き抜ける。
 カラリオは空高く上昇すると、キツネ男に向かって滑空した。向かってきたところを迎撃しようと、キツネ男はコンマーを大きく振る。だが、カラリオの突撃はフェイク。当たる寸前に体勢を前に起こし、右脚を曲げてカラブリキックに切り替える。コンマーを持った右手を蹴られ、キツネ男はコンマーを落とす。すかさず、カラリオは左足を高く上げ踵落しを放った。
「そうはいかないコン!」
 キツネ男は持ち前の瞬発力で後ろに跳ね飛びかわす。そして着地と同時に後ろに踏み込み、カラリオの横を通り抜けてコンマーを拾った。振り返り、体を捻ってコンマーを振る。対応が遅れたカラリオは、後頭部にまともに打撃を受けた。
「ぐああっ!」
 カラリオは顔面を地面に打ちつけ、一回転して仰向けに倒れた。
「勝負あったコン。所詮お前はナンバー2、三年二組最強はこの俺だコン」
「く……まだ終わってねえ……!」
 カラリオは立ち上がり、マントに付いた砂を払う。
「おいキツネ男、俺がまだ切り札を見せてないことはわかってるよな」
 カラリオは懐からマイクを取り出す。それまで楽しそうに見物していた観客達が、一斉にその場を逃げ出した。
「喰らえカラリオリサイタルーッ!」
 大きく息を吸い込み、カラリオは歌を歌おうとする。だが、突如教室の窓から飛来する一つの白い影。
 それは、真っ白なチョークだった。チョークはカラリオの後頭部に当たり、再びカラリオは地面に顔を打ち付けた。
「な、何だコン!?」
 キツネ男はまさかの事態に驚き、教室の方を向く。その瞬間、額にチョークが当たって地面に倒れた。
「こらーっ、お前らーっ! もうわたわ武闘会は終わったんだぞー!」
 教室の窓を開け、キンパツ先生が怒鳴った。
「もう授業は始まってるんだ! とっとと教室に戻ってこーい!」
「行こう、カモンベイビー」
「お、おう」
 わたあめとカモンベイビーは、慌てて教室に戻っていった。
「ちっ、決着はお預けだコン」
「覚えてろよキツネ男、あのまま歌ってれば俺が勝ってたんだからな」
 カラリオとキツネ男は、一度も目を合わせないまま渋々と教室に戻った。

 放課後、わたあめとカモンベイビー、友人トリオらは公園でサッカーをして遊んでいた。チーム分けはわたあめと友人A、カモンベイビーと友人C。友人Bは審判だ。
「よーし、行くぞ!」
 わたあめのシュートに、キーパーの友人Cは全く反応できない。友人Bが笛を吹き、地面に木の棒で点数を書く。カモンベイビーは、がっくりとうなだれた。
「やったなわたあめ!」
 友人Aがゴールから出てきて、わたあめとハイタッチしようとした。しかし、わたあめはそれに応じない。
「ん、どうしたわたあめ」
「……やっぱり、カラリオとキツネ男がいないとつまらないな」
 わたあめはぼそっと言った。
「そ、そうだ、俺、腹減ったからコンビニにおやつ買いに行こうぜ!」
 暗くなった空気を壊そうと、友人Bが言った。
「そうだな、行こうぜわたあめ」
 カモンベイビー達にに連れられ、わたあめはコンビニに向かった。

 一方その頃、カラリオもコンビニに来ていた。目的は、給食で食べ損なったプリンを買うためである。ずっと楽しみにしていた給食のプリンなのだ。今日はプリンを食べる日だと決まっていたのだ。貴重なお小遣いを使ってでも、カラリオは今日プリンを食べたかったのである。
 コンビニには、プリンが一つだけ残っていた。それも、給食で出たものより大きなプリンである。
「お、ラッキーだぜ!」
 カラリオはルンルンと胸を躍らせて、プリンに手を伸ばした。しかし、カラリオより先に別の手がプリンを掴む。
「なっ!?」
 カラリオはとっさにその手の甲を掴んだ。お互いに目を合わせ、二人は驚愕する。
「……キツネ男!」
「……カラリオかコン」
 それは最悪の形での再会だった。キツネ男の額に、冷や汗が滴った。二人は右手に力を籠め、プリンをその手にしようと引っ張り合う。
「てめえ、給食で二つも食っといてまだ食い足りねえのか!」
「お前には関係ないコン。とっととそのプリンを俺によこすコン!」
 お互いに引かず、目と目がバチバチと火花を散らす。
「ああっ、カラリオ! キツネ男!」
 その様子を見てしまったのは、コンビニにやってきたわたあめ達だった。
「ど、どうして二人がここに……」
「わたあめ! 俺達は今大事な勝負の最中なんだ」
「話しかけるなら後にして欲しいコン」
 二人の腕は青筋を立てプルプルと震えていた。一瞬でも力を抜けばプリンを奪われる。その思いで、ひたすらこの苦痛に耐えていた。
「ふ、二人ともケンカはやめ……」
 わたあめが静止しようとした、その時だった。轟音を響かせ、コンビニの壁が吹き飛んだ。その向こうから聞こえる、不愉快な笑い声。
「もーっもっもっも、今日こそお前らをやっつけてやるもも!」
 現れたのはもも男と、人型の怪人が二人。わたあめはわたを握って身構える。
「出たなゾウラ族! 僕が相手だ!」
「待てわたあめ!」
「ここは俺にやらせてほしいコン」
 わたあめは振り返った。カラリオとキツネ男がわたあめを静止し、前に歩み出た。先程まで二人がいた所を見ると、瓦礫に押し潰されたプリンが床に落ちていた。
「おいカラリオ、ここは俺の見せ場だコン。お前は下がってるコン」
「はあ? 何言ってんだお前。俺のプリンをグチャグチャにされたんだ。あいつらは俺が倒す」
 口喧嘩をしながら二人はゾウラ族の前に立った。
「フン、三人まとめてかかってこればいいもも。こっちには強力な助っ人がいるももからな」
 そう言ってもも男が視線を送るのは、人型の怪人二人組。二人とも、トゲトゲの髪を持ち非常に似た容姿をしている。違うのは、目の形である。


「俺の名はハゲマツだ」
 キリッとした目をした方が言った。
「僕は弟のハゲロウ。よろしく〜」
 次に、細い目をした方が言った。
 怪人の兄弟は、お辞儀をするようにトゲトゲの髪をカラリオ達に向けた。
「カミサイル発射!」
 その掛け声と共に、髪の一本一本が抜けて飛び出し、針のようになった。
「二人とも危ない!」
 わたあめがわたを膨らませ、カラリオとキツネ男の前に出た。大量の針が、わたに刺さった。髪が無くなりつるっぱげになった兄弟は、鬘を取り出し頭に被った。
「わたあめ! お前の相手は俺だもも!」
 いつの間にかももだ食いを済ませていたもも男が、側面に回り込みわたあめに襲い掛かった。わたあめは針の刺さったわたをもも男に投げつけ破裂させると、すぐさまわたを再生させた。もも男は全身に針が刺さり、痛みに悶えた。
「カラリオ、キツネ男、もも男は僕に任せて。君達はあっちの二人を!」
「キツネ男の助けなんかいらねえ! 俺一人で倒してやる!」
「それはこっちの台詞だコン」
 カラリオとキツネ男は睨み合った後、フンと互いにそっぽを向いた。
「カミサイル発射!」
 その隙を狙って、兄弟は髪の毛を飛ばしてくる。カラリオとキツネ男は横に跳んでかわす。針は後ろの壁に刺さった。髪が無くなると、兄弟は再び鬘を被る。
「ちっ、てめえ真似してんじゃねえ!」
「そっちこそ真似すんなコン!」
「あいつらは俺が倒す!」
「倒すのは俺だコン!」
 飛んでくる針をかわしつつ、カラリオは空中、キツネ男は地上から間合いを詰める。その間も、口喧嘩はやめない。
 兄弟が髪を撃ち尽くし、鬘を付け替える瞬間が狙いだった。カラリオは足を、キツネ男はコンマーを大きく振るう。
「カラブリキック!」
「コンマー!」
 バラバラに放った二人の攻撃が、偶然にも挟み撃ちの形となった。カラリオの足がハゲマツの後頭部に、キツネ男のコンマーがハゲロウの背中に当たり、二人の体をぶつけ合わせた。
「お、おおっ!?」
「コン……?」
 これには二人も驚き、思わず目を見合わせた。
「おいキツネ男……何だ、今のは」
「俺が知るかコン」
「知るかとは何だ! てめーまさかわざと俺に合わせてんのか?」
「そんなわけあるかコン! お前に合わせるくらいなら死んだ方がマシだコン」
「じゃあ死ねよ! 今すぐゾウラ族の攻撃喰らってさ!」
「二人とも! こんな時まで何ケンカしてるのさ!」
 もも男と格闘しながら、わたあめが叫んだ。ハゲマツとハゲロウは、喧嘩の隙に鬘を被る。
「今度こそ終わりだ! カミサイル発射!」
「二人とも避けて!」
 カラリオとキツネ男はわたあめに言われ、飛んでくる針を慌てて避けた。
「くっ……お前がいちいち突っかかってくるせいで思うように戦えないコン! ここは俺に任せて下がってろコン!」
「てめーこそ下がってろ! こんな奴ら俺一人で十分だ!」
「二人とも、ケンカなんてやめて協力して戦ってよ! カラリオとキツネ男がケンカするところなんて、僕見たくない!」
「だがよわたあめ!」
 わたあめに叱られてもなお、カラリオは協力しようとしなかった。だがキツネ男は、不思議と表情が変化していた。
「……わたあめの言うとおりだコン」
「何ィ!?」
「このままケンカを続けてたら、勝てる戦いも勝てなくなるコン。カラリオ、ここは協力して戦うコン」
「うるせープリン泥棒! 誰がお前なんかと協力するかよ!」
「プリンを盗ったのは謝るコン! 頼むから協力してくれコン!」
「僕からも頼むよ、カラリオ!」
 わたあめとキツネ男の二人から頼まれ、カラリオは動揺していた。特にキツネ男の豹変ぶりには、理解が追いつかなかった。しかしキツネ男のあまりに必死な表情に、カラリオもとうとう折れた。
「……わかったぜ。とりあえず今は協力してやる」
「ありがたいコン」
 カラリオとキツネ男は、ハゲマツとハゲロウの前に並び立った。わたあめはそれを見て安心し、もも男との戦いに集中した。
「行くぞ、キツネ男!」
「わかったコン、カラリオ!」
 お互いに呼吸を合わせた後、カラリオは空を飛び、キツネ男は地を駆ける。素早い動きで敵を翻弄しつつ、先程偶然起こった挟み撃ちを再び掛けようとする。
「同じ手が二度も通じるか!」
 ハゲマツはそう言ってカラリオに、ハゲロウはキツネ男に髪を向けた。
 カラリオとキツネ男はニヤリと笑い、目を合わせた。カラリオは空中で体勢を変え、地上擦れ擦れからのハイキック。キツネ男は足を曲げてジャンプし、空中からコンマーを振り下ろす。上下逆の挟み撃ちだ。前回と同じ戦法で来ると思って身構えた兄弟は対応できず、またしても蹴りとコンマーに挟まれた。お互いに体を打ちつけ、兄弟は悲鳴を挙げる。
「カラリオ、合体技だコン!」
「合体技ぁ!?」
「ああ、俺にいいアイデアがあるコン!」
 カラリオはキツネ男のアイデアを聞き、こくりと頷いた。
 兄弟が目を回している隙に、カラリオはキツネ男を抱えて空高く飛び上がる。目を覚ました兄弟は、空を見上げた。
「必殺・カラーコンマーハリケーン!」
 カラリオは上空でキツネ男の腕を掴み、思いっきり投げ落とした。キツネ男は落ちながら縦に回転、コンマーハリケーンを繰り出す。兄弟は上に向かってカミサイルを放つが、回転するキツネ男が針を全て弾き飛ばす。
「ぱげぇ〜〜〜〜っ!」
 大地を砕くような衝撃。コンマーハリケーンに高さが加わり、その威力は倍増した。直撃を受けた兄弟は空高く吹き飛ばされ、断末魔と共に星となった。
「やったぜ!」
「俺達、意外といいコンビかもしれないコン」
 しなやかに着地するキツネ男と、空から降りてきたカラリオは砂煙の中でハイタッチを交わした。
 一方その頃、わたあめももも男を撃破していた。ももストリームを使ってももだ食いのエネルギーが切れたところを、わたたキックの一撃で空の星へと変えたのだ。
「覚えてるもも〜〜〜っ!」
 戦闘を終わらせたわたあめは、カラリオとキツネ男の方に駆け寄った。コンビニにいた人々の救助を終わらせたカモンベイビーと友人トリオも、それに続いた。
「カラリオ、キツネ男、仲直りしたんだね!」
 ハイタッチしているところをわたあめに見られ、カラリオとキツネ男は思わず顔を赤らめた。
「カラリオ、給食のプリン勝手に食べてごめんだコン。実は俺も悪かったと思ってて、あのコンビニのプリン、お前にあげるために買おうとしてたんだコン」
「はあ!?」
 驚愕の事実を聞き、カラリオはぎょっとした。
「じゃあ、何でそれを言わなかったんだよ!」
「それは……まさかあそこでお前と鉢合わせるなんて思わなかったから、お前の顔を見たらつい意地を張っちゃったんだコン!」
「っ……てめえがくだらない意地を張ったせいでそのプリンも台無しになっちまったんじゃねーか!」
 カラリオが怒り出し、また喧嘩が始まるのではないかとわたあめは不安になった。だが、すぐその不安は吹き飛んだ。
「まあ、いいさ。今回のことは許してやるよ。ただし、明日プリン二つ奢れよな!」
 カラリオは、頭を掻いて照れ臭そうに言った。
「ねえねえ、せっかく仲直りしたんだから、二人のコンビ名を決めようよ」
「コンビ名?」
「うん、二人は同じクラスなんだし、コンビネーションも最高。これからはコンビを名乗るのもいいんじゃないかと思って」
「そうだな……カラーとコンで、カラーコンタクトってのはどうだ?」
「カラーコンタクトか。悪くないコン」
 カラリオとキツネ男は、肩を組んで沈む夕日に向かって歩いた。その後ろを歩くわたあめ達も、すっかり笑顔になっていた。
 二人の仲直りを、心から喜ぶわたあめであった。
 

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