第17話 可愛いゾウラ族!?

 昼休み。わたあめとカモンベイビー、クルミ、カラリオ、キツネ男、友人トリオは校庭の隅でドッジボールを楽しんでいた。
「よーし、行くぞー!」
 友人Bの投げたボールを、カモンベイビーはマントで受け止めた。
「あっ、てめー! 卑怯だぞ!」
 友人Bの怒りを無視し、カモンベイビーはボールを投げ返す。
「喰らえわたあめ!」
 正面から飛んでくるボールをわたあめはがっしりと受け止める。すかさず投げ返し、カモンベイビーがかわしたところで外野のキツネ男がキャッチする。
「これで終わりだコン」
 キツネ男は背後からカモンベイビーにボールをぶつけた。カモンベイビーチームはこれで全員外野行き、わたあめチームの勝利となった。
「くっ、また俺の負けかよ! ……そうだ、俺が負けたのは、クルミちゃんと同じチームじゃなかったからだ! クルミちゃんさえこっちのチームだったら、俺はクルミちゃんを守るためにもっと本気を出していたんだ!」
「はいはい、勝手に言い訳してるコン」
 本気で悔しがるカモンベイビーを尻目に、わたあめ達はボールを片付けに向かっていた。
 カモンベイビーとも友達になり、わたあめの学校生活はより楽しいものとなった。最初はカモンベイビーに対し距離を置いていたカラリオや友人トリオらも、いつの間にか打ち解け仲良くなっていた。
「おっ、見ろよ。六年生がサッカーやってるぜ」
 カラリオが、校庭の中央を指差して言った。
 サッカーをする六年生の男子達の中でも、一際目立つ者が一人いた。相手のディフェンスを目にも留まらぬ速さで抜き、次々とシュートを決めるその男。
「ちぇー、やっぱわたろうのいるチームには勝てねえや」
 相手チームの六年生が、不満を漏らした。
 圧倒的な実力でチームを勝利に導いたわたろうに、校庭で遊ぶ生徒達から拍手が送られる。
 わたろうは、わたあめに気付くとそっと手を振った。わたあめが、ぱっと歓喜の表情になった。
「やっぱすげえなー、わたろうさん。俺もあんな兄貴が欲しかったぜ」
「確か、成績も校内でトップらしいコン。文武両道の完璧超人ってのはああいう人のことを言うコンな」
「えへへ……」
 カラリオとキツネ男に兄を褒められ、わたあめは自分のことのように喜んでいた。
「俺は嫌だね、あんな兄貴」
 カモンベイビーが、空気を壊すように言った。
「だってよ、何をやっても比べられるじゃねえか。お前は悔しくないのか? あんな完璧すぎる兄と比べられて、劣化版扱いされるのがよ」
「劣化版だなんて……兄さんは僕より先に生まれたんだし、僕より強いのは当たり前だよ。それに兄さんは僕の憧れで目標なんだ。兄さんが強くてかっこよければ、僕も嬉しいんだ」
「ケッ、俺には理解できねーぜ」

 学校を終え、わたあめは家に帰ってきた。わたあめを出迎えたのは、わたボーである。
「ただいま、わたボー」
 わたボーはわたあめに飛びつき、可愛らしい声で鳴いた。その後ろから、二匹の小さな生物が姿を現す。片方は、二つの耳が鋏のようになった生物。もう片方は、丸い体の中央に縦の線が入った生物。どちらもとても可愛らしい姿をしている。


「あれ、君達は?」
「俺は、ハサミミくん」
「そして俺は、ハンブンくん」
「もしかして、わたボーの友達?」
「ボ〜」
 わたボーは嬉しそうに鳴いた。
「そっか、わたボーにも友達ができたんだ! 僕は、わたあめ。ハサミミくんにハンブンくん、僕とも友達になってよ」
「おう、もちろんだぜ!」
「うん、よろしく。僕は宿題があるから、それが終わったら遊ぼうね」
 そう言って自室に向かうわたあめを、ハサミミくんとハンブンくんはじっと見つめていた。
 そしてその様子を、窓の外から窺う者が一人。
「もーっもっもっも、作戦は順調だもも」
 いつものごとくニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべる、これにて三度目のもも男である。
 二度もわたあめに痛い目に合わされたもも男は、わたわ町を侵略するにはまずわたあめを殺す必要があるという結論を出した。今は、その作戦の実行中なのだ。
 実は、ハサミミくんとハンブンくんはゾウラ族の怪人である。わたあめのペットと仲良くなり、わたあめの家に潜入。そしてわたあめを暗殺するというのが作戦の内容であった。
 ハサミミくんとハンブンくんは、早速わたあめの部屋に忍び込んだ。わたあめは、机に向かい宿題をやっていた。
「よし、まずは俺が行く」
 ハサミミくんは鋏のような耳をギラリと光らせ、わたあめに近づいた。
「あれ、どうしたのハサミミくん」
 足音に気がつき、わたあめは振り返る。ハサミミくんは、何も言わず背中の昆虫のような羽を広げて飛びかかった。鋏のような耳がギラリと光る。
「うわっ!」
 わたあめは思わずふんわりガード。鋏がわたを挟むが、弾力に押し返されわたを切ることはできない。
(何っ!? 俺の鋏を防いだだと!?)
「ハサミミくん、遊びたいのはわかるけど、僕は今宿題をやってるんだ。後で遊んであげるから、それまではわたボーと一緒に遊んでてよ」
「……お、おう」
 ハサミミくんは仕方がなく、とぼとぼと戻っていった。部屋の外では、ハンブンくんが待ち構えていた。
「お、おい、どうした!」
「悪い、失敗した」
「ちっ、しょうがねえな。次は俺がやる」

 宿題を終わらせたわたあめは、台所に行き冷蔵庫から食用わたを取り出していた。
 食用わたは、わたボーの餌だ。わたボーはわたあめの横に座り、餌が貰えるのを待っていた。
 扉の隙間からその様子を窺っているのは、ハンブンくんである。
(今に見てろ……お前の顔面を真っ二つにしてやる!)
 わたあめが振り返った時だった。ハンブンくんは飛び上がり、わたあめの顔面目掛けて突撃する。わたあめは、ふんわりガードの要領で食用わたをハンブンくんに向けた。
 ハンブンくんが食用わたに触れる。ハンブンくんの体に走る縦線が光った。食用わたは、その線に沿って真っ二つに割れた。
「ええっ!?」
 驚くわたあめ。触れた物を全て半分にする。これこそが、ハンブンくんの能力である。
「あれ、ハンブンくん、食用わたを切ってくれたの? でも切るなら、三つに切らないとね」
 わたあめはそう言い、食用わたをくっつけると改めて三つに切り分けた。
「わたボーごはんだよ。ほら、ハサミミくんとハンブンくんもどうぞ」
 そう言って食用わたを差し出され、ハサミミくんとハンブンくんは困惑していた。
「大丈夫、遠慮しないで食べていいんだよ」
 二人は顔を見合わせ、目をぱちくりとさせていたが、やがて恐る恐る食用わたに手を付け、口に入れた。
「あ、甘いな」
「おう、それで、意外と美味い」
 初めて食べる、人間界の食べ物。未知の味ながら、ゾウラ界では味わったことのないその美味しさに、二人は思わずがっついた。

 食事を終えると、わたあめとわたボーは庭で遊び始めた。
 わたあめがフリスビーを投げ、わたボーは走ってジャンプしそれをキャッチする。わたボーの大好きな遊びだ。
「ハサミミくんとハンブンくんも、一緒にやろうよ」
「……どうする、やるか?」
「うーん……」
「お前ら、何やってるもも!」
 悩む二人に対し、木陰から小さな声が聞こえた。わたあめはわたボーと遊ぶのに夢中になっており、気付いていない。二人はわたあめの目を盗み、声のする方に向かった。
 庭に植えられた木の裏に、もも男はいた。もも男はピンクの顔を真っ赤にし、プンプンと頭から蒸気を出していた。
「お前ら何一緒に遊んでるもも! とっととあいつをぶっ殺すもも!」
「だ、だがよ、あいつ隙だらけに見えて意外と身の守りはしっかりしてやがるんだ」
「それになんか、あいつを殺すのはちょっと気が引けて……」
「そうそう、俺達のこと疑いもせずに優しくしてくれるし、もういっそずっとこのままあいつのペットでもいい気がしてきたよ」
「な、何言ってるもも! こんなこと他の怪人に聞かれたら……」
 もも男は、慌ててキョロキョロと辺りを見回した。
「とにかく、人間界の奴らと仲良くしようだなんて、ゾウラ族への叛乱だもも! もしも上の奴らに知られたら、即死刑にされるもも!」
 つい感情的になって怒鳴るもも男。しかし、その声にわたあめが気付いた。
「誰? 誰かいるの?」
「もげっ、バレたもも!」
 もも男は仕方が無く、木陰から姿を現す。その後ろから、ハサミミくんとハンブンくんが出てきた。
「もも男! ハサミミくんとハンブンくんから離れろ!」
「離れろ? 何言ってるもも。こいつらは元々ゾウラ族の怪人。お前を暗殺するために潜入させていたに過ぎないもも」
「ええっ!? そんな、嘘でしょ!?」
「嘘じゃないもも」
 ハサミミくんとハンブンくんは俯き、下唇を噛んでいた。
 二人はゾウラ族の中でも下っ端中の下っ端だった。常にこき使われ、酷い待遇を強いられてきた。だからこそ、人間界はまるで天国に感じたのだ。
「さあお前ら、やっちまうもも!」
 もも男に言われ、二人はわたあめを攻撃する。
「ハサミミくん! ハンブンくん! やめてよ!」
 わたあめはひたすら防御に徹するばかりで、二人を攻撃することができない。わたあめも、後ろで見ているわたボーも、今にも泣きそうな顔をしていた。
「俺達だって……本当はこんなことしたくない!」
「だが、人間界を侵略するのはゾウラ族の定め……決して逆らうことはできないんだ!」
 ハンブンくんの能力でわたを半分にされたところで、ハサミミくんが鋏による攻撃。わたあめはなんとかかわし、わたを再生する。
「何言ってるのさ! ハサミミくんもハンブンくんも、ゾウラ族なんかじゃない! 僕の友達だ! 君達は……もも男に操られてるんだ!」
 わたあめは必死に叫ぶ。ハサミミくんとハンブンくんは苦い顔をするが、何も言わない。その様子を、もも男は笑いながら傍観していた。そしてわたあめが疲れ始めたところで、自分も参戦しようと桃を取り出しかじった。
「とどめは俺が刺すもも。喰らえ、ももストリーム!」
 ハサミミくんとハンブンくんをも巻き込む勢いで、ももストリームは放たれる。もも男のことが目に入っていなかったわたあめは、不意打ちに驚かされた。当然、ガードは間に合わない。
 ビームが当たり、爆発が起こる。辺りは、白い煙に包まれた。
「もーっもっもっも。裏切る可能性のある奴らも一緒に始末できて、一石二鳥だもも」
 勝利を喜び、踊りだすもも男。しかし、煙が晴れだすと表情は一変。煙の中から、わたあめとは別の影が現れた。わたあめは恐る恐る目を開ける。
「わたろう兄さん!」
 わたろうは片手のふんわりガードでももストリームを完全に防ぎきっていた。もも男は、思わぬ人物の登場に狼狽える。
「出たかゾウラ族。貴様らは全て、この俺が倒す」
「待って兄さん!」
 わたろうは敵をギラリと睨むと、素早く飛び上がった。ハサミミくんはそれを追って羽を広げ、空中へと上がる。
 ハサミミくんの鋏が、わたろうを狙う。わたろうは両腕と両脚で空を切り、空中で回転、竜巻を起こす。
「神技・わたハリケーンカッター!」
 無数の空気の刃が、ハサミミくんに襲い掛かった。切られたことに気付いた時、ハサミミくんは既に無数の破片と化していた。
「ハ……ハサミミーっ!」
 ハンブンくんが叫ぶ。
「てめえ、よくもーっ!」
 わたろうはハンブンくんに背中を向けて着地する。わたろうを真っ二つにしようと、ハンブンくんは後ろから突撃した。わたろうは背を向けたまま、地面にわたを落とす。そしてそのわたに右足を挿した。
「わたたキック」
 左脚を軸に、地上で一回転。ハンブンくんに、回し蹴りが叩き込まれた。ハンブンくんは、一瞬にして爆散。
 部下二人をあっという間に倒され、もも男から滝のような汗が流れた。
「な、何だもも……何でお前、そんなに強いもも……」
 わたろうを恐れ、逃げ出すもも男。わたろうはそれを追おうとする。
「待ってよ兄さん!」
 だが、わたあめに呼ばれ足を止めた。振り返ると、わたあめの目には涙。
「どうして……どうして殺したんだよ! ハサミミくんとハンブンくんは、僕とわたボーの友達なのに!」
「ゾウラ族と友達だと? ふざけたことを言うな。お前は騙されていただけだ」
「違う! 二人はゾウラ族に操られてただけなんだ!」
「わたあめ、見た目に騙されるな。あの二人は紛れも無い、正真正銘のゾウラ族だ。俺には見えるんだよ。ゾウラ族だけが持つ、どす黒いオーラがな」
 崩れ落ちるように泣くわたあめを、わたろうは鋭い目で冷徹に見下ろした。わたあめはぐっと泣くのを堪え、わたろうを見上げる。
「……それでも二人は、戦うのを嫌がってた。戦いたくない相手まで殺すのはよくないよ」
「わたあめ、お前は甘すぎる。ゾウラ族は倒すべき敵だ。戦うのを嫌がっていようが、皆殺しにするのが定めだ」
 わたあめは、再び号泣し出した。わたろうは地面に置かれたランドセルを拾うと、わたあめの方を一度見てから真っ直ぐ玄関に向かった。もも男の姿はいつの間にか見えなくなっていた。
 わたあめは、芝生を掴んでひたすら泣いた。わたボーが、慰めるようにわたあめに擦り寄った。
 誰よりも優しかった兄、わたろう。わたあめは今日、初めてその兄を怖いと思った。
 

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