第14話 主役不在の決勝戦

 長かったわたわ武闘会も、遂に決勝戦が始まろうとしていた。
 わたあめとわたぴよは、兄の晴れ舞台を見るため試合開始の随分前から観客席に待機していた。ドッパーの薬が効いてきたため、わたぴよの怪我は大分よくなってきていた。わたあめの方はまだまだ痛むが、それでもこの試合を見たい一心でこの場にいた。
 そう考えていたのは、彼らだけではなかった。少し前まで満員だったコロシアムの医務室は、虚無のような静けさに包まれていた。準決勝までに敗退した選手のうち一人を除いた全員が、傷ついた身体を引きずってでも観客席に足を運んでいた。
 空は生憎の天気だが、そんなものは気にならないくらい、コロシアムは熱気に包まれていたのである。
 大歓声に包まれる中、わたろうとごつごつあめは対峙する。
「長男わたろう……俺はこの時をずっと待っていた。お前こそ一族の宿敵……俺の倒すべきわたの一族だ!」
「いい勝負にしようぜ、ごつごつあめ」
 目と目を合わせ、いつゴングが鳴ってもいいよう構える二人。
 はしゃぐわたぴよに対し、わたあめは黙ってその様子を見ていた。この試合は兄の晴れ舞台であると共に、自分を倒した男とカモンベイビーを倒した男の勝負でもあるのだ。わたあめにとっては、複雑な気持ちだった。
 わたあめは準決勝第二試合の後、カモンベイビーの見舞いに行っていた。しかし扉の前の兵士に門前払いされ、カモンベイビーとは会わせてもらえなかった。その後いつの間にかカモンベイビーはコロシアムから姿を消していた。誰も座っていない専用観戦席が、妙に虚しく見えた。

 ゴングが鳴った。
 ごつごつと石を振り上げ、ごつごつあめが突進する。
「行くぜわたの一族ー!」
 猛烈な連打を、わたろうは全て的確にガードする。最初は防御主体に戦い、隙を見てカウンターを狙う、わたろう得意の戦法だ。息もつかさぬ猛攻を得意とするごつごつあめとは、丁度正反対のスタイルといえる。
「オラオラどうした! 反撃してみろや!」
「じゃあしてやるさ」
 突如、わたが大きく膨らんだ。ごつごつあめは弾力で後ろに飛ばされる。わたろうはすかさず踏み込み、追撃のわたたきパンチを繰り出す。ごつごつあめは両腕でガード。床を力強く踏みしめる。体勢を立て直すと、乱暴に腕を振るう。わたろうは後ろに飛び退く。
「神技・わたハリケーンカッター!」
 空中で体を捻り、着地と同時に回転。わたろうを中心に起こった竜巻から、ナイフのように鋭い風の刃が次々と飛び出す。ごつごつあめは、それをごつごつと石で一つ一つ叩き潰していく。
 だが、その隙にわたろうは素早くダッシュし距離を詰める。そしてごつごつあめの腹部にわたを付着させた。
「神技・わた124.7連打!」
 体勢を低くし、一発目のパンチを打とうとするわたろう。ごつごつあめは、歯を食いしばり両腕をわたろうの腕目掛けて振り下ろす。わたろうはそれに気付き、素早く拳を引っ込めると同時に床を蹴ってかわした。
 ごつごつあめはわたを引き剥がし、場外に投げ捨てる。わたろうはジャンプし、空中でわた再生。そしてごつごつあめの真上で宙返りし、右足でわたを蹴り落とす。
「神技・わたオーバーヘッドキック!」
 不意を突かれ、ごつごつあめには防御も回避も手段がない。わたの直撃を喰らい、爆発のダメージを受ける。
「クク……やるじゃねえかわたの一族」
 体が焦げ付き、煙を上げるがごつごつあめは倒れない。
「だが俺は負けねえ。てめえらわたの一族のせいで、俺達ごつごつの一族はずっと辛い暮らしをしてきたんだ。この復讐を果たすまでは、決して倒れねえ!」
「ほーう、やれるもんならやってみな」
「てめえ、余裕ぶっこきやがって……」
 激しい格闘戦の中でも、わたろうは余裕を崩さない。常に焦っているようにベラベラと喋るごつごつあめとは、これまた正反対だった。
「ケッ、そりゃあ余裕だろうな。お前らわたの一族は俺達が苦しんでる間、のうのうと平和に暮らしてたんだからよ!」
 その言葉を聞き、わたろうの眉がピクリと動いた。
「俺達はなあ、明日の飯すら危く毎日空腹に耐えてきたんだ! 毎日のように仲間が死んでいったんだぞ! それなのにお前らは……俺達ごつごつの一族の気持ちが、お前に解るわけねえよなあ!」
「……よく喋る奴だな」
 わたろうの声が、急に低くなった。
「お前は復讐復讐とでかいことを言っているが、元はといえば悪いのはお前達の方だろう。所詮ごつごつの一族なんて、ゾウラ族と戦うという使命を捨て私利私欲に走ったクズの集まりだ。滅びて当然じゃないか」
 わたろうの渾身の拳が、ごつごつあめの頬にぶち当たる。ごつごつあめは「ぐふっ」と声を上げ、背中から倒れた。
「自分の不幸に酔うのも大概にしておけ。辛い思いをしたのがごつごつの一族だけだと思うなよ」
「ク、クク……」
 ごつごつあめは不気味に笑いながら立ち上がる。
「わかってるさ、ごつごつの一族がクズの集まりだなんてことはよ。何百年と盗賊稼業で生き繋いできた一族なんだ、いい奴のわけがねえ。だがな、わたの一族が追放さえしなければ、こうなることもなかったんだ。最後の生き残りであるこの俺が、わたの一族を倒し復讐しないことには何も収まらねえんだ!」
「自分が悪だと認めるか。いいだろう、二度と復讐だなんて言えないよう、全力で、徹底的に叩き潰してやる!」
「フハハハハ! そうだ! それでこそ俺が追い求めてきた宿敵だ! 行くぜわたの一族ゥ!」
 ごつごつあめは歓喜し大口を開けて笑う。ギザギザの歯が、ギラリと光った。
 わたろうはわたの両端を掴む。
「ダブルわた!」
 わた中心で縦に割れ、二つに分裂する。
 ごつごつあめは、ごつごつと石を掴んだ両手でマシンガンのような連続パンチを繰り出す。わたろうはそれを読んでいたかのように、両手にわたを掴み同じ動きをする。
「ごつごつラッシュ!」
「わたたきラッシュ!」
 目にも留まらぬラッシュとラッシュの力比べ。拳と拳がすれ違い、掠り、ぶつかり合う。
「ごつごつごつごつーっ!」
「わたたたたたたーっ!」
 誰もが手に汗を握り、二人の戦いを見守った。カラリオのポップコーンを食べる手さえ止まっていた。だがわたあめだけは、ある小さな疑問が試合への集中を邪魔していた。
「ねえ父さん、ゾウラ族って、何?」
 じっと試合を見つめるオヤジの方を向き、わたあめは尋ねた。
 ゾウラ族。ごつごつあめとの準決勝で、わたあめが聞いた言葉。かつてわたの一族が戦っていたという、異界から現れる悪の軍団。この試合でも、わたろうの口からその言葉が出た。
 わたあめがこの言葉を聞くのは、今日が初めてのはずだった。だが、以前にも――今よりずっと幼い頃にも、聞いたことがある。どうにもそんな気がしていたのである。
 オヤジは暫く黙っていた後、わたろうの方を見たまま、「いずれ話す」と呟くように言った。
 ごつごつラッシュとわたたきラッシュの対決は、まだ終わらない。お互い一瞬でも拳が遅れれば命取りになり、引くに引けなかった。
 その時、突如爆音が鳴り、コロシアム全体が揺れた。
「何だ!?」
 わたろうとごつごつあめも、思わず攻撃の手が止んだ。試合に熱中していた人々の心は、一瞬にして現実に引き戻された。
 天井に張られた透明のバリアを通して、南東の壁から黒い煙が上がっているのが見えた。最初は雷が落ちたのかと思われたが、どうにもそれとは音が違う。
 コロシアム中がざわめき、人々の心は不安に駆られた。
 そして、二度目の爆音が鳴り響く。南東の壁が砕け散り、それと同時に天井のバリアが消えた。バケツをひっくり返したような大雨が、コロシアムになだれ込んだ。
 観客席はパニックになった。ただでさえ満席で動きがとり辛い中でのこの騒動。そうなるのも仕方の無いことだった。
「もーっもっもっも! よく聞くがいい人間共!」
 コロシアムに響き渡る謎の声。破壊された南東の壁の上に立つ、一つの影。それは桃色の体に顔が付き、眼鏡を掛けた異形の怪物。


「俺様はゾウラ族の怪人もも男だもも! 今日よりこの町は我々ゾウラ族が支配するもも!」
 もも男と名乗るその怪物は、ニヤニヤと笑いながら桃を取り出す。そしてそれを、がっつくように食い始めた。
「ももだ食い!」
 桃を食べたもも男の体は、黄金に発光し始める。もも男が口を開けると、光り輝くエネルギーがそこに溜まっている。
「もも……ストリーム!」


 そう言うと共に、エネルギーは発射される。強烈なエネルギーを纏った黄金のビームが、コロシアムの巨大スクリーンを貫いた。スクリーンは轟音を上げて崩れ落ちてゆく。
 観客達は、理性を忘れて逃げ惑った。雨に濡れて滑りやすくなったひな壇状の観客席を、大量の人々が蟻のように動き回る。滑って転び、他人に踏まれたり、他人を押し潰したり、多人数で一気に階段を転がり落ちたり、コロシアムは見るも無残な状態となった。
「皆さん落ちついてください! 慌てないで! 係員の指示に従ってください!」
 カモンキングはマイクに向かって叫ぶ。わたわ武闘会のスタッフやカモン城の兵士達が観客の避難を誘導するが、このパニックを収めることはなかなかできない。
「国王陛下! 早くご避難を!」
 一人の兵士がカモンキングの下に駆け寄る。
「ばかもん! わしのことはいい! それよりも観客が先だ!」
 カモンキングに怒鳴られ、兵士は慌てて敬礼して観客席に走っていった。
「えーい静まれーい! 落ち着け! 落ち着くんだー! 係員に従えーっ!」
 国王らしい尊大な口調で観客を静めるが、パニックになった観客の耳にはスピーカーの音も聞こえないのか、効果は薄い。
「あなた、私も避難誘導に行きますわ」
「うむ、頼んだ」
 惨状を見かねたカモンクイーンが、思わず実況席を離れ観客席に向かう。
 カモンキングは、もも男の方を向いた。
(ゾウラ族……まさかこうも早く封印が解けるとは……)

 観客席の惨状の中、わたろうとごつごつあめは試合を続けていた。
「ちっ、邪魔が入ったが別に大した問題じゃねえ。てめえを倒すまでこの戦いは終わらねえ!」
 ごつごつあめはまるで何事も無かったかのように、わたろうに攻撃を繰り出す。だがわたろうの方は、的確な防御こそするものの意識は試合から遠ざかっていた。
(ゾウラ族……だと……)
 ごつごつあめの攻撃を捌きつつ、わたろうは視線をもも男の方に向ける。
「何よそ見してやがる!」
 ごつごつあめはごつごつを大きく振る。強烈な一撃が、わたろうの肘を抉った。
「ぐっ……おいごつごつあめ、俺達はこんなことをしている場合じゃないんじゃないか? 俺達二人で、あのゾウラ族と戦わないか? 決着をつけるのならその後でもできるだろう」
 申し訳程度に反撃しつつ、わたろうは言う。だがごつごつあめは聞く耳を持たない。
「ふざけんじゃねえ! これはごつごつとわたの神聖なる決闘だ! ゾウラ族なんか関係ねえ!」
 困り果てたわたろうは、隙を見て後ろを向きバトルフィールドを降りようとする。
「逃がしゃしねえぞ!」
 ごつごつあめはわたろうの腕を掴み、バトルフィールド中央に引き戻す。
「くっ、なんて執念だ……」
 わたろうの額に、焦りが見えた。

「ねえ父さん、どうしよう。ゾウラ族って……」
 わたあめ達一家は、係員の誘導に従い避難の列にいた。この辺りは係員の誘導が上手くいっており、比較的落ち着いていた。
「うむ……こうなった以上話さねばなるまい。ゾウラ族とわたの一族について……」
 わたあめとわたぴよは、ごくりと唾を飲む。オヤジは話を始める。ゾウラ族とわたの一族に関する説明の大方の部分は、ごつごつあめが話したこととほぼ同じだった。だがその後、オヤジは青い顔をして言う。
「いいかわたあめ、わたぴよ、大事な話だ。よく聞け。お前達の母さんは事故で死んだと、以前わしはお前達に話したな。実はあれは嘘じゃ。母さんは、本当はゾウラ族に殺されたのじゃ」
 兄弟に、衝撃が走った。
「いや、正確には、ゾウラ族の呪いによって殺されたのじゃ。かつてわしと母さんは、ゾウラ族から人々を守る戦いをしていた。母さんこそ、ゾウラ族と戦うために生まれたわたの一族最後の生き残りだったのじゃ。だがその戦いの中で、母さんは呪いを受けた。わしらは何とかゾウラ界への扉を封印したが、それでも呪いだけは解けなかった。その呪いによって、当時母さんの腹の中にいたわたぴよはペンギンになってしまった。そしてわたぴよを産んだ時、母さんは……」
「えっ、そ、そんな……じゃあ、ボクは……」
 わたぴよは泣いていた。
「泣くなわたぴよ、お前のせいではない。わしらが扉を封印したことで、ゾウラ族はこちらの世界から消滅した。だが、現に今こうしてゾウラ族が現れたのは事実。それはつまり、扉の封印が再び解かれたということじゃ」
「えっえっ、それじゃあ、ボク達はどうすればいいの?」
 急に色々な情報が入ってきて、わたぴよは混乱していた。
「すまんな、今までずっと騙してきて。こんなにも早く扉が復活するとは思っとらんかったし、できることならお前達をこのことに巻き込みたくなかったんじゃ」
 謝るオヤジ。だがわたあめは、わたぴよとは違った反応を見せた。
「オヤジ、僕、戦うよ。ゾウラ族と戦うのがわたの一族の使命なんでしょ。だったら僕が戦わなきゃ……僕がゾウラ族から皆を守らなきゃいけないんだよね!」
 わたあめは包帯を脱ぎ捨て、人ごみを掻き分けもも男の方へと向かう。
「あっ、待って兄ちゃん!」
 わたぴよは涙を拭い、それを追いかける。オヤジはただ、その様子を黙って見ていることしかできなかった。

「もーっもっもっも! さあ、怯えるもも! 逃げ惑うもも! ああー、人間共がパニックになるのを見るのは気持ちいいもも〜!」
 コロシアムを見下ろし、ご満悦のもも男。しかし、逆にこちらに向かってくる一つの影に気がつくと、理解しがたいその様子に疑問符を浮かべる。
「もも!? な、何だお前は!」
 もも男の下に立ち、わたあめは見上げる。
「僕はわたあめ。わたの一族だ!」
 

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