第13話 カモンベイビーVSわたろう

 カモンベイビーは、唖然としていた。己の目を疑い、何度もバトルフィールドを見直した。
 だが、そこにあるのはわたあめの敗北という現実。自分が誰よりも倒したかった相手は、自分と戦わずして敗退した。
 わたあめが担架で運ばれ、視界から姿を消した時、カモンベイビーはようやく頭でそのことを理解した。
 カモンベイビーは、何も言わず控え室に戻った。そして机に顔を伏し目を閉じた。
「カモンベイビー王子ー、試合が始まりますよー」
 全身に包帯を巻いた使用人が、面倒くさそうに声をかけた。しかし反応がない。使用人はもう一度声をかけた。聞こえないはずはない。壊された扉は既に取り外されており、声を遮る障害物は無いのだ。
 カモンベイビーは、聞こえないふりをしていた。この大会は自分がわたあめを倒すためだけに開いたものだったのに、わたあめが負けてしまっては何もかもぶち壊しなのだ。もはや、自分が大会に参加する意味は無くなったのだ。わたあめに負けたあの日から、死ぬ気で特訓してきたというのに……その日々も全て、無駄でしかなかったのだ。何もかも投げ出してしまいたい、そんな気分だった。
「あのー、試合が始まりますよー」
 使用人が何度呼んでも、返事は返ってこない。そろそろ諦めようとしたところで、カモンベイビーはばっと顔を上げた。
「そうか! 俺がごつごつあめを倒せば……転校生を倒したごつごつあめを俺が倒せば、俺が転校生より強いってことを証明できるじゃないか!」
 カモンベイビーはそう言うと、使用人を突き飛ばして控え室を出て行った。哀れな使用人は後ろの壁に頭をぶつけて気を失ってしまった。

 バトルフィールドでは、既に入場を終えたわたろうが腕を組み、爪先をパタパタと動かし床を叩いていた。まるで現れる気配のないカモンベイビーに、運営も観客もわたろうも、皆イライラを募らせていた。
「まったくあのアホ息子め……ゲフンゲフン。えー、観客の皆様をがっかりさせてしまう結果になりますが、カモンベイビーは失格ということで……」
 カモンキングがそう言ってわたろうの不戦勝を宣言しようとした時、突如空から声が響いた。
「待てーい!」
 声の聞こえる先は、カモンベイビーの専用観戦席。皆が見上げるや否や、カモンベイビーは飛び降りる。
「とうっ! バ〜ンジ〜カモ〜ン」


 足首にゴム紐を括り付け、花束を手にバンジージャンプ。あまりにも意味不明なパフォーマンスに、誰もが度肝を抜かれた。本当は青空の下でバンジーしたかったが、この天気ではイマイチ盛り上がらない。それでも自分を主張しようと必死なのだ。
「ア……アホすぎる……」
 カモンキングは呆れてがっくりと机に頭を打ちつけた。
 カモンベイビーは、ゴム紐を切り離し着地する。
「さあ、試合を始めようぜ!」
「フッ、いい勝負にしようぜ、王子様」
 歳の割に背の低いカモンベイビーと、歳の割に背の高いわたろう。二人が並ぶと、実年齢以上に差があるように感じた。
 やる気を無くし項垂れているカモンキングに代わり、カモンクイーンがゴングを鳴らす。
「カモン」
 入場時のおどけた表情とはとはうってかわって、カモンベイビーは真剣な顔を見せる。
「じゃあお言葉に甘えさせてもらうとするか」
 わたろうはわたを握って走り出す。カモンベイビーはマントを翻し闘牛士のようにそれをかわす。
「ふうかぜマント!」
 カモンベイビーは後ろに回り込み、突風を起こして一発場外落ちを狙う。わたろうはわたを大きく膨らませ、暴風壁にする。風が収まったところでわたを元の大きさに戻し、わたたきパンチを繰り出す。カモンベイビーはマントで受け止める。風圧が拳の勢いを殺し、体までは届かない。
「てめえ……転校生の技を当たり前のように使いやがって……」
「元はといえば、俺が教えた技だ」
 カモンベイビーとわたろうはお互いに引き、距離をとる。
「王子様よ、お前はわたあめに執着してるようだが、俺はわたあめよりも強いぜ」
「構わねえさ。俺は強くなったんだ。転校生よりも、お前よりも、ごつごつあめよりもな!」
「そいつは凄いな。じゃあ果たしてそれが本当か、確かめさせてもらおうか」
 わたろうはわたを持った手を前に出し、ぱっとわたから手を離す。行動の意味がわからず、驚くカモンベイビー。わたろうはふわふわと落下するわたを、爪先で空へと蹴り上げる。
 カモンベイビーの視線がわたに向かった瞬間に、素手でのパンチが顔面にぶち当たる。
「ぐはあっ!」
「よそ見は禁物だぜ」
 わたろうは一瞬で後ろに戻り、わたの浮かぶ空に跳び上がる。そして空中でバック宙返り。逆さまのまま右足を高く上げ、カモンベイビー目掛けてわたを蹴り下ろす。
「神技・わたオーバーヘッドキック!」
 ゴールに向かうサッカーボールのように、わたは勢いをつけて飛んでくる。顔面に攻撃を受けて目が眩んだカモンベイビーに、これを避けることはできない。この威力ではふうかぜマントで跳ね返すこともできない。
 ならばどうするか。答えは一つ。真っ向から迎え撃つ。
「どりゃーっ! ドラクチャキーック!」
 カモンベイビーは跳び上がり、飛んでくるわたに向けて両足を突き出す。
 わたとカモンベイビーの両脚がぶつかり合い、わたは破裂する。
「ぐああああ!」
 カモンベイビーは悲鳴を上げ、頭から床に落ちた。勢いで負けた上、爆発のダメージまでも受けていた。
「なかなかいい技だ。だが俺の神技には及ばない」
 わたろうは余裕たっぷりに左手を腰に当て、右手でわたを再生する。カモンベイビーは歯を食いしばり、なんとか起き上がる。
「何が神技だ! お前がどんな技を使ってこようと……俺は負けねえ!」
 カモンベイビーは我武者羅に走り出す。ひたすらパンチとキックを繰り出すが、全て防がれる。
「お前は強い。だが負ける気はしない」
 一瞬の隙を突き、わたろうはカモンベイビーの腹にわたを付着させる。
「神技・わた124.7連打!」
 わたろうは拳を構える。
「出た出た出たーっ! わたろうの十八番!」
 いつの間にか復活したカモンキングが、テンション高く叫ぶ。
 カモンベイビーはぎょっとした。思わずマントを床に叩きつけ、空中に飛び上がった。
「無駄だ!」
 わたろうもジャンプし、空中のわたにアッパーを打とうとする。
「させるかよ!」
 カモンベイビーはぐるりと一回転し、風でわたろうを吹き飛ばす。そしてわたを掴んで引き剥がした。わたろうは両脚で着地し、即座に身構える。
「お返しだ! 喰らえ!」
 カモンベイビーはわたを投げつける。
「ああ、返してくれて感謝するぜ」
 わたろうは容易くそれをキャッチし投げ返す。
「これならどうだ!」
 投げられたわたに向けて、カモンベイビーはふうかぜマントを放つ。わたは風に乗せられ再びわたろうの方へ飛ぶ。わたろうは避ける。わたは場外で爆発する。カモンベイビーは着地と同時に強く踏み込み、右ストレートを打ち込む。拳がわたろうの頬を掠めるが、当たりはしない。わたろうは右手を後ろに回す。
「わた再生はさせねえ!」
 カモンベイビーはわたろうの右肘に蹴りを入れる。掌の上にできかけていた光の玉はぱっと消えた。続けて、カモンベイビーは拳を打ち出す。今度は外さず、わたろうの鼻面にしっかりと当てる。
「ぐっ……」
 わたろうは反撃の拳でカモンベイビーを突き飛ばした。腕で鼻血を拭い、わた再生を始める。
「させねえ!」
 蹴りを受け止め、わた再生はまたしても中断される。
「フ……俺に血を流させるとはな」
 カモンベイビーの息もつかせぬ連続攻撃を、わたろうは一つずつ正確に防ぎ、かわす。わたを再生する暇こそないが、わたが無くてもこれだけの体術で戦えるわたろうの戦闘力に、誰もが注目していた。中でもごつごつあめは、ギザギザの歯をギラリと光らせ、これほど強いわたの一族と戦えることに心躍らせていた。
「おおおおお! ふうかぜっ! マントーッ!」
 渾身の力を籠め、カモンベイビーはマントを振る。台風のような凄まじい風が、わたろうを襲う。だがその大技を出す隙を突き、わたろうは両腕を前に出す。
「わた……再生!」
 わたあめがやったような、両手でのわた再生。それにより片手での時より高速でわたが再生される。わたは瞬時に膨らみ、暴風壁となった。
 だが、それでも風に押されわたろうは後ろに下がって行く。わたろうは、なんとか前に行こうと踏み込む。大きく声を上げ、気合を高める。わたをがっしりと掴み、必死に耐える。
 場外ギリギリのところで、風は止んだ。場外に出ていないことに驚愕するカモンベイビー。既にスタミナは尽き、息は切れていた。わたろうはわたを収縮させて右手に収める。あれほどの技を受けたにも関わらず、まだまだ体力は残っていた。
「それが、お前の風か。じゃあ次は、俺の風を見せてやる」
 わたろうはフッと笑う。
「神技・わたハリケーンカッター!」

 コロシアムの医務室。わたあめは、ベッドの上で目を覚ました。隣のベッドには、カモンベイビーに仕える使用人が寝かされている。
 わたあめは、暫く頭の整理がつかなかった。だが、気を失う前に起きたことを一つずつ思い出し、そして泣いた。
「そうか、僕は……負けたんだ」
 カモンベイビーとの約束を果たせなかったことが、ただただ辛く、悲しかった。
 わたあめは、はっと気がついた。
「そうだ、カモンベイビーの試合! カモンベイビーと兄さんの試合は!?」
 わたあめは慌てて起き上がる。全身が痛い。少しずつ傷が癒えてきているので、ドッパーに回復薬を注射されたことはわかった。だが、それでもまだ完全には治っていないのだ。それでも必死に体を引きずり、壁に手をつき、医務室を抜け出した。
 ドッパーは今、医務室を離れている。抜け出すには絶好の機会だ。
 この試合は、どうしても見なければならない。その思いで、観客席に向かってひたすら歩いた。少しでも早く、一分一秒でも早く。
 そしてわたあめは目にする。この試合の決着を。
 わたろうは自らの身体をコマのように回転させ、竜巻を起こす。そしてそこから、無数の空気の刃が飛び出しカモンベイビーに襲い掛かる。
 風圧でカモンベイビーの身体は上昇していく。自慢の真っ赤なマントはズタズタに切り裂かれ、身体にも無数の傷が入ってゆく。真っ赤な血と共に真っ赤な布切れが撒き散らされ、カモンベイビーはバトルフィールドに沈んだ。
「勝者、わたろーう! やはり強い! まさに優勝候補だー!」
 カモンキングがこれ以上ないくらいの大声で叫ぶ。
「こいつが俺のとっておきの神技だ。お前は運がいいぜ、こいつを受けられるなんてな」
 わたろうは気を失ったカモンベイビーにそう告げると、観客席のごつごつあめを見た。視線を動かす途中、出入り口にわたあめが立っていたことは見逃さなかった。
「次は決勝だ。ごつごつあめ、いい勝負にしようぜ」
 大歓声の中、わたろうはバトルフィールドを降り退場する。わたあめは、ただその様子を見送った。そして急に体の力が抜け、出入り口に座り込んでしまった。
 雨は、ますます強さを増していた。
 

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