第12話 わたあめVSごつごつあめ

 晴れていた空はすっかり黒雲に覆われ、不穏な空気を漂わせていた。
 カモンキングは、そんな中でも変わらずテンションの高いアナウンスをしている。
「えー、それでは参りましょう。わたわ武闘会準決勝、第一試合!」
 わたあめは控え室を出て、入場口に立つ。この準決勝に勝てば、次はカモンベイビーとの決勝戦。わたあめの心は昂っていた。必ず約束を果たし、そしてカモンベイビーと友達になると。
「赤コーナー、“わたを持つ転校生”わたあめー!」
 カモンキングの声と共に、わたあめは入場する。流石準決勝というだけあって、コロシアムは満席。怒涛の大歓声が飛び交った。
「続いて青コーナー、“硬き復讐者”ごつごつあめー!」
 入場口から、ごつごつあめが姿を現す。この準決勝に勝てば、次はわたろうとの決勝戦。ごつごつあめの心は昂っていた。兄弟三人全てを倒せば、復讐は完了する。まずはこのわたあめとの準決勝に、全力を注ぐ。
 わたあめとごつごつあめは、互いの思いを胸にバトルフィールドに立つ。
 カモンベイビーは、専用の観戦席からその様子を見下ろしていた。
(こんなところで負けるんじゃねえぞ、転校生……)
 ごつごつあめはわたぴよの時と同じように、わたあめを強く睨みつける。だがわたあめは動じない。
「僕は必ず勝つ。決勝で待ってる人がいるから」
「俺は……わたの一族を倒す」
 身構える二人。と、その時。ぽつりと、わたあめの額に小さなものが当たった。わたあめは空を見上げる。すると、突如バケツをひっくり返したような大雨が振り出した。
 無論、観客は大騒ぎ。満席で動きがとり辛い中この騒動、最早一種のパニックとなっていた。
「静まれーい!」
 カモンキングが一喝する。と、共に、パッと消えるように雨が止んだ。しかし、何故か雨音は鳴り続けている。
「ご安心ください! カモンコロシアムは雨天時でもご利用頂けるよう、上部にバリアの屋根を張る機能が備わっております!」
 カモンキングの言葉に、観客達は落ち着きを取り戻した。空を見上げると、透明のバリアを雨が伝っていた。
「ちなみにこのバリアは田中博士の開発によるものです。優秀な技術を提供してくれた田中博士に感謝! 当人がたかしの修理の為、このコロシアムを離れてしまったのは残念ですが……」
「フッ、運営も粋なことをしてくれる。この戦いを雨如きに邪魔されたらたまったものじゃないからな」
 ごつごつあめは嬉しそうに言う。雨音響く中、カモンキングはゴングを鳴らす。
「行くよ! わたたきパンチ!」
 わたを掴んだ拳を振り上げ、わたあめはごつごつあめに向かった。
「わたの一族うぅーーー!」
 わたとごつごつがぶつかり合い、二人は反動で後ろに飛ぶ。
「わたの一族とかごつごつの一族とか、僕には何もわからない。それでも僕は、絶対に負けられない」
 向かってくるごつごつあめに、わたあめは再びわたたきパンチを出してカウンター。だが体格で勝るごつごつあめは力ずくで押し出す。
 場外ギリギリで踏ん張るわたあめ。ごつごつあめはダッシュで追撃にかかる。
「わからねえだと? お前はわたの一族のくせにか!」
「うん、わからないよ。そもそも僕は自分がわたの一族だって今日始めて知ったくらいさ」
 わたあめはかわし、後ろに回りこむ。ごつごつあめは、振り返ると共に石を持った左腕を大きく振る。
「わからねえなら教えてやる! 耳の穴かっぽじってよおーく聞きやがれ!」
 ごつごつあめは戦いながら語りだす。

 わたの一族――それはゾウラ界と呼ばれる異世界よりこの世を支配しに現れる悪の軍団「ゾウラ族」から人々を守る使命を帯びた一族。聖地であるわたの里に住み、その手には生まれながらにしにて「わた」が握られている。わたは攻撃にも防御にも使える万能の道具であり、正義の心を持つわたの一族だからこそ持つことのできるものなのだ。
 だがある時。ゾウラ界へ繋がる扉を封印し平和になった世界で、事件は起こった。わたの一族の中から、一部の者がわたの力を使って他の部族を侵略しようと提案しだしたのだ。彼らはわたの一族の領地をより増やすべきだと主張し、平和な暮らしを望む他の者達と対立した。やがて内乱が起こり、敗北した侵略派の者達はわたを没収され、里を追放された。
 彼らは長い旅の果て、荒地に小さな村を作った。そしてわたと相反する物、即ちごつごつと石を手に、ごつごつの一族を名乗りだした。彼らの目指すものはただ一つ。いずれこの村を大きくし、わたの一族に戦争を仕掛ける。そして自分達を追放したことへの復讐を果たすのだ。
 それから数百年の月日が流れた。未だ村は小さく、ごつごつの一族は細々と生き続けていた。作物もあまり採れない土地で貧しい暮らしを強いられていたが、わたの一族への恨み憎しみだけを子孫に受け継ぎ、いつか必ず報われると信じて暮らしていた。
 しかし、遂には土地も完全に枯れ果て、ごつごつの一族は一人、また一人飢えに苦しみながら死んでいった。
 ごつごつあめは、一族最後の子供であった。そして、一族最後の生き残りであった。ごつごつあめはかつて先祖がしたような長い旅の果て、わたわ町に辿り着いた。そして国王の庇護の下わたわ町で暮らし、ひたすら体を鍛え続けた。いつしかわたの一族と相見える日の為に。

「そして! 今がその時だああああ!」
 ごつごつと石を振りかざし、ごつごつあめは襲い掛かる。わたあめはふんわりガードで防ぎつつ、反撃の拳を出す。
「親父も、お袋も、わたの一族への恨みを遺言に死んだ! 爺さんも、婆さんも、顔も知らない御先祖様達も、皆そうだ! 俺が! この俺が! 今こそ全ての思いを胸に復讐を果たす時なんだーっ!」
「君の復讐が何なのかはわかったよ。それでも僕は負けられない。カモンベイビーとの約束があるから!」
 わたあめの拳が、ごつごつあめの鳩尾を打つ。よろけた所で、わたあめは畳み掛ける。
「わたたきパンチ!」
 わたを掴んだ強烈なストレートが、鼻面をへし折る。
「わたたキック!」
 すぐさま足をわたに突き刺し、足を高く上げてこめかみを蹴る。
「わーたー、投げーっ!」
 そして至近距離からのわた投げ。顔面にぶち当たったわたは破裂する。わたあめは爆風を避けるように後ろに跳ぶ。バトルフィールドに、砂煙が立ち上がった。
「やったか!?」
 カラリオが叫ぶ。わたあめは息を切らし、砂煙を見つめる。砂煙の中から、黒い影が姿を現す。
「クク……面白え……それでこそ俺の捜し求めていたわたの一族だ……」
 ごつごつあめの鋭い目が、ギラリと光る。
「お前の弟の鳥野郎は弱すぎて手応えがなかったからな……強いわたの一族を倒さなきゃ、ご先祖様達も浮かばれねえ!」
 空が光り、雷鳴が轟く。砂煙から飛び出したごつごつあめが、ごつごつを掴んだ手で殴りかかる。わたあめは防御することができず、その攻撃をまともに受ける。
「うわああっ!」
 わた投げでわたを消費してしまい丸腰のわたあめを、ごつごつあめはごつごつと石で殴りまくる。
「オラオラどうした! わたの一族だろう! わた再生してみろ!」
 わたあめは素手でなんとか防御しつつ、ごつごつあめに足払いを掛ける。ごつごつあめはバランスを崩し、その隙にわたあめは距離をとる。
「よし……わた再生!」
 わたあめはわたろうがしたように右掌を上に向け、ぐっと力を入れる。掌の上に小さな光の玉が現れる。だが、わたを形作ることもなく光の玉は萎んで消えてしまった。
「何だ、それは。まさかお前も期待外れか。俺が……全てのごつごつの一族が倒したかったわたの一族は……そんなもんなのかーっ!」
 ごつごつあめは怒りに身を任せ、叫びながら殴る蹴るを連打する。
「わた再生! わた再生ーっ!」
 攻撃を受けながらも、ひたすらわた再生を試みるわたあめ。しかし、一向に成功はしない。
「転校生……」
 二人の戦いを見守るカモンベイビーは、手に汗を握る。
 遂にわたあめは耐え切れなくなり、床に倒れこんだ。その時、わたあめの両掌が重なった。光の玉が、一瞬大きくなった。
(そうか! こうすれば!)
 ごつごつあめはとどめを刺そうと、ごつごつを振り下ろす。わたあめはその肘目掛けて、アッパーを放つ。
「ぐうっ」
 痛みに肘を押さえ、よろよろと後退するごつごつあめ。わたあめはその隙に立ち上がり、前へ倣えをするように掌を向かい合わせて両腕を突き出す。
「わたっ! 再生っ!」
 両掌の中で、光の玉がどんどん膨れ上がる。そしてポンと音が鳴り、わたが両手に収まった。
「できた!」
「ほう、そうこなくっちゃな。わたの無いわたの一族を倒しても、何の意味もねえ」
 ごつごつあめの額に汗が伝うが、表情は嬉しそうに笑っている。
「さあ行くぜーっ!」
 両腕を振り上げ、突進するごつごつあめ。
「ふんわりガード!」
 わたが膨らみ、その攻撃を受け止める。
「僕は絶対に勝つ! カモンベイビーと戦う為に!」
「俺は絶対に勝つ! 復讐を成し遂げる為に!」
 わたが収縮し、右手に収まる。わたあめはその手でわたたきパンチを繰り出す。ごつごつあめは、一歩引き両腕を眼前でクロスさせて防御する。
 わたあめはわたを床に置き、一気に膨らませて跳び上がる。
「わた投げーっ!」
 ごつごつあめの頭を飛び越えるや否や、地上のごつごつあめに向けてわたを投げつける。ごつごつあめがかわすと、わたあめはすぐさまわた再生。そこからわたたき落しの体勢に入る。
「させるかよ!」
 ごつごつあめはごつごつと石を頭上に突き出し、わたたき落しを受け止める。そしてそのまま上空へ押し返した。わたあめは落下の際にわたを膨らませてクッションにし、衝撃を和らげた。
「く……やっぱり強い……それでも僕は、負けられない!」
 自分を鼓舞するようにわたあめは言う。
「僕は……カモンベイビーと戦うんだーっ!」
 わたあめはわたを振りかざし、怒涛の連激。ごつごつあめもそれにぶつかり合う。お互いに一歩も引かず、戦況は五分と五分。雨音と雷鳴が響く中で、壮絶な格闘戦が繰り広げられる。
「負けられないんだ! 負けられないんだ! カモンベイビーと戦うんだ!」
 そうしている中、最初はわたあめとの戦いを喜び楽しんでいたごつごつあめの表情に、少しずつ変化が訪れていた。体はフルフルと震え、顔は強張ってゆく。わたの一族との戦いに昂っていた感情は、別の方向に昂りつつあった。
「てめえ……カモンベイビーカモンベイビーと……てめえの相手はこの俺だろうが!」
 暫く決定打を出さす殴り合いを続けていたごつごつあめだったが、その言葉と共に一気にわたあめを突き放した。
 わたあめの言葉を聞くうち、ごつごつあめの心に怒りが芽生え始めていた。せっかく強いわたの一族と戦えているというのに、その相手は自分なんて眼中に無いとくれば、激しく怒るのも当然であった。
「次男わたあめ……やはりお前も、俺の倒すべきわたの一族ではなかったようだな……」
 ごつごつあめはごつごつと石をがっしりと掴み、わたあめに向けて構える。
「喰らえぇ! ごつごつラッシュ!」
 驚くわたあめに、ごつごつあめは容赦なくごつごつと石のラッシュを叩き込む。
「ごつごつごつごつごつごつーっ!」
 ふんわりガードをさせる隙すら与えぬ凄まじい連打。コドモ百烈拳やロイヤルパンチ等とは比べ物にならない程、一発一発は重く速い。
 最後の一発を喰らい終えた時、既にわたあめの意識は無かった。
 わたあめが倒れ地に頭を着けた時、とびきり大きな稲妻がコロシアムに落ちた。バリアが雷を弾き、バリアの上で電流がバチバチと流れている。
「えー、ご安心ください。カモンコロシアムのバリアは非常に頑丈にできていますので、この程度の雷で壊れることはありません。それはさておき……勝者、ごつごつあめー!」
 カモンキングが勝者の名を挙げ、観客席からは雷音にも負けぬ大歓声が飛んだ。だがごつごつあめは、まるで喜ぶ気配が無かった。
「ちっ、腑に落ちねえ……」
 ごつごつあめは、逃げるようにバトルフィールドを降りた。
 担架で運ばれるわたあめの瞼から、一粒の涙が流れた。
 雨はそんなものお構いなしに、ごうごうと降り続いていた。
 

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