第11話 カモンベイビーの実力

「クソッ、クソッ、ムカつくぜ! わたろうもごつごつあめもよぉー!」
 わたろうの圧倒的勝利に会場が沸き立つ中、不機嫌になる者が一人。カモンベイビーである。
 カモンベイビーは試合を間近に控えているにも関わらず、大好きなエロ本にも目を通さずひたすら地団駄を踏んでいた。
 自分を差し置いてわたあめを倒す宣言をしたごつごつあめも許せなかったが、何より不愉快なのはわたろうの行動だった。
「あのヤロー、転校生やごつごつあめの方は見たくせに俺のことはスルーしやがった! まるで俺なんか眼中にねーとでも言いたいようじゃねーか!」
 必死に特訓を重ねて強くなったにも関わらず、未だその実力が疑問視されている現状。今回のわたろうの一件は、そのことをカモンベイビー本人にまざまざと見せ付けることとなった。
「カモンベイビー王子、もうすぐ試合開始ですよ」
 使用人が控え室の扉を叩いた。
「わかってるよ、んなこと! ……そうだ、一回戦の相手は弱すぎたんだ! あんなザコに勝ったところで、俺の実力が認められるわけがなかったんだ! だが、この二回戦の相手を倒せば……敵も観客も俺を見返すに違いない!」
 そう言うと、カモンベイビーは扉を蹴飛ばして開け、控え室を飛び出した。哀れな使用人は扉に押し潰されて気を失ってしまった。

 コロシアムでは、既にコロシが入場していた。
「赤コーナー、“七刀流の剣士”コロンもとい、コロシー! 一回戦ではくびとれたかしを八つ裂きにして勝利! その上たかしの体を奪い取ってしまったとんでもない奴! だがしかしその可愛さは多くの女性ファンの心を掴んだー! 今大会ではわたろうに次ぐ人気選手と言っても過言ではない!」
 カモンキングのナレーションと共に、コロシは観客に手を振る。
「続いて青コーナー、“カモン王国王子士”カモーン……ベーイビーッ!」
 カモンキングは力強く叫び、入場口に手を向ける。が、カモンベイビーは現れず、足音すら聞こえない。観客席は静まり返る。
 戸惑うカモンキング。だが、ふと何か物音がするのに気がついた。
 カモンキングは耳を澄ます。音の聞こえる先は、地下。
 やがて物音は大きくなり、入場口から少し進んだ辺りの床に、轟音と共に切れ目が入る。
「な、何だあれはーっ!」
 カモンキングが目を丸くして叫ぶ。
 床は自動ドアのように開き、白い煙と共にそこから何かがせり出してくる。
 現れたのは、腕を組んで仁王立ちする一人の少年。
「あ、あれはまさかーっ!」
 少年の足の下には巨大な跳び箱。コロシアムの床を通り越し、空高くへとその身を押し上げる。
 背中に纏う真っ赤なマントは、上空の風に吹かれ轟々とはためく。
 少年は天を指差し一言。
「カモン!」
 王位継承者カモンベイビー、観客の度肝を抜く、ド派手な入場。
「カ、カモンベイビーだああああ!」
 誰よりも驚いたのは、カモンキングである。目はロイヤルブイプルの如く飛び出し、顎は床に付きそうなほど伸びた。
「はーっはっはっは! 今ここに俺は宣言する! コロシもわたろうも、そして転校生も、全てこの俺が倒し優勝すると!」
 ごつごつあめのそれに対抗するかのように、跳び箱の上からカモンベイビーは叫ぶ。
「あ、あのバカ……なんつーアホな入場を……」
 やがて冷静になったカモンキングは、頭を抱えて机に顔を伏した。
「あなた、マイク入ってますよ」
 つい素に戻り愚痴を言うカモンキングに、カモンクイーンが指摘する。カモンキングは、慌てて実況者モードに切り替えた。
「む、うーん、ゴホン。カモンベイビー、一回戦では王子らしい威厳溢れる入場だったのに、どうしてこうなった!」
「悪いな父上。品行方正な王子様の仮面を被るのはもうお終いだ。ここからは俺のやり方でやらせてもらう。俺は、ここにいる皆に本当の俺を見てもらいてえんだよ!」
 カモンベイビーは父を見下ろし一喝した。
「出場者も観客も、皆俺のことを弱いと思ってやがる! だが俺は変わったんだ。本当に強くなったんだ! 今まで俺を馬鹿にしてきた奴らを、俺は見返してやりたい! その為には、父上の言いなりになった偽りの俺じゃ駄目なんだよ! 本当の俺が、優勝しなくちゃ駄目なんだよ!」
 カモンベイビーの熱烈な演説に、カモンキングは思わず竦んだ。
「あなた、そもそも派手好きなのはカモン王家の血でしょう。国王自ら実況者に名乗り出るくらいですから、息子がああなっても仕方がありませんわ」
「ぐ、むうう……」
 妻に痛いところを突かれ、カモンキングは縮み上がる。

 カモンベイビーは、コロシを見下ろした。
「お前が対戦相手のコロシか。ロボットの体と人工生命体の頭を持つ七刀流の剣士……俺の強さを見せるための噛ませ犬には丁度いい相手だな」
「か、噛ませ犬!? しかもこの可愛い僕より目立つなんて……ムカつくコロ」
 コロシは体内から七本の剣を取り出し臨戦態勢に入る。カモンベイビーは跳び箱から飛び降り、バトルフィールドに立つ。跳び箱は床に収納されていく。
「さあ父上、試合開始を宣言してくれ!」
「むう〜、色々と腑に落ちないことも多いが……試合、開始!」
 カモンキングは、あまり気が乗らなさげにゴングを鳴らす。
「お前のそのプライドをズタズタに切り裂いてやるコロ」
 コロシは七本の剣を振り回し突撃する。
「プライドなら疾うに切り裂かれた。これは俺のプライドを取り戻す為の戦いだ!」
 七刀流の乱撃はまるで当たることなく、空を切り続ける。カモンベイビーは相手の動きを完璧に見切り、マントでいなしつつ軽々とかわす。
「くっ……何で当たらないコロ!」
「かわせない攻撃なんてない。どんな攻撃にも、弱点ってもんがあるんだよ」
 カモンベイビーは思い出す。カモンキングとの特訓の日々を。

「喰らええー! カモンキング・ゴッドキック・クラッシャー!」
 カモン城内に備え付けられたプロレス用のリング。カモンベイビーは、父から強烈な一撃を受け吹っ飛んだ。
「立てカモンベイビー! 強くなりたいと言ったのはお前だろう!」
 仰向けに倒れ呻き声を上げるカモンベイビーを見下ろし、カモンキングは厳しく言う。
「そ、そうだ……俺様は強くなるんだ……」
 カモンキングは、そう言って立ち上がろうとするカモンベイビーの髪を掴み、無理矢理立ち上がらせた。
「いでえ!」
「まずはその俺様という品のない一人称を止めろ。人の上に立つ者は無駄に威張る者ではない」
「わ、わかったよ父上。俺、もう俺様なんて言わない……」
 カモンキングは手を放す。そしてすかさず背中に回り込み、後ろからカモンベイビーの頭を掴んだ。
「よし、次はこれだ。お休みの背骨折り!」
 不意打ちに驚く間もなく、カモンベイビーは凄まじい痛みに襲われる。弓のように背中を曲げられ、背骨はギリギリと音を立てる。
「どうだ痛いか? 痛いだろう。だがお前がこの先戦う敵はこれよりもっと痛い技を使うかもしれんぞ」
 カモンベイビーの頬を涙が伝う。だが攻撃の手は緩まない。
「どんな技にも弱点はある。このお休みの背骨折りにもな。さあ、自分の力でこの技から脱出してみせよ!」
 カモンキングの言葉を受け、カモンベイビーは小さな頭で必死に考える。だが、少しずつ意識は遠のいてゆき、考えることすらできなくなっていく。
 カモンベイビーはこの痛みから逃れようと、頭を掴むカモンキングの右手に手を伸ばした。カモンベイビーの両手が、カモンキングの手首を掴む。
 この時、カモンベイビーは気がついた。自分の両腕がフリーであることに。カモンベイビーは力を振り絞り、カモンキングの右手を頭から引き剥がそうとする。
「くっ……あああああっっっ!」
 痛い。とにかく痛い。だが、わたあめに敗れ全てを失った心の痛みに比べれば、こんな痛みはあまりにも温すぎる。
 カモンベイビーは最後の力で、カモンキングの巨体を背負う。そして、自らが倒れ込むように前方に投げた。カモンキングは、あえて抵抗することなくリングに頭を沈めた。
「フフ……やればできるじゃないか……カモンベイビー」
 満足げに笑うカモンキング。だが、カモンベイビーは立ち上がる。
「立てよ父上……もっと、もっと俺を鍛えてくれ!」
 その言葉に呼応するように、父も立ち上がる。
 全ては己のプライドを取り戻す為。カモンベイビーの特訓は続く。

「おおおーっ! ふうかぜマントーっ!」
 そしてその特訓の成果を見せるため、カモンベイビーは今、カモンコロシアムにいる。
 コロシの隙を突いてマントを翻し、風を起こす。コロシは鋼鉄の体で踏ん張るが、七本の剣は突風によって手を離れ、場外に飛ばされる。
「コ、コロの剣が!」
「隙ありだぜ!」
 カモンベイビーはコロシに向かってジャンプし、両脚を曲げてコロシの方に向ける。
「ドラクチャ! キック!」
 どてっ腹目掛けて、強烈なドロップキックが繰り出される。
「ゴロッ!?」
 衝撃を受け、コロンとたかしの体は分離する。たかしの腹部は大きくへこみ、そこから電流が流れ出す。
「コ、コロの体ぁー!」
 カモンベイビーが地に足を着くと共に、たかしの体は爆散。カモンベイビーはふっと嘲笑う。
「あああ……たかしの体まで……」
 観客席の田中博士は、滝のような涙を流していた。
「カモン」
 カモンベイビーは手の甲を向けて挑発する。
「コロ〜、ぶっ倒してやるコロ!」
 コロンは二本の触覚を伸ばし、鞭のように振る。だが、カモンベイビーは横っ飛びで避ける。コロンは触覚を切り返し、空中のカモンベイビーに向けて振る。カモンベイビーはマントの裾を掴み、ぐるんと体を一回転。床に風を放ち、より上空へ退避する。
「いい加減当たるコロ!」
 コロンはカモンベイビーより高く触角を伸ばす。
「そんなに当たって欲しいなら当たってやる!」
 カモンベイビーは触覚に手を伸ばし、がっしりと掴んだ。コロンはびっくりし、真っ白な顔が青白くなった。
「こんな触覚は……こうしてくれるー!」
 カモンベイビーは着地すると、しっちゃかめっちゃかに触覚を結び始めた。
「コ、コロの触覚ぅー!」
「ハーッハッハッハ、これでもう触覚は使えねー!」
 触覚の結び目を掴んだまま、カモンベイビーはじりじりとコロンに歩み寄る。コロンを応援する女性客達からはブーイングが飛ぶ。
「まったくムカつくぜ。女の子からキャーキャー言われてよー。俺なんて王子様なのにそんなにモテたこと一度もないぜ」
 邪悪な笑みを浮かべ、コロンを見下ろすカモンベイビー。コロンは目に涙を浮かべ、子羊のように怯えている。
「ボ、ボクの可愛さに免じて助けてコロ……」
「やだね」
「ならこうしてやるコロ!」
 コロンは触覚を更に伸ばし、結び目をカモンベイビーの顔面にぶつけた。不意打ちをくらって倒れ込むカモンベイビー。
「ぐ……てめえ!」
 カモンベイビーは起き上がり、間合いを詰めようとコロンに向かって走る。コロンは大きな結び目をモーニングスターのように振り回してカモンベイビーを狙う。
「結んでも駄目なら、根元から断つしかねーようだな!」
 コロンの攻撃は当たらず、カモンベイビーはコロンの眼前に立つ。そしてコロンの頭を思いっきり踏みつけた。そして触覚の根元を掴むと、思いっきり引っこ抜いた。
「コローっ!」
 コロンは痛みに泣き叫ぶ。コロンファンの女性客達から恐怖と絶望の悲鳴が上がる。
「触覚が無ければてめーなんぞただの丸だーっ!」
 カモンベイビーはコロンをサッカーボールのように蹴飛ばし、場外に出した。
「しょ、勝者カモンベイビー!」
 カモンキングが勝者の名を挙げ、カモンベイビーはガッツポーズをする。
「どうだ、これが俺の実力だー!」
 女性客からは凄まじい勢いでブーイングが飛ぶが、柄の悪い客からは受けているようで、応援するぞという声もあった。
 カモンベイビーはわたあめの方を向き、わたろうの真似をするかのように睨みを利かせる。
「どうだ転校生。俺の強さは伝わったか?」
 賛否交わる観客達の声に掻き消されカモンベイビーの言葉は聞こえなかったが、わたあめにその思いは伝わっていた。
 強くなったカモンベイビーの姿に、わたあめはより戦いたいという思いを膨らませていた。
 

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