第10話 硬き復讐者

「おめでとうわたあめー!」
 試合を終え、観客席に戻ってきたわたあめを、家族や友人達が出迎えた。
「やったのうわたあめ、それでこそわしの息子じゃ」
 オヤジがわたあめの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「また強くなったな、わたあめ。わたたき落としにわたたキック、どっちもいい技だったぜ」
 わたろうが嬉しそうに言った。
「すげーぜわたあめ! やっぱりお前はすげー!」
 カラリオが興奮して言う。直後、体の痛みにイテテと唸った。
「わたくん……わたし、わたくんなら勝つって信じてた」
「わたあめ兄ちゃん! メガネくんの仇を討ってくれたんだね!」
 クルミとわたぴよは、誰よりも嬉しそうだった。
「わたあめさん……」
 メガネ男が、松葉杖をつきながらわたあめ達のところに歩いて来た。
「ありがとうメガネ男、勝てたのは君のお陰だよ。君のデータと応援がなかったら、僕は負けてた」
 わたあめは、にっこり微笑んで言った。
「あ、そろそろ時間じゃない? わたぴよ」
「本当だ! じゃあ行ってくるよ」
 わたぴよは時計を見て、慌てて駆け出した。が、途中で足を止め後ろを振り返った。
「メガネくん、一回戦は見せられなかったけど、今回は勝つところを見せてあげられるよ。わたあめ兄ちゃん、準決勝で待っててね!」
 そう言って、わたぴよは控え室に向かった。
 暢気に手を振るわたあめ達とは違い、オヤジとわたろうは険しい表情をしていた。
「オヤジ、わたぴよの相手のごつごつあめって奴……」
「うむ、もしかすると……」

 試合開始の時間が来た。
「さあ、それでは張り切って参りましょう! 赤コーナー、“わたの鳥人”わたぴよー!」
 わたぴよは小さな足でパタパタと走り、バトルフィールドに着いた。
「がんばれわたぴよー!」
 わたあめの声援に、わたぴよはわたを持った手を振る。
「一回戦では大人相手に見事勝利、一年生ながらその実力は決して侮れない。今後も期待のできる選手だ! 続いて青コーナー、“硬き復讐者”ごつごつあめー!」
 カモンキングの指す先から現れたのは、鋭い目とギザギザの歯を持つ凶悪な面構えの少年。その右手には「ごつごつ」、左手には石が握られている。ごつごつあめは、一歩一歩大地を踏みしめるようにゆっくりと入場した。
「一回戦はなんとまさかの一撃勝利! 友人Bに何一つ行動させないまま一瞬で決着をつけてしまうというとんでもないヤツだ!」
「一年生と五年生の対戦、これはごつごつあめが圧倒的に有利かと思われますが……わたぴよは一回戦で大人を破っています。どちらが勝つかは予想できませんね」
 ごつごつあめは、フィールドに立つとわたぴよを無言でギョロリと睨みつけた。わたぴよは、びくりとして縮こまった。
「な、なんだよ……そんな風に睨んだって……ボクはビビったりしないよ!」
 そう言いつつも、わたぴよは内心相当動揺していた。ごつごつあめの目は、まるで強い憎しみを向けているようだった。
「お互い準備はできているな! それでは、試合開始!」
 ゴングが鳴る。ごつごつあめが飛び出す。右手に持ったごつごつが、わたぴよ目掛けて振り下ろされる。わたぴよは、間一髪でかわす。
 怨めしい目でわたぴよを睨み、ごつごつあめは左手の石を振りかぶる。
「ふんわりガードッ……うわぁー!」
 強烈な一撃に、わたでも衝撃を吸収し切れずわたぴよは吹っ飛ばされる。
「オラオラそんなもんかよォ!」
 ごつごつあめは急に怒鳴った。わたぴよは全身の毛が逆立ち、ひいっと情けない声を上げた。
「あいつ、さっきから何であんなイライラしてんだ? 俺は見てなかったから知らないんだが、一回戦の時もそうだったのか?」
「いや、一回戦の時は普通だった」
 カラリオの疑問に、わたろうが答えた。わたろうは下唇を噛み、何やら意味深な表情をしていた。
 ごつごつあめはごつごつと石を交互にぶつけてくる。わたの弾力を以ってしてもダメージを吸収し切れない怪力と、怒涛の猛攻にわたぴよは防戦一方だった。
「ボ、ボクは、ビビってなんかいないぞー!」
 わたぴよはそう言って後ろに飛び退く。そして両腕と両脚を広げ大の字に構える。
「殺し屋ドリル……くっちーばっしー!」
 床を蹴り出し、ドリルのように回転しながらわたぴよは突っ込む。ごつごつあめは、身体を左に反らして避ける。わたぴよは、そのまま後ろに飛んでいき場外に落ちそうになる。
「あっ、危ない!」
 わたあめが声を上げる。だがわたぴよは空中で身体を捻り、空中で旋回。フィールドに舞い戻り、再びごつごつあめに向かう。
「上手いぞわたぴよ! 一回戦では落ちそうだったのに!」
 前回の反省を活かした見事な動きに、観客席は沸き立つ。
「凄いや! これならきっと勝てるよ! ねえ父さん、兄さん!」
 わたあめはそう言って二人の方を見る。だが、二人はどうにも浮かない顔だった。
「二人ともどうしたの? わたぴよがあんなに頑張ってるのに……」
 オヤジとわたろうは、何も答えずわたぴよの戦いに注目していた。

 わたぴよは水を得た魚の如く縦横無尽に飛び回り、ごつごつあめを果敢に攻める。ごつごつあめはその動きをしっかりと見極めて避ける。小さな体で懸命に戦うわたぴよに、観客達の心は魅了されていた。
 わたぴよの攻撃は当たりこそしないが、ごつごつあめの攻撃の手は止み、形勢は誰が見てもわたぴよに傾いていた。
 我武者羅に攻撃していたわたぴよだが、やがてごつごつあめの死角に回り込んでから攻撃するようになった。最初軽々しく避けていたごつごつあめも、少しずつ余裕がなくなってきた。
 背後から向かってくるわたぴよ。ごつごつあめは、何を思ったか右手のごつごつを空高く放り投げた。無論、わたぴよには当たらない。
「小ざかしい!」
 ごつごつあめは上半身を捻って振り返る。そして空いた右手で、回転するわたぴよの嘴をがっしりと掴んだ。思わぬ行動に、わたぴよは驚愕。


 大きな掌によって回転は完全に止められた。掌からは血が滲み、摩擦熱で白い煙が上がった。わたぴよは口を開けられず苦しそうに声を上げる。
「オラアッ!」
 ごつごつあめは掛け声と共に腕を大きく振り下ろし、わたぴよの体を地面に叩きつけた。腹を床に打ちつけ、わたぴよは溜まった息を吐き出すと共に吐血した。落ちてきたごつごつをごつごつあめはキャッチし、わたぴよの背中を思いっきり殴る。
「うああぁーっ!」
 悲痛の叫びを上げ、わたぴよは大きく仰け反った。追い討ちをかけるように、次は左手の石で殴る。今度は、何の声も出なかった。わたぴよは既に気絶していた。
「……勝者、ごつごつあめー!」
 カモンキングが叫んだ。ごつごつあめは喜ぶ素振りすら見せず、わたぴよの首筋を掴んで持ち上げる。
「おい、もう終わりか! ふざけんなよ……お前それでもわたの一族か!」
 大口開けて怒鳴りつけるごつごつあめ。オヤジとわたろうは、ガタリと立ち上がった。
「お、おい、試合はもう終わってるんだ! 失格になりたいのか!」
 慌ててスタッフが静止に駆けつける。ごつごつあめはチッと舌打ちしわたぴよを放した。
「あやつ、今わたの一族と言ったか……」
「ああ、となるとやはり……」
「二人ともどうしたの? わたの一族って……?」
 オヤジとわたろうの会話を、わたあめはまるで理解できなかった。
 わたぴよは担架で医務室に運ばれていく。
「ねえ、そんなことよりも、僕達も医務室に行こうよ」
 そう言ってわたろうの手を引くわたあめ。
「待てえ!」
 ごつごつあめが怒鳴った。明らかに、わたあめ達の方を見て。
「三男わたぴよは倒した! 次男わたあめ、長男わたろう、お前達もこの大会で俺に倒されることになる!」
 ごつごつあめはわたあめ達の方を指差し、堂々と叫ぶ。
「俺の名はごつごつあめ。ごつごつの一族だ!」
 そう言い残し、ごつごつあめはフィールドを降りた。
「ごつごつの一族……やはりか!」
「まさか、こんな場所で出会うことになるとはな」
「二人とも! 早く医務室に行こうよ!」
「お、おう」
「うむ、そうじゃな」
 わたあめの呼びかけで、二人は医務室に向かった。

 わたぴよは、医務室に運ばれてすぐ意識を取り戻した。
 クルミとメガネ男、カラリオの三人はわたあめ達より先に医務室に着いていた。
「よかったです、わたぴよ君!」
 メガネ男は喜びわたぴよの手を握った。
「メガネくんごめん……勝つところ見せられなかった……」
「いいんですよわたぴよ君。わたぴよ君は頑張ったんですから……」
 そうしていると、わたあめ達三人が扉を開けた。
「わたぴよ!」
 わたあめがわたぴよに駆け寄る。
「兄ちゃん、父ちゃん……」
 わたぴよは瞳を潤ませて家族の方を見た。
 オヤジはドッパーにわたぴよの怪我の容態を尋ねる。
「大した怪我じゃありませんよ。僕の薬も飲ませましたし、これならすぐによくなります」
「そうか、それはよかった」
 オヤジはほっと胸を撫で下ろした。
「わたぴよ、一回戦の反省を活かしたあのドリルくちばしはよかったぞ。あと一歩だったのに、惜しかったな」
 わたろうが優しく話しかけた。
「ありがとう、わたろう兄ちゃん……」
「それで、ごつごつあめって奴はどうだった? 戦ってみて」
 わたろうの表情が、険しくなった。
「うん、強かったよ。それに、気迫……って言うのかな? なんだか恐かった。まるであの人、ボクを恨んでるようだった。ボク、何か悪いことしたのかな……」
「いや、お前は気にしなくていい。ゆっくり休んで、怪我を治すのに専念するんだ。お、そろそろ試合の時間だな。行って来る」
 わたろうは壁に掛けられた時計を見ると、そう言って医務室を出ていった。
「父ちゃん、わたあめ兄ちゃん、ボクのことはいいから、わたろう兄ちゃんの応援に行ってあげて」
「えっ、でも……」
 戸惑うわたあめ。だが、カラリオが腕を引っ張る。
「行こうぜわたあめ。クルミちゃんとメガネ男はどうする?」
「僕はここに残ります。わたぴよ君は僕のためにずっと付いててくれたのですから。今度は僕の番です」
「メガネが残るなら、わたしもそうするわ」
「そうか、それじゃあ俺達だけでわたろうさんの応援に行くぞ。なんてったって俺に勝ったんだから、これから先も勝ってもらわないと困るからな!」
 カラリオに引っ張られ、わたあめは観客席に向かう。オヤジもその後を追う。

「さあ、前回は最後に衝撃的なハプニングもありましたが、気を取り直して行きましょう。二回戦第三試合! 赤コーナー、“わたの長兄”わたろうー!」
 コロシアムに大歓声が響く中、わたろうは入場する。一回戦での華麗な戦いぶりに、多くの観客からわたろうは注目の的となっていた。
「一回戦ではカラリオ相手に圧勝! 今大会ぶっちぎりの優勝候補だ! 今回はどんな神技を見せてくれるのか!? 続いて青コーナー、“目玉の商人”ロイヤルブイプルー!」
「みなさーん、ロイヤルセンターをよろしくー!」
 観客に両手を振りながら入場するロイヤルブイプル。
「一回戦では友人Cに快勝! 店の宣伝と百万円の為大会に出場し、大人の力を見せつける!」
 ロイヤルブイプルはバトルフィールドに立ち、大きな目でわたろうを見る。
 わたろうも小六としては背が高い方だが、相手は大人。体格の差は大きい。
「さーてそれでは、試合開始!」
 カモンキングがゴングを鳴らす。二人はいきなり仕掛けず、身構え互いの様子を見た。
「わたろう君、悪いけどこの勝負は僕が貰うよ。武器のない君じゃ、大人の僕には勝てない」
 ロイヤルブイプルは口元をニヤリと歪ませて笑う。
 わたろうは手にわたを持っていなかった。カラリオとの一回戦で、わた124.7連打を使って消費してしまった為である。
「心配ご無用」
 わたろうは右手を前に差し出し、掌を上に向ける。
「わた再生!」
 掌の上に白い光の玉が現れ、わたに姿を変える。
「いつ見ても凄い……兄さんのわた再生!」
 観客席のわたあめは、わたろうの技に目を輝かせていた。わたあめはまだわた再生を使えなかった。普段消費したわたは、いつもわたろうに再生してもらっていたのである。
「ほう、そうやっていくらでもわたを作れるのなら、是非私の店で売らせていただきたいね。きっと大ヒット商品になりますよ」
「悪いがそれはできない相談だ。こいつを使えるのはわたの一族だけなんでな」
「それは残念」
 ロイヤルブイプルの両目が伸びる。
「目玉パンチ!」
 不意打ちで飛んできた目玉を、わたろうはふんわりガードでしっかりと防ぐ。
「ならばこれで……ロイヤルパーンチ!」
 一回戦で友人Cを倒した必殺の超高速目玉パンチ。だが、それも全て防がれる。
 わたろうは次々に迫る目玉をわたで捌きつつ間合いを詰める。そしてロイヤルブイプルの前に立つと、体勢を低くしてロイヤルブイプルの腹にわたを付着させた。
「おおーっ! この技はーっ!」
 カモンキングが煽る。ロイヤルブイプルは驚き目玉のラッシュを止める。額には冷汗。
「神技・わた124.7連打!」
 閃く様に技名を言い、わたろうは猛烈なラッシュを叩き込む。
「な、何だありゃあ! 俺の時は空中に向けてのアッパーだったぞ!」
「うむ、お前にやったのは対空用のわた124.7連打。そしてこれは地上用のわた124.7連打。わたろうの技が神技と呼ばれるのは、一つの型に縛られず状況に応じて臨機応変に型を変えられるからなのじゃ」
 カラリオの疑問に、オヤジが答えた。
 一瞬も隙の無い連続攻撃に、ロイヤルブイプルは何一つ抵抗することができない。わたを通してパンチの衝撃を与えると共に、わたにエネルギーが溜められていく。そして遂に放たれる、最後の一発。
「プラス、0.3!」
 カラリオ戦では途中で止められた、この一発。これまでのどの拳よりも強烈な一発が、ロイヤルブイプルに突き刺さる。わたは内部から赤い光が漏れ、爆音と共に砕け散る。バトルフィールドは、白い煙に包まれた。
「これが、俺の本気だ」
 わたろうはそう言って再びわた再生をする。
 煙が晴れると、ロイヤルブイプルは場外で気を失っていた。二つの目玉は伸びきったままだった。
「勝者わたろうー! 大人相手に完勝だー!」
 カモンキングが勝者をコールすると共に、観客席からはこれまでで最大の歓声が上がる。
「凄い……凄いや兄さん!」
 わたろうの圧倒的な強さにわたあめはただただ感動していた。
「わたぴよも大人に勝ったが、あれは相手の自滅に近い。だが大人相手に実力で完勝するのが天才・わたろうなのじゃ」
「マジかよ……強いと思っちゃいたが、まさかそれほどとは……」
 オヤジの言葉に、カラリオはびっくりしていた。
 わたろうは、担架で運ばれていくロイヤルブイプルの方を見た。
「あんたに恨みはない。だが、どうしても俺の実力を見せたい相手がいるんでな」
 そう言い、観客席のごつごつあめに目線を向ける。ごつごつあめは、ギザギザの歯をむき出しにしてふてぶてしく笑っていた。続けて、わたろうはわたあめの方を見る。わたあめは、はっとした。
(兄さんはごつごつあめと戦いたがってる……でも、それ以上に僕がごつごつあめを倒すことに期待している!)
 わたあめは手に汗を握る。強いプレッシャーと使命感が、わたあめに降りかかった。空には少しずつ、雲がかかり始めていた。 

TOP 目次  

inserted by FC2 system