第9話 わたあめVSキツネ男

 控え室に戻ったカモンベイビーは、自らの勝利に一人満悦していた。
(フフ……決まったぜ。あの試合の俺、超かっこよかった……! クルミちゃんもきっとこれで俺に惚れ直したに違いない!)
 しかしクルミはずっと医務室でメガネ男に付きっ切りなので、この試合を見てはいなかった。
 そんなことは露知らず、カモンベイビーはクルミから告白され恋人になる妄想を繰り広げていたのである。
「王子、わたあめ様の二回戦が始まります。流石にちゃんと見た方がよろしいのでは……」
 ドアの向こうから聞こえる使用人の言葉で、カモンベイビーははっと我に帰った。
「ちっ、仕方がねえな。見に行ってやる」
 カモンベイビーは妄想の邪魔をされて頭にきていたが、彼の話も尤もなので仕方なく従った。

「さあ、これより二回戦第一試合を始めたいと思います!」
 いつものようにカモンキングのアナウンスがコロシアムを沸かせる。
 一方で入場口に立つわたあめは、どうにも不安で堪らなかった。
 あの後短い期間で何度も新しい技の特訓をしたが、何も思いつかずただ闇雲にわたを振り回していただけだった。
 そうして遂に時間が来てしまい、何のビジョンも無いまま二回戦に臨むことになったのである。
「それでは選手の入場です! 赤コーナー、“わたを持つ転校生”わたあめー!」
 わたを片手に、わたあめは入場する。
「一回戦ではコドモパンチ相手に一撃勝利! 今後の期待も活躍されるスーパールーキー! 果たしてこの試合ではどんな活躍を見せてくれるのか!」
 カモンキングの煽りに呼応するかのように、観客席から上がるわたあめコール。普段なら元気付けてくれるはずの応援が、今の彼にはプレッシャーとなっていた。
「続いて青コーナー、“金色の野獣”キツネ男ー!」
 キツネ男は両手を地につき四本足で駆けながら入場する。わたあめの時とはうってかわって、観客からはブーイングの嵐だ。
「コオォォォォォン!」
 ジャンプでバトルフィールドに飛び乗ったキツネ男は、観客の声を掻き消すように遠吠えした。
「一回戦ではメガネ男を手玉に取り圧勝! 野獣のような残虐性で対戦相手を完膚なきまでに叩きのめす、今大会で戦いたくない相手ナンバーワンの選手だ! 果たしてわたあめもその餌食となってしまうのか、注目の一戦です!」
 わたあめは、キツネ男をじっと睨みつける。キツネ男は、嘲るように微笑を浮かべた。
「わたくん……」
 観客席でクルミはぐっと手を握り、ただ祈っていた。
 医務室に残したメガネ男のことは心配だが、それ以上にこの試合を見守っていたかった。
「おっ、よかった。まだ始まってないみたいだな」
 クルミの横に腰掛けたのは、松葉杖をついたカラリオだった。
「カラリオくん! 体は大丈夫なの!?」
「おう、まだ痛むが、この試合はどうしても見ておきたくってな。頑張れよ、わたあめ……俺やメガネ男の分まで!」
 カラリオは、まるで自分自身が戦うかのように武者震いしていた。
 そしてわたぴよもまた、この試合をどうしても見たかった者の一人であった。
「ねえ父ちゃん、わたあめ兄ちゃんは勝てるかな?」
 右隣に座るオヤジは、うーむと唸った。
「大丈夫さ、あいつは俺の弟だ」
 左隣で、わたろうが言った。
「もちろん、お前もな」
 わたろうの言葉に、わたぴよの表情がぱっと明るくなった。
「うん、そうだよね! わたあめ兄ちゃんが負けるわけないよね! よーし、ボクも二回戦頑張って勝って、わたあめ兄ちゃんと戦うぞー!」
 そして、このコロシアムで最も高い場所で観戦する者が一人。カモンベイビーである。
(ククク……転校生、この程度の相手に負けたら許さんぞ……)
 そこは彼専用に作られた特別な観戦席であった。
 足を組み、肘掛に両腕を乗せてどっしりと構え、文字通り高見の見物をしていたのである。

 わたあめとキツネ男の睨み合いが続く中、カモンキングは静かにハンマーを振り上げる。
「それでは、試合開始ィー!」
 ゴングが鳴る。キツネ男の姿が消えた。
「コンマーッ!」
 頭上に振りかざされたコンマーを、わたあめはわたでがっしりと受け止める。キツネ男は、再び消える。
 後ろに回りこみ、後頭部目掛けてコンマーを振る。だがそれもガード。
「コンのやろーっ!」
 キツネ男は消えるように高速で死角に回り込み、静止してはコンマーで攻撃を繰り返す。だが全てわたあめに見切られ、ふんわりガードに防がれる。
「凄い! まるでカラリオ戦のわたろう兄ちゃんみたいだ!」
 わたぴよが歓喜の声を上げる。
 何度やっても攻撃が通じないキツネ男は、次第に苛立ちを覚え始めてきた。
「くっ……何故全部読まれるんだコン!?」
「それは、メガネ男のお陰さ! この試合が始まる前、クルミちゃんから渡されたんだ。メガネ男が分析した君のデータを!」
「あのチビめ、余計な真似を」
 この戦術を続けても仕方が無いと、キツネ男は一旦引いて距離をとる。
 わたあめは身構え、お互いに膠着する。
(よし、守りは完璧だ。あとは、新必殺技さえ完成すれば……)
 わたあめは、ぐっとわたを握り締める。
(ダメだ……何も思いつかない!)
 何も出来ずただ考えているうちに、キツネ男が跳び上がった。
 わたあめは、はっと気付く。
(データによればキツネ男は、ジャンプの瞬間に隙ができる!)
 わたあめは迷わず、わたを持った右腕を高く掲げてジャンプした。
「こうなったらあれをやるしかない! 一か八かの……わた124.7連打!」
 驚くキツネ男の腹にわたを付着させ、そこにパンチの連打を叩き込もうとする。
 だがしかし、三回ほど当てたところでわたあめの体は落下を始め、それと共にわたもキツネ男の体を離れた。
 わたあめは背中から床に落ちた。わたはふわふわと風に流され、ゆっくりと落下していく。
「わた124.7連打は本来わたにパンチでエネルギーを溜め込んで一気に爆発させる技。パンチ自体の衝撃は相手には伝わらないのです。つまりパンチの回数が少なければただ攻撃の威力がわたに吸収されるだけで、相手に何のダメージも与えられないのです。」
 カモンクイーンが失敗の要因を解説する。キツネ男は、何食わぬ顔でコンマーを振り下ろした。
「何がしたかったコン?」
 コンマーによる強烈な一撃が、バトルフィールドの床を叩いた。わたあめは、寸でのところで体を転がしかわした。そして落下してきたわたをキャッチし、次の攻撃に身構える。
(やっぱり僕に兄さんのような神技は無理だ……僕だけの技を、作るしかないのか!)
「お前、さっきからぼーっとしすぎだコン」
 キツネ男の振るコンマーが視界に入る。わたあめは反射的に上体を反らす。コンマーが鼻先を掠めた。
 わたあめは体勢を立て直しわたたきパンチを繰り出すが、容易く避けられる。
 キツネ男は、わたあめの周りを円を描くようにぐるぐると回り始めた。わたあめは目で追うことができず、キツネ男が何人もいるように見えた。
 少しずつ、円の半径が狭まってゆく。キツネ男はコンマーを内側に向ける。
 このままではいけないと思ったわたあめは、思い切って飛び出した。だが。
「うわああああっ!」
 コンマーをまともに喰らい、わたあめは空中に飛ばされた。すかさず、キツネ男は大ジャンプ。両手にコンマーを握り、思いっきりわたあめをぶん殴る。
 わたあめは真っ逆さまに落下し、床に頭を打ちつける。
 仰向けに倒れ頭部から血を流し苦しむわたあめに、キツネ男はとどめを刺そうと空中で縦回転を始める。
「コンマーハリケーン!」
 車輪のように回転するキツネ男が、わたあめ目掛けて落下する。
「ふんわり……ガード!」
 わたあめはわたを膨らませ、上半身の力だけでコンマーハリケーンを受け止める。そして背中を床に滑らせて少しずつ体をずらし、体が完全に射程圏内から外れるとわたを収縮させて立ち上がり攻撃から逃れた。
 コンマーによる連撃が、バトルフィールドの床を抉る。
「チィ……小賢しい奴め!」
 コンマーハリケーンを解き、素早くコンマーを振る。わたあめはなんとか防御する。キツネ男は暴れるようにコンマーを振り回す。
(早く、早く僕だけの必殺技を思いつかないと……)
 わたあめは必死で考える。だが、相手の攻撃を防ぐだけで精一杯で、何も頭には浮かんでこない。
「まずいぜ……わたあめの奴、防戦一方じゃねーか」
 カラリオは包帯の巻かれた手で必死にポップコーンを掴もうと四苦八苦していた。
「わたくん……」
 クルミは見ていられなくなり、目を閉じて祈る。
 コンマーを何度も受け、遂にわたあめのガードが解かれる。キツネ男はここぞとばかりに乱撃を繰り出す。
 わたを手放してしまい抵抗する手段がなく、わたあめはただひたすら受け続ける。
 次第に、意識が遠のいてゆく。
(やっぱり……僕に……必殺技なんて……)
 キツネ男は休まずコンマーを振り続ける。
(ごめん……わたぴよ……クルミちゃん……メガネ男……)
 わたあめは、地に膝をつきかける。
「……さーん!」
 と、その時だった。
「頑張ってください! わたあめさあぁぁぁぁん!」
 一つの叫び声が、コロシアムに木霊した。
 わたあめは、力を振り絞って声の聞こえた方向を見る。
 観客席の入り口に立つ、小さな人影。全身包帯の痛々しい姿で、松葉杖をつき懸命に立つその姿。
 メガネ男は一心不乱に叫び、倒れそうになるわたあめを応援していた。
「メガネ……」
 クルミの目に、涙が浮かぶ。
「メガネ男、目が覚めたんだね!」
 わたあめは急に元気が沸いたような気がした。わたも持たず、素手でキツネ男にパンチを撃つ。
 その拳は、見事頬にぶち当たった。キツネ男は不意を突かれ後退する。
「こいつ、まだこんな力が残っていたコン!?」
 わたあめはわたを拾う。キツネ男はジャンプし、コンマーハリケーンの体勢に入ろうとする。
 その時、わたあめの脳裏に電流が走った。
「そうだ、その手があったかーっ!」
 わたあめはわたを床に置き、上の辺りを右手で掴む。わたは一瞬で膨張し、わたあめの体を空高く放り上げる。わたあめはわたを離さず、飛び上がると同時に収縮、元の大きさに戻り右手に収まった。
 キツネ男は驚いた。真下にいたはずのわたあめが、今は自分より高い場所にいるのだ。
 わたあめはわたを両手で掴み、回転するキツネ男目掛けてハンマーのように振り下ろす。
「わたたき落としーっ!」
 わたを脳天に打ちつけられ、キツネ男は一気に床に叩き落された。
「コンゲーッ!」
 ハンマー攻撃は自分の十八番だと思っていたばかりに、相手に同じことをやられたキツネ男のショックは相当のものだった。
 だがそれでも、キツネ男はなんとか起き上がる。
「こ……この俺がここまで追い詰められるとは……」
 着地したわたあめは、わたを再び床に置く。そして何を思ったか、右足をわたの中に突き刺した。
「もう一つ思いついたよ、新必殺技!」
 わたあめはそのままキツネ男に向かって駆け出す。そして、キツネ男の目の前でジャンプ。
「あ、あの体勢はーっ!」
 驚いたのは、カモンキングである。
 わたあめは両脚を曲げて揃え一回転、わたに刺した右足を前に突き出す。
「わたた……キーック!」


 見上げるキツネ男。その鼻面に、わたあめは強烈なキックを叩き込む。
「ゴングェーッ!」
 断末魔を上げてキツネ男は吹っ飛ぶ。そして回転しながら場外落ち。
「勝者わたあめー! 何だあの技は……まるで私のカモンキング・ゴッドキック・クラッシャーのようだー!」
「ええ、あれはわたたきパンチを応用し、カモンキング・ゴッドキック・クラッシャーの動作を加えた新必殺技ですね。わたたき落としといい、一度に二つの必殺技を思いついてしまうとは、わたあめ君のセンスは天性のものがありますね」
 カモンクイーンはそう言うが、わたあめはそうとは思っていなかった。
(メガネ男……君のお陰だよ。君の声援があったお陰で、僕は勝てたんだ……)
 わたあめは、メガネ男に向けてそっと笑顔を見せる。
 カラリオが興奮して立ち上がり、イテテと唸ってまた座った。
「フッ、流石は俺のライバルといったところか」
 カモンベイビーは上から目線で言った。
「キツネ男!」
 担架に乗せられるキツネ男に、わたあめが駆け寄る。
「いいバトルだったよ。ありがとう、キツネ男」
 わたあめは手を伸ばす。
 キツネ男は少し困惑したが、すっと表情が柔らかくなった。
「こちらこそ、なかなか楽しかったコン」
 二人は固い握手を交わし、キツネ男は医務室に運ばれていった。
 わたあめの行為に、コロシアムは賞賛の拍手に包まれた。
「何だよわたあめの奴、あんなクソヤローと」
「でも、それがわたくんのいいところだから」
 不機嫌そうにするカラリオに対し、クルミはあっさりキツネ男を許してしまった様子だった。
 

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