第8話 たかしとコロン
カモンコロシアムでは一回戦第六試合、友人C対ロイヤルブイプルの試合が行われていた。
「はああーっ、目玉パーンチ!」
ロイヤルブイプルは目玉を伸ばして攻撃する。友人Cは眼前で両腕をクロスさせてそれをガードした。
「まだだ、ロイヤルパーンチ!」
目が高速で伸縮する、超高速の目玉パンチ。達人のラッシュにも劣らぬ連打が友人Cを襲う。友人Cはガードを解かず必死に耐えようとするが、パワーに圧され少しずつ後退していく。そして遂には痛みに耐え切れずガードが解かれ、目玉を顔面にモロに喰らった。
「ぐわあああ!」
悲鳴と共に吹き飛び、友人Cは場外に押し出された。
「勝者、ロイヤルブイプル!」
カモンキングが高らかに叫ぶ。
「皆さん、今後もロイヤルセンターをよろしくお願いしまーす! あ、それとこのコロシアムでロイヤルセンター出張所やってます! わたわ武闘会公式グッズ発売中でーす!」
両手を大きく挙げて万歳しながら店の宣伝をするロイヤルブイプル。どんな時でも商売根性を欠かさない商人魂に、観客達はある意味感心していた。
一方、医務室では。
「どうしてこうなった」
わたろうに大敗したカラリオは、メガネ男と同じ部屋のベッドに寝かされていた。
自分が優勝すると大見得切っての出場だったにも関わらず初戦敗退という結果は、本人にとって非常に納得がいかず気恥ずかしいものであった。
「カラリオは運が悪かったんだよ。わたろう兄さんが相手じゃ、流石に勝つのは厳しいよ」
「イテテ……ちくしょう、まさかわたあめの兄貴があんなに強かっただなんて……」
カラリオはメガネ男と同様に全身包帯でぐるぐる巻きではあったが、随分と元気そうだった。
「ったく、お前にしてもそうだが、わたを持った奴はどうしてこう強いんだ? アイテテ……」
「そんな、僕なんてまだまだだよ。でも、兄さんは本当に凄い。兄さんは僕の憧れで、目標なんだ」
「目標ねえ……お前が強い理由がわかった気がするぜ……ウッ、イテテ〜」
「カラリオ、大丈夫?」
「お、おう。こんなのメガネ男の痛みに比べりゃ何てことないぜ」
「うん、それならよかった。それじゃあ僕は兄さんのところに行ってくるよ。わたぴよはどうする?」
「僕はここに残るよ。メガネくんと一緒にいたいんだ」
「わかった。クルミちゃん、わたぴよのことを頼んだよ」
「ええ、わかったわ」
クルミは小さく頷いた。わたあめは、クルミ達に手を振り医務室を後にした。
第六試合が終わり、コロシアムでは第七試合の準備が始まっていた。
わたあめはオヤジとわたろうのいる席を見つけ、隣に座った。
「兄さん、一回戦勝ったんだね。おめでとう」
「ああ、お前こそな」
「僕なんてまだまだだよ。それよりいつ見ても凄いなあ、兄さんの神技は。僕にもあんな技が使えたら……」
「お前は俺の真似をせず、自分だけの技を作るといい。その方が強くなれる」
「僕だけの、技……?」
予想だにしていなかった答えだった。わたあめはどうしたらいいのかわからず、考え込んでしまった。
「ファファファ、わたあめもわたぴよもわたろうも、皆一回戦突破でわしも鼻が高いわい」
空気を壊すように、オヤジが割り込んだ。口から臭い息を吐き、口調はへらへら、顔色は真っ赤だ。足下には、沢山の酒瓶が転がっていた。
「お酒飲みすぎだよ父さん」
「いいんじゃいいんじゃ。わしの息子が三人とも勝ったんじゃからな。めでたい時は沢山酒を飲んで祝うものじゃ。おお、酒、もう一杯!」
オヤジは近くを通りがかった売り子を呼び止めた。
「まったく、オヤジの酒好きには困ったもんだぜ」
わたろうが、呆れて言った。
「ところでわたあめ、わたぴよはどうしたんだ?」
「わたぴよは医務室にいるよ。メガネ男が心配みたい」
「そうか……あいつ、友達があんな風にやられて辛いんだろうな」
「だからこそ、僕が二回戦でキツネ男を倒してメガネ男の仇を討つんだ!」
「フッ……期待してるぜ」
わたろうはわたあめの肩をポンと叩いた。
「さあ、ではこれより第七試合を始めたいと思います!」
マイクを通したカモンキングの声が、コロシアムに響き渡る。
「赤コーナー、経歴不明の謎の少年、たかし!」
カモンキングに呼ばれて入場してきたのは、何の変哲も無い中学生ほどの少年。
「青コーナー、同じく謎の生物、コロン!」
続いて現れたのは真っ白な丸い体に、頭から生える二本の触角を持つ見るからに不思議な生物。哺乳類とも虫ともつかないその姿は奇妙であったが、それ以上になんとも愛くるしかった。
「コ〜ロリ〜ン」
コロンは、ニコニコ笑いながら可愛らしい声で鳴いた。すると轟くような黄色い声援が、観客席の若い女性達から上がった。
「キャーッ、コロンくん、カワイイー!」
「コロンくん、こっち向いてー!」
わたあめは、その様子に圧倒されていた。
「い、いきなり凄い人気だね……」
「女の子は皆可愛いものが大好きじゃからのう。まあ、わしはわたボーの方が可愛いと思うが」
コロンは楽しそうに触角をぴこぴこと動かしながら、観客席のファン達に笑顔を振り撒いた。
先程まで男達の熱い声援に包まれていたコロシアムの雰囲気が、百八十度変わってしまった。
気に入らないのは、たかしであった。
「くそっ、あいつの本性も知らないで……」
たかしはアウェーの空気に苛立ち、ギリギリと歯ぎしりをした。
「さあ、果たしてこの正体不明の二人はどちらが勝つのか! わしも全く予想がつかない! それでは行きましょう、試合……開始!」
カモンキングがゴングを鳴らす。
それと同時にコロンの触角がゴムのように伸び、鞭のようにしなる。不意を突かれたたかしはガードが間に合わず、頭に直撃を受けた。
鋭い音が鳴った。誰もが皆、目を疑った。
たかしの首が体を離れ、ポトリと落ちた。
暫しの沈黙の後、一人の観客が叫んだ。
「ひ、人殺しだー!」
それを皮切りに、観客達が次々に悲鳴を上げた。恐怖と絶望の悲鳴を。コロシアムは、阿鼻叫喚の巷と化した。
「な、なんということだー! このわたわ武闘会で死人が出てしまったー! これは大惨事だー!」
カモンキングが煽るように叫ぶ。
と、その時だった。
「いてーな、何しやがる」
生首と化したたかしが、声を発した。
たかしの頭は首が下になるように起き上がった。
信じられない光景に、観客達は一斉に黙った。
それまで棒立ちしていたたかしの体が、ファイティングポーズを取った。
頭はゴムボールのようにピョンピョン跳ねながら移動し、体の足元に着いた。
「と、父さん……あれって、一体……」
わたあめは顔を青くしながらオヤジに聞いた。
「わ……わしもわからん」
オヤジは一気に酔いが醒め、普段は開いているのか閉じているのかわからない目をぱっちり開けていた。
「説明しましょう!」
その言葉を放ったのは、田中博士であった。解説の席にはカモンクイーンの代わりに彼が座っていた。
「彼の名はくびとれたかし、この田中が開発したスーパーロボットです!」
「な、なんだってー!」
衝撃の発言に、観客席はざわめいた。
「くびとれたかしは首取れロボット。元から頭部と胴体が分離するように設計されているのです。皆さん心配は一切ご無用です」
「ちなみにわしは最初から知ってたぞい。あ、紹介が遅れましたがこちらはこの試合のゲスト解説者を勤める田中博士です」
カモンキングがしれっと言った。
田中博士はコホンと咳払いをし、話を続ける。
「それだけではありませんよ。コロンくんもまた、私の開発した人工生命体なのです!」
「な、なんだってー!」
またしても衝撃の発言が飛び出し、観客席はざわめく。
「コロンくんは強くて可愛い私の自信作。伸びる触角は最大の武器なのです! 私は田中研究所の技術力をカモン王国全土に知らしめるため、この二人をわたわ武闘会に出場させたのです!」
自慢げに語る田中博士。だがその直後、急に表情が暗くなった。
「もっとも、この二人が一回戦で当たることになるとは予想してませんでしたが……」
「まあ、くじ引きだけはどうにもなりませんからな」
しょんぼりする田中博士の肩に、カモンキングはそっと手を乗せた。
「おい博士、そろそろ戦ってもいいか?」
たかしがイライラしながら言った。
「あ、どうぞ」
「よっしゃ行くぜー!」
たかしの体は掌を広げ、床に置かれた頭をがっしりと掴む。そして腕を大きく振りかぶり、コロンに向かって投げつけた。
「必殺・顔投げー!」
頭はコロンにぶつかるとボールのように跳ね返る。体はそれをキャッチし、再び投げる。その様子はまるで一人キャッチボール。鉄の塊を何度もボコボコとぶつけられ、コロンの体は傷ついていく。
「やめてー!」
「コロンくんをいじめないでー!」
女性客達からブーイングが飛ぶ。だが、当然たかしは手を止めたりはしない。
「うるせえ! 俺は前々からこいつが気に入らなかったんだ!」
「それはこっちの……台詞コロ!」
コロンの触覚が、飛んできたたかしの頭に巻きついた。
「コロンくんが喋った!?」
驚く観客を気にも留めず、コロンは触覚を伸ばしたかしの頭を空高く持ち上げる。そして頭頂部を下にし、一気に床に叩きつけた。
「ぐはあ!」
苦悶の叫びを上げるたかし。頭だけでは当然受身を取ることはできず、打った頭を自分で擦ることもできないのだ。
コロンは再び、たかしの頭を持ち上げる。
「コロコロコロ、お前が僕に頭を当てたのは十三回……だから僕も十三回お前を床に叩きつけてやるコロ!」
邪悪な笑みを浮かべ、コロンはたかしの頭を床に向けて振り下ろした。
「そうはさせねえ!」
たかしはカッと目を見開き、次の瞬間体が両手で頭をがっしりと受け止めた。
「俺にはこの体があることを忘れたわけじゃねーよな」
「ならその体を使わせてもらうコロ」
頭を掴む手が一瞬緩まったのを、コロンは見逃さなかった。
触覚を一気に振り上げ、頭は手から引き剥がされる。そしてそのまま、空高く投げ飛ばされた。
「なにィー!?」
驚くたかし。すかさずコロンはたかしの体に触覚を巻きつけ、自分の近くに引き寄せた。
「合体だコロ!」
コロンは、たかしの首があった場所に飛び乗った。ガション、と間接が繋がるような音がした。
たかしの体は、まるで動きを確かめるようにシャドーボクシングを始める。上空にいるたかしの頭は、信じられないとでも言いたそうな顔をしている。
コロンはフフンと笑い、たかしの体は勝ち誇るように腕を組んだ。
「あれって、まるで……」
わたあめも、そして他の観客達も皆、目で見ているものを信じられなかった。あの体に乗っていた頭は、最初からコロンであったかのような錯覚に襲われた。
あれではまるで、たかしの体がコロンに乗っ取られたようではないか。
「説明しましょう! 実はコロンくんには、たかしの胴体と合体する能力があるのです!」
「な、なんだってー!」
またしても飛び出す、田中博士の衝撃発言。
「コロンの頭にたかしの体。名付けてコロシだコロ」
自由に動かせる人型の胴体を得たコロンは、それが嬉しくてたまらないかのように全身の間接を動かして様々なポーズをとる。
「さあ、コロシの必殺技を見せるコロ!」
コロシがそう言うと、両腕と両脚が展開。蒸気と共に格一本ずつ、計四本の剣がせり出してきた。それらの剣はコロシの両手と両足のつま先に装備される。更に、胸部が引き出しのように開き三本の剣が姿を現す。そしてそれを、今度は口と二本の触覚に装備した。
「コロシは七刀流の剣士なんだコロ!」
七本の剣を見せびらかすかのようにポーズを決めるコロシ。
たかしはぎょっとしてしまった。全身が鋼鉄で作られた自分はこのまま落下しても大したダメージにならない。だがコロシの必殺技を受けたら一溜まりもない。体のコントロールはもはや完全にコロンの意識下にある。最早たかしには、何一つ抵抗する手段が無いのだ。
コロシは両腕と両脚を大きく広げ、必殺技の体勢に入る。
「七刀流奥義・七千世界!」
たかしの頭が床に落ちる寸前、コロシは一気に踏み込み加速しその横を通り過ぎた。たかしの頭は、綺麗に八等分された。断面から覗く内部の機械が、バチバチと火花を散らす。
たかしの頭、無残に爆散。コロシの二本の触覚が、爆風に揺れていた。
「勝者コロン……もとい、コロシ! 大逆転勝利だー!」
人外同士の凄まじいバトルに大興奮のカモンキング。一方で田中博士は、がっくりと肩を落としていた。
「ああもうコロンくん、やりすぎですよ……一体誰がたかしを修理すると思ってるんですか……」
コロシは、応援してくれた観客に向けて手と触覚を振った。たかしに向けたものとは真逆の、無邪気な笑顔で。
「王子、第七試合が終了しました。そろそろ出番です」
カモンベイビー専用控え室の扉を、使用人が小さくノックした。カモンベイビーは読んでいたエロ本を机に置き、すっと立ち上がった。
扉を開けると、使用人は一つの花束を手にしていた。
「王子、これを」
カモンベイビーは何も言わずそれを受け取り、足早にその場を去った。
「わたあめ、次はいよいよ例の王子様だな」
観客席で、わたろうがわたあめに言った。
わたあめはただ、何も言わず無人のバトルフィールドを見つめていた。
「さあ、これより第八試合を開始致します!」
カモンキングの声が、コロシアムに響き渡る。解説者の席にはカモンクイーンが戻ってきていた。
「赤コーナー、モブキャラの意地を見せてみろ! 友人A!」
そう言われて入場したのは、友人トリオ最後の一角である友人A。初戦敗退した友人Bと友人Cの分まで勝つんだと、気合抜群で試合に臨んでいる。
「青コーナー、カモン王国のプリンス……カモォォォンベェェェイビィィィッ!」
他のどの選手の時よりも気合を入れて叫ぶカモンキング。
カモンベイビーは、右手に花束を持ち威風堂々と入場。バトルフィールドの前に立ち、花束を天に掲げ一言。
「カモン!」
決して派手ではないが、王族に相応しい凛としたパフォーマンスに、観客達は驚愕した。カモンベイビーといえば国民からも派手好きで知られ、まさかこのような入場をする等とは誰も思っていなかったのだ。
だが、カモンベイビーといえば実力は無い癖に権力を盾に威張り散らすことでも知られている。格好ばかり立派でも試合に負けたら何の意味もないのだ。
わたあめはカモンベイビーを信じたいと思っていたが、やはり心配であった。
「さて、この試合はクラスメート同士の対決。我らが息子カモンベイビーは一体どんな試合を見せてくれるのか……それでは、試合開始!」
ゴングが鳴った。だがお互いに踏み出さず様子見を続ける。
「カモン」
カモンベイビーが、友人Aを挑発する。
「くっ、そんなにやられたいならやってやらぁ!」
友人Aが、拳を振り上げ飛び出した。
「フッ、かかったな! 喰らえ新必殺技、ふうかぜマント!」
カモンベイビーはマントの裾を掴み、扇ぐように振りかぶる。
突風が、巻き起こる。
「うわあああああ!」
友人Aの体が宙に浮かび、バトルフィールドの外まで吹き飛んだ。
「勝者、カモンベイビー! なんと見事な圧勝だー!」
カモンキングが、即行で勝者の名を挙げた。
「ふうかぜマントはマントを使って風を起こす、カモン王家伝統の技。カモンベイビーはこの短期間で必死に特訓し、この技をマスターしました。これでより王子としての自覚を持ってくれれば嬉しいのですがね」
カモンクイーンが私情を交えながら技の解説をする。
カモンベイビーは、優雅にマントを翻しバトルフィールドを後にした。
(凄い……カモンベイビーは本当に強くなってる!)
わたあめは、以前とは比べ物にならない程強くなったカモンベイビーの姿に感心し、決勝で戦うのが楽しみになった。
だが、その前にはキツネ男が立ちはだかる。
わたろうの言うわたあめだけの技は、未だビジョンが浮かばない。
わたわ武闘会は、まだまだ続く。