第6話 男の戦い

 わたわ武闘会。わたわ町中から集った強者達が己の肉体と肉体をぶつけ合う、魂の大会。
 表向きにはカモンコロシアム完成記念の大会ということになっているが、実際のところはわたわ武闘会をやるためにカモンコロシアムが建てられたと言っていい。
 決勝戦、大勢の観客の前でわたあめを倒し己の実力を見せつける。カモンベイビーの目的はただそれだけであった。
 王子一人の我侭で大量の税金が使われるという愚かしい事態であったが、カモンキングの意向によりカモンコロシアムはバトル大会のみならずスポーツや演劇、祭りに展覧会、同人誌即売会にまで何にでも使える万能施設として建てられることとなったのである。
 わたわ町民達はそんなしょうもない理由で作られたということは露知らず、コロシアム完成に沸き立っていた。
 そして今、多くの町民達が見守る中で、わたわ武闘会の記念すべき一回戦第一試合のゴングが鳴った。
「こんな弱そうな奴が相手だと? つまらん戦いになりそうだ」
 ゴングが鳴ると共に、コドモパンチが間合いを詰める。
「一発で倒すぜッ!」
 渾身の右ストレートが、わたあめの顔面目掛けて飛び込んできた。
「ふんわりガード!」
 瞬時にわたを眼前に添え、パンチを無力化する。
「ほう、俺のパンチを受けて倒れないとは、意外とやるじゃないか」
 コドモパンチはニヤリと笑みを浮かべる。
「じゃあこれならどうだ! コドモ百烈拳!」
 目にも留まらぬ速さの連続パンチ。弾幕の如く降り注ぐ拳を、大きく膨らんだわたが全て受け止める。
「まったく馬鹿な奴だ。わたに打撃は通じない」
 観客席で、わたろうが呟いた。コドモ百烈拳の衝撃は全てわたに吸収され、わたあめの元には届かなかった。
「ハア……ハア……どうだ、これを喰らえばただでは済むまい……」
 百発の連激を行い、コドモパンチは息切れしていた。わたあめは平然と立っている。
 隙だらけの敵を目の前にして、わたあめは目を閉じる。
(カモンベイビー……僕は、君と友達になりたいんだ……)
 閉じた瞼の裏に写るのは、手と手を取り合う自分とカモンベイビーの姿。
(そのために僕は必ず、決勝で君と戦う――!)
 わたあめは目を見開く。コドモパンチは威圧され、ビクリと身を震わす。膨らんでいたわたが、わたあめの右手に収縮する。
「わたたきッ! パンチ!」
 そう言い終える間もなく、わたを持った拳がコドモパンチの顔面中央にぶち込まれた。
 その威力は、コドモパンチの必殺パンチを遥かに超える。
「へぶりょーっ!」
 奇声と共に、コドモパンチは吹き飛んだ。そしてそのまま、場外落ちと共に気絶。鼻っ面をへし折られ泡を吹くその姿に、最初の威勢はどこにも無かった。
 あまりにも簡単についた決着に、実況席のカモンキングも思わず絶句した。だがやがて状況を理解し、マイクを壊れる程強く握り締め声高々に叫ぶ。
「しょ……勝者、わたあめーっ!」
 大地を揺るがすような歓声が、コロシアムに響き渡った。
「な、な、な、なんと! 一撃勝利だー! 三年生のわたあめが、四年生のコドモパンチを一撃で倒したーっ!」
 カモンキングは興奮して立ち上がり、机に足を掛けて叫ぶ。
「凄い! 凄いぞわたあめー! これがわたの力なのかー!」
 カモンキングが声を上げる度、観客が沸き立った。わたあめはわたを手にした右手を空高く掲げ、自らの勝利を喜んだ。コドモパンチは、スタッフに担架で運ばれていった。
「あのコドモパンチとかいう奴、よくもまああの程度の実力で出場しようと思ったコン」
 観客席で、一人の少年がそう呟いた。
「さて、俺も準備するかコン」
 少年が立ち上がると、その異様な姿に周りの観客は皆ぎょっと目を丸くした。
「わたあめ様、こちらをどうぞ」
 観客席に戻ろうとするわたあめに、スタッフが一杯のドリンクを差し出した。
「ドッパー先生作の回復薬です」
「えっ、僕どこも怪我してないよ」
「選手の方には常にベストコンディションで戦って頂く為、試合終了後は全ての選手にこれを飲んでいただくことになっています」
「わかったよ、ありがとう」
 薬を飲むと、汗が引き少し元気になった気がした。
「お疲れ様、わたくん」
 控え室と観客席を繋ぐ廊下で、クルミが話しかけてきた。隣にはメガネ男がいる。
「ありがとう、クルミちゃん」
「すごいよわたくん! 四年生を一撃で倒すなんて!」
「わたあめさん、いいデータを取らせて頂きました。二回戦では僕と当たることになりますが、お手柔らかにお願いしますね」
 メガネ男は眼鏡に手を沿えキラリとレンズを光らせた。
「その前に、一回戦に勝たないとね」
「フフ、姉さんは僕が負けるとでもお思いですか? 僕が勝つところを、わたあめさんと仲良く見ていてください」
 メガネ男はそう言って控え室に向かった。
「わたくん、観客席に行こう」
「うん、メガネ男を応援しよう!」

 わたあめとクルミは、観客席に二人並んで座った。
「ねえクルミちゃん、メガネ男って強いの?」
「強いかどうかはわからないけど、頭はいいしデータ収集が得意なのよ。わたくんの対策もばっちりだって言ってたわ」
「そうか、僕も油断できないな」
 二人が話していると、試合時間を知らせるアナウンスが鳴った。
「さーて、一回戦第二試合、選手の入場です!」
 相変わらずテンションの高いカモンキングは、左腕を伸ばし西側の入場口に手を向ける。
「赤コーナー“若きデータバンク”メガネ男ー!」
 メガネ男は、クイックイッと何度も眼鏡を上下に動かしながら入場する。
「なんとメガネ男は小学一年生だ! 果たしてどんな戦いを見せてくれるのか!」
 続いて、東の入場口に手を向ける。
「青コーナー“金色の野獣”キツネ男ー!」


 入場してきたのは、常人とは外れた容姿の少年。全身を金色の短い体毛で覆い、目は切り傷のように細い。二つの耳は頭の天辺にあり形も三角形。そして尻にはフサフサの尻尾が生えている。その姿は、まるで狐と人間の合体生物だ。
「コーンコンコンコン、まさか一年生が相手とはな。楽勝すぎて笑えるコン」
「さあ、どうでしょうね。貴方のデータは完璧に取れています。性格、体格、武器、戦闘スタイル……貴方の戦いに関する全てが僕の頭に詰まっているのですよ」
「データ? それがどうしたコン」
「フフ……戦ってみればわかりますよ」
 お互いに挑発し合い、ピリピリとした空気が流れる。
「メガネ男とキツネ男……この戦い、まさしく『男の戦い』だー! それでは、試合開始ー!」
 ゴングが鳴る。先に仕掛けたのは、キツネ男だった。キツネ男は、小型のハンマーを取り出しメガネ男に突撃する。
 だが次の瞬間、眼鏡のレンズ型のカッターがキツネ男の腹に突き刺さった。
「コ……コン!?」
「貴方の攻撃パターンは読めています。データから導き出された計算によってね。そうそう、その武器はコンマーですね。貴方専用にカスタマイズした専用ハンマー。しかしハンマーとしてはいささか小さく軽い……しかし所詮はハンマー、それなりの重みはあります。貴方はスピードが自慢のようですが、ハンマーの重さが貴方のスピードを殺し、スピードを活かすための改良がハンマーの重さを殺す。そのコンマーは工具としては使えても、武器としてはあまりにも中途半端です。ちなみに僕の武器はレンズ手裏剣。体の小さい僕でも簡単に扱えて強力な武器です」
 ペラペラと自慢げに喋るメガネ男。だがその隙を突いてキツネ男は後ろに回り込む。
「喰らうコン!」
 コンマーを振り下ろすが、メガネ男は横っ飛びでかわす。そして振り返り様にレンズ手裏剣を投げた。
 右肩に手裏剣が刺さり、キツネ男は苦悶の声を上げる。だが、すかさずコンマーを横に振り反撃。メガネ男はそれも避ける。
「当たりませんよ。貴方がどんなタイミングで攻撃するかは完璧に計算されています。フフン、僕のデータに不可能はないのです」
 キツネ男は闇雲に攻撃を出し続けるが、メガネ男は余裕の表情でかわしレンズ手裏剣を正確に当てていく。中でも両脚は集中して狙っていた。キツネ男のスピードが、目に見えて落ちていくのがわかった。
「脚に怪我を負ってしまえば、自慢のスピードも台無しですね」
 血を流し足を引きずるキツネ男。十二枚目の手裏剣が刺さると共に、遂に地に膝を突いた。
「おーっと、これは凄い! メガネ男圧倒的優勢だー! このまま第一試合同様に年少者が勝ってしまうのかー!」
 カモンキングも、意外な展開に驚きを隠せずにいる。
「やったわメガネ!」
「凄いやメガネ男! こんなに強かったなんて!」
「そいつはどうかな」
 歓喜するわたあめとクルミに、空からの声が水を差した。
「カラリオ!」
 わたあめとクルミの上で羽ばたきながら、カラリオは両手に一つずつソフトクリームを手にしていた。
「キツネ男……お前達はあいつの恐ろしさを何もわかっていない」
「カラリオくん、それってどういうこと!?」

 メガネ男は大量のレンズ手裏剣を取り出し、動けないキツネ男に見せた。
「どうやらここまでのようですね。それではとどめと行きましょうか。レンズ乱れ撃ち!」
 散弾銃の如く投げつけられるレンズ手裏剣。誰もがメガネ男の勝利を確信した。
 だが、聞こえてきたのは手裏剣の刺さる音ではない。コロシアムに響き渡る、ガラスの割れる音。
 キツネ男の右手に握られたコンマーと、足元に散らばる無数のレンズの破片。メガネ男は、己の目を疑った。
「そんな馬鹿な! どういうことですか!」
 刺さったレンズも全て抜け落ち、キツネ男は立ち上がる。
「コーンコンコンコン、今まではわざとやられてやったんだコン」
「んなっ……!」
「まさか気付かなかったコン?」
「う、嘘だ! 僕の計算が間違うはずがない!」
「計算ねぇ……お前は一つ大きな計算間違いをしているコン」
 そう言うと共に、キツネ男の姿が消えた。メガネ男はすかさずレンズ手裏剣を投げる。
 鈍い音が鳴り、メガネ男がうつ伏せに倒れた。コンマーを持ったキツネ男が、その前に立っていた。レンズ手裏剣は、それから少し遅れて場外の床に刺さった。
「メガネーっ!」
 クルミの悲鳴が木霊する。
「こ、これは一体何が起こったのかー! 解説のカモンクイーンさん、お願いします!」
「これは恐らく、一瞬で移動しメガネ男の顔面をコンマーで攻撃したのでしょう。キツネ男の敏捷性には驚かされますね」


 メガネ男の眼鏡にはひびが入っていた。キツネ男は、ジュルリとコンマーを舐める。
「やはりな……あいつは俺と同じ三年一組なんだが、はっきし言って実力は俺以上だ。それだけじゃない。奴には獣のような残虐性がある。一年生のメガネ男に、あいつと戦わせるのは酷ってもんだぜ」
 溶けかけのソフトクリームを必死で舐めながら、カラリオが言った。
 メガネ男は、何が起こったのかまだ理解できていなかった。だがそれでも諦めず、ふらつく足で立ち上がる。
「僕の計算が間違っている……? それは一体どういうことですか」
「わからないコン?」
 キツネ男が、一瞬でメガネ男の後ろに回り込んだ。そして、耳元で囁くように話す。
「それは、お前が弱すぎるということだコン」
 メガネ男は振り返る。キツネ男の姿は無い。
 キツネ男はメガネ男の眼前に立ち、見下ろしながら指を差して言う。
「どんなに完璧なデータを持っていたとしても、それを使う奴がゴミのような弱さでは何の意味も無いコン。お前は相手のデータばかり気にしていたようだが、自分のデータを取ったことはあったか?」
 メガネ男の心臓が、ドクンと鳴った。
「う、う、嘘だ! こんなことありえない!」
 図星を突かれ取り乱すメガネ男。キツネ男は、不敵な笑みを浮かべて舌なめずりする。
「一度お前と俺のデータを照らし合わせて計算してみるといい。きっとお前の勝率は0%だコン」
「嘘だーっ!」
 メガネ男は膝を突き、頭を抱えて蹲る。キツネ男は、コンマーを両手で握り垂直に跳び上がる。そしてコンマーを振り子のようにし、空中で前転を繰り返す。
「これで終わりだ! コンマーハリケーン!」
 メガネ男は、その声に反応して顔を上げる。だがそのまま蹲っていればよかったのにと、次の瞬間に後悔した。
 風切り音を鳴らしながら回転するキツネ男が、メガネ男の顔面目掛けて突っ込んだ。高速で回転するその姿は、まるで一つの車輪。コンマーによる重たい一撃が、メガネ男の顔面にぶち当たる。そして息も吐かぬ間に、次の一撃が繰り出される。果たしてこの数秒に、メガネ男は何十発の打撃を受けたであろうか。キツネ男が回転を止め地に足を着くと、メガネ男は場外に吹き飛ばされた。顔は無数の打撲傷で腫れ上がり、知性の象徴たる眼鏡は粉々に砕け散った。それと共に、彼の心もまた砕かれていた。
「しょ、勝者、キツネ男……」
 つい先程まで高いテンションで盛り上げていたカモンキングが、引き攣った顔でぼそりと言った。血みどろの残虐試合に、観客の声もすっかり消え失せていた。静かなコロシアムに、キツネ男の遠吠えだけが響き渡った。
「クルミちゃん!」
 ショックに青ざめ、気を失いそうになるクルミをわたあめが支えた。
 メガネ男は、急いで駆けつけたスタッフに担架で運ばれていく。
「クルミちゃん、僕達も医務室に行こう! カラリオ、君も一緒に!」
「お、おう」
 わたあめは、クルミの腕を肩に抱えて席を立つ。
 その時、バトルフィールドのキツネ男がこちらを見ていることに気がついた。
 キツネ男は、フッと笑うとわたあめから目を逸らしバトルフィールドを立ち去った。
(キツネ男……あいつは必ず僕が倒す……!)
 静かな闘志を燃え上がらせ、わたあめはクルミを連れて医務室に向かった。
 

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