第5話 わたわ武闘会開幕!
わたあめとクルミのデートから、一ヶ月が経った。
クルミを挟んだ先にある席は、今日も空いていた。
あの日から、カモンベイビーは学校に来なくなった。
周りは気にした風もなかったが、わたあめだけは心配していた。
カモンベイビーが悪いのだということは解っていたが、それでも自分に責任を感じてしまうのがわたあめという男なのだ。
三週間ほど前、学校のプリントを届けるついでに見舞いに行こうとした。が、城には入れてもらえずプリントを門番に渡すことしかできなかった。
その後も週一でカモン城を訪ねたが、結局カモンベイビーとは一度も会うことはできなかった。
城の近くでは、何やら大規模な工事が行われていた。
「ようわたあめ! あの貼り紙見たか?」
カモンベイビーの席を見て一人物思いに耽るわたあめに、友人Bが話しかけてきた。
「貼り紙? 何のこと?」
「お前知らないのかよ。ほら、こっちだ」
わたあめは友人Bに連れられて廊下に出た。
教室前の壁には人だかりができており、ざわざわと話し声が聞こえた。
「おう、来たかわたあめ」
友人Aと友人Cも、その中にいた。
「ほら、見ろよこれ。凄いことになってるぜ」
わたあめは人ごみをかき分け、貼り紙の前に行く。
カモンコロシアム完成記念 わたわ武闘会開催。
日程は今週日曜日。
優勝者には賞金百万円。
エントリーは本日午後八時まで。
貼り紙にはそう書かれていた。
「なあわたあめ、当然お前も参加するよな?」
友人Cが言う。
「うーん、バトル大会か……そういうの、あんまり興味ないなあ……」
「何言ってんだわたあめ! お前が出ないと張り合いがねーだろ!」
乗り気でないわたあめに向けて放たれた声は、友人トリオの誰とも違っていた。
頭上の影に気がつき、思わず上を見上げるわたあめ。
声の主はカラリオ。人ごみを避け、空中から貼り紙を見ていたのだ。
「お前の実力なら間違いなく上位に入れるはずだ。まあ、優勝は俺だろうけどな」
腕を組み、自信満々でマントを羽ばたかせるカラリオ。
わたあめは、その話を聞いてもやはり乗り気にはなれなかった。
「まあいいじゃねーか。あいつもああ言ってることだし、参加しようぜ」
「エントリー今日の夜までだぜ。とりあえず帰りに行くだけ行ってみようぜ。お前も出来上がったカモンコロシアム見てみたいだろ?」
「そうそうカモンコロシアム! 見るだけ見に行ってみようぜ!」
「う、うん、わかったよ」
友人トリオにせがまれ、わたあめは仕方が無くコロシアムに行くことになった。
その日の放課後、わたあめと友人トリオ、カラリオはランドセルを背負ったままカモンコロシアムへと向かった。
入り口の前で、コロシアムを見上げる五人。
隣にあるカモン城に合わせた中世建築風のデザインは、まるで異世界に迷い込んだような印象だった。
「すっげーな……こんなものがわたわ町にできたのか……」
「ずっと工事してたのはこれだったんだね……」
皆、その壮大さにぽかんと口を開けていた。
突然、コロシアムの扉が開いた。わたあめは驚愕した。
「カモンベイビー……」
真っ赤なマントを身に纏うその姿。扉を開けて外に出てきたのは、ずっと学校を休んでいたあのカモンベイビーであった。
「てめえ! 何の用だ!」
カラリオが声を張り上げる。
「ここは俺の家が建てたコロシアムだ。俺がここにいて何が可笑しい」
「ぐっ……」
カラリオは言い返す言葉が無かった。
「カモンベイビー、ずっと学校に来ないで、何をやってたの?」
わたあめの問い掛けに、カモンベイビーはフッと笑った。わたあめははっとした。カモンベイビーの様子が、一ヶ月前とは明らかに違う。全身傷だらけで、体つきも以前と比べて引き締まっている。
「そんなの決まってるだろう。お前を倒すための特訓だ」
カモンベイビーは、拳をわたあめの眼前に突きつける。
「カモンコロシアムは俺が父上に頼んで作らせたもの、そしてわたわ武闘会は俺の企画したものだ。この大会の決勝、お前は大勢の観客の前で俺に敗れる。お前に言われた通り、正々堂々戦ってお前を倒してやる。お前は無様な姿を観客に晒し、俺は圧倒的な力で優勝する。どうだ、素晴らしい計画だろう」
カモンベイビーは、力強くはっきりと言った。
まるで別人のようなその雰囲気に、カラリオと友人トリオは唖然としていた。だが、わたあめはそれとは全く違う反応だった。
「カモンベイビー……僕は嬉しいよ、君がそうなってくれて。よーし、決勝で戦おう!」
握手しようと、手を差し出すわたあめ。だが、カモンベイビーは拒絶するようにその手を叩く。
「勘違いするなよ。俺はお前とお友達になるつもりはない。あんな奴らと遊んでいる暇があったら、この俺に勝つための特訓でもしたらどうだ?」
カモンベイビーはそう言うと、しょんぼりしているわたあめを尻目にその場を去った。
「あんな奴らって……やっぱムカつくぜ! あいつ!」
友人Aが怒りに声を荒げる。
「まあまあ、そんなことより、早くエントリーしようよ。早くしないと人数埋まっちゃうかもしれないよ」
数分前までの迷いはどこに行ったのか、わたあめはコロシアムの入り口に向かって真っ直ぐ駆け出した。
「おい待てよ! あいつの言うこと信じるのか!? だってカモンベイビーだぜ、どんな卑怯な手を用意してるか……」
「大丈夫。今のカモンベイビーはそんなことしないよ」
あまりのお人よしに、カラリオと友人トリオは呆れてしまった。
そして、大会当日。
カモンコロシアムの観客席は満員。
開始時刻と共に、解説者の女性が若干硬い口調で喋りだす。
「会場の皆様こんにちは。本日はわたわ武闘会にお越し頂き真に有難うございます。このカモンコロシアムはバトル大会には勿論のこと、スポーツや演劇、コンサート等あらゆることに利用できる万能施設でして、これからわたわ町の新たな名所になることでしょう。今回のわたわ武闘会はその完成を記念して開催いたしました」
「前置きはさておき、早速バトルと行きましょうか!」
と、テンションの高い実況者がそれを遮る。
「ちなみに、実況はこのわし、カモン王国国王カモンキングが! 解説はその妻カモンクイーンがお贈りします!」
マイクを握り声高々に叫ぶカモンキングの隣で、美しく気品のある女性が小さくお辞儀をした。
「国王陛下って、あんな性格の人だっけ?」
観客席で、わたあめがオヤジに尋ねた。
「あいつはプロレス好きじゃからのう。それでテンション上がっとるんじゃろう」
カモンキングとカモンクイーンは実況席を離れ、コロシアム中央にある正方形のバトルフィールドに姿を現した。
「それでは、この大会のルール説明を兼ねたエキシビジョンマッチを行う! 赤コーナー、カモーンキーング!」
カモンキングはバトルフィールドに立つと上着を脱ぎ捨て、鍛えられた筋肉を観客に見せつける。
政治が仕事の人間とは思えない肉体が、ポージングを決める度歓声が上がった。
「青コーナー、カモーンクイーン!」
夫とは対照的に、カモンクイーンがお淑やかにフィールドに上がる。
「それでは、試合開始ィ!」
カモンキングがそう言ってマイクを投げ捨てると同時に、ゴングが鳴った。
「カモンキング、早速後ろに回り込んだァ!」
自らの戦いを実況しながら、カモンキングはカモンクイーンの背中をとる。
後ろから右手でクイーンの頭を掴み、左掌で背中下背骨の付け根辺りを押さえつける。そして右手に力を籠め、クイーンの身体を思いっきり反らせた。
「これぞカモンキングのフェイバリットホールド『お休みの背骨折り』だぁー!」
背骨が折れるような勢いで、クイーンの身体が後ろに曲がっていく。
「お休みの背骨折り……喰らった者は眠るように倒れることからその名が付けられた……でも、この技には重大な欠陥があるわ」
受けている技の解説をしながら、クイーンはフリーになっている両手でキングの両手首を掴む。
「何ィ!?」
キングの両足が、宙に浮かんだ。次の瞬間、背負い投げで背中を床に叩きつけられる。
「ぬおおおおおお!」
あまりの痛さに悶え苦しみ転がり回るカモンキング。
「だが、カモンキングは諦めない! 見せてやろう、わしの超必殺技!」
実況しながら立ち上がり、ポーズを決める。両足を折り曲げ、垂直に飛び上がる。そして空中で前転し、右足を突き出す。
「カモンキング・ゴッドキック・クラッシャー!」
クイーン目掛けて、ミサイルの如く突貫するカモンキング。クイーンは両手を胸の前に構える。
キックが当たる寸前、クイーンの両手がキングの右足をがっしりと掴んだ。そしてそのままハンマー投げの要領で180度回転、後方に投げ飛ばした。カモンキングは、頭から観客席に突っ込んだ。
「カモンキング・ゴッドキック・クラッシャー返し」
砂煙の上がる観客席を背に、クールに技名を言うカモンクイーン。
気品と力強さを兼ね備えたその姿に、観客席からは大きな歓声が沸き上がった。
「勝者、カモンクイ〜ン……」
目を回しながら、カモンキングが言った。
「凄いなぁ、王妃様……」
「うむ、カモンクイーンは元女子プロレスラーで、返し技の達人と呼ばれておったからのう」
驚くわたあめに、オヤジが答えた。
カモンクイーンは、キングの投げ捨てたマイクを拾った。
「このように、相手を気絶させるかバトルフィールドの外に出せば勝ちとなります」
「さて、それではトーナメント表を発表しよう!」
いつの間に戻ったのか、実況席でカモンキングが叫んだ。
「兄さん、わたぴよ、戦うことになっても恨みっこなしだよ!」
わたあめの言葉に、兄と弟が頷く。
「それでは、あちらの大画面をご覧ください!」
カモンキングの指差す先には、コロシアムに備え付けられた巨大な画面が。そしてBGMと共に、トーナメント表が映し出される。
「おおっ、わたあめは最初の試合じゃな」
わたあめは、何も言わず画面を見ていた。見据える先には、カモンベイビーの名前。決勝まで戦うことはない、自分の名前から一番遠い場所にあるその名前である。
「ほらわたあめ、試合はもうすぐじゃ。早く行かないと遅刻するぞ」
「うん、行ってくるよ、父さん」
オヤジに言われ、わたあめは席を立つ。
「頑張ってね兄ちゃん!」
わたぴよの声援に手を振るわたあめ。
一方で、他の出場者は。
「まあ、誰が相手でも優勝するのは俺だがな」
カラリオは、まるで動じることなく余裕の表情でポップコーンを頬張っていた。
「よーし、俺達三人の中から優勝者を出すぞ!」
「おー!」
友人トリオは、円陣を組み互いに気合を高めあった。
「一回戦に勝てば、次の相手はわたあめさんですか」
メガネ男の眼鏡が、キラリと光った。
「もしそうなったのなら、姉さんはどちらを応援するのですか?」
「えっ!?」
その質問に、クルミは顔を赤らめうつむいた。
「えー、こちらロイヤルセンター出張所。大会限定グッズはいかがですかー」
ロイヤルブイプルは、出場者でありながら商売の方に精を出していた。
大会のロゴがプリントされたTシャツや、応援用メガホン等が売られていた。
「王子、わたあめ様の試合が始まりますが……」
使用人がカモンベイビー専用控え室の扉を開けた。
「今は読書中だ。消えろ」
カモンベイビーはソファーに腰掛け足を組み、エロ本を読んでいた。
「しかし、わたあめ様の試合が……」
「フン、どうせあいつは勝つ。それより俺は今精神集中をしてるんだ。邪魔をするな」
「はっ、それは申し訳ありません」
使用人は扉を閉め、逃げるように走り去った。
バトルフィールド前に、わたあめがやってきた。
「赤コーナー、“わたを持つ転校生”わたあめー!」
カモンキングの紹介と共に、わたあめはフィールドに上がる。
沢山の観客の見ている中で、この大舞台での戦い。心躍ってもおかしくない状況で、わたあめは落ち着いていた。
「青コーナー、“小学生ボクシングチャンピオン”コドモパンチ!」
対戦相手として現れたのは、両手にボクシンググローブを嵌めた少年。
「おいおい、綿だか何だか知らないが、こんな弱そうな奴が相手かよ。つまらない勝負になりそうだぜ」
コドモパンチは舐め腐った態度でわたあめを嘲笑する。
わたあめは何も言わない。だが、心の中では強い闘志を燃やしていた。
(カモンベイビー……僕は必ず決勝に行き、君と戦ってみせる!)
わたあめは目の前の敵を見る。カモンベイビーと戦うには、倒さねばならない相手だ。
「国王様よ、さっさと試合を始めてくれねえか。一発で終わらせてやるからよ」
コドモパンチは、既に勝ったつもりでカモンキングに声をかけた。
「うむ、えー、ゴホン、それでは……試合開始ィ!」
ゴングの音が、コロシアムに鳴り響いた。