第4話 その名はカラリオ!

 田中研究所に立ち寄った後も、わたあめとクルミはわたわ町の様々な場所を巡った。
 やがて空には夕焼けが広がり、クルミのわたわ町案内も終わりを迎えていた。
 二人が最後に立ち寄ったのは、眼鏡書店であった。
「ここは眼鏡書店。わたしの家で、本屋さんなの」
「へえー、眼鏡屋じゃないの?」
「うん、よく間違われるんだけどね」
 そう話しながら店に入ろうとする二人。
「待てーい!」
 突如、頭上から声が聞こえた。
 見上げる二人。眼鏡書店の看板の上に、一つの影があった。


 腕を組み、仁王立ちする一人の少年。その背には水色のマントが一枚、そして黄緑のマントがもう一枚。明らかに異質な、二枚のマントを身に纏っていた。
「あの、何かご用ですか?」
 恐る恐るクルミが尋ねる。
「用があるのはお前じゃない。そっちだ」
 少年は組んでいた腕を解き、わたあめを指差す。
「お前が一組の転校生だな。俺の名はカラリオ、三年二組だ」
「そ、そう。僕はわたあめ。で、僕への用って?」
 カラリオは、フッと笑う。
「わたあめか。いきなりだが、お前、俺に倒されろ」
 わたあめはぎょっとした。
「ええっ!? ちょ、ちょっと待ってよ! 僕、何か君に悪いことした!?」
「お前に恨みはねーよ。だがカモンベイビーがお前を倒したら百万円くれるって言うんでな」
「カモンベイビーが!? っていうか、カモンベイビーといい何で僕と戦いたがる人は皆高いところとマントが好きなのさ!」
「おいお〜い、あんなザコと一緒にしてもらっちゃ困るぜ。あいつのマントはただの飾り。俺のマントはちゃんと実用的なんだ」
 カラリオは嫌味ったらしく笑うと、カラリオは二枚のマントを翼のように広げる。そして右足を踏み出し、看板の上からジャンプした。

それと共に二枚のマントが風を受け、カラリオは滑空しながらわたあめにキックを繰り出す。
「カラブリキック!」
 予想外の攻撃に驚くわたあめはガードが遅れ、脇腹にモロに攻撃を喰らう。
「わたくん!」
 わたあめは地面を転がり倒れた。カラリオは二枚のマントを羽ばたかせて宙に浮かび、わたあめの真上に立った。
「一つ言っておくぜ。俺はカモンベイビーなんかより遥かに強い。あんなゴミを倒したくらいでいい気になるなよ」
 カモンベイビーは、電柱の裏からその様子を窺っていた。
(カラリオの奴、ザコだのゴミだの言いやがって……これは褒美は無しだな。まあ、転校生がやられてるのは気持ちいいし、一円くらいはくれてやってもいいか)
 カモンベイビーがそんなことを考えているとは知らず、カラリオはわたあめにとどめを刺そうとしていた。
「悪いな。これで百万円ゲットだ」
 羽ばたきながら上昇し、両足を揃える。そして羽ばたきを止めマントを畳むと、カラリオの体はわたあめ目掛けて急降下した。
「カラースタンプ!」
 全体重を両足に掛け、大地を一気に踏み抜く。カラリオはニヤリと頬を緩めた。だが次の瞬間、表情が曇る。運動靴を通して足に通る感触は固い大地のもののみで、人を踏んだ手応えがない。
 わたあめは、寸での所で体を転がし避けていた。すかさず起き上がり、わたたきパンチで反撃。だがカラリオは後ろに跳びかわす。
「俺にお前の攻撃は当たらねえ!」
 かわされる度すぐさま次の攻撃を繰り出すが、重力が存在しないかの如く空中を自在に舞うカラリオにはまるで当たらない。
「何事ですか!?」
 外の騒ぎを聞きつけ、メガネ男が店から出てきた。
「あっメガネ! わたくんが、隣のクラスのカラリオくんと……」
 クルミの説明を聞き、メガネ男は眼鏡を光らせた。
「カラリオさん、ですか」
「知ってるの? メガネ」
 メガネ男は一旦店に戻り、ノートパソコンを持ってきた。
「三年二組カラリオ。二枚のマントで飛行し戦う空中殺法の使い手ですね。僕のデータによれば、わたわ小の生徒の中でもかなり上位の実力者ですよ! 無論、カモンベイビーなんかとは比べ物にならない程の!」
 メガネ男のパソコンには、わたわ小の生徒、教師全ての戦闘力データが記録されている。これらは全てメガネ男個人が調べデータ化したものだ。
「ねえメガネ、わたくんは勝てるの?」
「……データだけ見れば、空中の敵を相手にわたあめさんが勝つのは厳しいでしょう。ですが、まだ転校してきたばかりのわたあめさんのデータには不明瞭な部分が多いです。もしかしたら、もしかすれば……」
 メガネ男の額に汗が伝った。クルミは、ただただ不安で仕方が無かった。

 わたあめは、焦って拳を大きく振りかぶる。カラリオは上昇してかわすと同時にバック宙返りし、わたあめの後ろに回る。
「カラブリキック!」
 背中を蹴られ、わたあめは前のめりに倒れる。カラリオは上昇し、カラースタンプの体勢に入る。
「終わりだ!」
 が、その時。わたあめの腹と地面に挟まれたわたが一瞬で膨らみ、その衝撃でわたあめの体が飛び上がった。
 わたあめはカラリオの足を掴み、体にしがみ付く。
「何ィ!?」
 驚くカラリオ。わたあめはそのまま体を一回転させ、カラリオを地面に向かって投げつけた。そして自分は膨らんだわたの上に落ちる。
 地面に叩きつけられ、悶絶するカラリオ。元の大きさに戻ったわたを手に、カラリオの前に立つわたあめ。
「これで勝負はついた。もういいよね、カラリオ」
 カラリオは顔を上げ、わたあめを見上げる。
「まだだ……俺の空中殺法はこんなもんじゃねえ!」
 カラリオは歯を食いしばると、ぐっと背中に力を入れ二枚のマントを地面に打ち付ける。
 砂埃を巻き上げ、ロケットの如く跳び上がるカラリオ。
「こうなりゃ奥の手を使うしかないようだな!」
 空高く、カラリオは二枚のマントを大きく広げ全身に風を受ける。そして懐から、何かを取り出した。
 取り出した物は――マイク。
「これが空中殺法の真骨頂!」
 カラリオは腹が膨らむほど大きく息を吸い込む。そしてマイクに向かって、一気に声を張り上げた。
「カッラ〜リオ〜、カラのよぉ〜にぃ〜」
 とんでもなく音痴な歌が、町中に響き渡った。否、音痴という言葉すら生温い。それはまるで悪魔の呻き声。聞いているだけで耳が弾け跳びそうな恐ろしい歌。カラリオはそれを、とても楽しそうに、気持ちよさそうに歌っていた。
「写真でカラー! みんなでカラー! 頭もカラー! カラーカラーカラー!」
 眼鏡書店や周囲の建物のガラスが粉々に砕け散った。メガネ男の眼鏡も砕け散った。棚に陳列された売り物の本が、バタバタと崩れ落ちていく。
 わたあめも、クルミも、メガネ男も皆耳を塞ぎ苦しんでいた。
 耳栓をしたカモンベイビーがその隙を狙って眼鏡書店に忍び込み、ありったけのエロ本を盗み出す。
 カラリオが一曲歌い終えると、辺りはしーんと静かになった。
 わたあめは耳を押さえ、地に膝を突いた。歌を終えた後も、耳鳴りが止まなかった。
「どうだ、これが校歌斉唱や音楽の授業でも歌うことを禁止されている俺の必殺技『カラリオリサイタル』だ!」
「カ、カラリオ、リサイタル……?」
 わたあめはまだキンキン鳴っている耳を擦りながら言った。
「そう、俺は空中にいるから敵の攻撃を一切受けることなく歌い続けることができる。まさしく奥の手とも言うべき必殺技だ。さて、もう一曲……」
 カラリオはコホンと咳払いをし、二曲目に入ろうとする。
「そんなことさせるか!」
 あの歌を聴くのはもう懲り懲りのわたあめは、こちらも奥の手を開放する。
「わー、たー」
 わたたきパンチと同様に、わたを持った右手を後ろに回す。
「投げーっ!」
 そして、一気に振りかぶると同時にわたを投げつけた。


 歌を歌おうと息を吸い込んだカラリオの腹に、わたは命中。それと同時に破裂し、カラリオに強烈な衝撃を与えた。
 カラリオは、鉄砲玉に撃たれた鳥のように頭から落っこちた。
「ぐ……まさかお前……飛び道具を使えたのか……」
 頭をぶち、こぶのできたカラリオが力のない擦れた声で言った。
「うん、これを使うとわたが無くなっちゃうからそう易々と使えない技なんだけどね」
 わたを失い、丸腰のわたあめが言った。カラリオは、既に戦意を喪失していた。
「そうです! カラリオさんの空中殺法は格闘戦には強いのですが飛び道具には弱い!」
 割れた眼鏡のメガネ男が、興奮して言った。
「メガネ、どこ向いてるの?」
 が、眼鏡が無くては何も見えないメガネ男はわたあめが戦っていたのと真逆の方向を見ていた。
「くそっカラリオ! 使えない奴め!」
 大量のエロ本を抱えたカモンベイビーが、思わず電柱の裏から飛び出してきた。
「ああっ、その本は!」
 クルミが叫ぶ。
「げっ、しまった!」
 カモンベイビーは慌ててエロ本をマントで包んで隠す。
「だ、だが転校生! カラリオと一戦交えた直後の上、わたも持たないお前なら、俺様の勝利は確実だ!」
 そう言うカモンベイビーに対し、わたあめは身構える。しかし、今の状況で勝つのが難しいことは、自分が一番よく理解していた。
「待て」
 わたあめを静止するように、カラリオが立ちはだかった。
 カラリオは振り返り、カモンベイビーの方を見る。
「カモンベイビー、お前クズだとは知ってたが、まさか盗みまでするような奴だったとはな。流石の俺もキレるぜ!」
 カラリオはマイクを取り出す。わたあめ達は、思わず耳を塞いだ。
「わ、わかったよ! 返せばいいんだろ! 返せば!」
 カモンベイビーはエロ本を全部放り捨てた。
「カモンベイビー!」
 逃げようとするカモンベイビーに、わたあめが叫ぶ。
「不意打ちしたり、他人をけしかけたり、弱ってるところを狙ったり……どうして君はそんな卑怯なことばかりするんだ! そんなに僕を倒したかったら、お互いベストのコンディションで正々堂々勝負するんだ! それで僕が負けたら、君の言うことを何でも聞いてやる!」
 わたあめの言葉に、カモンベイビーは何も言い返せなかった。そして遂に、号泣。
「ちくしょおおおおお! わかったよ! やりゃあいいんだろ! 正々堂々勝負してやるう! 覚えてろよ! 絶対絶対お前をぶっ倒してやるからな!」
 そう吐き捨て、カモンベイビーはいつものように逃走していった。
「カモンベイビー……」
 わたあめは、悲しい目でその様子を見ていた。そこに、カラリオが声をかける。
「わたあめ、今日は悪かったな」
「あっ、うん、気にしてないよ、大丈夫。最後は助けてくれたしね」
「おう、お前強いんだな。気に入ったぜ! またあいつが何か卑怯な手を使ってきたらいつでも言ってくれ。俺が助けになるからよ」
 カラリオは、そう言って立ち去った。
「ガラスの弁償……は、カモンベイビーにでも付けとけばいいですね」
 満足げに立ち去る後姿に、メガネ男がそう呟いた。
 

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