第3話 わたあめのデート!?

 ある土曜日のこと。クルミは一人、わたわ小学校の前に立っていた。
 クルミはいつもより少しおしゃれな服を着て、頬を赤らめうつむいていた。
「クルミちゃーん、おはよう、待った?」
 わたあめが、手を振りながら走ってきた。
「ううん、全然」
 クルミは笑顔で答えた。
「それじゃあ今日は、わたわ町案内よろしく」
 わたあめとクルミは、足並みを揃えて歩き出した。
 その様子を、電柱の裏からこっそり監視する者が一人。カモンベイビーである。
(おのれ転校生……俺様のクルミちゃんとデートなんて……絶対許せねえ……!)
 カモンベイビーは目をぎょろりと見開き、血管がはち切れんばかりに激怒していた。

 先日の学校にて。
 引っ越してきたばかりでわたわ町について詳しくないということを友人達に話していたわたあめは、クルミにわたわ町を案内してもらうことになったのである。
 それを聞いていたカモンベイビーは、何としてでもそれを邪魔せねばとクルミの後をつけてきたのだ。
 しかし、わたあめには一度戦って負けた身。こそこそ隠れて隙を探るくらいしかできなかったのである。

 わたあめがクルミに連れられて最初にやってきたのは、一軒の店であった。入口の上の大きな看板には、「ロイヤルセンター」と書かれている。
「ここはロイヤルセンター。何でも売ってるお店なの」
 店の中に入ると、店員の男が話しかけてきた。
「やあいらっしゃい。何をお探しかな?」
 男は異様に大きな目玉をしていた。


「あっ、ロイヤルブイプルさん」
「こんにちはクルミちゃん。そっちの君は、えーっと……」
「始めまして、わたあめです。わたわ町には少し前に越してきました」
「ああ、こちらこそ。僕はこのロイヤルセンターの店長、ロイヤルブイプルです。うちは何でも売ってるから、色々見ていってよ」
 わたあめはクルミの案内でロイヤルセンターの中を見て回った。
 そこでは食品や衣服は勿論、家具家電に武器や防具、更に用途の解らない奇妙な道具まで何でも売っていた。
「すごいなー、わたわ町にはこんな店があるんだ」
 わたあめは驚きを隠せず、常にキョロキョロと首を動かしていた。
「あっ、このリボンかわいい。買っていこうかな」
 クルミは、小物売り場で見つけた髪留めリボンを手に取った。
「いいんじゃないかな。クルミちゃんに似合うと思うよ」
「本当!?」
 わたあめの言葉に、クルミは目を輝かせた。
 ふとわたあめは、転校初日に感じたのと同じような視線を感じた。
 商品棚の裏で監視するカモンベイビーは、嫉妬のあまり歯茎から血が出るほど歯軋りし殺気を放っていた。
(ちくしょうちくしょう! 転校生めーっ! もう黙っちゃいられねえ!)
 カモンベイビーは、わたあめの背後に回り跳び上がった。
「喰らえドラクチャキーック!」
 振り返った瞬間、わたあめは吹っ飛んだ。後ろの商品棚に叩きつけられ、ドミノ倒しのように棚が倒れてゆく。
「わたくん!」
 ぐったりと倒れるわたあめに、クルミが駆け寄った。カモンベイビーは、それを阻止せんと腕を掴む。
「さあクルミちゃん、そんな奴ほっといて俺様とデートするんだ!」
「嫌っ!」
 拒絶するクルミを、無理矢理引っ張って連れて行こうとするカモンベイビー。
「やめろ……カモンベイビー……」
 わたあめは起き上がろうとするが、身体に力が入らない。
 絶望するクルミ。だがそこに、二つの白い拳が伸びカモンベイビーを殴り飛ばした。
 ――否、それは拳ではなかった。長く伸びた、二つの目玉。
 救いの手を差し伸べたのは、ロイヤルブイプルだった。


「店内での暴力は止めて頂きたいんですがね、お客さん」
 恐ろしい気迫を放ち、歩み寄るロイヤルブイプル。
「壊した商品、弁償してもらいますよ」
「なっ……てめえ! 俺様は王子だぞ!」
「なら国のお金で払ってもらうとしましょう。こちとら商売人なんでね、金には煩いんですよ」
 ギョロギョロと二つの大きな目玉を動かしながら、ロイヤルブイプルは静かに憤慨していた。
「ちくしょう覚えてろ! お前のことを父上に言いつけて、死刑にしてやるからな!」
 カモンベイビーはたまらず逃げ出した。
「立てるかい、わたあめ君」
「……はい、なんとか」
 ロイヤルブイプルに手助けされ、わたあめは体を起こした。
「あの、今のは?」
「ああ、僕の特技は目玉を伸ばすことなんだ。今のは必殺目玉パンチさ」
 そうやって話していると、当然わたあめが呻き声を上げた。
「大丈夫!?」
 わたあめは、急に全身に痛みを感じたのである。
「うん、これは病院に行った方がいいね。僕の車で送るよ」

 ロイヤルブイプルの車に乗ってやってきたのは、ドッパー医院という小さな診療所だった。
 そこで医者をやっていたのは、奇妙な姿をした鹿人間だった。
「んー、まあ、大した怪我じゃないね。この薬飲んどきゃ治るよ」
 鹿人間は、棚から小さな瓶を取り出してそれをわたあめに飲ませた。全身の痛みが、すっと引いた。


「よかった、わたくん……」
 クルミが、瞳を潤ませながら言った。
「ありがとうクルミちゃん、心配してくれて。ロイヤルブイプルさんも……」
 わたあめは照れくさそうに言った。
 診察を終えた後、わたあめはクルミにこの場所のことを尋ねた。
「ねえクルミちゃん、ここは?」
「ここはドッパー医院よ。実は今日、ここにも案内するつもりだったの。どくーどくードッパー先生はわたわ町一のお医者さんなのよ」
「ちなみに趣味は毒薬作りさ」
 ドッパー本人が言った。
「ああ、君に飲ませたのは毒薬じゃないから安心していいよ。仕事と趣味は別だからね」
 そう言うドッパーが先程薬を取り出した棚にはドクロマークの付いた怪しげな瓶がいくつも並べられており、医療用の薬と趣味の毒薬がごちゃ混ぜに置かれていた。
 そんな薬品棚の裏に、一つの影。
(ちっ、大した怪我じゃなかったのか……)
 カモンベイビーは、ここにも忍び込んでいた。
(奴を倒すにはもっと強力な攻撃が必要か。ん、これは……)
 カモンベイビーが見つけたのは、机の上に置かれた一本の薬の瓶だった。それには力こぶを作った腕のマークが描かれたラベルが貼られており、いかにも肉体強化の薬といった様子であった。
 これさえ飲めばわたあめに勝てると、カモンベイビーは勝手に確信した。
「うぎゃああああああ!」
 壮絶な悲鳴が、ドッパー医院に響き渡った。
 わたあめ達が驚いて駆けつけると、全身真っ青になり痙攣しているカモンベイビーが倒れていた。近くには、空になった薬の瓶が落ちていた。
「ちょっとちょっと、まさかコレ飲んじゃったの!? 今解毒剤出すから!」
 ドッパーに解毒剤を飲まされ、カモンベイビーは何とか一命を取り留めた。
「まったく、その薬は僕専用なんだよね。僕はあらゆる毒に耐性を持ってるからそれで肉体強化できるけど、他の人が飲めばただの毒薬にしかならないんだよ。だいたい置いてある薬を何の確認もせず飲むとか常識的に考えてどうかしてるよ」
 ドッパーが説教をしている間に、わたあめ、クルミ、ロイヤルブイプルの三人は診療所を抜け出した。
「さあわたくん、次の場所に行きましょ」
「う、うん……」
 クルミは、まるで何も見なかったかのように振舞っていた。
「あ、ロイヤルブイプルさん、今日はありがとうございました」
「いえいえ。それじゃあわたあめ君、今後もロイヤルセンターをよろしく」

 ロイヤルブイプルと分かれた後、二人がやってきたのは田中研究所という建物だった。
「ここは田中研究所。科学者の田中博士が色々と役に立つものを作ってるの。田中博士はメガネの憧れの人なのよ。そうそう、ロイヤルセンターにも、田中博士の発明品が売ってたでしょ」
 わたあめは、ロイヤルセンターにあった用途の解らない道具のことを思い出した。
 研究所に入ると、そこは想像を凌駕する未知の機械で一杯だった。
「凄いな……何なんだろう、これ」
「わたしにもよくわからないけど、危険かもしれないから触らない方がいいわよ」
 わたあめは、触ろうとした手を止めた。
 奥の部屋から、ぐるぐる眼鏡を掛けた白衣の男が歩いてきた。


「おやおやクルミちゃん、いらっしゃい。メガネ男君は元気ですか?」
「こんにちは田中博士。メガネは元気ですよ。あっ、こっちは転校生のわたくん。わたしがわたわ町を案内してあげてるの」
「わたあめです。始めまして、田中博士」
「ええ、始めまして。おや、それは……」
 田中博士は、わたあめの持つわたに注目した。
「あっ、これはわたといって……」
「ああ、別に説明しなくていもいいですよ。少し気になっただけですから。それより、研究所の見学はご自由にして結構ですが、不用意に触るのは止めてくださいね。中には結構危険なものもありますから」
 田中博士はそう言って、奥の部屋に戻っていった。
 一方で、やはりカモンベイビーも研究所に忍び込んでいた。
 この研究所には田中博士の作った強力な武器が沢山あるらしいという話を、城の使用人から聞いたことがあった。
 カモンベイビーは、早速壁に立て掛けられたそれらしいバズーカを発見した。
(ぐへへ、これを使えば転校生も一撃だ!)
 わたあめは発明品の数々に目を輝かせていた。この隙だらけの状況、狙うなら今しかない。
 カモンベイビーはバズーカの砲口をわたあめに向け、引き金を引く。
 次の瞬間、バズーカが自爆した。
 爆音を聞き、田中博士が部屋から出てきた。
「ああっ、そのバズーカは失敗作だったのに!」
 黒コゲになり、髪はチリチリ、自慢のマントもボロボロになって倒れているカモンベイビーに、田中博士が言った。
「ちくしょう! 何で俺様ばっかり!」
 カモンベイビーは立ち上がるが、体がふらつき壁にもたれかかる。その時、壁にあったレバーが腕に引っかかり下がった。
「あっそれは……」
 田中博士が言う間もなく、壁からベルトが飛び出しカモンベイビーの両肩と腰に巻きついた。
 ベルトは壁に埋め込まれていた機械に接続されていた。機械が壁と分離し、カモンベイビーの背中に装着される。
 天井が開き、丸い穴が開いた。背中の機械に付けられたロケットブースターに、火が点いた。
「うわああああああああ!」
 天を貫くような叫び声と共に、カモンベイビーは空の彼方に消えた。後に残されたのは、ブースターから出た白い煙だけだった。
「ああ……緊急脱出用ロケットブースターが……」
 田中博士とわたあめ、クルミは急いで外に出た。
 カモンベイビーは煙を噴出しながら空中で不規則に飛び回り、やがて落っこちた。
「大丈夫かな、カモンベイビー……」
「まあ、彼なら大丈夫でしょう。それよりロケットブースターが心配です」
 心配そうなわたあめに対し、田中博士が冷淡に言った。

 カモンベイビーは、道路の真ん中に落ちていた。
「どうして……どうして俺様ばっかりこんな目に……」
 道路にできたクレーターの中心で、カモンベイビーが愚痴を漏らした。
「あれ、お前カモンベイビーじゃないか。こんなことろで何やってるんだ?」
 そこに通りかかったのは、カモンベイビーと同じくらいの歳の少年。
「お、お前は――」
 カモンベイビーの脳裏に、新たな作戦が思い浮かんだ。

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