第2話 カモンのエロ本大作戦
カモン王国次期王位継承者カモンベイビーは、わたわ小学校三年一組に在籍している。
父である国王カモンキングは王宮では学べないことも学ばせる為、彼を普通の小学校に入学させたのである。
しかし父の思惑とは裏腹に、彼は自らの権力をひけらかし学校の王様、それも暴君と化していた。
気に入らない者は皆あらゆる手段を使って叩きのめした。
中でも彼が好んだのは一対一の決闘だった。
無論相手は王子の身体に傷を付けたら自分やその家族がどうなるのかを知っていたから、何も手を出すことができないまま衆人監視の中一方的に暴行を受けることしかできなった。
もはや教師も生徒も、皆彼の下僕であった。
しかし、一人の転校生の出現により状況は一変した。
カモンベイビーは事情を知らぬ転校生わたあめに決闘を挑み、圧倒的な力の差で叩きのめされたのである。
そして普段脅迫のために名前を出していた父にも裏切られ、校内では一切王子扱いされなくなってしまった。
特に差別される程ではなかったが、他の生徒と全く同じ扱いをされるようになったのは彼のプライドを大きく傷つけた。
カモンベイビーは、自分を学校で一番強いと思っていた。だがそれは決闘の相手が手を出せなかったからであり、何度も決闘を繰り返すうちそれを自分の実力だと思い込んでしまったのである。
本当は弱いことが明らかになってしまった今となっては、これまでこき使ってきた不良上級生から逃げ回る毎日だった。
クルミとの婚約も解消されてしまった。尤もこれは元から婚約などしていなかった、と言った方が正しいが。
あの転校生さえ来なければ……カモンベイビーは常にそう思っていた。頭の中は常にわたあめへの恨みで一杯だった。
やがてカモンベイビーは、わたあめへの復讐を決行することを心に決めたのである。
「名付けて、エロ本大作戦!」
カモンベイビーは、自室の中央で思いっきり叫んだ。
エロ本大作戦……その内容はこのようなものであった。
まず本屋でエロ本を購入。翌朝誰よりも早くに登校し、わたあめの机にエロ本を仕込む。そうしてわたあめは学校にエロ本を持ってくる変態扱いされ、校内での地位は地に落ちる。
……以上。
無い頭で必死に考えた作戦であった。
日曜日、早速カモンベイビーは作戦を実行に移した。
エロ本を買いに行ったのは学校の近くにある本屋「眼鏡書店」。眼鏡屋ではなく本屋である。
サングラスとマスクに、深い帽子。本人は完璧だと思ってる変装で、カモンベイビーは本屋に入った。
こそこそと忍び足でエロ本のコーナーに行き、その中から一冊を選んで手に取る。
レジにいたのはカモンベイビーより年下の、眼鏡を掛けた少年だった。
「あのー、こちらの本は十八歳未満の方には売れないように決められているのですが……」
レジに置かれたエロ本を見て、少年は言った。
「あぁ? 別にいいだろそんくらい。いいから売れよ」
「いえ、そう言われても規則ですから……」
「うるせえ! 俺様は王子だぞ!」
カモンベイビーは苛立ち、懐から札束を取り出しレジに叩きつけた。
「釣りは取っとけ」
そしてそう言い残し、エロ本を持って走り去った。
次の日。
二時間目の終わり頃、カモンベイビーは息を切らし涙目になって登校してきた。
「カモンベイビー遅刻だぞ! 廊下に立ってろ!」
扉を開けた瞬間、白いチョークが額を直撃した。
以前はカモンベイビーが何をやっても叱りすらしなかったキンパツ先生は、今やすっかり態度を変えていた。
カモンベイビーは両手に水の入ったバケツを持ち、廊下で一人後悔していた。
夜遅くまでエロ本を読みふけっていたせいですっかり寝坊し、計画は丸潰れになってしまったのである。
だがカモンベイビーは諦めてはいなかった。なんとかしてエロ本をわたあめの机に仕込む方法はないものかと、両手の重みに耐えながら無い頭を振り絞って考えた。
一時間目が終わり、カモンベイビーは罰から開放された。
「おはようカモンベイビー」
わたあめが気軽に声をかけた。
「クルミちゃんも、クラスのみんなもそこまで君を恨んでるわけじゃないんだからさ、これからは友達になろうよ。ほら、次体育だよ。早く着替えようよ」
カモンベイビーは、わたあめの言葉を無視した。
が、体育と聞き一つのアイデアが閃いた。
(そうか……その手があったか!)
二時間目。体育の授業が、校庭で始まった。
「おい、カモンベイビーはどうした」
点呼を取りながら、キンパツ先生が言った。
「あっ、僕見てきます」
わたあめが手を挙げ、校舎の玄関に走っていった。
カモンベイビーは、一人教室に残っていた。全員が体育で外に出ている今なら、誰にも見つかることなくエロ本をわたあめの机に仕込めると考えたのだ。
早速自分の鞄からエロ本を取り出し、わたあめの椅子に手を掛ける。
その時、教室の扉を開けてわたあめが入ってきた。
「あっ、カモンベイビー!」
カモンベイビーは、サッとエロ本を背中に隠した。
「どうしたの、早く行かないと先生に怒られるよ」
カモンベイビーはチッと舌打ちし、エロ本を服の下に隠して教室を出た。
キンパツ先生には当然の如く叱られ、校庭を十週走らされた。
エロ本がこぼれ落ちないように背中を押さえながら運動をするのは、ただひたすら苦痛だった。
授業を終えた後のカモンベイビーは、全身ヘトヘトになっていた。
(ちくしょう転校生め……最悪のタイミングで出てきやがって……)
カモンベイビーはぐったりと机に突っ伏し、ギリギリと歯軋りをした。
わたあめを酷い目に遭わせるつもりが、先程からずっと自分ばかり酷い目に遭っている。果たしてこのまま作戦は失敗に終わってしまうのか。
だがその時、転機が訪れた。
「兄ちゃーん」
廊下の方から声が聞こえ、一匹のペンギンが教室に入ってきた。
「わたぴよ!」
「兄ちゃんこのノート、間違ってボクの鞄に入ってたんだ」
わたぴよはそう言って、算数のノートをわたあめに手渡した。
「ありがとうわたぴよ。助かったよ」
そうしていると、クラスメート達がわたあめの周りに集まってきた。
「何この子、わたあめ君の弟!?」
「うわ本物のペンギンだ! すげー!」
わたぴよはすっかり人気者になり、皆に囲まれてしまった。
カモンベイビーはその隙を見逃さなかった。クラスの注目がわたぴよに集まっている今、エロ本を仕込むには絶好の機会であった。
急いでエロ本を取り出し、わたあめの机にさっと差し込む。
驚くほど、あっさり事は済んだ。
カモンベイビーはにやにやと笑みを隠せないまま自分の席に戻った。
「あ、あの、ボクそろそろ教室に戻らないといけないので……」
上級生に囲まれて怯えながら、わたぴよが言った。しかし、わたぴよを珍しがる生徒達は退いてくれない。
その時、わたぴよを呼ぶ声が廊下から聞こえた。
「わたぴよ君、探しましたよ」
三年一組の教室にやってきたのは、眼鏡を掛けた少年だった。
「あっメガネ男くん」
メガネ男と呼ばれた少年は、先輩達にぺこりとお辞儀をした。
「どうしたのメガネ」
クルミが言った。
「クルミ姉さん、わたぴよ君を探していたんです。でも姉さんのクラスにいたんですね」
「あっ、メガネ男くんのお姉さんも兄ちゃんと同じクラスだったんだ」
わたぴよが言った。
「もしかして、クルミちゃんの弟?」
わたあめが言った。
「そう。メガネ男っていうの」
「わたぴよ君の友達で、クルミ姉さんの弟のメガネ男です。よろしくお願いします」
メガネ男の眼鏡が、キラリと光った。
「それではわたぴよ君、僕達の教室に戻りましょうか」
メガネ男はわたぴよの手を引っ張る。
わたあめは、とりあえずノートをしまおうと自分の席に戻った。
「あれ? 何だろうこれ」
すると机の中に、見慣れぬ本が一冊入っているのを見つけた。
取り出してみると、それはきわどい水着を着た女性が表紙を飾り、18禁マークの付けられた雑誌――所謂エロ本であった。
「あーっ! 転校生が学校にエロ本持ってきてるーっ!」
この瞬間を待っていたと言わんばかりに、カモンベイビーが全力で叫んだ。
わたぴよを囲んでいた生徒達は一斉にわたあめの方を見た。
「ま、待ってよ! 僕はこんなの知らな……」
「エーロいんだーエロいんだー! 転校生は変態だー!」
カモンベイビーが囃し立てる。
「わたくん……?」
クルミの反応を見て、カモンベイビーは内心ガッツポーズをした。完全勝利。わたあめの人生を終わらせたと確信した。
だがエロ本という言葉を聞き、メガネ男が突然戻ってきた。
「その本は! 昨日カモンベイビーさんがうちで買っていた本じゃないですか!」
メガネ男は、わたあめの机に置かれたエロ本を指差して叫ぶ。
「えっ、カモンベイビーが!?」
わたあめはカモンベイビーの方を見る。
「お、おい! 意味がわからねーぞ! どこにそんな証拠がある!」
カモンベイビーは焦り、怒鳴った。
「昨日自分で王子だって名乗ったじゃないですか」
メガネ男は冷静に言った。
「う、うるせえ! 出鱈目だ! そのエロ本は転校生の机に入ってたんだぞ!」
「さっきその人が兄ちゃんの机に何か入れるのを見たよ」
間髪を入れず、わたぴよが言った。
「あっ見ろよこのエロ本! 袋とじが開いてるぜー! カモンベイビーの奴エロ本読んでたんだー!」
そこに友人Bが追い討ちをかける。
とうとうカモンベイビーは後が無くなった。
「う、うわああん! どうしてこうなるんだよーっ!」
顔を真っ赤にし、友人Bからエロ本を取り上げ、わたぴよとメガネ男を突き飛ばして教室を飛び出した。
そのままカモンベイビーは家に帰ってしまった。
「カモンベイビー……」
周りが笑っている中、わたあめは一人心配そうにその様子を見ていた。
一方カモン城。
学校を飛び出し帰ってきたカモンベイビーは、自分の部屋に閉じ篭り泣いた。
わたあめではなく自分が変態扱いされたのも辛かったが、何よりあの本屋のメガネ男がクルミの弟であったことが――愛しい愛しいクルミちゃんの家でエロ本を買ってしまったことが強く心に来ていた。
ふと、手に持っていたエロ本が目に入った。すぐさま、ページを開き読み始めた。
「エロ本……俺の心を癒してくれるのは君だけだよ……」
この日以来カモンベイビーは、小三にしてエロ本にハマってしまったのであった。